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12ー2 覚醒

 攻めると言っても、今レジーナもルートヴィッヒも疲労困憊だ。

 這う這うの体とも言える状態で、どうしようというのか。


「プロミネーアはもう大丈夫だ。今援軍を呼ぶ」


「援軍?」


 今しがたルートヴィッヒに戻ったばかりのプロミネーアが、どこかへと飛んで行った。

 驚異的な回復力も気になるが、援軍なんてどこにいたのだろうか。

 ルートヴィッヒが誰かと連絡を取っていたような気配もなかった気がする。


「俺が直接連絡を取り合っていたわけじゃない。プロミネーアが伝令役をしていた」


「でも他人の守護精とは話せません」


「手紙を預けてな」


 そう言えば彼は「無策ではない」と言っていたなと思った時、「来たぞ」とルートヴィッヒが言った。


「俺たちもホールへ戻ろう。現場を押さえてしまえば証拠も何もない。今伯爵は完全に油断しているはずだ」


「怖いけど、ちょっとわくわくもしてしまいます」


 てっきり恐怖と緊張で尻込みするかと思ったが、ぎゅっと拳を握り頼もしい表情を見せた。

 夜会は終始自信なさげだったと言うのに、令嬢らしいことより冒険の方が好きらしい。


 さっきは女神かと思うほど美しく大人びて見えたのに、今度は少年のような無邪気さだ。大人と子供の絶妙なアンバランスさが彼女らしく、無性に心惹かれた。

ルートヴィッヒはそんな彼女の額に唐突にキスをしてから走り出した。


「な、なんですか今のは!?」


 レジーナは追いかけながら抗議する。


「可愛かったから」


「ルト様って可愛ければ誰でもキスするんですか!?」


「君だったから?」


「もう!もう!」


「ほら、ホールだぞ」


 バンと勢いよく扉を開ければ、そこではもう乱闘のような捕り物が始まっていた。


 扉に気づいた伯爵が、「死んだはずでは!?」と思わず叫んだ。


 ルートヴィッヒは声のした方に素早く反応すると、プロミネーアと融合し逃げようとする伯爵の上に飛び乗った。

 床に打ち付けるようにして押さえられた伯爵は、うめき声を上げるも身動きが取れなかった。

 うつ伏せのままルートヴィッヒに背中に乗られ、ドラゴンの手で首を圧迫されればあっという間に意識が落ちた。


 巨大な赤い翼を広げ、燃える赤毛の中から雄々しい角を生やし、腰のやや下から続く尻尾の先は炎が揺らめいているようだ。

 知らない者が見れば、伯爵が悪魔に制圧されているように見えたかもしれない。

 いや、禍々しい悪魔なんかではない。彼もまた神々しかった。

 

 それなのに、レジーナの口から出た言葉は「かっこいい」の一言だけだった。

 感情が振り切れると、人は語彙力を失うものだ。


「伯爵を拘束しろ!彼の守護精は他者の守護精を封じる蜘蛛だ。感覚は全て塞げ」


 ルートヴィッヒが鋭い声で指示を出す姿を見て、レジーナはもう1度「かっこいい」と呟いた。


 伯爵は警戒は怠っていなかったものの、隣の領地の私兵、及び騎士団がなだれ込んで来るとは全く予期していなかった。

 しかもルートヴィッヒと小娘一人を葬ったと思い込んでいる直後。

 彼は完全に油断していた。


 会場にいた人間は逃げることもできず、全て連行された。


 静かになったホールで、兵士を連れて来た隣の領主――伯父のゲッテンミュラー侯爵がルートヴィッヒに挨拶をした。


「おおルト、久しぶりだな。また大きくなったか?」


「伯父上も大きくなられたようで…主にお腹周りが。お久しぶりです。伯母上もお元気ですか?」


 お腹の出っ張りを指摘された侯爵は、パンと平手でそれを叩いた。

 たぷん、と言う表現がぴったりな揺れ方をする。


「元気が有り余ってうるさいわ。まだ社交会を引退するのは早かったのではないかと思うぞ」


「目に浮かびます」


 ルートヴィッヒは何故か呆けているジーナを呼ぶと、伯父に紹介した。


「彼女はジーナ。ちょっと色々あって旅に同行した命の恩人です」


「おお!これは可愛いな!なんだルト、お前も旅の途中で嫁を見つけたのか」


 ぶわ、とレジーナの顔が赤くなる。

 少し前にうっかり妄想したことを、他人に言われるとは。


「ち、違います…」


「まあその辺の話は追々聞こうではないか。もう夜も遅い。兵の大半はここに残して明日共に帰還しよう。おい、クンストドルフの家令か執事はいるか!」


 伯爵は騎士によって夜のうちに王都に連行された。

 会場にいたゲストは全員身元をはっきりさせた上で帰されたが、一部国外の貴族もおり彼らは伯爵の城のゲストルームで軟禁されることとなった。後日国王から沙汰があるだろう。

