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16 旅路、再び

前回のあらすじ…

 婚約者はいないことがわかったレジーナは一安心するも、ルートヴィッヒはもう明日にも旅立

 ってしまう。

 彼は伯母にレジーナを預け、そこで勉強することを勧める。

 レジーナもまた、ルートヴィッヒに追いつきたい一心で10年分の時を取り戻すつもりで挑むこ

 とを決意する。

『いい空気だったのに、あなた告白しないの?』


 レジーナを伯母の部屋に送り届けた後、ルートヴィッヒは旅の準備をしていた。

 メイドが休憩にお茶を淹れてくれたので、窓辺から外を眺めつつカップを傾けていると、プロミネーアがそう尋ねた。

 眼下に広がる中庭には、ガーデンテーブルがセットされ、そこに伯母とレジーナの姿が見えた。


『今告白しても彼女を困らせるだけだろう。これから2か月で彼女はデビューしなければならないんだ』


『困るかしら?』


『考えなければならない要素は少ない方がいいだろう?』


『そう?あなたあれだけ距離感おかしくなっていてよく言うわ』


『…これでも自制してる』


『ふーん…無自覚って怖いわね』


「あれは…?」


 庭の隅に出来た人だかりを見つけ、彼は思わず声に出した。


 レジーナ達が座るテーブルから少し離れたところに、訓練中らしい伯父の私兵が見える。

 木立の隙間に幾人か並んだ姿は、もしかしたら隠れてレジーナ達を伺っているつもりなのかもしれないが、まるで隠れていない。


 2階のここからならもしかしたら話声が聞こえるかもしれないと、彼は静かに窓を開けた。


「――わいいなーーだろ?」


「俺――ンスあるかな?」


「ジーナ嬢――恋人――?」


「だめだここからだと聞こえない」


 ところどころ聞こえるこそこそとした声は、どうやらレジーナのことを言っているようだった。

 なんとなく焦燥感に駆られ、内容が気になって仕方ない。


 その時、彼らの存在に気づいた伯母の声が聞こえた。


「あなた達訓練はどうしたのです?そんなところで盗み聞きするようにこそこそと。何か言いたいことがあるのならはっきりなさい」


 伯母の張りのある声は2階でもはっきり聞こえた。

 兵士達は気づかれたとわかると、カタリナの前に整列した。


「何をしていたのかしら?」


「はっ!ルートヴィッヒ殿下がお連れした噂の令嬢が気になり覗き見しておりました!」


「そのまま正直に言う者がおりますか!……あら、何かしら?」


 兵士を一喝していると、メイドが一人近づきそっとカタリナに何かを耳打ちした。


「あら。わかったわ今行きます。話の途中でごめんなさい。少しだけ席を外しますが、ここにいる無礼な兵士の相手はしなくてよろしいですからね」


 そう聞こえた後、伯母は屋敷の中に戻った。


 しかしそれで私兵が散るわけでもないし、レジーナも話しかけられればカタリナに言われたことを守ることもできず律儀に答えた。


「ジーナ様?ここにご滞在なさるのですか?」


「はい、しばらくお世話になります」


「可愛い…」


「お前ちょっとどけよ。コホン、ジーナ様、俺はアントンと言います。ご滞在中、わからないことがあればどうぞお気軽にお尋ねください」


「お前抜け駆け…ジーナ様、俺はブルーノ。ここの兵士の中で一番力があります。どうぞお見知りおきを」


「嘘つけ。お前この間騎士団の方でボコボコにされてただろ」


「言うなよ!」


 レジーナが肩を揺らして笑うのが見えた。


「皆さん、どうぞよろしくお願いします」


「うお…カタリナ様とは大違いのなんと可憐な声…」


「俺エルマーって言います。ちょっと呼んでいただけますか」


「エルマー様?」


「いい…」


「可憐だ…」


『ふふふふ。取られちゃうわよ。2か月もここにいたら、ジーナもあなた以外に男がいることに気づくかもしれないわね』


『黙って』


「皆さんは伯爵領にいらした方ですか?」


「いえ、俺たちは留守番組です。いやあ、俺も行きたかったなあ。そうしたらジーナ嬢に俺の流れるような剣技を披露できたのに!」


「ルト様に負けるくせによく言うよ」


「黙ってろよ…」


「ルト様とお手合わせしたことがあるんですね!私も少しだけルト様に剣を教えていただいたんですよ」


「え、そんな可愛いのに剣を!?」


「はい。ちょっと興味があったので、教えていただきました」


「俺もお教えしましょうか!?」


「だから抜け駆けすな!俺も!手取り足取り、なんなら他のところも…」


「下品なんだよお前は。ひかれたらどうすんだよ!」


 テーブルに群がる若い兵士たちは、後ろから戻って来た人物に気づかずレジーナとの会話に熱中している。


「あなたたち。随分と休憩時間が長いようなのできっと体力が有り余っていますよね。わたくしが特別な訓練を課してさしあげましょう。さあ湖の周りを10周走ってらしゃい。遠慮はいりませんよ」


 兵士が一斉に振り向くももう遅い。

 敬礼する彼らを無視し、カタリナはまたレジーナの向かいに座った。

 メイドも我関せず新しいお茶を淹れている。


「レジーナ、ここの兵士は騎士も含めて少々慣れ慣れしいですからね。相手にしなくて結構です。話すだけ下品になりますよ。あらあなた達、まだいたのですか?早く行かないと夕食に間に合いませんよ」


