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19ー2 覚醒、もう一人

 

 ルートヴィッヒは休むことなく、すぐに次のダンスの相手を見つけた。


 ホールの端で、伯母夫妻の後ろに隠れるように佇む白いドレスの女性。

 燃えるような髪と瞳を持つ、まっすぐにルートヴィッヒを見つめ続けている大好きな少女。


 迷いなく1人の女性に向かう王子を見て、周囲の貴族たちは何事かと見守った。

 やがて一人の女性の前に立つと、それが今日デビュタントを迎えた令嬢とわかり驚きの声が上がる。


 ルートヴィッヒはそんな周囲に構わず目の前のレジーナに手を差し出した。


「ジーナ、本当に綺麗だ。あれだけ練習したんだ。成果を見せてくれないか?」


「殿下…喜んで」


 頬を染めながらもその手を嬉しそうに取る令嬢に、今日デビュタントを迎えた他の令嬢が驚愕と羨望の眼差しで見ていた。


 ダンスホールの真ん中まで戻り、はにかむレジーナと向かい合うとそっと手を合わせる。もうすでに始まっている音楽の途中から踊り出す彼女のために、ルートヴィッヒは彼女にだけ聞こえるようにリズムを取ってやった。


「次から行くぞ……1、2,3、1、2、はい」


 リズムを掴めたレジーナと第一歩を踏み出した時、「お待ちください!」とマリアンネが割り込んだ。

 非常識な振舞いに眉を潜めたのはルートヴィッヒだけではない。

 彼はさり気なく背中にレジーナを庇うと、マリアンネを咎めた。


「君との義務は果たした。なぜ邪魔をする?」


「義務ですって…?殿下、それはあんまりでは!?」


 ホールの真ん中で金切声を上げれば、周囲ももうダンスどころではない。

 楽団は戸惑いの末演奏を止め、踊っていた人々は王子を中心に退いた。


「マリアンネ嬢、君はこのホールの雰囲気を壊していることに気づかないほど愚かなのか?」


「愚か…?この私が愚かだとそう申しますの?あれほど殿下にお目通りし、尽くして来た私へどうしてこのような仕打ちを?」


 ルートヴィッヒは目を閉じて嘆息した。

 感情のままに怒鳴って追い出してしまいたくなるのを押さえ、目を開く。


「このような場で言うべきではないので黙っていたが、わかっていただけないのなら仕方ない。あなたに興味はない。候補者への礼儀として面会はしたが、どれも迷惑でしかなかった」


 ここで一度区切り、声を低くする。周囲に聞こえない声量は、内心怒る彼のギリギリの配慮だ。


「ジーナへの仕打ちを知らないわけじゃない。ここで全てを話しゼーレンベルク家の面目を潰すことも可能だが?」


「そんな女知らないですわ…妹と同じ名前の貧相な女など」


「お前が知ろうが知るまいがどうでもいい。それ以上侮辱することは許さない」


「そう、殿下…残念ですわ…私の真心も通じませんのね…ふふ…ふふふっ」


 マリアンネが不気味に笑い出す。

 何か不穏な空気に、ルートヴィッヒはレジーナを後ろへ下がらせた。


「ふふっ…あはははっ!私を見てルートヴィッヒ殿下…!癒しの天使?いいえ、私は魅惑の悪魔よ!」


 自ら悪魔と言ったマリアンネが背中に鳥の羽を広げた。

 しかしそれはルートヴィッヒも見たことがある白く美しい、癒しの力を持った羽ではなかった。

 禍々しくも妖しい魅力を持ったその羽は、白鳥ではなく黒鳥へと変貌していた。



「どう?似合うでしょう?こちらが私の本来の守護精よ…美しいでしょう?見るだけで魅惑する力があるの…でも困った力も一つあるのよ」


 バサリ、と彼女が羽を動かした。

 周囲に飛び散る黒い羽が、レジーナとルートヴィッヒの頬を掠めた。


「やっ…」


「くっ…なんだこれは!?」


 羽が触れた部分が、火傷したように熱い。

 2人が守護精によって防御を高めても、消えない痛みは物理的なダメージではない。


「痛いでしょう?殿下のドラゴンでも防げないわ。これは毒。触れた者を毒に犯してしまうから、とっても使いにくいのよ。レジーナ、いらっしゃい。殿下を奪ったあなたに罰をあげる」


