18 良く出来た兄、ひねくれた弟。
前回のあらすじ・・・
久しぶりの再開に感動するレジーナとルートヴィッヒ。
ルートヴィッヒは僅かな間のレジーナの成長に驚きを隠せない。
レジーナはルートヴィッヒの両親である国王夫妻に謁見し、ルートヴィッヒを支えたい気持ち
を伝える・・・
それからはルートヴィッヒもレジーナも忙しく、食事を共にする以外はほとんど会う時間を取ることができなかった。
ルートヴィッヒは帰還祝だけでなく領地の授与式もありその準備に追われ、一方レジーナは自信のないダンスの練習を続けていた。
帰還祝前日の昼間、ルートヴィッヒは少しだけレジーナの練習に顔を出すと、パートナーを務めた。
「そんなに下手とも思わないが」
「でも頭の中で必死にステップを思い浮かべてないと足が動かないんです」
「確かに表情は少し固いな。場数を踏めば緊張も解けるだろうが、その場数がな」
「そうなんです。だから少しでもこうして練習するしかなくて…でもルト様、お忙しいのに来ていただいて嬉しいです」
「本当はもっと一緒にいたかったけど」
ステップを止めると、腰に添えただけの手がぐっと後ろに回された。
体が密着し、ルートヴィッヒはレジーナの顔をそっと撫でた。
「すまない、そろそろ行かねば。ジーナ、言うほどステップに問題はないんだ。あまり気負いするな。もし転んでしまいそうなら…飛べばいい」
「ふふっ、そうですね。飛んでしまえばステップだって失敗してもばれません」
ルートヴィッヒは彼の冗談に笑ったレジーナの額に軽くキスをすると、「それじゃあ」と言って出て行った。
おでこの熱を気にしつつ、レジーナは1人になったホールでひたすら練習した。
少しして、戸口に知らない人物が立っているのが見えた。
顔立ちがなんとなくルートヴィッヒに似ている。少し目が下がり気味で、髪の色は赤茶だった。
「もしかしてハンス殿下でらっしゃいますか」
話しかけられると思っていなかったのか、彼はびっくりしたように見えた。
「そうだけど…」
ルートヴィッヒは弟は内気と言っていた。確かに返事は小さな声で、目は合わせようとしない。
「あの、大変厚かましいお願いなのですが、もしお時間がおありなようでしたら私のダンスの相手をしていただけないでしょうか…明日が本番だというのに、まだ心許なくて…」
「本当に何も知らないんだ」
「はい?」
「2か月で詰め込み教育したって聞いたから。期間が短すぎるよ。僕なら無理。はい、手」
どうやら練習は付き合ってくれるらしく、ルートヴィッヒより少し低い身長の彼はレジーナに手を差し出した。
「ありがとうございます」
ピアノ係がワルツを引き、レジーナはまた頭にステップを思い浮かべる。
そんなに難しい動きではないのに、音楽に合わせて動くのがどうやらレジーナには苦手らしかった。
「肩、力入りすぎ。頭でステップ追ってるからそうなるんだよ。間違えたら間違えたで、兄上のリードが下手なことにすればいい」
「そういうわけには」
「いいんだよ。ダンスなんて男がリードするもんなんだから。足の動き、もう少し大きくした方が様になる」
「先生にも同じことを言われました」
「じゃあやりなよ」
「う…」
顔立ちは似てるのに、性格がまるで違うと思った。ルートヴィッヒと入れ替わるように旅立つと聞いていたから、年齢はレジーナの方が数か月だけ上のはず。
それに内気と言うより、皮肉屋だ。
なんだかちょっとだけ悔しくて、背筋を改めて伸ばすとゆったりした動きを頭に描いた。
「できるじゃないか。兄上はできているところを褒めるタイプだからね。真に受けていると上達しないよ」
「でも褒められるともっと頑張ろうって思いません?」
「そう?」
「ハンス殿下はそうではないのですか?」
レジーナの質問にハンスの動きが止まってしまった。
レジーナも動きを止め質問の答えを待つ。
「いつもそうだよ。お前もできている、問題ない、前より上手になった…僕が苦手としているとこなんて気づきもしない」
「…それは本当に出来ているのではないでしょうか?」
