13 寝ている間に引き継がれました
前回のあらすじ…
レジーナの守護精プレッツェルは無事ドラゴンとして覚醒し、伯父の協力を得て危機を乗り越え
た2人。
騒動の静まった夜、ルートヴィッヒは徐々にレジーナへの積極的な態度を現わすようになり…
ゲッテンミュラー侯爵領はルートヴィッヒの母方の伯母、カタリナがいる領地だ。
社交界から引退した伯母が住まう城館は美しく、エルフの城と呼ばれることもある。
湖に寄り添うように建つ、物語に出て来そうな佇まいだ。
ルートヴィッヒは旅を一時中断し、伯父と共に伯母のいる城館へ向かうことにした。
クンストドルフ伯爵の一件を報告しない訳にはいかないので、兵を貸してくれた伯父の元に行ったほうが色々とやりやすい。
急いで処理を済ませ、残りの旅には3日後くらいには出るつもりだった。
「ルト様、私も行ってよろしいのでしょうか…」
「どうして駄目なんだ?」
「だって私、この姿で行くってことは小間使いって言えないじゃないですか。どういう立場でお伺いすればいいのか…」
レジーナは中流階級程度のドレスを身に着けていた。
朝メイドが用意していた服がそれだったからだ。
「仮に男装していても伯母の目は誤魔化せないぞ?旅の途中で君が困っていたから保護した。そのままでいいと思うが」
レジーナはあまり気乗りしなかった。
もし侯爵令嬢とばれてしまい実家に帰されるようなことになったら、一体自分はどう扱われるのか。
もしまたあの部屋に戻されてしまったら、外を知った今精神を保てる気がしない。
何より、ルートヴィッヒと二度と会えなくなるかと思うと、崖に落とされた時と同じくらい怖かった。
それとも、プレッツェルが本当にドラゴンだったからと手のひらを返してくるのだろうか。
「ジーナ、あまり心配するな。伯母は君のような訳ありの娘を悪いようにはしない。もしそんなことになれば俺が…」
「なれば?」
「おお、2人とも準備できておるな。そろそろ出発するぞ。ルトたちの荷物と馬はもう回収させたからな」
もしそんなことになれば、ルートヴィッヒはどうするつもりだったのだろうか。
ゲッテンミュラー侯爵の登場によって、それは聞きそびれてしまった。
侯爵領に到着したのは昼過ぎだった。
伯母のカタリナは気難しそうに見えたが、ルートヴィッヒと交わす言葉は親し気で、甥の無事を心から喜んでいた。
幼い頃からよく出入りしていただけあって、その距離感はとても近い。
家族のような接し方に、レジーナはちょっとだけ羨ましくなった。
「伯母上、旅の途中で保護した娘、ジーナです。ジーナ、挨拶を…ジーナ?」
ジーナは少しぼんやりしいているように見えた。
それとも伯母を前に緊張しているのだろうか。
「あ、すみません。仲がとてもよろしいんだなと思ってしまいまして…」
「そうね。ルトは赤ちゃんの頃から何度もここへ来ていますから。さあ中へ。ルトが来るだろうと久々にお菓子を焼いてしまいましたよ。あなたもどうぞ召し上がって」
「ありがとうございます」
客間に通されたレジーナは、緊張を隠せないでいた。
さっきから胸は苦しいし、なんだか思考がまとまらなくてぼーっとしてしまう。
カタリナはくつろぐよう言うと、お茶の用意のために席を外した。
『ジーナ、なんだか変?』
『緊張してしまって…帰りなさいって言われたらどうしようかと…』
『ううん、そうじゃなくて、なんか変だよ?』
『なんか、って何?』
『うーん、わかんない』
「ジーナ、どうした?さっきからなんか変だぞ?」
ソファにくつろいだルートヴィッヒにまでそう言われる始末。
「ごめんなさい、緊張してしまって」
「そんなに気負いするな。伯母はマナーには厳しいが今の君にそんなこと要求しない。もっとくつろいで大丈夫だ」
「はい…」
ルートヴィッヒは元気のない返事のレジーナをよく見た。
朝はもう少し元気だったはずなのに、今は声に力がない。
それは緊張とは少し違う気がする。
「ジーナ、ちょっとごめん」
「なに…?」
ルートヴィッヒは一言謝ると、額を触って来た。
