19ー1 覚醒、もう一人
前回のあらすじ・・・
ダンスが苦手なレジーナは帰還祝前日もまだ練習していた。
忙しいルートヴィッヒと入れ替わるように練習相手をしてくれたのは弟のハンス王子。
守護精に劣等感を抱くハンスに、レジーナは持論を展開する・・・
シュトラルバッハ王国の国王でありルートヴィッヒの父であるクラウスは、王子の帰還を祝う貴族たちと次々と挨拶を交わしていった。
帰還祝は通例盛大なパーティとなるので、招待客の数も多い。
伯爵の挨拶も終わり、次はいよいよ侯爵だ。
ゼーレンベルク侯爵と夫人、そして婚約者候補のマリアンネも当然招待されている。
婚約者候補は、通常このパーティでもって正式に話を進めるかどうかが決められる。
勿論解消されることもあれば、選ばれて婚約者としての打診を受けることもある。
マリアンネは、候補となってからルートヴィッヒが旅に出るまでの2年間、妃の座を得るべく努力を重ねてきた。
美しさに磨きをかけ、流行のドレスを纏い、足しげく王宮に通っては手ずから王子にお茶を振舞った。
刺繍を入れたハンカチも送ったし、詩を添えた手紙だって何度も出してきた。
誰よりも婚約者の席に近いところにいる自信があった。
ルートヴィッヒの心には、きっと自分の姿がいるのだと思い込んでいる。
しかし残念なことに、彼女は努力の方向性を間違っていることに気づかなかった。
元々派手さより素朴さを好むルートヴィッヒに対し、流行最先端のドレスとアクセサリーは“身に纏う”と言うより“体に乗せている”ように見えた。
勉学と剣の鍛錬に勤しむ彼の貴重な空き時間を潰し、彼女の語る話の内容も興味のないものばかり。
観劇の話や流行りの小説の感想そのものは別に構わない。だが必ず「あの俳優はだめね」「こんな話に夢中になるご令嬢はレベルが低いですわ」と何かにつけて負の感想を述べるのが苦痛だった。
刺繍入りのハンカチは令嬢がよく紳士の気を引く手段として使うが、“下心”のある令嬢は大体そこに自分の香水などをしみこませて贈ってくる。マリアンネだけでなく他にもあったそんな贈り物は、もうどこにあるのか記憶にない。
詩は…礼儀として返事は返したはずだが、正直何も覚えてなかった。
ルートヴィッヒにとってマリアンネは完全に「その他大勢」な上に、レジーナと会ってからはさらマイナスの印象となっていた。
今日も目の前で猫なで声で媚びを売って来る姿は、腹立たしささえ感じた。
その豪奢なドレスも、アクセサリーも、マリアンネが全く身にならなかった教養も、全てレジーナには与えられなかったものだ。
同時に、その両親に対してもどうしても厳しい視線になってしまうのは利発的な王子とは言え、まだ人生経験は少ないからだろう。
「ゼーレンベルク侯爵夫妻、そしてマリアンネ嬢。妹君の悲しみの中よく参ってくれた」
父のそんな社交辞令さえ苛立たしい。この家族がジーナに対し悲しみを抱くわけがない。
そんなルートヴィッヒの態度に気づいた王妃である母が、「ルト、落ち着きなさい」と小声で言うくらいには顔に出ていたらしく、流石にそれは社交スキルが低かったなと心の中で反省した。
「ゲッテンミュラー侯爵夫妻」
待ち望んだ家名が告げられ、ルートヴィッヒは顔を上げた。
レジーナは今日まで城に滞在していたが、挨拶には伯母夫婦と共に来るからだ。
「おお、ゲッテンミュラー侯爵夫妻。その節は世話になったな。変わりないか?」
「ええ、お陰様で。いや、お腹のサイズは少々変わりましてな。この衣装も文句を言われながら調整いたしました。ルートヴィッヒ殿下、旅立ちの儀を無事帰還なされたこと、お祝い申し上げます」