「は?」
「私以前剣を教えて頂きました。ほんの少しですけど。褒めても頂きましたが、どこをどうすればもっと良くなるか教えていただきました。だからルト様が出来てるとおっしゃるのなら出来ているのではないでしょうか」
「剣なんか習ったの?」
「ちょっと色々ありまして…」
ルートヴィッヒとハンスは子供の頃は仲が良かったと聞いた。ルートヴィッヒはハンスを心配しているが、ハンスの方は何か違うものを抱えているようだった。
「兄上はなんでもできるだろ。頭もいいし、剣も馬術も。おまけに守護精はプロミテウスのドラゴン。僕はただの鷲だよ」
自分の出来に守護精の話が出てきたことがレジーナにはひっかかった。もしかしてハンスもまた守護精に劣等感を抱くタイプだろうか。
「殿下、もしかして守護精のことを気にしてらっしゃいますか?」
「うるさいな…」
「私の守護精はご存知ですか?」
「イグニスでしょ。それで兄上を助けたって。君もなかなかな守護精しているよね」
ぶっきらぼうな言い方の棘が増した気がする。
やはり守護精を気にしているようだ。
「確かにイグニスなのですけど、元々フレイムリザードだったのです」
「は?なんで変わったの?」
「私もはっきりとはわかりません。でも守護降ろしの儀の時、私はプレッツェルをドラゴンだと思ったんです。でも目の前にいたのはフレイムリザードで、家族はそれを恥として私を幽閉したようです」
「そんなことで幽閉なんてどうかしている」
「私もそう思います。でも殿下も自分の守護精に劣等感を抱いてはいませんか?」
「それはっ…そりゃ兄がプロミテウスで、父がガイアなんだ。僕だけ鷲ってなんだよ」
ハンスはふてくされて後ろを向いてしまった。
ダンスはあんな堂々としていたのに、拗ねた背中がなんだか悲しい。
「私はプレッツェルがトカゲでもドラゴンでもどちらでも好きでした。そしていつかドラゴンになると信じていました。守護降ろしで確かにイグニスを見たと思ったからです」
「じゃあなに、僕のシュタルクもいつかグリフォンにでもなるっていうの?」
「なるかもしれませんし、ならないかもしれません」
「何が言いたいの」
「思えば私は自分が何者かも分かっていませんでした。明確な意志もなく、全てが漠然としている状態だったんです。それがルト様と旅をしてるうちに少しずつ目標ができて、そしてあの時落ちて行くルト様に生きて欲しいと強く思いました。プレッツェルも同時に、強く翼を求めました。もしかしたら、宿主の精神や成長に呼応することもあるのかな、と思います。あくまで私の考えですが」
ハンスは黙っている。もしかしたら内にいる鷲のシュタルクと何か話しているのかもしれない。
「殿下の守護精を見せていただいてもよろしいですか?」
彼は躊躇った後、上げた右腕の上に鷲を出現させた。
精悍な目と、美しい羽の持ち主だった。
「君のドランゴンも見せてよ」
レジーナが差し出した左手にプレッツェルが現れる。目をくりくりさせ、鷲に興味津々な様子だった。
「小さい」
「プロミネーアに比べたら凄く小さいですけど、飛ぶ力はなかなかですよ。落ちるルト様も支えたので」
「…本当は僕も守護降ろしでもっと大きな鳥に見えたんだ。でも目を開けたらこいつがいて、恥ずかしくて誰にも言えなくて。なのに兄上も父上も母上もみんな“いい守護精だ”って言ったんだ。みんな嘘をついていると思った」
「殿下、まずは殿下がシュタルクを信じましょう。私もプロミネーアを見た時に少し自信を無くしたんです。でもプロミネーアもルト様もプレッツェルのことをいいドラゴンと言ってくれて。プレッツェルはどんな姿でもプレッツェルだし、大好きだって思ったんです。シュタルク、とても綺麗な目と羽です。私もいい守護精だと思います」
「…いつかグリフォンになる?」
ハンスのぶっきらぼうな態度が一変、急に不安げに聞いてくる。
「それは保証できません。殿下次第ではないですか?でも、私はグリフォンになったシュタルクに会いたいので、きっとそうなると信じてます」
