14 レジーナの発熱とルートヴィッヒの情熱
前回のあらすじ…
旅の疲れと一時的な魔力の消耗から、熱で倒れてしまったレジーナ。
彼女を休ませている間、伯母と彼女の今後について相談したルートヴィッヒは、伯母の提案によ
り彼女の身を預ける決意をするのだった。
レジーナの眠る客室に来ると、ルートヴィッヒは静かにノックした。
看病としてついたメイドが「はい」と返事をして扉を開けた。
彼女は訪れたのが王子であるとわかると、扉を開き頭を垂れた。
「ジーナは?」
「熱はまだ下がらないようで少々苦しそうではありますが、眠っておられます」
「そうか。ありがとう、少し席を外してくれるか?」
「かしこまりました。御用がございましたらいつでもお呼び下さいませ」
ベッドを覗き込むと、顔を赤くし、少し呼吸の辛そうなレジーナが眠っていた。
メイドが乗せてくれていた額のタオルを桶の水で冷やしてやると、再び乗せてやった。
冷たい感触のせいか、レジーナは身じろぎするとゆっくりと目を開けた。
「ると、さま…」
「ジーナ、大丈夫か?」
「寒いです…」
「まだ熱が上がりそうだな。もうすぐ医者が来る。ゆっくり休め」
ルートヴィッヒはそう言うと、そっとレジーナの髪を撫でた。
そのまま触れた頬は熱く、レジーナは水で冷えた彼の手が気持ち良いのか、すっと目を閉じた。
「何か欲しい物はあるか?」
「お水を…」
サイドテーブルの水をグラスに入れると、レジーナの上半身を起こし支えてやる。グラスを差し出すと、彼女は少しずつその中身を飲んだ。
「ありがとうございます…私ご迷惑をおかけしてしまって…」
「いや、俺も君に無理をさせてしまった。いきなり君を連れ回すべきじゃなかった」
いきなり、という言葉にレジーナが顔を上げた。体を支えるルートヴィッヒの顔は思ったより近く、自分が映る赤い目が彼女を優しく見ていた。
「いきなり…とは?」
「ん?いや、旅慣れない様子だったからな。今は何も考えず伯母に甘えるんだ。明日もう少し体調が良いようなら、君と少し話をしたい。…旅を再開する前に」
「いつ再開されるのですか」
「まだ決まっていない。叔父にも報告をしないといけないしな」
ルートヴィッヒは嘘をついた。
明後日と言えば、彼女はきっと慌てるはず。今の様子を見るに、明後日に回復するとは思えなかった。
「ジーナ…」
ルートヴィッヒは抱えていた背中をそのまま抱きしめた。
いつもより体温の高いレジーナがすっぽりと腕の中に収まったが、彼女は少しだけ身を固くしたようだった。
「嫌じゃなければ少しだけこうしていてくれないか」
「嫌じゃ…ないです」
寄りかかる重さを感じ、すっとレジーナの体から力が抜けたのがわかった。
嫌じゃないとわかると、もう少しだけ腕に力をこめ体を密着させる。
それ以上は何をするわけでもなく、ただそうやって寄り添っていた。
「ジーナ」
しばらく抱きしめた後、彼はもう一度彼女の名を呼んだ。
――名前を呼んだだけなのに、ジーナが愛おしい
――名前を呼ばれただけなのに、ルト様が愛おしい
レジーナはルートヴィッヒの胸にもたれたまま、一定のリズムを奏でる彼の心音を聞いていた。
胸の鼓動が聞こえるほど近くにいるのに、恥ずかしさよりも安らぎを強く感じる。
ずっとこうしていたいと思った時、彼女の腕は自然とルートヴィッヒの背中に回された。
それなのに、ルートヴィッヒはぴくりと動くとほんの少しだけ体の間に隙間を作った。
「……っ、ごめんジーナ、ずっとこうしていたいけど、そうすると俺は君に不埒なことをしてしまいそうだ」
「ふらち?」
腕の中で、高熱に目を潤ませたレジーナがルートヴィッヒを見上げる。
