12ー1 覚醒
前回のあらすじ…
夜会の盛装をすることができた2人は、ルートヴィッヒがいつの間にか用意した招待状で伯爵
の裏取引がされているであろう仮面舞踏会への侵入に成功する。
潜入捜査に微妙に近づく2人の距離。しかし彼は招待状ともう1つの条件に気づかずに伯爵に
怪しまれ…
「ようこそ、侵入者よ。紛れたつもりだろうが、ドレスコードまでは気づかなかったようだな」
ルートヴィッヒとレジーナの周囲の人々が、ざっと2人から遠ざかった。
そこだけぽっかり穴が開いたようになる。
その空間は、伯爵の私兵が埋めた。
「ドレスコードか。なるほど。確かに気づかなかったな。鳥か」
レジーナは周囲の人々を見た。
正面の夫人はイヤリングが小鳥のデザインになっている。彼女をエスコートする紳士は鷹のブローチを付けていた。
自分の隣の令嬢は髪のコサージュに鳥がとまっている。紳士はボタンのデザインに鳥が描かれていた。
他にも見回せば、どこかしらに鳥のモチーフがある。
私兵の1人がルートヴィッヒの仮面を外した。
同時にもう1人もレジーナの仮面を外す。
レジーナは社交界に出たことがないので、当然誰も彼女の正体には気づかないが。
伯爵、そして多くの参加者から驚きの声が上がった。
「これはこれは。まさか旅立ちの儀の最中に当家にお立ちよりいただくとは思いもしませんでした。ようこそいらっしゃいました、ルートヴィッヒ・フォン・シュトラルバッハ王子殿下」
会場の視線がルートヴィッヒに集中する中、レジーナもまた驚いていた。
驚きの余り腕を外そうとしたが、彼が強く握っていて出来なかった。
「久しいなクンストドルフ伯爵。こんな形では会いたくはなかったが。俺がここにいる理由も検討はついているのだろう?」
「さあなんのことか…ああゲストの皆さま、私は今から殿下をもてなして参りますので、引き続き夜会をお楽しみください。すぐに戻りますので。さあ音楽を!」
止んでいた音楽が鳴り始めると、伯爵はまっすぐルートヴィッヒのところへやって来た。
そしてそっと耳打ちする。
「殿下の守護精は大変お強いのは百も承知です。ですが迂闊に動きませんようご忠告申し上げます。隣の女がどうなってもいいのなら別ですが」
話しながら廊下に出されると、そのまま何処かへと向かわされた。背後には私兵がついてくる。
「彼女は金で雇った花売りだ。俺の目的など知らない」
「なるほど、路地裏で野垂れ死んでいても誰も気にしないというわけですね」
『ジーナ殺されちゃうの?』
『やめてよ…でもこのままではルト様の足手まといになってしまうわ…』
レジーナは一瞬考えてからルートヴィッヒの手を振りほどいた。
人質がいなければルートヴィッヒなら自分の身くらいどうにかなるはず。
「話が違うわ!夜会についていけばお金がもらえるって言ってたじゃない!何よ野垂れ死ぬって!」
「ほら、この通りだ。金を上乗せすれば誰にも言わないだろう。無駄に死体を増やすこともないと思うが?」
「確かにそれも一理ありますな。では花売りらしく今夜一晩後ろにいる兵士の相手でもさせましょうか。10人ほどいますが」
「貴様…」
『兵士ってお花好きなの?』
『わからないけどそうじゃないと思うわ…』
ルートヴィッヒの表情が険しくなる。
その様子を見て伯爵は満足そうに笑った。
「いかに聡明と言えど殿下もまだ子供ですな。大人を見くびってはいけません。さあ中へ」
目的の部屋に着いたのか、中に入るよう促される。
しかし普通の応接室に見える部屋は通り過ぎ、そのままテラスへと出された。
強い風が吹き、どうしてここに案内されたかがわかった。
テラスは、高い崖からせり出している。
深い谷底に落ちれば、死体が発見できたとしても誰なのか判別はつかないだろう。しかも下には川も流れている。
「さて。花売りはともかく、殿下はどこまでご存知ですかな?念のためお聞きしますが、こちら側に付く――」
「ない」
伯爵が言い終わらないうちにルートヴィッヒはきっぱりと答えた。
「そうおっしゃると思いました。残念です。いやあ、まさか旅の途中で花売りごときと崖から落ちて死んでしまうなんて」
「俺が落ちて死ぬと思うか?」