「伯父上、ありがとうございます」
「まあ他人行儀な挨拶はこんなものでよいだろう。カタリナ、またルトの無茶な願い、叶えてくれて助かった」
「いいえ陛下。わたくしも娘ができたようで楽しかったですわ。さあジーナ。いよいよ成果を見せる時ですよ」
カタリナの後ろから、白いドレスのレジーナが姿を現わした。
肌の露出が抑えられた上品なドレスは、ルートヴィッヒから贈られたものだった。
彼は旅立ちの直前、デビュタントの衣装を贈りたいと伯母に相談していたのだ。
準備期間の関係でフルオーダーとはいかなかったが、伯母は甥の好みを的確に汲み取り、目の前にいるレジーナの姿は彼にとっては完璧だった。
ベースのドレスはレースに縫い付けられた銀糸とパールによって装飾が追加され、白をより際立たせた。
アクセサリーはどれも小振りながら、ダイヤとルビーの組み合わせは彼女の色にぴったりだった。レジーナが僅かに動くたびに光を反射し、レジーナそのものが輝いているように見える。
アップにされた髪から幾筋か肩に流され、思わず手に掬い取ってみたくなる。
美しい淑女の礼を取った彼女は、王の「面をあげよ」の声で背筋を伸ばすと、デビュタントお決まりの口上を述べた。
「お目通り叶いまして恐悦至極にございます、国王陛下。レジーナにございます。ルートヴィッヒ殿下のめでたき日をお借りし、ご挨拶申し上げます」
「ルト、落ち着きなさい」
母は今日2度目となる注意をしたが、今度は笑いが含まれていた。
「レジーナ嬢、この1週間そなたを見ていたが、とても2か月で叩き込んだとは思えないような振舞いと教養であったぞ。まあ私の言葉はどうでもよい。ルト、何か言いなさい」
「綺麗だ」
呆けたように、だけど即座に一言そう言ったルートヴィッヒの様子に、両親と伯母夫妻、そして控える護衛までもが笑いを堪えきれず吹き出した。
「なんだそれは。もう少し気の利いたことは言えぬのか」
「ごめんなさいねレジーナ嬢。あなたの努力がルトの表現力を奪ってしまったみたいね。でも確かにとても綺麗だわ。頑張ったのね」
レジーナは頬を染めて「王妃殿下、ありがとうございます」と返したが、目線がルートヴィッヒに向いたままの彼女もまた心ここに在らずの状態のようだ。
この1週間彼とはほとんど会えていない。
盛装姿は凛々しく、気を抜けばぽかんとしたままずっと眺めてしまいそうだ。高まる鼓動を抑えることは難しかった。今すぐ胸に手を当て深呼吸したくなるが、そんな無作法するわけにもいかずなんとか堪える。
「さあ、残りの挨拶をさっさと済ませてしまおう。先にホールで楽しんでいてくれ」
レジーナ達が国王に促されホールに移ると、先に挨拶を済ませた者の視線が一気に集まった。
デビュタントの色は白なため一目瞭然となる。
今日デビューする者は多いが、レジーナは少し古風とも言える控えめな衣装だけでなく、赤い髪と白いドレスのコントラストが目立った。
そしてその立ち姿の美しさと、少し物憂げな表情は、同じ年ごろの紳士の心をぐっと引き寄せた。
「お母様…あれ…」
「なにかしら…レジーナ…!?」
壁際で他の貴族と談笑していたマリアンネとその母は、反射的に扇子で口元を覆うと、顔を寄せ合った。
「どうしてレジーナがここにいるのです?」
「私にもわからないわ。あれはゲッテンミュラー侯爵夫妻?何があったの?」
2人の様子に気づいた父が、一歩遅れて驚いた。
「なぜ…てっきりどこかで死んだと…」
小声で話しているとさらに驚いたことに、挨拶を終えた国王一家がホールに移る際、ほんの僅かではあったが、ルートヴィッヒ王子と目線を合わせ微笑み合ったのだ。
