六話『路地裏の呪い子』
「ゼノリア、そろそろ起きなさい」
「ん、んぁ? え!? もう朝!?」
「朝どころか昼だよ。もう十一時だ」
久々のベットは非常に心地よく、気づけばもうそんな時間らしい。昨日中々寝れなかったのも影響しただろう。
結局今日の朝食は抜き。まあ遅起きなのだから仕方がない。
(……にしても冷えるなぁ)
外に出れば一面の銀世界。降り方を見るにまだ数日は続くだろう。
最初は雪で凍え死にそうになっていた俺も、今じゃすっかり雪国の一員だ。流石に寒さにも慣れてきた、と言いたい所だが寒いものは寒い。
「やっぱり雪凄いね。予定は変えなくて大丈夫?」
「多分大丈夫だ。この街には"獣馬"の定期便があるからな」
獣馬とは俺が森へ捨てられる時に乗ってきた生物。牛と馬のちょうど中間のような生き物のことだ。
俺達は今からその獣馬がひく馬車、獣馬車の定期便に乗る。
「こんな降り積もってるのに、その定期便は大丈夫なの?」
今年の冬は駆け足で、例年よりも降り始めが早い。とは言ってもこういった異常気象は最近じゃ珍しくもないらしい。
「獣馬は雪なんてへっちゃらさ、二頭で六十名は運びきる。雪も魔術で溶かしてしまえばいい」
「へぇ、なんか面白そう」
街の中央西側にある停留所。王都へと繋がる街道に連結する形でその広場は作られている。円形状に作られたそれは、まるで駅前のバス乗り場のようだ。
そこには沢山の乗客がいて、ちょうど何台かの獣馬車が乗り降りの最中だった。荷物と人が行き交う渋滞。
久々に味わう人混みは、あの交差点と爆発が思い起こされてならない。
(結局あの爆発はなんだったんだろうな……)
だが今はそんなことより獣馬車だ。今からこれに乗って王都まで向かうらしい。一ヶ月弱の旅の始まりだ。
その客車はまるで路線バスのようで、先には二頭の獣馬が繋がれていた。一見獣馬のサイズに見合わないほど巨大に見える。
だがそれは見た目だけの問題だ。獣馬は賢く疲れ知らず、そして何より強靭である事で知られており、この程度は何ともないらしい。
獣馬は牛のような角が生えており、体格も馬以上。森に捨てられた際に見たのを覚えてはいるが、改めて見るとその雄々しさに面食らう。もし轢かれでもしたら生きては帰れないだろう。
(……なんだ?)
よく見れば何だか落ち着かない様子の獣馬。見ていた獣馬車に繋がれた二匹か、まるで何かを探すように辺りを見回している。
凛々しい獣馬には似合わない形容だが、まるで怯えた子供のようだ。
気になって二匹を覗き込むと乗降口側にいた獣馬と目が合う。
「─────!!!」
響き渡るは獣馬の鳴き声。それは発狂とでも言うべきなのだろうか。客車に繋がれた獣馬は逃げようとしているのか、固定具を振り解こうとその場で暴れのたうち回る。
辺りは軽いパニックになり、群衆はまたもやあの交差点でのそれに近い挙動をとる。誰もが自分を優先する、悪夢のような光景だ。
(やっ…… やだ!)
フラッシュバックする死の記憶。
耳をつんざく爆音。
空を覆い尽くす瓦礫。
悪夢のようなパニック。
耐え難い激痛。
そしてただ暗闇。
だがそんな事は起きていない。ただ獣馬が暴れただけだ。そうと、そうだと分かっているのに、震えと動悸が止まらない。
「(もうやだ! 死にたくない!)」
「ゼノリア、大丈夫だ。一旦落ち着け」
「う、うん」
まだ動揺は治まらないが何とか状況は掴めてきた。
これは俺が原因だ。いや、正確には俺が呪い子であることが原因だ。
それは元々分かっていたことなのだ。俺達呪い子は生き物にすら恐れられている。
森で狩りをしていた時、俺を見た生き物は大抵がこうなるか襲いかかってきたものだ。その獣の性質によりはするが、大抵は賢い者ほど発狂しやすい。
考えれば考えるほど自分が化け物のように思えてならない。むしろ何だか落ち着いてきた。
(……でもなんで? 朧なる黒片は?)
