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15ー1 溢れそうな想い、膨らみ始めた想い。

前回のあらすじ…

 距離の近いルートヴィッヒに、レジーナの中に芽生えた想いが大きくなり始める。

 なのに、彼には姉という婚約者がいるはず。それを思うと暗い気持ちが拭えず…

 夕方までに少し落ち着いた熱は、夜になるとまた上がってしまった。

 夜にまた来ると言っていたルートヴィッヒを待っていたかったが、メイドに早く休むように勧められ素直に眠ることにした。


 温かい寝具の中でぼんやりとした頭に浮かぶのは、ルートヴィッヒの婚約者であるはずの姉の姿。


 最初に姉がそう言ってきた時、彼女には婚約もルートヴィッヒという王子についても何も思わなかった。

 当時14歳の姉はとても自慢げに話していたが、自分には全く関係のない話で、12歳の彼女にはそれがいいことなのかもよくわからなかった。


 それなのに、今改めてその事実と向かい合うと胸が苦しい。

 ルートヴィッヒと姉について考えると、どうして熱よりもずっと強く自分を蝕んでくるのかがわからない。

 わからないけど、レジーナを蔑み、常に高慢な態度で話す姉がルートヴィッヒに相応しいとはどうしても思えなかった。


「ルト様は…どう思って…」


 重たい瞼がいつの間にか落ち、次に開いた時にはレジーナは鉄格子の自室にいた。


「ここは…鉄格子が戻ってる?」


「あらレジーナ。何を騒いでいるのかしら?みっともない。まああなたは一生ここから出るわけじゃないからみっともなくても関係ないわね」


 久々に見た姉は、記憶よりずっと妖艶で美しい。レジーナが凹凸の少ない幼さの残る容姿なのに対し、姉は年頃の同性が憧れる見事な体をしていた。


 どうして突然自室に戻り、目の前に姉がいるのかよりも、レジーナはルートヴィッヒが傍にいるのかが気になった。


「お姉様…ルト様は…ルートヴィッヒ殿下はどちらに?」


「何を言っているのレジーナ。ルートヴィッヒお義理兄様(・・・・・)でしょ?」


「え…?」


「ルートヴィッヒ様、レジーナったらおかしなことを言っているの。学はないし、常識もないし。マナーもない上に本当にみっともなくて」


 いつの間にか、姉の隣にルートヴィッヒがいた。

 彼は絡みつくように姉の腰に腕を回し、姉と同じように蔑んだ目をレジーナに向けていた。


「あんな娘が義妹とは恥ずかしい。もうここを訪れるのもやめよう。マリアンネ、君と過ごす時間が減ってしまってもったいない」


「そうですわね。誰の目にも留まらぬよう、もう全て閉ざしてしまいましょう。でもその前にルートヴィッヒ様、最後にあの子に、私の夫が誰なのかよく教えておきたいの」


 二人が見つめ合う。


「やめて…」


「マリアンネ、俺の愛しい人よ」


「いや…」


「ルートヴィッヒ様…愛しておりますわ」


「だめ、そんなの嫌…ルト様、嘘だと言ってください…」


 近づく2人の影に「いやあっ!」と声を上げて彼女は目が覚めた。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 起こした体は汗まみれだった。