少しひんやりした彼の手が気持ち良くて、思わず目を閉じる。
閉じたら、なんだか急に開けるのが億劫な気がしてきた。
「ジーナ、熱があるんじゃないか?」
「熱…?」
ちょうどその時、カタリナがメイドと共に戻って来た。
「さあわたくし自慢のリンゴの…あらどうしたのかしら?」
「伯母上、ジーナの体調が優れないようです。熱があるかもしれません」
「まあ大変。ルト、あなた無理をさせたんじゃなくて?あなたたち、すぐに介抱の準備とお医者様を」
メイドにそう告げると、カタリナは自分のショールをレジーナにかけた。
「あらほんとに熱が高いわ。もう、どうしてあなた気づいてあげなかったの」
「申し訳ありません」
「いえ、ルト様ではなく自分で気づけなかった私が…」
「いいえ、ルトが気づいてあげなければあなたからは言いにくいでしょう。さあこちらへいらっしゃい。すぐに休んでちょうだい」
迷惑をかけるわけには…とぼんやり思うのに、カタリナに命じられたメイドによってすぐさま夜着を着せられ、髪を緩く三つ編みにされてしまった。
そのまま客室のベッドの押し込められると、すぐに睡魔が襲ってきた。
「全くルトも。こんな幼い少女を旅に連れ回すなど何を考えているのですか。ジーナと言ったわね。遠慮することなど何もないわ。しっかりここで休んで元気におなりなさい」
「ありがとう…ございます…誰とも知れぬ私のために…お優しく…接して…」
それだけ言うと、レジーナはあっという間に眠りについてしまった。
ほとんど限界だったのかもしれない。
「さてルト。少々お話しを聞きましょうか」
客間に戻ったカタリナは、すっかり大きくなった甥の正面に座った。
表情がやや厳しいのは、事情があったとは言え若い女の子を旅に同伴させたことを咎めているようだ。
「あの少女はどこのどなたなのかしら?」
「伯母上に誤魔化しがきかないことなどわかっています。ですがお話しする前に1つ約束していただけないでしょうか」
カタリナが眉を潜め「内容によるわね」と言った。
「これから俺が話すことで、彼女に不利益が生じることはしないと約束してください」
「わたくしにわざわざ改まってそんな約束をさせるなんて、よほど秘密があるのでしょうね」
「そうです。その辺の町娘ではありません。約束していただけますか?」
「その限りではないと言ったらどうするの?」
ルートヴィッヒの表情が険しくなった。伯母に対しこんな睨むような鋭い表情になったのは初めてかもしれない。
「連れ去ります」
まっすぐに伯母を見つめる目は真剣だった。
子供の頃作法に厳しい伯母に怒られることは何度もあった。
未だに怒られることもある。
だがそれ以外は優しい伯母に対し、敵意とも取れる目線を向けていた。
「あなたも成長したのね」
カタリナはそんな彼の言動を肯定的に見た。
レジーナとの関係性はわからないが、甥はそれなりに何かを背負おうとしているのだろう。
「約束しましょう。だからきちんと話してちょうだい。大人には大人の知恵というものがありますからね」
「そう言ってくださると思っていました」
ルートヴィッヒは安心したように表情を緩めると、レジーナと出会った経緯を話し始めた。
「彼女はレジーナ・フォン・ゼーレンベルク侯爵令嬢です。ですが俺がそのことに気づいていることは知りません。隠しているつもりです」
「レジーナ…確か病弱で領地に引きこもったきり出てこないと…そう言えば妹も…フリーダも心配していたことがあったわね。デビュタントにも出てこなかったと」
それから幽閉されていたのではないかという推測、そして旅の間の話をする。
クンストドルフ伯爵に殺されかけた話をすると伯母の顔は見る間に青くなった。
しばらく「そんな危険なことに令嬢を連れて行くなど!」と小言が続いた後、メイドが淹れ直した紅茶を飲んでようやく落ち着いた。
「それで。あなたは彼女をどうしようと思っているの?連れ回したということはゼーレンベルク侯爵の元にそのまま帰そうとは思っていないのでしょう?」
