五話『境界を抜けて』
時の流れは速いもので、前の誕生日からもう三ヶ月が経過した。俺としてはもう少し早く森を出たかったのだが、探し物の在り処探しに手間取ったらしい。
だがそのおかげで暇な間も鍛錬に打ち込むことができた。むしろ最近は成長が著しいと言える。新しい鍛錬法にも手を出した事により、術の精度がメキメキと上がってきた。
それもこれも爺様とこの魔道具、朧なる黒片のおかげだ。普通に生きれるこもという希望が日々の活力に繋がっている気がする。
俺達の目的地はこの国、イデアステル永久王国の王都。ここから徒歩で約一ヶ月かかる距離らしい。それも整備された街道を進めばの話らしいが。
爺様が言うには呪い子としての覚醒を防ぐには、とある物品が必要らしい。それを手に入れるためにはどうしても王都に行く必要があるのだとか。
道無き道を歩くこと十日。俺達はまだ森を抜けられていない。
特段起伏がある森ではないのだが、それでも時間はかかるものだ。
それもそのはず、この森は多種多様の獣が住む魔境だ。進めば進むほどたくさんの獣に遭遇する。
世界各地に生息するらしいあの因縁の黒い獣"アグル"や、粘性を持ち様々な亜種がいる"スライム"、酸性の体液と糸を組み合わせて獲物を狩る人の顔程の巨大な虫"酸蜘蛛"など、正直生き物とは思えないおかしな奴らばっかりだ。
こういった生き物等の名前や特徴は以前買ってもらった「獣図鑑」で覚えた。
その訳は元の音をそのまま用いたり、それっぽい日本語にしたり、正直適当だ。
他に転生者がいるのかは不明だが、俺の訳は適当なので話が通じないかもしれない。
今の荷物は沢山の本と調理器具、そして少しの保存食。それ以外は待ちきれないので置いてきてしまった。
狩りや薬草採集で稼いだ金で手に入れた本達は、俺が不要と思っていた外の世界の歴史や伝承なんかも含めて今ではすべてが俺の宝物だ。
特に人類の総力をかけて龍を討ったという「黒龍殺し」の話が一番のお気に入りである。
主人公の"魔剣使い"とその仲間達が人類存亡をかけて勇敢にも龍に挑むという典型的な英雄譚である。
結末は少し虚しいのだが、熱い展開の繰り返しが多い文句なしの名作だと俺は思う。
*****
そろそろ日も落ちる頃、予定ならもう街に着いているはずだ。なのに未だ森の出口は見えていない。
「ねぇ爺様? まだ着かないの?……あれ? もしかして私達迷ってる?」
「い、いや? 迷ってないが?」
「絶対迷ってるじゃん! もぉ、いつもどうやって行き来してるのよ!」
「いつもは『転移』があるからなぁ。 って迷ってないが!?」
「あんなに自信満々だったのに…… あぁもうどうすんのよこの先……」
「ゼノリア、こういう時すぐ取り乱しちゃいけないよ。焦った時ほど冷静になるんだ。最近は森の拡大期だからね。だから迷うのも当然って ……あっ」
「やっぱり迷ってるよね…… 」
俺達は今この国最東端の辺境の都市、"エクリエル"へと向かっている。少ししか滞在しない予定ではあるが、初めての街なので心が踊る。
そしてとぼとぼと歩くこと数時間、ついにその時はやってきた。
「あっ爺様見て! 出口だよ!」
俺は出口をめがけて走り出す。
初めての見る森以外の景色に興奮すると共に、何だか少し感慨深くもあった。
はじまりこそ最悪だったが、ここでの生活も案外悪くはなかったと思う。
飯が不味かったり、鍛錬がキツかったり、獣に殺されかけたり、他にも色々。自分の身体のせいで随分と長いこと苦悩してきたのだ。
だがそれ以上に沢山のものを得た。信頼できる人を。この世界で生きる力を。そして普通に生きていけるかもという希望を。
そうだ。いつも不平ばかり言っていた気がするが、結局何だかんだ言って俺は楽しかったのだ。
「うわぁ……」
思わず盛れる感嘆の声。覆う木々のない天空はいつもより高く、そして想像以上に煌めいている。それこそ月並みな表現にはなるが、まるで一枚の絵画のようだった。
「綺麗……」
「そうか、綺麗か……」
平原を照らすは雄大なる満月。とは言ってもこの世界の月に満ち欠けなどない。そして恐ろしく巨大である。
そんな月に照らされているからか、夜というのにとても明るい。森にいた時は分からなかったが、星の光も合わさってか光量だけでいうなら昼間とそう変わらないかもしれない。
「あぁそうだ、ここから多分二日は歩くからな」
「えぇ〜、私もう疲れたぁ〜」
*****
イデアステル永久王国。世界有数の超大国であるこの国の東部に広がる"ウンディア地方"。殆どをウンディア大森林に覆われるその地方には、この国の片翼と名高い都市がある。
"木製の都市"エクリエル。
木材流通の拠点であり、辺境ではあるものの実質的なこの国の心臓部。あるいは仇敵を押し止める為の防波堤であろうか。
