四話『朧なる黒片』
命の重さを実感したあの一戦から約半年、今日俺は六歳になる。
結局あの黒獣の死体は売ってしまった。だが相当高く売れたのか、俺はその代わりに何冊かの本を手に入れた。
それらの本は図鑑や歴史書などの役に立つものだけでなく、狩人の活躍を描いた活劇なども含まれていた。爺様曰く"常識をつけるために幅をきかせた"らしい。
(そんな必要はないんだがな……)
あれだけへばりながらやっていた早朝のランニングだが、最近はもう気絶する事も減ってきた。相変わらず倒れ込みはするのだがそれでも十分な進歩だろう。
結界に侵入されてからというものの、何だか爺様に焦りが見える。
前は少しづつ色々な事を教えてくれたが、最近は詰め込み形式で必要な事だけ教えられているような気がする。
ランニングの後の対獣戦の訓練は少なくなり、代わりに対人戦の訓練ばかりが増えてきた。正直こっちの方がキツイから減らして欲しい。
対人戦で重要となってくるのが"武術"。これも術の七分類の内の一つだ。主に身体の内側の強化に用いられる。
武術を行使できれば体を硬くしたり、素早く動いたり、居合いをしたりなど色々便利な事ができる。
そして武術では、身体に触れた物を体内と誤認させることも可能だ。古来より人類はそれにより武器を強化してきた。
その範囲は個人差含めて一M弱。故にこの世界に剣以外の武器は存在しない。小回りが利くので短尺こそあれ、長間は先が折れるだけのガラクタである。
「はあぁぁぁ!」
繰り出すは渾身の打突。『強化』の武術により、身体能力を高めた上での一撃だ。
だがそれも軽くいなされ、木剣は空高く舞い上がる。悔しいが今日もまた俺の負けだ。
「はぁ。やっぱダメかぁ……」
「うーん。悪くはないんだけど、やっぱり持続力が無いからね」
と爺様は言う。実際この貧弱な身体では長時間の戦闘はできない。もって一分、全力を維持し続けるなら三十秒も無理だろう。
「この前も言ったが君は普通の戦闘だと勝てない。常日頃から一撃決殺を狙いなさい」
(今日もそのつもりだったんだがなぁ……)
やはり爺様は恐ろしく強い。俺がいくらがむしゃらに押し切ろうとしても、的確にこちらを捌いてくる。正直いくらやっても勝てる気がしない。
「よーし、とりあえず飯にするか」
「はーい。今から準備しまーす」
*****
適当に朝食を食べたら準備をして狩りに出る。最近は獲物をうまく狩れるようにもなってきた。
とはいっても術の行使一回で一匹だから、何発も同時に狙う魔術が使える爺様には適わない。
効率を重視すれば俺は死肉を捌くことに専念した方がいいのだが、爺様は頑なにそれを許さなかった。
薬草採集の方はというと、狩りの方で時間を取られて最近はそちらに時間は割けられていない。
おかげで街の薬草が前より減っているのだとか。傷を治せる"治癒術"があるこの世界における薬の価値はそこまで高くはないらしい。
だがそれでも特殊な病や、治癒術師にかかる金もない人には需要があるらしい。薬不足で死なれても目覚めが悪いので、気が向いたら週一ぐらいで採っておこう。
(……っても十日に一度だけどね)
この世界の暦は一週間が十日あり、一ヶ月が三十日、それが十二回重なって一年360日。ほとんど地球と変わりない。
休日も変わらず週二なので、こちらの方が厳しいだろうか。ただその二日は宗教上の休日なので、それ以外でも休みがあったりするらしい。大変さではトントンだろうか。
とか言っても森に住む俺には暦なんてほとんど意味を持たず、多分一生気にして生きる事などないのだろう。
俺はこの森を出るつもりはない。出たくもないし出れやしない。一人で老いて死に晒すまで、ここでゆっくりと暮らすしかないのだ。
その理由がこの身体。別に虚弱な体質の事ではない。性別が違う事も関係ない。
白い肌に白い髪、そして恐らく白い眼。こんな特徴を持った人間は"呪い子"と呼ばれる。
「福音」や「勇者列伝」によれば発見次第討伐すべき害悪ならしい。前世でも今世でも人間ってのはそこまで変わらないのだろう。
偏見とか差別とか、そんなくだらない事で俺は捨てられ、殺されるのだ。
思わず力が入ってしまい、俺は血を抜こうと入れた切り込みを切り潰していた。
「ゼノリア? どうしたんだ?」
「ごめんなさい。なんか力が入っちゃって……」
