9 恋する冒険活劇
前回のあらすじ…
紆余曲折の末1つのベッドで少し落ち着かない一夜を共にした2人。
翌日、2人は寒村を訪れたが、そこでお腹を空かせた子供らとトラブルになり、レジーナは世界
には残酷な一面もあることを知る。
夕方近く、ようやく次の町が見えた。
ルートヴィッヒが通行証を見せると門番の顔が何故か引き締まったが、問題なく中に入れてもらえた。
宿を取り、とりあえず食堂に駆け込む。昼食はレジーナのせいであの村の子供らに渡してしまったため、紅茶を飲んで以来何も口にしていなかった。
「はぁ。お腹空いた。ルト様まで巻き込んでしまい申し訳ないです…」
「飯を食わなければ腹は減る。いい勉強になったな」
「そ、それくらい身をもって知ってますよ…」
ルートヴィッヒは時々こうしてからかってくる。弟がいると言っていたが、こんな風にからかったりしてふざけ合っていたのだろうか。
少し羨ましいなと思う。姉は…ふざけているつもりだったのだろうが、レジーナにはただ辛いだけだった。
牛肉の赤ワイン煮込みを頬張りながら、ルートヴィッヒの様々な話を聞いた。
あの村は出稼ぎ労働者によって親のない子が多いらしい。
ではどこで出稼ぎしているのかと言えば、それがこの町でルートヴィッヒの知りたいことと繋がるそうだ。
1度出稼ぎに出た親は、なかなか戻ることはない。
中には、一生戻れない身となった者も1人や2人ではないようだが、もしそうならば由々しき事態だ。
栄える町がある一方で、どうして寒村ができてしまうのか。
社会の仕組みや領主と国王の関係性…そんな政治や経済の話を、ざっくりと簡単に説明してくれる。
自分の侯爵邸での暮らしは領民の納税があった上で成り立っていたのだと知ると、あの使用人と同じ食事にも感謝の念が湧いてきた。
今食べているシチューも、誰かが生産した物が流通し食卓に上がっている。
当たり前に目の前にあるものは、当たり前になるように社会の仕組みが整えられて初めて成り立っていたのだ。
そして、この“当たり前”が決して“当たり前でない”人々も、その裏にはいるのだと。
「誰がこの仕組みを作ったんですかね」
「難しいな。1度にこの仕組みができたわけではないからな」
「国王陛下って凄いですね。こんなにたくさんの領民、領主のことを把握してるんですよね?」
現在の国王はつまりルートヴィッヒの父だ。
レジーナにそのつもりはなくても、彼の父を褒めたことになる。
だから彼女にはルートヴィッヒがふっと笑ったことがよくわからなかった。
「全てを1人で覚えているわけではないぞ。きちんとそれぞれの管理をする役人がいて、細かい数字は彼らが把握している。勿論それらに指示を出すのは国王の仕事だから、確かに把握すべきことも多いがな」
「ルト様って、王宮の関係者ですか?なんか通行証も、凄そうなのを持っていたし」
「関係者…と言えばそうだな」
「そうなんですね…あの…それじゃあ、舞踏会とか出た事ありますか?」
「ああ」
「そうなんだ…ルト様の盛装、素敵なんでしょうね」
ぼんやりダンスホールで盛装した彼の姿を想像していたら、なぜか笑っているルートヴィッヒと目が合った。凄く恥ずかしいことを言った気がする。
「なんでもないです…」
「いや、褒めてくれたのだろう?悪い気はしないが、出来れば女性から言われたいかな」
「そ、そうですよね…」
目が泳いでしまった。
レジーナは慌てて「ご馳走様でした!」と言うと、恥ずかしさを誤魔化すために先に部屋へと戻った。
『可愛いわね』
『そうだな』
『あまりからかっちゃダメよ。あの娘、あなたのこと好きになっちゃったらどう“責任”とるの?』
『ならないだろう?』
『わからないわよ。あなただって恋愛は初心者じゃない』
『懐いているとは思うが、それと恋愛は別じゃないか?』
『だから坊やなのよ』
プロミネーアに何故か呆れられたが、ルートヴィッヒも食事を終えると部屋に戻った。
翌朝、朝食が済むとルートヴィッヒはレジーナを連れて本屋へ向かった。
そんなに厚くない、比較的簡単に書いてある歴史書を見つけると、レジーナに与えた。
「いいんですか?ありがとうございます!」
「内容はそんなに難しくない代わりに、深くもない。入門としてはいいと思う」
「じゃあこれを読んでお留守番していますね」
これから彼は単独で行きたい場所があるらしく、レジーナはお留守番だ。町を一人歩きはしてほしくないとのことで、部屋で待つことになった。