一触触発の緊張感の中、プロミネーアが姿を現わした。
いつものカラスの大きさではない。
ルートヴィッヒは自分の5倍と言ったが、それなりの広さのあるテラスからはみ出そうなほどの翼をしている。その首がぐっと伯爵の眼前に迫り、彼を威圧した。
並の者ならひっくり返って怯えそうなものだが、なぜか伯爵は動揺1つなく不気味な笑みを浮かべていた。
「迂闊なことはなさらないよう忠告いたしましたぞ?」
「そうか?尻尾を振るだけでも兵士は皆吹き飛び、お前の頭はかみ砕かれるぞ?」
「これは聡明な殿下のお言葉とも思えない発言…愚かな。己を過信するとはなんと愚かな。これだから幻獣クラスの守護精をお持ちの方は…まあいい。お前たち、この侵入者の2人に崖の景色をお見せしてあげなさい」
『ルト、ごめんなさい。気づかなかったわ』
『どうした?』
『私、動けないの。あなたに戻ることもできないわ』
「何をした…」
兵士がルートヴィッヒとレジーナの腕を掴んだ。
「プロミネーアに何をした!?」
「おや、本当にご存知ないとは。守護精は何も小動物だけではありませんぞ?誰の目にも晒さずひっそりと醜悪な守護精を抱えたまま死んでいく者もいる…例えば昆虫、節足動物…ああ、私の知り合いには昔ナメクジなんて男もいましたね」
伯爵はそう説明すると、ほら、と自分の手のひらを広げた。
手の上にいるのは、黒い蜘蛛。ビロードのような毛並みをした蜘蛛は、8本の足を動かして伯爵の腕を上ると、肩に落ち着いた。
「非常に優秀な蜘蛛でしてね。守護精を絡め取ることができるのですよ。火に弱いのが難点ですが動けなければどうということはないですので。宿主との関係も希薄にさせるので魔力の供給源も減る…殿下も、そのドラゴンもどんどん苦しくなりますぞ」
『火だって!ボクできるよ!』
『出てはダメ。あなたの小さな炎で全身に絡む糸を焼き尽くすなんて時間がかかるわ』
小さな炎と言われ、レジーナの中でプレッツェルがしょげたのがわかった。
『ごめんなさい、でも今出てもあなたまで絡めとられてしまうわ』
伯爵の言葉を裏付けるように、プロミネーアの巨体がガクっと地面に崩れそうになった。彼女のプライド1つで、なんとか持ちこたえまた立ち上がる。
『ルト、逃げて。逃げたら可能な限り魔力を吐き出しなさい』
「クソ…」
幻獣クラスの守護精が宿る理由の1つに、体に魔力を貯めやすいというのがある。人間は自力で魔力を吐き出すことができず、溢れれば害悪になる。
伝説級のドラゴンの宿主であるルートヴィッヒもまたその傾向にあり、彼の額には早くも汗の玉が浮いていた。
今はその魔力を調節する補助器具も存在するが、池の水をコップで抜くことを想像して欲しい。それがいかに無駄なあがきなのかがわかるはずだ。
苦しむルートヴィッヒとプロミネーアの様子に、ついにレジーナが叫んだ。
「お願いやめて下さい!例え崖から落として証拠を消そうとも、ここで消息を絶った殿下を国王陛下が調査なさらないわけないじゃない!」
「おやガキの割になかなか威勢がいい。私の守備範囲は広いので今夜味見をしてから殺してやってもよいが…客人も待たせているのでね。さあどうぞ崖はあちらです」
ルートヴィッヒは身をよじって抵抗したが、その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
プロミネーアもそれは同じで、今にも崩れ落ちそうだった。
『ジーナ!みんなやられちゃうよ!ボク、ボクなにもできないの!?』
「やめて!離して!ルト様!お願いルト様を助けて!」
「彼女は無関係…離せ…死ぬのは俺だけでいいはずだ…」
「おやおや麗しい。反吐が出ますな。では殿下、ドラゴン無しの空中散歩、ほんの数秒ですがお楽しみください」
レジーナの目の前で、テラスの手すりを乗り越えルートヴィッヒの体が消えてった。
「いやぁああああ!!」
叫ぶレジーナもまた、すぐに彼の後を追いかけることとなった。
真下に見える身動き1つしないルートヴィッヒと自分の体が、成す術もなく落ちて行く。
だめ、やめて、死なないで。
まだあなたに教えて欲しい世界がたくさんある。
世界を見て、そしてずっとお傍でお仕えしたい!