(ぐっちゃぐちゃだ…… これは後で自分で食べるか)
狩りが終わるのが大体十四時頃。その後爺様が街に出ている間に俺は普段から術の鍛錬をしている。
大抵は反復練習だったり復習だったり。たまに無詠唱への挑戦だったりもするが、未だ成功したことは無い。
使えるようになったのは魔術を五つ、武術を三つ、治癒術を二つ。その内半分が簡単な生活系の術式ではあるが、数だけで言えばそこらの大人よりか余程優秀らしい。
ちなみにこの世界の成人は十五歳らしいので、俺は九歳飛び級という事になる。でも多分それは教師と身体が優秀なおかげだろう。
これで普通の子供なら自分は凄いと調子に乗れたが、あいにく俺は討伐対象。この程度の強さじゃどうにもならない。
だからもっと、もっと頑張って強くならないと。
*****
今日は何やら、爺様から話があるみたいだ。夕食を済ませた俺達はいつもの位置に腰掛ける。
魔術によって燃え盛る焚き火を挟み、俺は爺様と向き直る。
今年はプレゼントあるのかな、とか考えていた自分が馬鹿らしくなる程重くるしい雰囲気。産みの親が俺を捨てやがった時を思い出す。
「あー、ゼノリア? 話があるんだ」
「なに?」
「冬までに森を出……」
「いやだ」
「……まだ言葉の途中じゃないか」
「いやだ! 絶対いや!」
子供のように喚き散らす俺。何だか初めて聞き分けのないことを言った気がする。
互いにそう思ったのか、流れるのは重苦しい沈黙。やがて爺様は俺を諭すように口を開いた。
「何で、嫌なんだい?」
「何でも何も! 逆になんで森を出るの!? ここで暮らすんじゃ駄目なの!?」
「駄目だ。あと十数年は大丈夫だが、やがてここは人の住めない危険な土地になるからな。それに君はまだ若いんだ。外に出て人と沢山交流しないと」
「人と、交流? 何を言ってるの? 私がなんだか知ってるよね!? 人と関われるわけないじゃん!」
自嘲気味に突っぱねる。自分でも声が震えているのが分かる。色々もう限界だった。
「あぁそうか、そうなんだね。危険だ何だ理由をつけて呪い子の私を捨てる気なんだ……」
「違う!」
「じゃあ教えてよ! 本当のことを全部!」
俺が爺様に前世を隠しているのと同じように、多分爺様も俺に語るべき事を避けている。
考えてみれば爺様とここで暮らす間に呪い子の事が話題に出る事はなかった。
むこうから話題にあげることはなく、こちらから言えば異常な程に徹底してはぐらかされている。
そしてその代わりなのか、そういった情報が少しだけ載った本を買ってくるのだ。
「……まずは隠していて悪かった。そして今から伝えることはゼノリア、君にとって信じ難く辛いかもしれないが事実だ。できれば話したくはないのだが……」
「お願いだから教えて。知らない方が怖いよ……」
「分かった、話そう。まず僕は、君が呪い子だと理解している。そして僕は絶対に君を捨てたりなんかしない」
「……どうしてあの時助けてくれたの? なんで私を拾ってくれたの? 」
「やっぱり君は賢いから分かってるよな、自分が捨て子だって。……僕も大昔は捨て子だったからね。見捨てられなかったのさ」
「そっか、そうだったんだ」
呪い子の存在を知って、自分が呪い子だと分かって、俺は助けられた理由がずっと気になっていたのだ。
「そしてゼノリア、君は呪い子について書かれた本を読んでどう思った?」
「よく偏見でここまで書けるなと正直思ったよ」
「そうだよな。賢い君ならそう考えると思っていたんだ。本当はもうしばらくそう思っていて欲しかったんだが。でもごめん、本に書かれている事は事実だ」
「……どこまで? どこまでがそうなの?」
「全部だ。討伐すべき悪である事も、古来より世界中で殺戮を繰り返してきたことも、世界の滅亡を企んでいることも全部事実だ」
「じゃあ、十歳を境に人格が変わってしまうってのも……」
「あぁそうだ。呪い子はその日を境に凶暴な性格へと様変わりする。それが十歳の誕生日だ」
「嘘だ! 絶対嘘!だって後四年しかない!」
「本当はこんな事、嘘にしてやれればよかったんだが……すまない」
やっとひとつ自分の中で合点がいった。だから爺様は俺をはぐらかし続けていたのか。
結局爺様の言う通りだった。俺は知るべきじゃなかった。あの糞みたいな偏見の塊が全て事実だったなんて知りたくなかった。
じゃあなんだ?
