11ー1 男装した少年だけど今から女装して令嬢になります
前回のあらすじ…
従僕の姿で高級ホテルの部屋を取ることになったレジーナ。彼女はルートヴィッヒに恥をかかせ
ないように、なんとか機転をきかせ部屋を取ることに成功する。
彼はどうやら伯爵の夜会に侵入したいらしく…
「ルト様ぁ…本当にやるんですか?」
「やる。お前がいるからできるんだ。夜会で一人は逆に目立つからな」
夕方、ホテルマンが荷物を届けに来たのでルートヴィッヒが開けると、そこには男女の盛装とアクセサリー、そして仮面が入っていた。
レジーナはダークグリーンのドレスを広げると、目の前に翳す。
「僕、これを着るんですよね」
「そうだな。女性同伴でなければ目立つ。あまり時間はないぞ」
「ルト様、意味わかって言ってますか?」
「お前なら間違いなく似合うと思うんだがな」
女性である自分が男装よりドレスが似合うのは当たり前かもしれない。
でも“間違いなく”と言い切られてしまうのはとても複雑な思いだ。
彼は自分を男だと思っているはずで、だとすれば物凄く子供だと思われているのかもしれない。
幼ければ、少年でも少女でもわからないことだってある。
「従僕はパーティ会場に付いてったりしないですよね…」
「しないな。まあそう渋るな。“なんでもする”って言ったろう?」
「うっ…言ったかもしれない」
そう言うとルートヴィッヒは背を向け着替え始めてしまった。
シャツが脱ぎ捨てられ、裸になった背中に慌てて後ろを向く。
『ジーナ、どうするの?女の子なのばれちゃうよ』
『わかってるわよ…でも確かになんでもするって言ってしまったし、仕方ないわ。家名がばれてしまったわけでもないし』
「ジーン?」
いつまでも着替える気配のないレジーナに、ルートヴィッヒは背中を向けたまま声をかけた。
「あの、ルト様…僕…その、怒らないで聞いてもらえますか?」
ルートヴィッヒはキュロット、ベストまで着た状態で振り返った。
盛装はもう、ほとんど王子様と言って遜色ない。
「僕…じゃなくて…私は…」
「ジーン…いや、ジーナ」
「え?」
「すまない、知っていた」
「うそ…いつから…」
そう言って今までの旅を振り返る。
宿で着替える時、彼はいつも何かしら理由をつけて部屋にはいなかった。
たまたまだと思ったけど、気を遣ってくれていたとしたら?
シャワーの栓を捻ることが出来なかった時、全裸の後ろ姿を見られてしまった。でも彼は何も言わなかった。
気づかなかったのではなくて、黙っていてくれた?
いや、最初の宿の時にシングルルームを2部屋取ろうとしていた。
もしかしたら……
「出会ったその時からだ」
「どうして黙って…」
「男装が必要と思っているのなら、その意志を尊重しようと思った。怒ることがあるとすれば、それは君の方だ。俺は分かっていてその…後ろ姿も見てしまったし、一緒に眠ってしまった」
「あ、う、やっぱり見えてましたよね…あれは私の落ち度です…」
「ついて来たいというのなら、もう少しうまいやり方があったのかもしれない…だが俺も正直、旅に女性を同行させるなんてどうしたらいいかわからなくて…弟分と思えば気が楽だった。本当にすまない」
なぜか逆に謝られてしまった。
隠していたのは自分だし、色々と気を遣わせてしまった部分はあるはずだ。
「いえ、本当、私の方が何も知らなくて…いっぱい気を遣ってもらってありがとうございます……って、こんなことしてる時間てないですよね?」
「ないな」
「それでその、ドレスって1人では着られなくて…」
「知っている。自分でできるところまで着てくれるか?後ろを向いているから」
ルートヴィッヒが後ろを向くと、今度はすぐに聞こえてきた衣擦れの音。
自分のやたら大きくなった鼓動がそこに重なった。
弟分と思ってきたのは正解だったかもしれない。
幼く見えても16歳。
女性と意識すれば、まだ若い彼は落ち着いてはいられなかった。
「出来ました…」
振り返ると、背中を向けたレジーナがドレスの肩が落ちないように支えていた。
背中をレースアップするドレスで、自分で編み上げることは出来ない。
シャワールームで見た白い背筋に、ルートヴィッヒの鼓動も一段と速くなる。
「…失礼」
そう言って背中のリボンを手に持つと、1段ずつきゅっと締め付けながら編み上げていった。
「あっ…」
「……っ、すまん、手が冷たかったか?」
素肌にルートヴィッヒの冷たい手が触れてしまい、レジーナは思わず声をあげてしまった。
ぴくっと体を揺らす様子に、ルートヴィッヒの緊張感が一気に増した。
背中の様子がわからないレジーナは、彼が慌てていることなど気づけない。
自分だけ異性を意識しているようなのが恥ずかしくて、必死に「大丈夫、大丈夫」と落ち着けようとしていた。
やたら長く感じたレースアップが終わると、ルートヴィッヒもレジーナも小さく息を吐いた。