「ジーナ、大丈夫か?酷くうなされていたが」


 薄暗い部屋はゲッテンミュラー侯爵の城の客室。

 レジーナはルートヴィッヒの声にも気づかず目をさ迷わせた。


「どこ…」


「ジーナ?俺がわかるか?」


「ルト様…」


 混乱した様子のレジーナは、今見ていた夢と目の前のルートヴィッヒが重なってしまい、彼が伸ばした手を反射的に払ってしまった。

 驚いたような顔をするルートヴィッヒを見てようやく夢を見ていたと理解し、目の前にいるのがただレジーナを心配する現実の彼だと気づいた。


「あ…ご、ごめんなさい…夢を見ていて…混乱してしまって…」


「怖い夢?」


 嫌な顔もせずルートヴィッヒは優しい声で尋ねた。

 怖かったのかと言われると、何か違う気がして考える。

 ルートヴィッヒが姉の夫となる夢。

 それは数か月後には現実になるであろう話で、決して夢の話ではないはずだ。


 怖いのではない。

 それは感じた事のないくらい醜い感情…嫉妬と嫌悪だった。


「ルト様…どこにも行かないで…」


 質問の答えにもならない回答をすると、珍しくレジーナが甘えるように縋って来た。

 ルートヴィッヒはそれを当たり前のように抱き留めると、優しく髪を撫でた。


「どうしたんだ?甘えるなんて珍しいな」


「どうして…」


「何?」


「どうしてルト様は…」


 姉と婚約なされているのですか。

 どうして婚約しているのに、私にこんなに優しいのですか。


 レジーナが部屋で恋愛小説を読んで夢見ていた頃、彼は今みたいな優しさをマリアンネに向け語らい合っていたのだろうか。

 それとも、もっと親しい距離で、もっと親密に…


 レジーナの腕にきゅっと力がこもる。

 ルートヴィッヒは黙ってその背中をあやした。


「ルト様…」


「なんだ?」


「寝るまででいいので傍にいてくれませんか」


「ああ、勿論。まだ熱がある。傍にいるから安心して寝てくれ」


 それからしばらくして、レジーナは落ち着いたのかまた目を閉じた。

 一体どんな夢を見ていたのかルートヴィッヒには知る由もなかったが、朝まで安らかに眠れることを祈りつつ額にそっと口づけを落とした。


「ジーナ…――だ」


 レジーナの薄れた意識には、掠れた彼の呟きが届いたかはわからなかった。


 翌朝、レジーナは思ったよりスッキリと目が覚めた。

 まだ怠さはあるが熱は高く感じられない。

 夜中に夢で起きてしまったことを思い出し、遠のく意識の中でルートヴィッヒが言った言葉が何だったのか記憶を探る。


「おはようございますジーナ様。お加減はいかがですか?」


 メイドがカーテンを開けながらそう尋ね、彼女は思考を止めた。


「おはようございます…昨日よりずっと気分がいいです」


「では温かいスープをお持ちしますね」


「ありがとう」


 野菜を煮込んだスープを頂くと、気分がいいようなら湯浴みをしてはどうかと言われ、お願いすることにした。


 幽閉されている時、彼女は週に1度か2度湯浴みをしたが、メイドがお湯を張るだけで手入れをするのは全て自分でしていた。


 クンストドルフで湯浴みした時はメイドの申し出を断ったが、ここではそうもいかないらしい。

 気恥ずかしい中、メイドによって綺麗に体も髪も洗われてしまった。


 洗われる最中、彼女は恥ずかしいついでに思い切ってメイドに尋ねた。


「あの…変なこと聞くのですが…私の体って子供っぽいですか」


 メイドは唐突な質問に不思議な顔をしつつ、年齢を尋ねた。


「16です…これでも」


「うーん、確かに同じ年ごろでもっと大人っぽい方もいらっしゃいますね。これからですよ!これから!」


 メイドは何故か急に励ます口調になった。

 彼女がいくつなのかわからないが、彼女もそれほど胸があるようには見えない。同じ悩みを抱える者同士、ということだろうか?


「恋をすると成長するって私の姉が言っていました!恋ですよジーナ様!意中の方はいらっしゃるのですか?」


「意中…」


「はい。恋が少女を女にするんだって力説してました!ジーナ様もきっと恋をすれば殿方を魅了するお体に成長しますよ!」


 いつの間にか洗い上がっていた長く絡まりやすい髪は、丁寧に櫛を入れられなんだかいい香りまでした。


 湯上りはゆったりした造りの室内着を着せてもらい、正装でもないのに人生で一番綺麗になった気がした。


 意中の人について思いを馳せつつ、やたらと艶やかで指通りのいい髪を触っているとメイドが結ってくれた。


「上の方で少しだけ纏めておきますね」


「あの…私がここに来た時にしていたピンはありますか?」


「はい。きちんと保管させていただいております。お付けしますか?」


 レジーナはルートヴィッヒにもらった白いピンを付けてもらうと、鏡の中を覗き込んだ。

 真っすぐに流れる髪が片方の耳の上に小さくまとめられ、そこに白い花が咲いていた。


「可愛らしいですね。もしかしてルト様に頂いたものですか?」


「えっ…?あ、はい…そうです…」


「なるほど、意中の方はもしかして…」


「え、いや、そういうわけでは」


 メイドはレジーナの反応を見てくすっと笑うと、最後にガウンを羽織らせてくれながら「あのルト様がついに…」と感慨深げに言った。


「昔からご存知なのですか?」


「私はまだご奉公には上がっていませんでしたが、皆様がよく言っていました。カタリナ様のところへは王妃様と共によく遊びにいらしていましたからね。弟のハンス様と夏には近くの湖でも遊んでらっしゃったんですよ」


 ふと、ルートヴィッヒの子供時代がどんなものだったのか気になる。

 自分とあまり歳の変わらない彼は、ずっと頭が良く行動力もある。子供の頃からそうだったのだろうか。


「なんでも興味をお持ちになるのでやんちゃな印象が強かったそうです。よくカタリナ様には怒られていたそうで…それは未だに見ることができますけどね!」


「怒られて!?」


「ええ。怒られて、隠れてお泣きになって、それをハンス様がお慰めになって…私が来たばかりの頃はまだお可愛らしかったのに、今はちゃーんと男前になりましたね」


「泣いて…」


「今だと想像もできないですよね?あ、これは内緒ですよ」


 メイドはそう言うと唇の前に人差し指を立てた。

 レジーナがつられてつい笑うと、戸口から第三者の声がした。


「内緒の話も終わったようだし、少し彼女と話がしたいのだが?」


「まあルト様、レディの部屋にノックもなしに!」


「したけど返事がなかったので勝手に入った。どうやら俺の噂話に夢中だったようだしな。ジーナ、もし体調に問題がなければ少しだけ外に出ないか?すぐ近くに湖があるんだ」


「夏にルト様が遊ばれた湖ですね」


「なんだそんな話までしてたのか。馬で5分もかからない。どうだ?」


 婚約者がいるのに、というモヤモヤした気持ちはどこかにひっかかったが、彼はもうじきまた旅に出てしまう。

それに自分が連れて行ってもらえるかはわからなかったが、もしここで別れるようなことがあるのなら、最後に思い出を作ることくらい許して欲しいと思った。


「ご一緒させてください」


 そう答えれば、ルートヴィッヒの口元も嬉しそうな弧を描いた。


 今しがた着せてもらったガウンを外出用に変え、ルートヴィッヒの馬に乗せてもらうこと5分。

 城から続く林道を抜けると、すぐに美しい湖が見えてきた。

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