「変なの、他人の守護精なのに…ねえこいつ触っても平気?」
ハンスがプレッツェルを見ながらそう言うと、人懐っこいプレッツェルはすぐにハンスの腕に飛び乗った。
「うわ…か、可愛いな」
「はい!私がめげずにやってこれたのもプレッツェルのおかげです!」
この令嬢はよほど守護精が好きなのだろうか。
理知的に経験談を話していたと思ったら、急に子供のようなはしゃぎよう。
「…可愛いな」
満面の笑みでプレッツェルを見るレジーナにもついそう言ってしまったが、彼女はプレッツェルのことを褒めていると思っているらしく何も気づかなかった。
兄に聞かれたら盛大に勘違いをされるかもしれない。
以後気を付けようと思った。
ハンスはプレッツェルを返したその手をそのままレジーナに差し出した。
「練習。もう少し手伝ってやる」
「ありがとうございます!」
音楽に合わせ、ハンスとレジーナが動き出す。レジーナは萎縮した動きにならないよう、ハンスと同じくらい大きく動いた。大きな動きの方が、なんとなく自信も出てくる。
「ありがとう…」
「え?」
「なんでもない。さっきよりいい動きだ」
「殿下――」
「ハンスでいい」
「ハンス様、ルト様は旅の途中でもハンス様のご心配をなさっていました」
「またそうやって子供扱いを…」
「子供の頃を懐かしんでらっしゃいましたよ」
「そんな懐かしむほど昔でもないだろう」
「寂しいんじゃないですか?昔はよくこうやって一緒に寝るまで遊んでいたのに、っておっしゃってましたから」
「兄上が寂しがるとか…」
そう言いかけて、ハンスは重大なことに気づいた。
「待って、“こうやって”ってそれ、どんな状況?」
「一緒に…」
レジーナも言いかけて、とんでもないことを言っていることに気づく。だがもう遅い。
「まさか床を共にしたの?兄上も手が早くないか!?」
「ハンス様、言い方っ…!私旅の最中、男装していたんです。それである宿でシングルしか取れなくて、私は少年と思われているし…結果的には最初から女だってバレていたのですが…」
「男装がバレてないとしてもその年齢で一緒に寝て女だって気づかないわけないじゃないか。兄上は何もしてこなかったの?」
「そんなことしてないですっ」
「うわ…君けっこう酷いね」
ハンスが飽きれた顔でレジーナを見る。
レジーナは年頃の男子が年頃の女子と一緒にいるとどうなるかなどまるでわかっていない。何が酷いのかさっぱりだった。
「私、何か悪い事したんでしょうか」
「したね、僕なら無理だね」
好きだとか好きじゃないとか関係なく、そんな状況になれば絶対手を出してしまうだろうと思うと、兄が鋼の理性だったのか、彼女に魅力が全くないのか…いや、魅力がないわけはないと思う。目の前の実物を見ていると。
「やっぱりシングルを大人2人は狭いですよね」
「そう来る?まあいいや。じゃあ明日は頑張りなよ。君なら失敗しても笑っていれば許されるでしょ」
「お付き合いいただきありがとうございました。なんだか出来そうな気がしてきました」
「そう、よかったね。それじゃ、姉上」
ハンスが手をひらひらさせて出て行くと、意味がすぐに飲み込めないレジーナが残った。
意味のわかるピアノ係はこっそり笑っている。
『あねうえだって!なんで姉上?』
『姉上?なんでかしら?ちょっとぶっきらぼうなお方だけど、お話しできてよかったわ』
『シュタルクも喜んでたよ』
『そうなの?ハンス様も、もっと自信をお持ちになれるといいわね。きっとご自分で思うより色々出来てる方なのよ。自分に厳しいんだわ』
最後はほとんど背中ばかりしか見えなかったレジーナには、ハンスが来た時よりずっと明るい表情で出て行ったことには気づけなかった。
次回・・・「覚醒、もう1人」
いよいよ本番を迎えた帰還祝。しかしそこには、婚約者候補であった姉と両親の姿もあった。
レジーナとルートヴィッヒの仲を知った姉は、その姿とは裏腹の本性を見せ、会場は騒然とす
る・・・そんな中動いたのはハンスで・・・?