「髪は結えるか?」
「簡単なハーフアップなら」
「ではそれでいい。アクセサリーも少し用意させた」
レジーナが束ねた黒いリボンを解くと、赤毛が広がった。
だけど毛先が絡んでしまい、それがうまくほどけない。
よくわからない緊張でうまく手先が動かなかった。
「俺がやろう」
そう言ってルートヴィッヒが震えるレジーナの手を取ると、そっと下に降ろした。
それからからんでいる毛先を手で優しくほどいてやる。
部屋に備え付けのブラシで梳いてやれば、鮮やかに艶めいた。
女性の髪の手入れをするという行為が、ふと情事の後を想像させてドキリと鼓動が跳ねた。そんな経験はまだないのだが。
「ありがとうございます…緊張してしまって」
「夜会にか?それとも俺に?」
どうしてそういつも余裕たっぷりで聞いてくるのか。
「ど、どっちもです」
「安心しろ、俺も緊張している…」
「余裕に見えます…」
ルートヴィッヒの語尾には「君に」とついていたが、それはほとんど聞き取れないくらいの大きさで自分だけが緊張していると思っているレジーナの耳には届かなかった。
綺麗に梳いてもらった髪を緩くハーフアップにすると、ルートヴィッヒがアクセサリーの箱を持ってきて開けた。チョーカーと腕輪が入っている。
さらに彼はポケットから別の包みを開けた。
「これは君に。借り物ではなく俺からだ」
レジーナがその手を覗き込むと、雑貨屋で見たのとは全く造りの違う繊細な造花のピンがあった。白い花に銀の縁取りは大人しいデザインだが上品だ。
「どうして…」
「前に雑貨屋で見ていたのだろう?うん、やはり赤毛に白は目立っていいな。純朴な君に似合っている」
説明しながら耳の上にピンを挿してくれた。物語の1ページを再現してもらったようで、喜びと気恥ずかしさと、その他色んなものがまざってよくわからない感情になってしまった。
「あ、ありがとうございます…嬉しい…」
残るアクセサリーもつけると、ルートヴィッヒは一歩下がって彼女の全身を見た。
「どう…ですか」
「綺麗、だ……」
言葉にいつものからかう調子や、さっきまでの余裕のある響きがない。
どこか焦燥感に駆られるような、それでいて呆けているような、つまり今までのルートヴィッヒとは思えない反応。
それが返って彼の本音のような気がして、顔だけでなく全身が熱くなるのを抑えられない。
彼はレジーナの手を取ると、まっすぐ彼女を見た。
「ジーナ、綺麗だ。目的を忘れてしまいそうだった…」
陶酔するような響きが言葉に混ざり、レジーナもまた息をするのを忘れてしまう。
だが目的という言葉に彼女は一つ大事なことを思い出した。
「あれ、ルト様夜会って招待状が必要なのではないですか?」
レジーナの心配に彼はニヤりと笑い、内ポケットから何かを取り出した。
そこには宛名の代わりに番号が書かれていた。
「普通の招待状とは違うようだ。名前の代わりに番号が書いてあった」
「それ一体どこで…」
「わざわざ高級ホテルに来た理由はなんだと思う?」
そう言うと彼は仮面を取り出した。理由を追求するのはやめた。荷物が届けられるまでの間に、彼は少しの間部屋からいなかった。そしてこのホテルには他の金持ちの客がいる。つまりその時に…
夜会は仮面舞踏会だ。表向きは。
「話しかけられても名乗る必要はない。この夜会は陶磁器の裏取引の会場だ。君は俺に添えられた花を演じてくれればそれで充分だ」
「いくらなんでも2人で乗り込むって無謀じゃないですか…?」
レジーナが不安そうに聞く。
「安心しろ、と言っても難しいかもしれないが。俺だって無策で乗り込むわけじゃない」
それから彼は不安と緊張で表情の強張るレジーナの頬を撫でた。そして「ジーナ、笑って」と続けた。
頑張って微笑んでみるが、うまくいかない。
「もっと悪い笑みでいい。何かを企んでいるような、妖艶な笑みだ」
「妖艶て…13歳の少年に見られる私にどうやってですか…」
「じゃあ今度は男を手玉に取る26歳の淑女だ。俺を落とすつもりで」
「おと…」
レジーナは1度目を閉じると、深呼吸して魔性の笑みを想像した。
物語で出てくる大人な女性が、若い男を虜にしている場面があった。
「妖艶に微笑んだ彼女」「思わせぶりな手つき」「若い彼はすぐに反応」…そんな一文を想い出す。何を「反応」しているのかは今もわからないが、その登場人物がどんな笑みだったのかを必死に再現してみる。
ルト様を落とす…ルト様を誘惑…む、無理……
目を開けると同時に、想像した笑みを浮かべた。
「ふっ、それで悪い女のつもりか?可愛いだけだぞ?」
そう言うとさり気なく手にキスを落とし、「さあ行こう」と腕を引いた。
『どうしよう、き、キスをされてしまったわ』
『手だよ』
『手、そうね手よね』
『ジーナ可愛いよ!頑張って!』
『吐きそうかも…』
『それはだめー!』