髪を見ても綺麗な黒色。呪い子の特徴である白色は問題なく魔道具で隠せている。
なら何故、何故獣馬は発狂したのだろう。呪い子である事と身体の白色は関係ないのだろうか。
「戻るぞゼノリア。どうやら魔道具じゃ獣は騙せないらしい」
俺達はそのまま流されるように停留所を後にした。
*****
結局俺達は雪が止むまでこの街に滞在する事となった。
爺様曰く、王都へ続く街道には多くの宿場町があるので徒歩でもそこまで困ることはないらしい。
平時ならこのまま進んでもいいのだが、降雪中の旅は危険が伴う。身体が弱い俺には厳しい道だ。
という事で今から俺達は元の宿、「カンファース」へと戻る事となった。店の老婆は快く迎え入れ、雪が止むまで部屋をとれるようにまでしてくれた。印象通り優しいお婆さんなのだろう。
「ん〜やっぱおいし〜」
そんなわけで俺達は今昼食を頂いている。やっぱりここの食事は絶品だ。よく知らない野菜が沢山入ったスープが冷えた身体に滲みわたる。
「なぁ知ってるかあの噂」
「路地裏で出るって話だろ」
他の客の話し声が聞こえる。端のテーブルを見れば、粗野な風貌の三人組が昼間っから酒を飲みかわしていた。随分とやかましい話声。普段なら聞き流していただろう。
だがその後こう続いた。
「「「呪い子が」」」
驚いて耳を傾ける。今なんて言った? 呪い子? 呪い子って言ったのか?
「こぇーよなぁ」
「俺達狩人でも秒で殺されちまうって話だぜ?」
「おいおい俺達が狩人なんて言えねえだろ? こんな時間から呑んでるんだからよぉ」
「ハッ、違いねぇ。こういうのは領主様とか"騎士様"にでも任せておきゃいんだよ」
そうだそうだと騒ぐ三人。だいぶ酔っているのか、声がどんどんデカくなる。
「でも領主は中々動いてくんねぇらしいぜ?」
「ここ数年の領主は終わってるからなぁ。俺の目から見ても、ありゃやばいぜ? ……となると騎士か」
「"騎士団"も世界中を巡ってるって話だ。中々都合よく来てはくんねぇよ」
騎士団と騎士は有名だ。彼らは聖教に帰属する組織であり、国家間の枠を超えて世界中を巡り活動している。その目的はたった一つ。
──"呪い子の根絶"だ。
「おぉ、怖い怖い。呪い子が出るんじゃおちおち狩りにも行けねえよ」
「別にいなくても狩りには行かないけどな!」
ガハハと笑う三人。だいぶ酔いが回ってきたのか、次第にその言葉は聞き取れないものになっていく。
「あんまり気にしたらいけないよ。僕達には何の関係もないからね」
そう小声で告げる爺様。確かに気になりはするが、関わってもろくな事にならなそうだ。
(ごちそうさまでした、っと)
この世界には"いただきます"と"ごちそうさま"にあたる言葉は存在しない。
だがこの世界の人々に食事への感謝が無い訳でもない。「福音」にも"神より与えられた全ての命に感謝し、全て無駄にすることなかれ"という記述もあるほどだ。
そうであっても言葉にする習慣の中で育ってきた俺としては言わないのは気持ちが悪いが、日本語を話す訳にもいかないので仕方ない。
(いるのか、この街に……)
*****
二階に上がり元の部屋に戻ってきた俺達。部屋の中は綺麗に掃除されていた。
「さて、僕は今から食料やらなんやら買ってくるから」
「じゃあその間私は?」
「まぁ適当に暇つぶしてなさい」
そう言い放つと、そそくさと部屋を出てしまう爺様。森にいた時もこんな感じで、こういった一人の時間は結構あった。
だがせっかく自由に動ける身体になれたのだ。自由に出歩いてもなんの危険もない。そう考えるといつもみたいに本で時間を潰すのも勿体ないだろう。
別にどこも行くなとも言われていないのだ。爺様もいつ通りなら夕方頃に帰ってくるだろう。つまりそれまでに戻れば何の問題ない。
「よし、行ってみるか!」
一階に降りてみれば受付には店主のお婆さん。とりあえず俺は日記が欲しいので、店の場所を聞いてみることにした。
「日記を買いに行きたいんですけど……」
「日記なら…… あぁ、本屋に売ってたっけねぇ」
「どこにあるの?」
「えーっと、分かりにくいし道順書こうかい?」
「お願いします!」
「はいよ」
受付にあった羽根ペンで、スラスラと書いて手渡してくれた。
「お婆さんありがとう」
「気をつけるんだよ」
描いてもらった地図を持ち、雪降り積る街へ出る。こんな雪だというのに街中には普通に人が歩いていた。
(寒いのによく外に…… でもそれが普通なのかもな)
この地方の冬は凄まじく長い。雪で生活を止めてたら色々成り立たなくなってしまうのだろう。
街を歩きながらある思いに耽ける。それはこの街に来てから分かったことについてだ。
(……やっぱりみんな美形じゃね?)
