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8ー1 美しき世界と汚れた路地裏

前回のあらすじ…

 雨で濡れた体を温めようと、シャワーに入るも栓が固くて開けられないレジーナ。彼女はうっか

 り裸のままルートヴィッヒを呼んでしまい、その後ろ姿を晒してしまう。

 ルートヴィッヒが何も言わないので、何事もなかったかのように振舞うレジーナ。

 密かに動揺するルートヴィッヒだが、レジーナがプレッツェルについて悩んでいると察し、プ

 ロミネーアと共に彼はドラゴンであると肯定するのだった。

「だめです。僕一応小間使いです。僕が床で寝ます」


「お前は慣れない乗馬でまだ体が痛いだろう?気にせずベッドを使え」


 夕食後、2人はどちらが床で寝るかの戦いを繰り広げていた。一応主であり世話ばかりしてもらっているルートヴィッヒになんとしてもベッドを使わせたいレジーナは、暖炉の前に広げていた毛布を手に取ると体に巻き付けた。

 だが滴るほど濡れていた毛布はまだ乾いておらず、湿った気配が服の上から伝わった。


「う、乾いてない…」


 ちなみに受付で毛布を借りようとしたら他の部屋でも同じようにシングルを複数人で使った者が多いらしく、もう予備が残ってないとのことだった。


 レジーナは仕方なくまた毛布を暖炉の前に広げた。


「ほら、お前も来い」


 見れば、ベッドに入ったルートヴィッヒが自分の隣をポンポンと叩いている。


「め、めっそうもない…です」


「今更遠慮しても仕方ないだろう?まあちょっと狭いかもしれないが」


 ここで嫌だと言えばルートヴィッヒの方が毛布無しで床で寝ると言いそうだった。

 ルートヴィッヒは自分のことを男だと思っているのだから添い寝くらい問題ないと言い聞かせ、隣に横になった。


「お邪魔します…」


『ルト、悪戯しちゃだめよ』


『黙っててくれないか』


 いくらレジーナが小柄とは言え大人2人で寝るには狭い。

 ルートヴィッヒはレジーナが遠慮してはじっこにいるので、落ちないように背中を抱き寄せた。


「ひゃあ!」


  彼女は思わず変な声を上げてしまい、逃げようとしてじたばたする。

 お腹に巻き付いたルートヴィッヒの腕が、胸に当たらないか心配だった。

 コルセットも湿っていたので、タオルで隠すようにして暖炉に当てていた。


『どうしよう、コルセットしておけばよかった』


『大丈夫だよ、ジーナの胸なら触ってもーー』


『言わないでー!』


「こら、暴れてないで寝ろ」


「うう、だってぇ…」


「ジーンは兄弟は?」


 唐突な質問に、抵抗していた動きが止まる。

 兄弟。姉はいるけど、姉と言うべきか?


「上にいますけど…」


「俺には弟がいる。子供の頃、寝る間際まで俺の部屋で遊んでいてな。結局2人して俺のベッドで眠りこけていた。ちょっと懐かしい感じがするな」


「僕弟ですか」


「なんだ不満か?じゃあ妹の方がよかったか?」


 ルートヴィッヒがあえてからかってみる。


「なんでですか!お、弟でいいです。弟がいいです」


 そっか、ルト様にしてみれば私は弟みたいな感じなんだな。


 男だと思われているはずなのだし、13歳ということにしているのだからそれはそうだろう。

 自分1人だけドキドキしているようでちょっと癪だが。


「子供の頃はいつも一緒だったのにな。どこで変わってしまったのか」


「え?」


 ドキドキしているうちに、彼の声が少し寂し気になっていた。

 いつも自信に溢れている彼のそんな声音は、レジーナの心に切なさを漂わせた。


「今は仲が良くないんですか?」


 彼は首を振りながら「そういうわけじゃない」と言った。


「だけどな、どこかよそよそしいというか…心根は優しいやつなんだ。ただちょっと臆病なところがあって心配なんだ。俺が手助けできることなら喜んでするが、正直、最近は何を考えているのかわからない」


「ルト様も悩むことあるんですね」


 レジーナにしてみればルートヴィッヒはなんでもできる人だ。

 そんな彼が悩むことがあるなんて、想像できなかった。


「俺もまだ17のちっぽけな人間だぞ?」


「そんな、ルト様がちっぽけなら僕なんて豆粒になっちゃいます」


「豆だって芽が出れば育つぞ?天まで届く巨大な豆の木の話があったろう?」


 レジーナは少し考えてから、「子供の頃に読んだかも」と言った。


「あいつにはあいつの芽がある。恐れず伸ばせばいいのにな」


「ルト様がお水や太陽になれるといいですね。今は僕がもらっちゃってますけど」


 背後で笑ったルートヴィッヒの吐息が耳にかかった。

 またドキドキが戻って来る。


「ありがとうジーン」


「え?なにがです?」


「いいんだ。そろそろ寝よう。おやすみ、ジーン」


「おやすみなさい、ルト…お兄様」


 ルートヴィッヒの発言に乗ってみせれば、背後からまた笑った気配があった。

 

