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汞の呪い子 (みずがねののろいご)  作者: 飴パン
第一章 幼年期編
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二話『初めての"術"』

 

「おーい、ゼノリア〜、起きろ〜」


 眠りを乱す大声が耳元で響く。やけにテンションの高いその声は、やはり爺様の物だった。


 夜更かしをする環境自体が無いことが功を奏したのだろう。寝坊魔だったはずの俺は、すっかり早起きできるようになっていた。


 日の出と共にとは言えないが、それでも最近は、毎日朝六時ぐらいには起きれていた。


 なので今はまだ全然朝じゃないはず。


 それなのに喧しい声に加わえて身体の揺れまで始まった。あぁもう、鬱陶しくてたまらない。


「おーい、おーきーろー」


「うるせぇー!何!? 何なの!?」



 何か夢を見ていた気がするが、内容が思い出せない。


 まぁいい夢じゃなかった事は確かなので、それはそれで助かったのだが。



「いや魔術さ、朝からやるって言っただろ?」


「えぇ? まだ夜明け前じゃん」


 周りを見ても闇ばかり。いや東を見れば、少しだけ日が昇っていた。だがそれでも夜には変わりない。


 だがこっちだって楽しみにしてたんだ。これだけ熱を持って教えてくれるのはありがたい。


「今から何するの?」


「まずこれを着て、んで走る」


「えっ、走る!? なんで!?」


「いいからいいから。とにかく着替えなさい」


 昨日まで見た事もなかった運動着らしき服は、きっと爺様が作っていたのだろう。


 何やら動きやすくはあるが、いかにも少女物っぽくてムカつく。


(……高性能じじいめ)


 結局言われた通り走り出した俺は、だがたった数秒で息が切れはじめてしまう。


 どうにも虚弱体質の気があるこの身体は、こういった運動には向いていないらしい。


「ねぇ、なんで、僕、走ら、されてるの?」


「まず僕じゃなくて私な。んで魔術を行使するには"魔力(マナ)"ってのを"魔力(オド)"で操って、形を与えてやる必要があるんだ」


「その、魔力が、体力に、関係、ある、の?」


 息を切らしながら質問を続ける。やはりこの身体の体力のなさは相当だ。


 走りに慣れるとか運動する習慣だとか、そういったレベルじゃない気がする。


「いや、魔力と体力には因果関係はないよ」


「じゃあ僕、じゃない。 私、なんで、こんな走って……」


「"術は過ぎれば器を乱す"」


「ぇ?」


「昔っから言われている事さ。まぁ簡単に言ってしまえば身体が魔力の循環に耐えられないんだよ。君は体力無いし、仕事中もよく気絶しちゃうでしょ? 」


「そう、だけど、さぁ」


「そういうことったから頑張って強くならなきゃ。僕みたいに長生きできないぞ。 ってことで、さぁ走れ 走れ」


(……長生きねぇ)




 結局十分もせずにダウンした俺は、気づけば毛布の上にいた。多分爺様が運んでくれたのだろう。


 空を見上げればもう十二時にもなろうかというあたり。どうやら俺は寝過ごしたようだ。


「やっぱ暑いなぁ……」


 地面を見ればこの世界の文字で、


「僕は今日も狩りに行ってきます。起きたらまず食べる事。朝食は蔵に入れときました。時間があれば薬草の採取もしておくように」


 とわざわざ書かれていた。


(……とりあえず飯食うか)


 森での生活は一日二食だが、今日は朝も食べてないので三年ぶりの昼食だ。とは言っても昨日のクソマズ料理の残りだが。


 手作り感満載のボロ蔵から、これまた手作り感満載の土鍋に入った食事を取り出す。


 あぁこれを料理と言っていいのだろうか。涙をグッと堪えながら無駄にしないように口に運ぶ。


 料理が趣味だった俺にとってめちゃくちゃにされていく食材をただ見過ごすしかないのは、正直とても歯がゆい。


 爺様は獣狩りから裁縫までこの世のありとあらゆる事が殆どなんでもできてしまう。おちゃらけた性格はともかく、羨ましい程の万能だ。なのに何故か料理だけが例外なのである。


「なんで料理だけできないのかなぁ……」



 日課の薬草採取が終わり、爺様に薬草を渡すと彼はバチッと音を立てて消えた。また今日も街へ向かったのだろう。


(……さてと)