「戻りたくないのではないかと…彼女は最初から戻されることを恐れていたようなので。自由な世界に飛び出せたことを喜んでいました。その一方で、生きていく術を学ばなければならない現実も見えているようでした」
「…わかったわ。あなたはもう明後日には旅に戻りなさい」
「それではジーナが…」
「彼女はわたくしが預かります。わたくしがあなたの責任を引き継ぎましょう。時間があまりありませんが、あなたの帰還パーティの日にデビューさせます」
「は!?」
旅立ちの儀は2年間旅をした後、帰還後誕生会を兼ねた盛大なパーティが開かれる。
多くの上位貴族が招かれ、この日をデビューの日とする令嬢も多い。
伯母はそこに合わせて彼女を社会に認知させようというのか。
「だってゼーレンベルクと言ったらあなたの婚約者候補のマリアンネ嬢がいる家ではないですか。そんな家にいながらどうしてあの子は蔑ろにされていたのです?マリアンネが華々しく着飾ってあなたとお茶をしている時も、人気役者の歌劇に涙した時も、あの子は部屋で守護精と2人の世界。わたくし同じ子を持つ親として納得いきません」
「いや伯母上が納得いかないとしても…」
「お黙りなさい。ではあなたなら今後どうするのです?また旅に同行させたとして何をあの子に与えられると言うのです?あの子に今必要なのは知識や常識の基礎の部分。それを旅の最中のあなたが与えられますか?」
伯母が白熱している。レジーナの身の上話がスイッチとなったのだろうか。
ルートヴィッヒはこうなると誰も、国王でも止められないことを知っていた。
だが同時にそれはレジーナの身を案じてくれているのだと理解はできる。
伯母の言う通り旅に同行させるよりここで伯母の監督の元教育を受けた方が、例えデビューしないとしても有意義だろう。
自分でも気づいているのだ。
最早レジーナと離れがたくなっているだけだと。
「伯母上の言う通りです…。ですがあまり無茶はしないように…もし貴族の教育を嫌がるようなら無理強いせず…なんならデビューなんてしなくたって…そうだ、伯母上の元で侍女をさせるという選択肢も」
「ルートヴィッヒ」
カタリナが、彼らしくなくまくしたてるように言う甥の名前を呼んだ。
静かだが凛とした声にルートヴィッヒも口をつぐんだ。
「わたくしが本当に嫌がることをさせるとお思いですか?」
「…いいえ」
「レジーナが回復したらきちんとお話をします。その上でどうしたいのか聞きましょう。ですがわたくしは貴族教育を勧めますよ。わたくしの考えを聞かせ、その上で彼女に判断してもらいます」
「なぜそこまで貴族にこだわるのですか?」
恐らくレジーナは侯爵家には戻りたくないはず。
庶民を望むのならそれに合わせた無理のない教育でもいいはずだ。
「後で後悔しないためによ。もし庶民を選ぶとしても、貴族教育を受けていて損になることはありません。今の少しの頑張りが、後の彼女を大きく助けることになるでしょう」
伯母はそこで区切ると「それに…」と言ってルートヴィッヒを優しい表情で見た。
「あなたも、彼女が教育を受けていてよかったと、そう思う時が来ますよ」
「…どういう意味でしょう?」
「さあ?それは自分でお気づきなさい。そうと決まればあなたは早速伯父にクンストドルフの一件を報告してらっしゃい。ああその前にレジーナの様子見てあげて」
「わかりました」
ルートヴィッヒは席を立つと、ドアをくぐる前に伯母を振り返った。
「伯母上、ありがとうございます。どうかレジーナ嬢をよろしくお願いします」
「あなたにお願いされるまでもありません。可愛い娘ができたようでやりがいがありますしね」
ルートヴィッヒは張り切る伯母に軽く頭を下げてから退室した。
次回…「レジーナの発熱とルートヴィッヒの情熱」
熱に浮かされるレジーナは、朦朧とした中でルートヴィッヒについて考える。
こんなに優しくしてくれるのに、彼には婚約者がいる…しかも相手は姉。
そのことを考えると、どうしようもなく落ち込んでしまうのはなぜなのか…