木鉄により造られた大城壁は、この街の防衛の要でありシンボルでもある。
歴史長きエクリエル伯爵家に治められるこの街は住まう市民の半数が木こり、そしてもう半数が木工匠。故に街自体に職人気質のきらいがある。
かねてより国土を守護し続けてきたこの都市は、石製にも負けぬ気品と美しさ、そして力強さを持っている。
「世界冒険録:第八版」より抜粋
*****
時間としては十五時頃。今日は雲があるのでよく分からないが、体内時計ではそれくらいだ。
この城壁が随分と遠くから、それこそ二時間前から見えていたのがやっとのことで到着した。
街に入るのにも一応の検査があるらしい。だが検査とはいっても正直形だけの簡単なものだ。
術があるこの世界では危険物を隠したりするのは容易だ。そもそも術が使える人間自体が危険物なので剣などの凶器を持っていても何の注意も受けることはない。大抵の人が術を扱える世の中でそんな物への警戒は無意味だ。
この世界では術こそが常識であり、故に安全も術によって保たれる。この規模の街になると『獣避け』や『対大規模術式』など様々な結界術の術式に守られているらしい。
「よぉ爺さん、四日ぶりだな。んでそれが例の? あんま似てなくないか?」
そう語りかけてきたのは門番をしている衛兵。どうやら互いに顔見知りらしい。
「やぁ久しぶり。似てないだろうけど、正真正銘この子が僕の孫娘さ」
そう言いながら肩を掴み、後ろに隠れていた俺を前に出す爺様。俺が怯えていたのを察したのだろう。分かっていながら突き出したのだ。
「こ、こんにちは」
「こんにちはお嬢ちゃん。ようこそエクセリアへ」
そう言いながら衛兵は道を開けてくれる。何事もなく通過できたらしい。
門を抜ければ茶色い街並み。本にあった通り確かに気高く、力強い。何より初めて見る人の営みは何故だかとても美しい。
それにしてもこの城壁には驚いた。なんせ木製、それがビルほどもあるなんてのは異世界特有の事象だろう。
それに街並みも全体的にファンタジーだ。木製に見えながら建築様式は石製による洋風、こちらからすれば奇妙にも程がある。
「どうだい? すごいだろ?」
「うん! ってなんで爺様が誇らげなの!?」
そう言った瞬間、何か白いものが空から降り注ぐ。今はまだ十一月。この世界では例年通りなのだろうが俺の感覚で言えば季節外れだ。
「もう雪が降る時期か……。まぁいい、とりあえず今日は予定通り泊まってくぞ」
そう言いながら白く染まっていく街を進む。目をつけていた宿があるらしく、今日はそこに泊まるらしい。
「またそれやってるのかい?」
「まぁうん。なんかやりたくなるんだよね」
今俺がやっているのは魔力の制御。最近始めた鍛錬法である。体内の魔力を一点に集中させたり循環させたりして、魔力を操る練習をしているのだ。
「やってちゃダメだった?」
術を使っているわけではないので、魔道具に込められた『変貌』の解除条件にも抵触しない。なので問題は無いはずだが。
「別にいいんだけどさ、それ疲れないのか?」
「うーん。確かにちょっと疲れてきたかも」
魔力制御は術を行使する上で非常に重要である。何故なら魔力制御の質によって同じ術式でも結果が変わってしまうからだ。だから多少無理してでも暇を見つければやってしまう。
「ちょっとねぇ……」
爺様の足が止まる。どうやら宿に着いたらしい。三階建ての大きな館、もちろん木造である。看板には「カンファース」とあり、それが店名なのだろうと分かる。
扉を開き中に入ってみると質素ではあるが予想よりもずっと綺麗で、漆を塗られた壁の木目が印象的に艶めいている。
「いらっしゃい」
「とりあえず二人で一泊、夕食付きで」
受付には従業員らしき女性が一人。恐らく八十代ぐらいだろうか。腰が曲がり手や顔にも沢山の皺があるが、醜さも弱々しさも感じなかった。
「一部屋でいいかい?」
「えぇ」
「なら50ゼルだね。その台帳に名前を書いてな、案内するでね」
"ゼル"とはこの世界における通貨の単位である。爺様曰くこれ以外に貨幣と呼べるものはないらしい。
俺の知識ではボロ宿一泊素泊まり30ゼル。だがこんなに綺麗な宿でこの値段、しかも飯付きなんてお得どころの話じゃない。
「ではテウルギアス様、どうぞこちらへ」
この世界では苗字が無いものは人間扱いされない。何故なら苗字とは、聖教を信ずるものの証であるからだ。きっとここで名を書かせるのは一応の確認なのだろう。
そう言えば自分の苗字がそれだった事を思い出す。ワルド・テウルギアスと書かれており、前に教えてくれたAというミドルネームを消していることが分かる。
(……なんで書かないんだ?)