 暇になってしまった俺は齧り付く様に本を読み出した。



「基礎術式理論」によれば、この魔法のような力は七種類にも分類されるらしい。


 読んでみて分かったことだが、まずこの力の訳は魔法じゃない。適した物があるとすれば多分"術"だろうか。


 そう訳せば七つの分類も魔術、武術、錬成術、治癒術、精霊術、神聖術、結界術と呼ぶことができ分かりやすい。


「えーっと、体内の"魔力(オド)"を操り、世界に満ちる"魔力(マナ)"に影響を与えて現象を起す。これが術だ」


 これは朝爺様が言っていた事と同じだ。そして本はこう続く。


 だが無闇に魔力を操っても術は行使できない。術の行使には強い意志を意識に強く刻みつける事を必要とする。


 その為、術は長い言葉の羅列である"術式"によって形成されている。


 そしてそれを実用レベルまで短縮した物が"詠唱"だ。術を行使するには詠唱を覚えるだけでなく、詠唱をなぞることで術式を想起して意識に刻みつける必要があるのだ。


「嘘だろ…… 超面倒臭い……」


 普段あんな涼しげな顔でやる癖に、爺様は随分と高等的なことをしているらしい。


 それどころか「勇者列伝」を読めば、術を使う事を生業とする"術師"だけでなく一般人でさえ当たり前のように使っているのが分かる。


 使ってみたいと意気込んではいたが、何だか途端に心配になってきた。こんな事俺にもできるだろうか。



 そして夜、夕食後には実際に試してみたり、質問をしたりなんて時間が始まる。


「我、種を芽吹かす打ち金となりて、今ここに灯火を成さん。『点火(イグニッション)』」


 覚えた詠唱を唱えるが何も起こらない。やはり術式を完璧に覚えないとダメなのだろう。


「てか火は危ないって言ってたけど『点火』の魔術はいいの?」


 魔術とは主に、体の側の行使を司る術の分類だ。


 この世界で最もポピュラーな術の分類であり、大人なら少なくとも一つは使えるらしい。


「そりゃ最初っから行使できるはずないしね。あぁでも、もし使えるようになったら料理してもいいよ」


「ほんと!? じゃあ頑張るよ!」


 何やら焚き付けられた形だが、大変だとか言ってられない。日頃からの死活問題である飯がかかっている。


 ならばとりあえずはこれ一つ、やってみるしかないだろう。



 *****



 そこからの日々は苦労と挫折の連続と言う他なかった。


 朝の走り込みは未だに好きになれない。


 ちょっとの走り込みでもこの貧弱な身体は耐えられず、限界が来ればその場で気絶してしまう。


 身体が思い通りに動かなくて、その後の仕事に支障が出るのも嫌で嫌で仕方がなかった。


 でもだからこそ真剣に打ち込む事ができた。少しでもマシになるようにと頑張れたのだ。


 術の方はと言うと、知らない事を知るというのはやはり楽しい。


 その歴史や仕組みを知っていくのは面白く、だがそのせいで使えない事への悔しさが募る日々。


 前世で細かい暗記が苦手だった俺にとって術式を完全に暗記するというのは、多少物分りが良くなったこの身体を用いても難しい。


 だが術式の方も悪いと思う。火を灯すだけで一ページに渡る言葉の羅列。正直覚えている方が異常だ。


 だがそうは言っても仕方がない。どうにかならないかと色々寄り道してみたが、これ以外に方法はないのだろう。


 そして学習開始から数ヶ月、冬もそろそろ極まってくるだろうかという頃。


 いつものように日が昇る前に起された俺は、日課の走り込みをしていた。


「はぁ、はぁ。 もう無理……」


「しょーがない。今日はここでおしまいにしようか」


 この寒さになると起きるのも億劫になってくる。だと言うのに毎日この時間に起きれる爺様は歳の割に元気すぎるといっていい。


(いや老いると早起きになるんだったか……)


 だったら順当だなと思っていると、その当人が倒れこんだ俺を抱えて運び始める。


「ごめんなさい、また倒れちゃった」


「別にいいさこれぐらい。最初の頃は十分、しかもちょっとした運動でも気絶してたのに、今じゃその二三倍でも気絶しなくなったんだ。成長してるって事だよ」


 人の親っぽくて爺様らしくない言動。急にそんな事言い出すなんて完全に不意打ちだ。


 普段そんな事言われないので少し照れくさい気がする。


「ねぇ降ろして、何か自分で歩きたい」


「まだ気遣われるような歳じゃないさ。降ろしてたまるかってんだ」


 *****


 やけに澄んだ空気のおかげか、この世界の星空は美しい。星など興味なかったはずだが、最近気づけばそれを見ている。


 そんな星空の元、前触れもなく唐突にそれは成る。


「我、種を芽吹かす打ち金となりて、今ここに灯火を成さん。『点火(イグニッション)』」


 俺の手の先から種火が放たれ、枯れ葉や枝木で作られた焚き火に火が灯る。


「おぉ!やったじゃないか!」


 苦節数ヶ月、無理だ無駄だと駄々をこねながらも続けてきた。


 投げ出したくなっても魔術が使えるなら、料理する権利が手に入るならと我慢してきたのだ。


 それがここに成った。


 あまりにもできないので転生者だからだとか色々考えてしまったが、どうやらそれも徒労だったらしい。



「やったぁあああ!!!できたぁあああ!!」


「正直この歳でできるようになるとは思わなかったよ。こりゃ将来は術師かな?」


 覚めやらぬ興奮の中、だが時間だと床に就かされる。明日も多分早いのだろうが今日はあまり寝れる気がしない。


 だがその高揚を邪魔するように、肩まで伸びた髪が目に映る。


 絹糸のように白く滑らかなそれは、だが決して誇るべきものではない。むしろ隠すべきものだ。


(何が将来だ…… こんな物があるから!)


 結局幸福を手に入れても、それは生誕からの不幸の上に成り立っている。せめて普通の身体なら、こうは思ってなかっただろう。


 憎たらしきはこの世界の風習。白髪白眼が危険だなんて、見つけ次第討伐すべしだなんて、一体どこの誰が言い出したのだろう。


(なんでこんなクソみたいな世界に転生したんだ…… いやだ…… せめて、普通に生きさせてくれ……)


 音を殺して枕を濡らす。折角嬉しいことがあったのに、結局それに掻き消されてしまった。


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