 歪んだ表情のマリアンネがレジーナに手を伸ばす。

 嫌悪感で鳥肌が立つほどなのに、その声に従わなければいけないような気になってしまう。


「ジーナ!」


 ルートヴィッヒがレジーナの視界を塞ぎ、胸に抱き直す。

 彼はマリアンネを睨みつけた。


「あら?どうして殿下は平気なの?抗うのは辛いですわよ?殿下の御心はあとできちんと頂くので、今はそこで大人しく見惚れていて下さらない?」


 マリアンネを直視していた他の貴族は、男女関係なく床に崩れ落ちていた。

 王妃とハンスまで膝をつく中、立っていられるのは王とレジーナとルートヴィッヒのみ。


「殿下と陛下が膝をおつきにならないのはまだわかりますの。でもレジーナ、あなたなぜまだ立っていますの?醜いトカゲのくせして」


「プレッツェルはトカゲじゃないわ」


 レジーナがプレッツェルと融合すると、一瞬だけ周囲に炎が立ち上った。

 未だ舞っていた羽が焼かれ、地面に落ちる。


「それは…イグニス種!?ドラゴンというのは本当だったの?」


 彼女が驚く間にルートヴィッヒもプロミネーアと融合すると、レジーナを離し両手に炎を纏わせた。


「焼かれたくなかったら今すぐにやめろ」


「私を焼き殺す気ですか?恐ろしい!いいですわ。どうぞおやりになって。ただし会場の皆さまを巻き込むことになりますが!」


 マリアンネが激しく羽ばたき、そのたびに羽が舞い飛んだ。

 大量の羽が会場に飛び散り、床に崩れる人々は恍惚とした表情のまま羽の毒に焼かれた。


「やめろ!」


「ルト様の炎では大きすぎます!」


「クソっ!」


「くっ…ぐぁ…」


 苦し気に呻いたのは、母を庇ったハンス。

 それを見た王が、自らの守護精を呼び出し翼を広げた。


 王の守護精はガイア種のドラゴン。

 土系ドラゴンの最上位で、他のドラゴンと同じく生命力が強い。


 しかし毒には耐性があるわけではなく、巨大な翼を広げ来客の傘となったドラゴンは、ぐるる、と喉を鳴らした。


 守護精へのダメージは、結果的には宿主のダメージだ。

 王は自分を守る者を切り離したため、多くを羽から守る代わりに膝をついてしまった。



「父上!ハンス!」


 ホールの半分はまだ羽の雨に苛まされている。

 もう1体、プロミネーアがいればほとんどを覆える。


「ジーナ、マリアンネを止められるか?」


「止めます。絶対に」


「…プロミネーア」


 ルートヴィッヒが融合を解除し呼び出したプロミネーアが、会場に大きな翼を広げた。

 傘に守られ、会場のうめき声が消えた代わりに、ルートヴィッヒはがくりと膝をついた。


「お姉様…いえマリアンネ!あなたのお母様とお父様まで巻き込み何をしているの?」


「あなたがいけないのよ。一生部屋で夢を見ていればよかったものを!なぜ逃げたの!?なぜルートヴィッヒ殿下と出会ったの!?私が築き上げたものを返しなさい!」


「私には築き上げる機会もなかったわ。10年間。だからこれから築き上げるの。もう誰かに邪魔はさせない…っ」


 レジーナがマリアンネの羽を目掛けて炎を放った。

 だがそれは舞い飛ぶ羽毛に当たってしまい、周囲の羽毛も巻き込んで大きな爆発のようになってしまう。


 うかつに燃やせば、粉塵爆発のように周囲に引火しかねない。


「羽が…一か所に集められれば…」


「くっ…僕は何もできないのか…こうして兄上と父上に守られているだけなのか!?」


 床に崩れたことでマリアンネを直視しなくなったハンスが、毒の熱に呻きながら自問自答した。


『ハンス、俺を解放してくれ』


『解放?』


『お前の自信のなさが俺を蝕んでいる。お前は俺が誰だと思うんだ?』


『鷲だよ…兄上に比べたら到底力の及ばない鷲』


