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15/30

11ー2 男装した少年だけど今から女装して令嬢になります

 フロントに鍵を預けると、ホテルマンが「いってらっしゃいませ」と声をかける。

 ルートヴィッヒは彼に「日付が変わっても俺が戻らなかったら405号室の様子を見てやってくれ」と言っていたが、レジーナはなんだか物騒な予感がして詳細を聞く気になれなかった。


 辺りがすっかり暗くなった頃、盛装の2人は伯爵の城館の正面に来ていた。

 城は切り立った崖の上に建っていて、何とも言ない不気味さを醸し出している。


 よほど後ろめたい何かをしているのか、見張りも多い。さっきからプロミネーアが何度もルートヴィッヒと空を行ったり来たりしていた。


『ルト、こちらは万事大丈夫よ』


『わかった。戻ってくれ』


「ジーナ行くぞ。背筋を伸ばして。視線はもう少し先に。…いいね。俺の腕に手を添えて?…そう、あとはそのまま俺について来ればいい」


 いくつもの灯りで照らされたアプロ―チには招待客の姿はない。

 恐らく少し遅かったのだろう。

 入口の使用人に招待状を渡すと、彼は何か思う所があるのかレジーナたちの姿を上から下まで見る。


『なんかすっごい見てるよ!』


『どうしよう、私もう倒れそうだわ』


『頑張って!ルトのお手伝いだよ!』


『そ、そうよね。ルト様の成功のためにも頑張らないとだわ』


「ようこそおいで下さいました。どうぞお入り下さい」


「ありがとう」


 やたら見ていた割には中に入れてもらえた。

 レジーナは内心安堵したが、態度に出ないようにツンと前を向いていた。


 ホールの扉は開け放たれており、中ではちょうどダンスが始まったばかりだった。

 全く踊れないレジーナは、思わずルートヴィッヒの腕をぎゅっと掴んでしまった。

 彼が小声で「どうした?」と聞いてくる。

 

「私踊れませんよ…」


「大丈夫、必ずしも踊る必要はない」


「でもほら…」


 レジーナの目線を追ってホール内部を見れば、確かに踊りに興じている人々が多い。


「わかった。おいで」


 そう言うとルートヴィッヒは戸惑う彼女の手を引いてホールへと入り、そのまま奥にあるガラス扉へと向かった。

 そこから通じる庭はところどころにかがり火が焚かれており、夜の花々を妖しく浮かび上がらせていた。幻想的な風景に一瞬目を奪われる。


「ここで俺たちは少々盛り上がってしまったことにしよう」


「何が盛り上がるんですか?」


 意味がわからず、レジーナは間抜けな質問をした。

 すると突然近くの庭木にレジーナの体を押し付けたルートヴィッヒが、その端正な顔を近づけた。

 仮面の奥にある目が、射抜くようにレジーナを見つめている。


 吐息が触れるくらいの距離まで間を詰めたルートヴィッヒが「こういうお楽しみをしていたってこと」と言えば、レジーナも理解してくれたらしい。


「わ、わかりました。近いですよルト様…」


 レジーナは顔を背けると、よくわからない色気に気圧されそうになるのをなんとか堪える。

 慌てる彼女の反応が面白いのか、ルートヴィッヒの目が楽しそうに細められた。


「ジーナ、楽しんでいいんだぞ?」


「それは無理ですよ」


 顔を寄せた彼に小声でそう言われるも、耳にかかるルートヴィッヒの吐息だけで舞い上がりそうだ。どう楽しめと言うのか。


 ルートヴィッヒは薄く笑みを湛えつつ、ホールのダンスがひと段落するのを見ると堂々と戻った。

 レジーナもこっそり深呼吸をするとしっかり前を向いた。


 それとなくホールを見回すルートヴィッヒを真似して、レジーナも周囲を見回した。


 目の前を通り過ぎる赤いドレスの女性。

 胸がこぼれそうなほど盛り上がり、腰が細い。

 

 奥でグラスを傾けるクリーム色のドレスの女性は、肩が大きく開いたドレスで、こちらも魅力ある胸元をしてた。


 レジーナはふと自分の胸元に目を落としてみる。

 ドレス用のコルセットではないにしろ、あんなボリュームは出せない。

 腰から尻にかけてのラインだって、あんな曲線は描けない。


 音楽に乗って優雅に踊る淑女。

 扇子の向こうでたおやかに微笑む女性。

 男性にエスコートされてテラスに出た女は、歩いているだけなのに色香が漂っていた。


 自分には、そのどれもない。

 ついでに言うなら、今隣のカップルが話しているような芸術の話だってできない。

 

 心が急速にしぼんでいくような気がした。

 

 ルト様の隣に立つなんて、私には百年たっても無理。

 

 俯いたレジーナに気づいたルートヴィッヒが、人目を避けて先ほどの庭に繋がるテラスに戻った。


「我が姫はどうしたのかな?」


「姫なんかじゃないです」


 レジーナはすっと視線を逸らし、そっぽを向いてしまった。

 夜風は涼しいはずなのに、想像した時よりも素敵な盛装のルートヴィッヒ相手にまた頬が熱くなってしまう。


 ポケットに扇子が入っていたことを思い出し、拗ねた気持ちを誤魔化すように扇いだ。


「なんで拗ねてる?」


 テラスの手すりに寄りかかり何故か面白そうに聞いてくる。

 本当は彼を助けなきゃいけないのに、会場の緊張と、なぜかやたら積極的で魅力的なルートヴィッヒの様子と、そんな彼が連れているパートナーが明らかに周囲の女性に劣る様子に腹が立った。