最近沢山の人を見ているが、何故だか全員がそう見える。西洋的な顔立ちのせいではなく、ただ単に顔面のレベルが上なのだ。
産みの親や爺様でもそう感じたので、多分この世界の人間は皆が皆そうなのだろう。
それにもう一つ。何故か街の大人の殆どがチョーカーを首につけている。理由を知っているような気がするが思い出せない。本で読んだ気がするが何だっただろうか。
(あっ、あれか!)
三四年前に読んだ「勇者列伝」の中での出来事を思い出す。確か"双聖の勇者"という話だったろうか。
一世代で二人の勇者が現れるという前代未聞の大事件において、その二人が恋仲になった際に贈りあったのがチョーカーなのである。
胴と頭が離れることは、大抵の傷が治せてしまうこの世界においても治せない死因の一つだ。
そんな首を守るからこそ、婚約者同士は"死がふたりを分かつまで"という意味を込めてチョーカーを贈り合うのだとか。
(結婚ねぇ…… 俺にはもう縁のない話だ)
そんなこんなで本屋の近く。どうやらこの先の路地裏に入らないといけないらしい。
本屋のロケーションとしては雰囲気があって好みだが先刻聞いた噂を鑑みると少し怖い。やっぱり日記ぐらい爺様に頼めばよかっただろうか。
「いやまぁ、大丈夫でしょ……」
そう言って自分を勇気づけながら裏道を進んでいく。だいぶ入り組んでいるので、正直迷いそうだ。
「えーっと、こっちがこうで…… あれ?」
そう言えば日記の相場はいくらなのだろうか。まさか二百ゼル、宿代の四倍もあって足りないなんて事ないだろうが、ぼったくられないかが心配だ。
(こんなガキが大金持ってきたらかもだもんな……)
念の為お金を取り分けておくべきだろうか。そんな考えのもと、硬貨袋に手を伸ばす。
するとどうだろうか。手に触れるはずの硬いものがない。それどころかドロっとした感触がする。だがすぐにそれも消えてしまった。
(……なんだ?)
そう思って中身を覗くとそこには驚くべき光景があった。さっきまであったはずの硬貨が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
「は?え? なんで?」
おかしい。
こんな事はありえない。
さっきまでこの袋には膨らみがあった。ジャラジャラと音も鳴っていた。
それがなぜ、どうして消えてしまったのだろうか。
今術は使っていない。魔力操作すらしていない。そもそも物を一瞬で移動させるだなんて、そんな高度な術は俺には使えない。
となるとスリの線も考えられる。だがそんな高度な術を使えるならスリなんて辞めて術師にでもなっているはず。
それに物を一瞬で移動させるなんてのは"神聖術"の類いだ。信心深い者しか学べないとされる神聖術の使い手が、聖教の教えに反する盗みをするはずがない。
(駄目だ…… 意味がわからない……)
とりあえず宿に戻ろう。爺様には多少怒られるだろうが、原因がわからないよりかずっといい。
「はぁ…… 」
ため息を付きながら大通りの方へ足を向ける。
その瞬間だった。
何者かに身体を抑えられ、俺は地面に突っ伏した。
「おいお前! 死ぬ気か!?」
その声はあきらかに子供の物で、押さえつける力もそうだった。
驚いて振りほどこうにも、この貧弱な身体じゃ敵わない。だからといって他人の前で術を使って『変貌』を解く訳にもいかない。
(クソっ! どうすれば……)
せめて相手の顔をと首だけで振り返ると、そこにいたのは真っ白な子供。
世界中で殺戮や破壊を行うと言われる呪い子の一人。
噂で聞いた"路地裏の呪い子"その人だった。