「あの子今…ルートヴィッヒ殿下と!?」
その時、国王の声が響いた。
「諸君、今日はよく来てくれた。我が息子ルートヴィッヒは先日諸侯の協力もあり無事帰還を果たすこととなった。彼が多くのことを学び、やがて国のために生かしていけることを願う。皆この日を楽しんでくれ」
「私がこうして無事に帰って来られたのも皆のおかげだ。楽な旅ではなかったが、諸国を見て回れたことは今後父を、そして国を助けていく上で大いに役に立つと思う。この場で皆に感謝する。ありがとう」
「シュトラルバッハ王国とルートヴィッヒ殿下に乾杯!」
「「乾杯!」」
音楽が流れ始め、国王と王妃によるファーストダンスが始まった。
この後、今日の主役であるルートヴィッヒが躍ることになる。
最初に踊る相手は、婚約者候補と決まっていた。家格の高い順に、1曲の途中で次の令嬢に交代し、次々と10人相手にしなければならない。
候補者以外で彼とダンスを踊りたければ、その後の争奪戦を狙うことになる。
実はこの婚約者候補とのダンスよりも、そちらの方が注目度が高かった。
マリアンネは1曲目の2番目だ。
候補者でも、王子の心を射止めていればそのまま最後まで踊ることもできる。
マリアンネはレジーナの登場に嫌な予感がしつつも、最後まで踊ってもらえる気でいた。
1人目が終わり、流れるように曲の途中からマリアンネの手が取られる。
マリアンネが婚約者の座に収まると思っている貴族は実はかなり多い。
傍目からは彼女は美しく、他の候補者よりも王子を慕っているように見えるのだ。
実際彼女が慕っているのはルートヴィッヒではなく妃という身分なのだが。
2人が手を取り合うと、令嬢からは「お似合いね」という溜息が、紳士からは「あわよくば」という視線がマリアンネに向けられる。
踊りながら、マリアンネは早速アピールを始めた。
「ルートヴィッヒ殿下、ご帰還を心よりお待ち申しておりました。旅立たれる前よりもずっと精悍になられて、わたくし、胸がいっぱいでございます」
すっと頬を赤らめ、少し上にあるルートヴィッヒの目を見つめる。
だがその目はとても冷ややかで、今まで見たことのないものだった。
「殿下…?」
「妹君のこと、お悔やみ申し上げる」
「え…?あ、ありがとうございます…?」
「さぞや見たかったのだろうな、外の世界が」
「殿下何を?」
「君なら病室から見える景色が世界の全てだったらどう思う?」
「そんなの生きていけませんわ」
「俺もそう思う」
「…殿下!?」
不可解な会話の間、流れた音楽はほんの5小節ほどだったろうか。
手がすっと離され、思ったよりずっと早く自分の出番が来た次の令嬢が慌てて前に進み出た。
あまりに短いダンスに、周囲からざわめきが起こる。
もう次の令嬢が踊り始めたのに、呆気にとられたまま動けないでいるマリアンネは、小声で母に呼ばれることでやっと我に返った。
「お母様…ルートヴィッヒ殿下は私に興味ありませんの?」
「そんなはずはないわ。きっと久々に会ったあなたに動揺したのよ」
母の方が動揺した様子で答える。
母も娘と同じく、妃に据える気で満々だった。
そのために目をかけ金を費やしてきたのだ。
「私、候補者とのダンスが終わったらまた踊って頂きたいわ」
「ええ、そうね。そうしなさい」
これはきっと何かの間違いだと、残る令嬢のダンスを睨みつける。
そして最後の1人とのダンスが終わり、奏でられる音楽の調子も変わった。
ここからは他の貴族もダンスホールに出られるので、彼らはパートナーと共に思い思い踊り始める。