『お前レジーナの話聞いていたのか?』


『…あれは願望だ。彼女がどうだったか知らないけど、僕に同じことはできない』


『やってみろよ。このまま床にへばって嘆き続けるのか?兄と父に守られてあーよかったで終わるのか?』


『うるさいな』


『俺に強さ(シュタルク)求めたのはどこ誰だよ』


『……』


『やれ。じゃないと俺は死ぬまでヒヨコになってやる』


『は?勘弁してくれよ』


『ぴよぴよ』


『やめろよ、煽るなよ!どうやってやれって言うんだよ?』


『知らん。自分で考えろ。レジーナを見てみろよ。ドレスが燃えてもお構いなしに地道に羽毛を消してるぜ?』


 遠くのレジーナをハンスが見る。

 彼女は直接マリアンネに炎を当てられず、降り注ぐ羽毛を賢明に燃やしていた。

 引火しないように、ごく小さな炎で少しずつ。

 無駄に見えるが、融合は魔力を多く食う。時間を引き延ばせば、特殊能力があるとは言え白鳥の大きさ程度の魔力のマリアンネなら、やがて自滅するかもしれない。



『あのドレスは兄上が…』


『可哀相になあ。想い出のドレスが燃えちまったよ』


『くっ…シュタルク…』


『なんだよ』


『お前は本当にグリフォンなのか?』


『どう思う?』


『今この一瞬でもいい。守護降ろしで見たあの姿、グリフォンの風を!シュタルク!』


 あり得ない突風が巻き起こり、意識のある者は皆風の方を見た。


『一瞬でいいのかよ?』


『前言撤回だ、一生頼む』


 そこには大鷲の羽を背負ったハンスがいた。


 風を操るグリフォン。

 ハンスの手がマリアンネに向けられると、彼女の周囲の風が渦を巻き始める。


「なにっ?なんですの?やめて…羽が…やめ…」


 強風にドレスを押さえ、どうしたらいいのかわからず立ちすくむマリアンネを取り囲んだ風は、一舞う羽毛を一気に吸い寄せた。


 自分が散らした羽毛が黒い渦となって囲む。


「プレッツェル…今よ」


 そこにレジーナの炎が舞い上がった。

 一瞬で火炎旋風となり、マリアンネが悲鳴を上げる中全ての羽毛が焼かれた。


 風が止み炎も消えると、そこには頭を抱えうずくまるマリアンネがいた。

 羽の先が焼け焦げ、見る影もない。


 魔力も限界を迎えたのか、マリアンネは荒い息をつきながらその場に倒れた。


 床に崩れた人々が我に返り、毒の傷跡を押さえながら立ち上がった。

 ルートヴィッヒも、王も王妃も立ち上がる。


 代わりに、力を使ったレジーナが倒れそうになり、ルートヴィッヒがすぐにその体を支えた。


「ルト様、ハンス様が…」


「ああ、見た。実に勇ましい。ジーナ、君もだ」


 レジーナが手を伸ばしてルートヴィッヒの頬に触れた。そこには毒にやられた傷がほんのり残っている。

 レジーナの頬にもまた同じ傷があり、ルートヴィッヒは痛ましげにその傷を撫でた。


「ハンスよ」


「父上、ご無事で」


「よく母を守った。臣下を守った。だから言ったであろう?もう少し素直に自分を認めろと」


「そうですよ。あなたはいつも自信なさげで。私たちがいくら良く出来ていると言っても信じてくれないんですもの。ハンス、立派ですよ。今度は母たちの言葉も届きますか?」


「…届きます」


 王妃はそれ以上何も言わず、ただ嬉しそうに自分より大きくなった息子を抱きしめた。

次回・・・「大好きが止まらない」

 マリアンネの暴走により騒然となったダンスホール。

 ルートヴィッヒがレジーナをダンスに誘えば、その場の空気もやがて和んだ。

 風に当たろうとテラスに出た二人。ルートヴィッヒはついにある想いを彼女に告げる。

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