 残った兵は急遽伯爵の城館を侯爵が取り仕切り、そこで休ませた。


「どうして侯爵閣下の兵士が待機できたのですか?」


 伯爵家のメイドにより湯浴みを済ませたレジーナは、同じく湯浴みを済ませゆったりした室内着に身を包んだルートヴィッヒにそう聞いた。

 テーブルの上には、軽食が並んでいる。


「前々からもし伯爵を追い詰めることができそうなら兵を送ってもらう算段になっていた。夜会があるのを知ったのはこの領内に入ってからだが、プロミネーアで連絡を取り合い領境で待機してもらっていたんだ。ここはゲッテンミュラー侯爵領の隣だからな」


「用意周到ですね」


「そうでもない。本当に死ぬかもしれなかった。伯爵の守護精は狼だと聞いていたしな」


 ルートヴィッヒはティーカップに伸ばしたレジーナの手を握ると、「君のお陰だ」と言った。包み込もうとしたその手は慌てて引っ込められてしまった。


「ルト様、ちょっと近いです」


「そうか?数日前は一緒に寝た仲じゃないか」


 またもぶわっと赤くなったレジーナは、慌てふためいて抗議した。


「そ、そ、そういう語弊のある言い方はおやめください!」


「へえ。知ってるんだ?“寝た”がどんなことなのか」


 ルートヴィッヒがテーブルに肘を乗せ頬杖をつく。

 背もたれにだらしなく身を預け、長い足は組まれてたいた。

 王子がするにはあまりに行儀の悪い仕草が、妙に色っぽく見えてしまう。

 彼はいたずらっぽく笑うと、「それってどんな意味?」と聞いてきた。


 答えなくてもいいのに、純粋なレジーナはなんとか答えを探した。

 彼女も、漠然としか知らない。

 恋愛小説は読むが、体の関係なんてまるで知らない。ただそういう雰囲気の時にそんな単語が出てきたのを知っているだけ。


「えっと…な、何かこう…男女が…もう!わかりません!」


『ルト』


『わかった、もうしない』


「冗談だ。君が慌てるのが面白くてからかってしまった」


 彼はそう言うとテーブルにあった葡萄をひと房取り、そのまま1粒かじった。

 丸い白葡萄が、ルートヴィッヒの唇に挟まれたかと思うと少し開いた口の中にぽとんと落ちた。

 その唇の動きが妙に気になってしまい、レジーナはじっと見つめてしまった。


 あの唇が、手と、頬と、額に触れたのだ。


「なに?」


「なんでもないです…もうお部屋にお戻りください」


「なんだ、一緒には寝ないのか」


「あ、当たり前ですっ!おやすみなさいませっ」


 レジーナに追い出されたルートヴィッヒは、それでも扉の前で振り返ると一言付け加えた。


「ジーナ」


「なんですか」


「可愛い」


 直後バタンと扉が閉じ言い逃げされてしまった。


「もう!もうもう!ルト様のばか!」


「あれ?ジーナ?喧嘩したの?仲良しさんなの?」


「喧嘩はしてないし仲良しでもないわっ」


「そうなの?ボクには仲良しさんに見えるよ?」


 レジーナはランプの灯りを落とすとベッドに潜り込んだ。

 頭まで潜り、中で丸まった。


「なに?宝探しごっこやる?」


「そういうのじゃないわ」


「なーんだ」


 柔らかな寝具に包まれ、急激に眠くなってくる。

 今日は色々な事があった。

 プレッツェルがドラゴンになったという一大事があったのに、なぜか全部ルートヴィッヒの言動に上書きされてしまった。


「わけがわからないわ」


「ん?」


「なんでもない…」


「ジーナ疲れてるんだよ!おやすみ」


 自分の中のもやもやした気持ちがなんなのかわからず悶々としたが、結局体が疲れていた彼女はいつの間にか夢の世界へと落ちて行った。

次回…「寝ている間に引き継がれました」

 命の危機をレジーナとプレッツェルの活躍により助けられたルートヴィッヒ。

 彼らはそのまま伯父と共にゲッテンミュラー侯爵領へ向かう。

 しかしそこで体調を崩してしまったレジーナは、旅の途中なのに休むように言われ…

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