俺は十歳になったら実質的に死ぬのか?
せっかく生まれ変わった俺の人生、後四年で終わりなのか?
それなのに森の外に出るだなんて。
(あぁ駄目だ。頭が狂いそうだ……)
気づけば俺は泣いていた。意味が分からないことばっかりで、信じたくない事ばっかりだ。
本でいわれていることには証拠が無い。突き詰めていけば一つや二つ違いが出るだろう。
だがそれでも不安で、怖くて仕方がない。
ここは異世界だ。普通なら通らない理論も、ここでは十分に意味を持つと俺は知っている。
(もし、本当だったら……)
俺を爺様が落ち着けるように力強く、でも優しげに包み込んだ。
「大丈夫。僕が君を守るから」
*****
しばらくして俺が泣き止むと、爺様には渡す物があるらしい。
「これは?」
懐から取り出されたのは黒い石のペンダント。その欠片には、何やらびっしりと文字が刻まれている。
全てを飲み込むようなその黒は死の暗闇にも近く、そして何より神々しい。
「"魔道具"さ。君の眼や髪の色を変える事のできる『変貌』の術式を改造した物が刻まれている」
"魔道具"とは術式を刻まれた物体を指す言葉である。
それは術の七分類の一つ、"錬成術"により造られる。術式を知らずとも魔力を流すだけで術を行使できる優れものだ。
「でも、呪い子の白は……」
「変えられないな、確かに「福音」にはそんな記述がある。そんでそれは真実だ。君が寝てる時に試したからな」
この世界の宗教であるアカリス聖教。その聖書である「福音」には、呪い子はこう記されている。"その白は何物にも染まることなく、だが世界を血で染めるだろう"と。
「だけどそれは過去の話だ。もう六年、随分と長くかかってしまった。だがやっとだ。やっと昨日完成したんだ」
興奮を隠しきれない爺様。俺には少しも分からないが、きっと物凄いことなのだろう。
「もう外に出ても殺されたりしない?」
「とりあえずはバレないようになっただろ? まだ性格の変化、いわゆる"覚醒"への対策はできてないが大方の目星はついている」
「じゃあ私、普通に生きれるの?」
「そうだ。まだ見た目だけだが、期限までには僕がそうできるようにする」
「私を一人にしない?」
「あぁ、……そうだな。君を一人にはしない」
そうか。
そうなのか。
もうこの森に隠れなくても、堂々と生きていいのか。人と関わりを持てるのか。
まだ覚醒は防げない。不安の源が取り除かれた訳じゃない。それでも爺様が助けてくれるなら何があったって大丈夫な気がする。
「銘は"朧なる黒片"。付けている間に他の術を使うと『変貌』が反発して消えてしまうから注意が必要だよ」
そう言うと爺様は、その石を俺の首にかけた。
もう肘あたりまで伸びた髪を見れば、それは見慣れた黒色だった。
前世と同じ黒い色、だがその色は白髪混じりに見え隠れする爺様の黒髪に何だか似ている気がした。