“部屋”から解放されたばかりの彼女には酷かもしれないが、それでも身の安全の方が優先だ。
「部屋からは出るな。一応言っておくと、俺はこの町…と言うよりこの領内ではあまり歓迎されない」
「なんでですか?」
「俺に来てほしくない連中がいるからな。だから念のため1人で出歩かないで欲しい。もし部屋に俺の使いだと尋ねる者があっても、相手にするな。何かあればプロミネーアを送る」
「なんだか大変そうですね…僕がお手伝いできそうにないのは残念ですが、大人しく待っていますね」
「ああ。昼には戻る。いい子でな」
ルートヴィッヒがいなくなり、窓から通りを眺めていると、外に出たルートヴィッヒが1度振り返り手を振ってくれた。レジーナは小さくそれに返し、肩にいるプレッツェルも尻尾を振った。
1人ぼっちの時間がすごく久しぶりに感じた。
プレッツェル以外にいない部屋が寂しい。
突然始まった他人との生活は、レジーナにとっては深くて濃いものだった。
1人の部屋から飛び出して、いきなり見知らぬ誰か、それも素性の知れない男性とずっと一緒に過ごすことになるとは思いもしなかった。
ルートヴィッヒが行ったのは、王家でも監視を派遣している工房の1つだった。
本来この監視は領主が伝統工芸品に対し不正を行わないための見張りだが、恐らくは機能していない。
旅立ちの儀の意味をわかっている監視は王子がなんの目的で来ているか分かっているが、巧みに知りたいことを隠していた。
恐らく工房の地下にまがい物を作るための別の工房があるのではないかと睨んでいるが、ルートヴィッヒがそれを探している気配を察した監視が、裏でこっそり動いた。
たまたま監視が席を外した隙に、たまたま近くにいたゴロツキがたまたま襲撃相手を間違え、襲われたのだ。
その中の1人が兵士崩れなのか、そこそこ剣を扱うのがうまく、奇襲を受けた彼はその一撃を頬に受けてしまった。
プロミネーアが強化したので傷は浅いが、本来ならもっと裂けていてもおかしくはない。
レジーナがそっと傷に触れた。もう血は流れていないが、きっと痛かったろう。
「痛みがあるのは僕も知ってます。大丈夫ですか?」
頬に伸ばされた彼女の手の上に、彼は自分の手を重ねた。
「お前はわかるのだったな。大丈夫だ。確かにちょっと痛かったな」
ルートヴィッヒは少し笑うと、掴んだその手に唇を寄せそうになり急いで手を離した。
「お前はそういう経験があるのか?プレッツェルの力でも傷ついてしまうような何かの」
「あ…まぁ、そんな、大したことじゃありません」
3階から飛び降りた時、彼女はどんな決心をしていたのだろうか。
死ぬことはないにしろ、怪我をしない自信はあったのだろうか。
いくら強化されていても、死ぬほどの打撃を受ければ傷だってどうなるかわからない。
うまく茂みに落ちていたようだが、恐怖心と落ちた瞬間の痛みは相当なものだったろう。
「それより目的は達成できたのですか?僕は半分くらい読めましたよ」
「目的は…俺も半分くらいだな」
「そうだったんですね。残りの半分は明日行くんですか?」
「いや、明日はまた別の街に行く。次の街はでかいぞ」
そして2人は昼食後、少し時間ができたので剣の稽古をした。
お世辞抜きで筋のいいレジーナの剣に、ルートヴィッヒもつい本気で教えてしまう。
見よう見まねとは言え、一体彼女はどれくらい練習してきたのだろうか。
他にできることもなかったのかもしれないと思うと、少々切ないものはあるが。
「驚いたな…ジーンは俺より剣の筋がいいかもしれないな」
「本当ですか!じゃあ小間使いじゃなくて、護衛になるのも夢じゃないですか?」
「俺の知り合いに恐ろしい剣豪がいる。彼を倒せたら頼もうか」
知り合い、とは城の国王付きの近衛兵長だ。到底倒せるわけないが、綺麗な太刀筋の素振りを繰り返すレジーナに水を差すつもりはなかった。
「護衛もいいが、まずは小間使いを全うしてもらおう。宿の厨房に明日の昼食を2人分持てるよう注文しておいてくれないか」
レジーナはわかりました!と言うと剣をしまい勢いよく宿へ駆けていった。
次回…「従僕で社会勉強」
クンストドルフ伯爵にはどうも怪しいうごきがある。
それを探りたいルートヴィッヒはレジーナを従僕に仕立て、仮面舞踏会にこっそり参加するた
めの作戦を決行する…