老婆が案内してくれたのは二階の一室。階段から一番近い角の部屋だった。
「ではごゆっくり」
部屋に入るとベットが一つ。それ以外は小さなテーブルとランプしか存在しない。最低限といった様相で、やはり全てが布か木製だ。
ランプ見ればびっしりと文字が刻まれており、恐らくこれは魔道具なのだろう。
この世界には多くの魔道具が存在するが、その価値はまちまちだ。武器から家具まで多種多様、そしてその性能までもがそうなのだ。
だが普及率は凄まじく、どんな寒村でも一家に一つはあるらしい。逆に高価な物は本当に高価で、村ひとつ買える値段なのだとか。
魔道具に刻まれた術式は錬成術によって書き出される。錬成術にはその才能と物作りの才能、その両方が必要となるのだ。
俺はまだ手をつけていない分野なので、いつかやってみたいものだ。
「念の為ゼノリアにもお金を渡しておこう」
「わーい」
爺様は机に硬貨をぶちまけ、金額を分けている。この世界の貨幣は全て硬貨であり、全部で六種類存在する。
「全部で二百ゼル。子供の小遣いとしては多すぎるが君ならまあ大丈夫だろう」
内訳としては金貨、銀貨、銅貨、それが新しいのと古いのがそれぞれある。呼び分けとしては古金貨、新銀貨なんて感じだ。
このような貨幣体制になったのには結構面白い逸話があるのだが今は割愛。とにかく全ての古硬貨は価値が高く、新しい方が安いと覚えればよい。
「そんなに沢山…… 何に使えばいい?」
日本円に直せば約二万円。恐らくだが一ギル百円の変換で会っている。確かに子供にとっちゃ大金だ。
爺様は麻っぽい袋にそれを入れると、俺の手に乗せてそう言った。
「好きに使えばいいよ。ただし王都に着くまでこれ以上は渡さない。考えて使うんだ」
「はーい」
時間を告げる鐘が鳴る。街にもなればそういう物もあるらしい。確か本によると十八時。部屋でウトウトしていたが、気づけばもう夕食どきだ。
「ゼノリア〜、飯行くぞ〜」
「はぁーい」
久々に使うベットには別の意味で魔力があると言わざるを得えない。六年ぶりの心地よいうたた寝だった。
宿の一回には食堂があり、何人かの宿泊客が既に食事に手をつけていた。
俺達も適当に席に着くと、受付にいたお婆さんが夕食を運んでくる。他の従業員見当たらない。彼女一人で全てをこなしていた。
「おぉ〜 美味しそ〜」
そんな事より飯だ飯。一斤の丸パンにポタージュ。それに久々に見たハンバーグ。どれもが本当に美味しそうで、すぐに口に運んでしまった。
「う、うめぇ……」
久々のまともな食事は本当に本当に美味しかった。だがここまで美味しいと思えたのは多分他人の為に作られた物だからだろう。自分で作ったものには感じられない温かみ。確かにそんなものがそこには在った。
(ヤバい、泣きそうだ)
それを隠そうと頭を伏せる。
「あっ……」
もう胸の下辺りまで伸びた髪が、食事の中に入りそうになる。慌ててかきあげすんでのところで回避した。
「そういや髪切った事なかったな。……よし、今度僕が切ってやろう」
そんな事を言いながら、今日も調味料をぶちまける爺様。せっかくの食事が台無しだ。さっきまでの感動を返して欲しい。
食事を済ませてベットの上。食事前に寝てしまったのでまだ眠気はやってこない。
(確かこういう時は、日記でも書くんだったか……)
前世でも今世でも寝る前に日記を書く文化は変わらないらしい。
色々な本を読んできたが、そういったシーンがある事は確かだ。日記形式の本も一冊だが持っている。
(小遣いも貰った事だし、明日暇があったら買いに行ってみるか…… ってじゃあ今どうやって寝るの!?)