「「はっ!失礼いたします!」」


『彼女、あなたが旅を終える前に良い相手が見つかるかもしれないわね』


『…そんなものはいない』


 思わず持っていたカップを乱暴に置いてしまい、受け止めたソーサーが音をたてて割れてしまった。


「しまった…」


 片付けに来たメイドに謝罪すると、ルートヴィッヒは苛立ったまま荷造りの続きを再開した。


 これからレジーナがここで受ける教育は、令嬢教育が主なものになる。そうなればあの伯母のことだ。社交の練習のため誰かとの交流の席を設けるに違いない。


 その席に男がいたのなら、ジーナは自分のあずかり知らぬ所でその男と会話をすることになる。

 もしかしたら息抜きにジーナが兵士に剣を教えて欲しいと言うかもしれない。

 

 彼にはそれを禁止する権限などない。

 例えレジーナが他の男と話しても、その男と親しくなったとしても、それは彼女の選択であってルートヴィッヒがどうにかできるものではないのだ。


 ジーナは自分のことを慕ってくれている気配はある。

 だがそれはもしかしたら“兄”のような感覚かもしれない。


「ジーナ…君を渡したくない」


 庭のレジーナたちはもういない。

 

 いつの間にか日は陰り、彼の呟きは薄暗くなった部屋に吸い込まれていった。


 その日の夕方。まだ回復していないレジーナは、少し疲れたと言って休むとそのまま夜を迎えてしまった。

 ルートヴィッヒは別れの挨拶をすることもできないまま出立の朝を迎えた。


 伯父と伯母、そして一部の使用人や兵士に見送られ、愛馬とともに城門をくぐる。

 そこに、一番いて欲しい人の姿はなかった。


「レジーナ嬢には怒られるかもしれんな」


「ええ、でも仕方ありません。無理して起こしても体調が悪くなっては事です」


「そうだがなあ」


 ゲッテンミュラー侯爵夫妻が、起きたら既にルートヴィッヒがいなくなっていたと知った時のレジーナを思いすまなそうな顔をする。


 その時、重たい音をたてて城館の扉が開いた。

 中から出てきたのは、夜着のまま裸足て駆けてきたレジーナだった。


「カタリナ様、ルト様は!?」


「ごめんなさい。もう出立してしまったの。きっともう林道の中よ。馬だし、追いつかないわ」


「ルト様…」


 レジーナは城門の方を見据えると、走り出した。


「レジーナ!おやめなさい!」


 カタリナの制止も聞かず、走りながらプレッツェルと融合すると城門を一気に飛び越えルートヴィッヒを追いかけた。


「おお!イグニスか!なかなかいい守護精をしているな。いやヴォルカノじゃなくてよかった。あれは気性が荒いからな。プロミテウスでも敵わんかもしれん!」


 豪快に笑う夫の横で、カタリナはレジーナの体調が心配ではらはらしながらその背中を見ていた。


 飛び立ったレジーナは、数分もしないで林道を行くルートヴィッヒを見つけた。急降下すると、いてもたってもいられず大声で名前を呼んだ。


「ルトさまっ!ルトさまぁ!」


「ジーナ…?」


 馬を止め振り返ると、そこには薄衣のまま燃える髪をなびかせ一直線に自分に向かってくるレジーナがいた。


 朝日を背中に、ルートヴィッヒは彼女はやはり女神だと思う。


 馬首を巡らし両手を広げたルートヴィッヒの胸に、文字通りレジーナは飛び込んだ。



「ルト様っ」


「ジーナっ」


「ご挨拶もできないままなんて、あんまりです」


「すまない、本当は君に言いたかったんだ」


 彼は宙に浮く彼女を引き寄せ、馬の上に向かい合って座らせた。

 乱れた髪を直してやり、その瞳を覗き込む。


「ジーナ、2か月後、君に会えることを楽しみにしている」


「カタリナ様がデビューをしろと…」


「そうだ。俺の帰還祝が君のデビューの日だ。来てくれるな?」


「私、失敗したらルト様に恥をかかせてしまいますか?」


「大丈夫だ君は失敗しない。でもそうだな、もし失敗したら、俺も何か失敗しよう。俺の失敗の方が注目度が高いからな」


 レジーナは「そんなことさせるわけにはいきません!」と言ったあと、彼のあんまりな対策に笑った。


「ルト様、どうかご無事で。ずっとここから旅のご無事をお祈りしています」


「それは頼もしい。女神のような君がそう言ってくれるのなら、無事は間違いないな」


「また女神だなんて…」


「さあそろそろ戻れ。まだ本調子でないのに融合していたらだめだ」


 そう言うとまつ毛を伏せ、恭しく彼女の手にキスをした。

 愛を誓うようなそのキスに、レジーナは翼と同じくらい赤くなった。

 名残惜しさに手を繋いだまま羽ばたくと、彼女の体がふわりと浮く。

 

「いってらっしゃいませ、ルト様」


「ああ、行ってくる」


 手を離せば、ルートヴィッヒは手綱を握り再び馬を進め始めた。

 その背中を落ちそうになる涙を堪えて見送る。

 彼はその後振り返ることなく一気に林道を駆け抜けた。


 少しだけよ。2か月なんてあっという間。その2か月間でなんとか帰還祝に出ても恥ずかしくないくらいには成長しなくちゃ。

 そして成長した私をルト様に見てもらいたい。 


 昇る朝日に照らされた林道は、一瞬だけ朝焼けに染まり燃えるような色になった。

 レジーナの色が自分の旅路を祝福してくれているようで、彼は口元をほころばせ馬を走らせた。

次回…「羽化」

 僅か2か月の間に急成長したレジーナは、帰還祝の1週間前に城に呼び出される。

 忙しいルートヴィッヒとの再会に喜ぶのも束の間、彼女は国王夫妻、つまりルートヴィッヒの父

 母に呼びされることとなり…

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