『ジーナ!ジーナ!ボクだってドラゴンなのに!ジーナ…ジーナやだよ死なないで!』
その時、物凄い速さで流れていた景色が、妙にゆっくりに見えた。
心の中が熱い。
いつもプレッツェルがいるところが熱くて、心臓が破裂しそうなほど大きく強く鼓動しているのを感じる。浮遊感なんか気にならない程苦しいのに、同時に愛おしく思える。
死の恐怖ではなく、唐突に内から沸いた多幸感に酔わされているような気持ちになった。
レジーナは心の中のプレッツェルに優しく語り掛ける。
『プレッツェル…暴れないで、私のドラゴン。あなたは小さくても強い翼を持ったイグニスなの』
『そうだよ、ボクはイグニスのドラゴン。小さいけど…ジーナを守る!』
レジーナは我に返った。
風を切る轟音が耳に響き、眼前の川が迫って来る。
『ジーナ、いくよ!』
心の中のプレッツェルが、全身に溶けていくような感覚が流れた。
これが融合なのだと体で理解する。
それと同時に背中に強い違和感があり、次の瞬間彼女は宙に浮いた。
「プレッツェル!あなた飛べたわ!」
『飛べたよ!ボク飛べたよ!ちゃんとドラゴンだったよ!さあルトを追いかけて!』
飛び方はなぜか最初から分かった。
翼を折りたたみ、急降下してルートヴィッヒを追いかける。
指先が彼のはためく長いジャケットにかかり、掴んで引き寄せるとその体に精一杯腕を回した。
空中であおむけのような体制になると、一気に翼を広げる。
急激な減速は体に衝撃を伝え、ルートヴィッヒの重さを全身で受け止めた。
プロミネーアほどの大きさはなくとも、プレッツェルの翼は強かった。
顔に川の飛沫を感じると同時に大きく羽ばたき、そのままテラスへと戻る。伯爵たちの姿は既になく、床に倒れ込む美しきドラゴンだけが残されていた。
「プロミネーア!」
プロミネーアの首が少しだけ動く。
「今助けるわ!」
そう言うとレジーナは両手にプレッツェルの炎を纏わせ、プロミネーアの巨躯を焼いた。
プロミテウスも火のドラゴン。下位のイグニスの炎はそよ風に撫でられているようで心地よかった。
ジュッ、と火に水をかけたような音とともに全身にまとわりついていた蜘蛛の糸が焼き切れた。
『ルト…』
プロミネーアは床に倒れるルートヴィッヒの中に戻った。
レジーナは急いで駆け寄り、その胸に耳を当てた。
「大丈夫…生きているわ…ルト様、もう少しで楽になりますからね」
それから数分してルートヴィッヒの呼吸が落ち着き、やがて目を開けた。
1番最初に彼の目に入ったのは、美しくも気高い、ドラゴンの姿をしたレジーナだった。
イグニス種の特徴である小さな巻き角が解けた赤毛の中から顔を出し、その背にはオレンジの翼竜の翼。優しくルートヴィッヒの髪を撫でる指先はドラゴンのかぎ爪になっていて少し固い。
そしてダークグリーンのドレスの裾から見えるのは、ルビーが散りばめられたように輝くドラゴンの尻尾だ。この輝きもイグニス種の特徴。
プロミネーアと融合した時の、自分より2回り小さい姿に似たレジーナは、星空を背負い神々しく見えた。
「女神がいる…」
彼がレジーナに手を伸ばすと、彼女は感極まってそのままルートヴィッヒの首に縋りついた。
奇跡的に落ちなかった花のピンがカタンと落ちた。
「ルト様、よかった。死んじゃうかと思いました」
「俺も死んだと思った。君が美しいから、天国なのではないかと」
『ボク頑張ったよ!ボク頑張った!』
「ふふ、プレッツェルのお陰で美しいと言われてしまったわ」
レジーナの中で、先程溶けるように広がった感覚が今度は逆に流れ、胸の真ん中に集まって来る気配がした。そしてプレッツェルが姿を現わすと、ルートヴィッヒの頭に乗り背中の翼を見せびらかした。
「ほらな、言った通りドラゴンだったろう?プレッツェル、なかなかかっこいいぞ」
そう言いながらルートヴィッヒは身を起こした。
プレッツェルがぴょこっとその膝の上に飛び降りる。
『でしょ!でもこれすっごく疲れるね!』
「融合って、疲れるのですね」
「魔力消費が大きくなるから、供給が追い付かなくなることがある。枯渇しては精神を保てないから、そこは気を付けないといけないぞ」
『ボク寝る!』
「プレッツェルは寝るみたいです」
プレッツェルがレジーナの中に戻ると、彼女もまた欠伸をした。
「あ、すみません…緊張感なさすぎですね」
「よく頑張ったな。君は命の恩人だ」
「それを言うならルト様も私の命の恩人です…あ…」
「どうした?」
「いえ、ルートヴィッヒ殿下…」
この騒ぎで忘れかけていたが、彼はこの国の王子であったことを思い出した。
そうなると、もうこの関係性は続けられないのだろうか。
レジーナの心に一抹の不安が過った。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、ルートヴィッヒは落ちたピンを拾うとまた髪に挿してやった。
「なんだ水臭い、ルトでいい。ジーナ、幸い伯爵は俺たちが死んだと思っている。このまま一気に攻めるぞ」