息苦しいのか、ほんのり開けた唇で少し荒い呼吸をついていた。
口づけを望まれていると錯覚しそうになり、彼は近づけた顔を彼女の額に摺り寄せることで踏みとどまった。
「駄目だそんな顔で見上げたら。君に熱がなかったらこのまま…」
そして、行き場のなくなった欲望を誤魔化すために熱い額に唇を押し付けた。
「ぁ…」
額に押し付けられる柔らかな感触に、レジーナが小さく声を上げた。
それだけなのに、どうしようもなくルートヴィッヒを煽る何かがある。
彼は押し付けた唇の隙間から吐息を漏らすと、右手の親指でレジーナの唇をそっと押さえた。
「駄目だろう?そんな声を出したら…ジーナ…ああ、もう」
頭上のルートヴィッヒが珍しく焦ったものの言い方をすると、何故かプロミネーアを呼び出した。
『はいはい、仕方ない子ね』
「ルト様?」
プロミネーアは出て来るや否やルートヴィッヒの体を足で掴むと後ろに引っ張った。
レジーナの腕が外れ、中途半端に宙に浮いてしまった。
「すまない、自分で思うより理性が弱いみたいだ。医者に診てもらったらちゃんと寝るんだぞ?要望があればすぐメイドに言ってくれ。また夜に様子を見に来る。お大事にジーナ」
「ルト様……ありがとうございます…」
お礼の言葉を言った時にはもう扉が閉まっていた。
しんとした一人の部屋で、おでこに触る。
そこはずっとルートヴィッヒの唇が押し付けられていたところ。
彼が一体何を我慢していたのか考えようとした時、ドアがノックされた。
「は、はいっ」
「ジーナ様、お医者様がいらっしゃいました。…まあ大変!お熱が上がったのですか?お顔が真っ赤ですよ!先生、先生早く!」
「あ…これは…」
メイドの盛大な勘違いから始まった診察の間、レジーナはルートヴィッヒとの時間を思い出さないことに必死だった。
余計な事を考えると誤診されてしまいそうだった。
結局慣れない旅と一時的な魔力の減少で疲れが出たのだろうということだった。
2、3日ほど安静にして過ごし、休養ときちんとした食事をすれば回復するとのことだった。
「魔力は多くても少なくても体によくありません。しばらく守護精は内に留めおいて無理はなさらないで下さい。あまり熱が辛い時の解熱剤だけお出ししますので、苦しい時にはお使い下さい。それではお大事に」
初老の医者はそう告げると出て行った。
『ジーナ、病気じゃなくてよかったね!』
『…え?あ、うん、そうね』
『どうしたの?ぼんやりしてるよ?お薬飲む?』
『ああ、いえそうじゃないの。ルト様が…』
『ルトがどうしたの?』
『おでこに…ううん、なんでもないわ。プレッツェルはルト様大好きなのよね』
『うん!ルトはかっこいいから好き!プロミネーアもかっこいい!ジーナも好きでしょ!』
『うん、す…す、き…すき、よ』
レジーナは、かつてプレッツェルと一緒になって言った「好き」と意味が変化していることに気づいた。
気づいたけど、その気持ちをどうしたらいいのかはわからなかった。
相手は王子。
それに、姉のマリアンネは婚約者だ。
どうして婚約者がいるのに、あんなことをするの?
レジーナはまだ、マリアンネが“婚約者候補”を“婚約者”と偽っていることに気づいていなかった。
それは彼女にとってルートヴィッヒの抱擁による幸福感から一転、地の底に落とされるような暗い事実だった。
次回…「溢れそうな想い、膨らみ始めた想い」
レジーナの中にルートヴィッヒへの想いが膨らみ始めると、彼女は姉がルートヴィッヒの婚約者
である事実に悩み始める。
苦しむレジーナは、彼に連れ出された湖でついにその真相を知ることになる。