 ルト様の体、大きくてあったかい…

 男の人って、こんなに大きんだ…

 弟様は、こんな優しいお兄様がいて羨ましいな。

 私は…


 嫌なことを思い出しそうになり、お腹に回る腕をきゅっと握った。

 ルートヴィッヒはもう寝てしまったと思っていたが、その手を握り返してくれた。

 安心感が胸に広がり、すっと眠気が訪れる。


『無理しちゃって。弟?』


『そういうことにしといてくれ』


『はいはい。おやすみ坊や』


『だから坊やは…』


『いいのよ。今夜は坊やでいなさい』


『…そうだな』


 自分の手の中にあるレジーナの手は驚くほど小さい。

 この手が夢を掴む手助けしてやりたい。

 だが心のどこかにほんの少しだけ、純粋な気持ちとは違うものが芽生えつつあることには、まだ彼も気づいてはいなかった。


 一晩明け、ルートヴィッヒが食堂の混雑具合をわざわざ(・・・・)確認しに行っている間にレジーナは支度を済ませた。荷物はあの毛布も含め完全に乾いており、荷造りをする。

 朝食の席で、ルートヴィッヒが今日から数日回りたい所があると言ってきた。


「場合によってはかなり移動を繰り返すことになる。もし大変なら拠点の町を決めそこに滞在していてもらっても構わないが」


「足手まといだと言うのならお留守番していますけど、そうでないのならついて行ってもいいですか?もし僕でもお役に立てることがあればお手伝いしたいです」


「わかった。だが無理と俺が判断すれば留守番していてもらう。勿論ジーンが辛いと思ってもそうしてもらって構わない。それでいいか?」


「はい!頑張ります!」


 陶磁器が有名なクンストドルフ伯爵領。

 王室御用達にも指定される優美な造りの器は、茶器、皿、花瓶などどれも美しく高価だ。

 製法を守り、価値を守るため伯爵の管轄ながら、王室からも厳しく管理をされている。


 はずなのだが、実際は伯爵が独自に横流しして利益を着服していたり、劣悪な環境で職人を使いまがい物の製造販売もしていた。


 工房には王宮から派遣された監視も常駐しているはずだが、恐らくは買収されているのだろう。


 ルートヴィッヒがここでやることは、まがい物の製造がどこでされているか突き止めることと、横流しの相手や取引場所を探ること。


 とは言えかなりの規模での調査が必要であろうこの内容は、あくまでルートヴィッヒが掲げた理想だ。本来1人で、しかもまだ青二才と呼ばれるような年齢の彼に調査できる内容ではない。


 国王にしてみればその足掛かりだけで十分だし、そもそも旅立ちの儀で息子にそこまでの重責を背負わせる必要はどこにもない。

 ルートヴィッヒは幼いころから利発的で、国王にしてみれば16歳で成人した今、息子でありながら“優秀な部下”としてつい頼ってしまう側面もあるのだが。


 1つ隣の村に行く道すがら、ルートヴィッヒはレジーナにいくつか注意をした。


「ジーン。これから先、俺は嘘をつくことも出てくる。もしかしたら多少は危ない橋を渡ることもあるかもしれない。そういう場所には連れて行かないが、流れで万が一ということもあるからな」


 レジーナは真面目な顔でふんふんと聞いている。


「何も聞かないんだな」


「何がですか?」


「俺が何をしようとしているかとか、仕事が何なのか。そもそも何者なのか」


 レジーナだって知りたい。

 だがレジーナは自分の身分と家を出てきた経緯を知られたくない。


「ルト様がお話ししてくださるなら聞きたいです。でも僕、自分のこともあまり言いたくないので…」


「そうか。なら必要があれば俺も話す。お前も話したいことがあればその時に話すといい。溜め込むより出した方がいいこともあるからな」


 レジーナが不思議そうな顔でルートヴィッヒの横顔を見る。

 どうしてそういう言い方をしたのだろう。

 まるで自分が何かを抱えていることを知っているような。


「顔に書いてあるぞ。“辛いことがありました”とな」


「え…」


 レジーナが左手でペチペチ顔を触る。


「ああ、触ったら消えてしまったな」


「もしかしてからかっていますか?」


「そうだが?」


 レジーナは「もう!」と言うと口を尖らせて前を向いた。

 本当に、仕草が幼い。

 そんな純粋な反応をするのなら、やはり留守番をさせた方がいいだろうか。


「ジーン。色々な世界を見てみたいか?」


「え?急になんですか?そりゃあ見たいですよ!世界には僕の知らないことばかりですから!」


「美しいものや綺麗なものだけじゃない。醜いものや汚いものも世の中にはあるぞ?」


「どういう意味ですか?汚れているんですか?」


「そうだな、汚れ切っているかもしれない」


「ちょっと難しいです」


 これから向かう先は寒村。

 人が人として保てるギリギリを生きているような村だ。

 世界に希望を抱く彼女に見せるにはまだ早いかもしれない。

 だが世の中は優しい側面だけではないのが現実だ。


「ルト様って、そういう色んな世界を知っているんですか?」


「俺か?俺もまだまだだ。入口に立てているかすらわからない」


「ルト様でまだまだなら、僕まだ目も開いてないひな鳥みたいなものですね」


「“無知は世界を狭める”これは以前俺の教師が言っていた言葉だ。巣しか知らなければそこが全てだろう。だが巣のある木に気づき、巣立てば木は1本ではないことに気づく。俺もまだ木なのか森なのか分からないことだらけだ」


「でも森があるかもしれないって思うのは大事ですよね!」


 ルートヴィッヒが「そうだな」と同意すると、街道の先に小さく村が見えてきた。

 近づくにつれ、家の造りが今まで見た町のものとは全く違うことに気づく。

 

 レジーナが幽閉されていたのは豪奢な侯爵邸だ。

 歴史ある重厚な造りと、豪華な家具。

 目の前に広がる歪んだ石と土と木を寄せ集めた家は、物語で言っていた“あばら小屋”というやつにしか見えない。


 二人は馬を降りると、痩せた農地の間を歩いた。

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