「拗ねてないです…」


 扇子をぴしゃりと閉じると、無意識に唇を尖らせた。

 きっと淑女はしない、拗ねた顔。


「そうか?でも口元が前に拗ねた時と同じだぞ」


 前に拗ねた時…きっと「顔に書いてある」と言われた時のことだ。


 見られたくなくて、閉じたままの羽扇子で口を押える。

 そのまま恨みがましい気持ちでルートヴィッヒの目を見た。


 扇子で口元を押さえ、上目遣いで見つめてくる1つ年下の女性。


 ルートヴィッヒは仮面の奥にある彼女の目と仕草に、不覚にも一瞬ドキリとした。


「……知ってるか?淑女たちが持つ扇子は、会話以上に言葉を持つことがあるのを」


「そんなの知らないです」


「閉じた扇子で口元を押さえ、そうやって他の紳士を見上げてみろ。どうなると思う?」


 ルト様、何か変?


 うまく表現はできないけれど、ルートヴィッヒの様子がなんだか変だ。

 声色が少し低くなったような?

 いつもの優しい響きが消え、もっとこう――そう、色っぽいだ。


「きっとキスをされるぞ。俺も君が扇子言葉を知らないことを忘れてみようか」


 いつの間にか腰にルートヴィッヒの手が回っていた。

 仮面の向こうの瞳が自分を見つめている。感じたことのない心の揺れに、情けない表情になってるであろう自分を。

 仮面の上から、まるで心まで見透かされているような気になってしまう。


 頬に彼の手のひらが添えられた。そのまま撫でるように顎に移動し、くい、と上を向かされてしまう。


「してみる?」


「わ、私なんかとしてもきっと面白くないです…」


 顔を背けたいのに、固まって動けない。


「どうして?」


「ほ、他にたくさん綺麗な人が…私なんて、こんなに子どもっぽくて、話題も乏しくて…」


「それで拗ねていたのか。でも今心惹かれたのは他の誰でもない君なんだが」


「だめです。そういうのはきっと恋人同士がするものです…」


 顔が背けられないので、目だけでも逸らしてみる。

 でもそれはそれで落ち着かなくて、またルートヴィッヒに戻すも、結局また逸らし…と完全に挙動不審になってしまった。


「そうか、確かに。警戒心は弱くても、倫理観は強くて安心したよ。他の紳士に食べられてしまっては困るからな」


「か、からかったのですか!?」


「どちらだと思う?」


 答えようとした時、視界が暗くなった。

 ルートヴィッヒが身を屈めたのだとわかると同時に、頬に暖かくて柔らかい感触がした。


「るっ…!」


 ルト様、と言おうとして言葉に詰まる。

 そのまま抗議をしたくてもただ口をぱくぱくとするだけだった。


「悪い、我慢できなかった」


 口元を押さえる彼の声は、何かを堪えるかのように少しだけ掠れていた。


『あーら、悪い子ね』


『……』


『純粋な娘よ、そういうことしちゃダメ』


『わかっている…』


『責任て知ってる?どこかの王子様が言っていたのだけど』


『…わかっている』


 彼自身も、どうしてそんな衝動に駆られてしまったのかわからなかった。

 彼女とはほんの数日間一緒にいただけだというのに。

 ドレスを着た彼女に女性を意識してしまったのがいけなかったのだろうか。


 自分はもっと理性があり自制の利く人間だと思っていたのだが。

 

 彼も自分のやってしまったことに少しばかり動揺したが、さらに動揺するレジーナを連れ中に戻った。

 申し訳ない気持ちの中に、少しだけの満足感と、大きな物足りなさの相反する気持ちが入り混じる。

 

 うっかり色めいた空気に流されてしまったが、そんなことをしている場合ではなかったことを思い出し彼は軽食の並ぶテーブルに近づいた。

 テーブウェアの多くは見本とでも言うようにヴァイセ・フェーが使われていた。

 花を活ける大きな花瓶もそうだろう。


 その時、チリンとベルが鳴った。

 会場の男女が一斉にそちらを見る。


「会場の皆さま、ようこそ私の仮面舞踏会へ。本日はお集まりいただき感謝する。どうですかな?当家自慢のコレクションは」


 ルートヴィッヒは話を聞くふりをして移動し、伯爵の姿がよく見えるところにやって来た。

 彼だけは仮面をつけていないのは、ホストだからだろう。


「皆さまもご存じの通り、ヴァイセ・フェーは王室御用達。これからお見せする骨董はそうそう入手することはできません…当家以外はね」


 40台半ばの伯爵は、茶目っ気のある笑顔を浮かべた。

 会場の参加者は常連なのか、和やかな笑い声が聞こえる。


「本日は皆さまにも是非お手に取って頂き、もしお気に召したようなら…。ですがその前に、1つ残念なお知らせがございます」


 ざわ、と会場の男女が顔を見合わせる。


「どうしたんでしょう?」


「わからない。しばらく様子を見よう」


 なんとなく悪い予感がしたレジーナは、ルートヴィッヒに添えた右手にぎゅっと力を込めてすり寄った。

 彼が、大丈夫だとでも言うようにその手をポンポンと優しく叩く。


『気を付けなさい』


『ああ』


 伯爵が一度言葉を止め、会場を見回す。ルートヴィッヒの方を向き、それが止まった。

次回…「覚醒」

 仮面舞踏会に侵入し、いよいよ怪しむ人物クンストドルフ伯爵が姿を現わす。

 だが伯爵の様子は何かおかしい。プロミネーアに警戒を促され、緊張感が高まる。

 ルートヴィッヒは、この舞踏会に参加するにはあることが必要なことを見落としていた。

 侵入がばれてしまった2人は、果たして伯爵とどう対峙するのか…

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