一話『森での生活』
あの日から暦が巡ること三度。
今日で三歳になった俺は、未だにこの森で暮らしている。
「んあぁぁ〜 あついぃぃ〜」
どうやらこの世界にも季節という物は存在するらしい。
木々によって日が当たりにくい森の中とはいえ、やはり夏は暑い物だ。毎日頑張っているのだし、誕生日ぐらいこんな採集ほっぽりだして、静かに涼しく過ごしたかった。
(って言っても他の季節もそれはそれで問題あるけどね……)
特に冬はやばい。冬に産まれてたら多分凍え死んでいただろうし、産まれが夏だっただけマシと考えよう。
ここの冬はとてつもなく厳しい癖にやたら長くて堪らない。
兎にも角にも極まってきた今年の暑さは、俺の集中力をジリジリと奪っていた。
(はぁ…… 冷暖房が恋しい……)
そうは言っても仕方がない。ここは異世界、ましてや未開な森の中。
それも、もう少し深く行けば結構な危険区域らしい。
そんな中で暮らしていく為には子供の俺だって働かないと生きていけないのが実情だ。
とはいえ暑くてかったるいのも事実といえば事実。
「終わったかい?」
「ヒッ、爺様!?」
気配もなく近づいてきたのは、あの日俺を助けてくれた老人だ。
今はこの森の中で俺を育ててくれている。
産みの親に捨てられた今世の俺にとっては、父親のような存在だ。名を"ワルド"というらしい。
掴み所のない性格でおちゃらけた言動も多く、自分の年齢を自覚していない節がある。
いわゆるところの変人といった類だ。
まあそんな所を含めて、頭の上がらない存在なのだが。
「……ゼノリア、まだ終わってないのかい?」
「だって暑くてぇ」
「しょーがない。今日は特別に僕が手伝ってやろう」
ゼノリアと言うのが今の名前。姓も入れればゼノリア・A・テウルギアス。
個人的な感性からすると女っぽくない名前だが、俺としてはそれで良かったと思っている。
これでもし女っぽい名前だったら、呼ばれる度に自分の性別を思い出してしまっていただろう。
だが俺は男だ。今の身体は女であってもそれだけは絶対に変わらない。
それはさておき、今俺たちが採っているのは薬草。いわゆる薬草採取ってやつだ。何でもここいらの薬草はそこそこの値段で売れるらしい。
「自分で言い出したんだからな? 自分で決めた事は貫きなさい」
「はぁーい」
身体を自由に動かせるようになった俺は、正直時間を持て余していた。
だから最近は手伝いをもうし出てこういった事をしている。
それに加えて、毎日毎日狩りに出て街とここを往復し続けているらしい爺様に、少しでも楽をしてもらいたいというのもあった。
「終わったぁぁ」
片手に収まる程の袋に詰め切るには、大体一時間程時間を要した。
今は多分十四時時頃だろう。時計なんて物は無いが日の傾きからそれぐらいは推測できるようになった。
俺は薬草がこんもりと詰まった袋を手に、爺様と共に家に戻った。
家とは言っても建物ではなく、普段から寝泊まりしているベースキャンプのような物だ。
ここには爺様が街で買ってきた日用品や、二人で自作した生活雑貨、そしていくらかの保存食とそれを入れるボロ小屋。
まだまだ足りない物も多いし、何より未だに野宿というお生憎様な環境だ。
ここは最深部と最端部のちょうど中間。人と獣の活動範囲の境目。捨てられた場所よりも深く入った場所らしい。
それでもここまでの深さには中々人は寄り付かないらしい。
事実俺は爺様以外の人に会ったこともないし、獣共も爺様を恐れているのか何なのか、滅多に寄って来ることはない。
「じゃあ僕はまた街に行ってくるから、暇ならこの前買ってきた本でも読んでなさい」
「はーい」
爺様はいつもこう言って街へと向かっていく。爺様が言うには、ここから森の最端部まで徒歩で一週間もかかるらしい。それも単純に直線距離で。
だが不思議な事に爺様は三四時間程で帰ってくる。そしてそれを可能にしているのが瞬間移動。彼はバチンと音を立て、目の前から消えてしまった。
(……何度見ても意味わかんねぇ)
恐らく魔法や超能力に類する物なのだろう。
今まで買い与えられた三冊の本を読む限り、この世界には常識のようにそのような力が根付いていた。
俺にもそれが使えるのだろうか。考えるだけで心が踊るのが分かる。
前に聞いた時はまだ教えるには歳じゃないらしいが、いつになったら教えてもらえるのだろうか。
*****
やはりどんな世界でも、本というものは面白い。
半年前は一ページ読むのにも数日かかったものだが、今じゃ日本語のようにスラスラと読めている。
会話だってそうだ。
何から何まで日本語とは全く違う物だが、最初の一年でマスターしてしまった。
無論不自然な子供にならないように調節はしたが、正直上手く出来ていたかどうかは分からない。
(拾った子の中身が別人なんて気持ち悪いからね……)
自分でゆうのもなんだが、この身体は凄いと思う。
昔から英語が苦手だった俺でもすぐに言葉が分かるようになったし、心なしか物覚えもいい気がする。
あるいは俺が必要に迫られないとできない性格だっただけだろうか。
今読んでいる本は「福音」。これはこの世界の宗教、"アカリス聖教"における聖書のような物だ。この本で描かれているのは"聖人アカリス"の人生、そしてそれを通した神への信仰。いわゆる人としての生き方を示す物だろう。
爺様曰く、この世界の約八割の人間が信じている一大宗教なのだとか。
「福音」の他には「勇者列伝」と「世界冒険録」。どちらも読み切ってしまったが、どちらもとても面白く、そして役に立つ物だった。
「勇者列伝」は何人もの勇者達の英雄譚を集めた書籍であり、これは聖教が発行している物だ。なんでも"勇者"とは聖人アカリスの後に続く特別な印を持つ超人なのだとか。
「世界を歩く」はその名の通り世界を巡った冒険録だ。それは著者の体験や見た光景が客観的に描かれている。三百年前に発行されたこの書籍は、第八版になった今もなお彼の子孫により更新され続けている。
当初は本が高価な物でないかと心配していたが、幸い三食我慢すれば買える程度の値段なようだ。
意外にも日本と同じような値段だが、これも魔法的な力の為せる技なのだろうか。
(……使ってみたいなぁ)
*****
日が降りてきて夕暮れになると、爺様は家に帰ってくる。この時間にもなると流石に暗くて本も読めない。
そして爺様はそそくさと夕食の準備を始めた。粘土製の鍋に火をかけて料理を作る。
いつも通りの時間に、いつも通りの行動。
そして意味のわからない事にいつも通り火は無から起きる。
ただでさえ厳しい森での生活。無論誕生日だからといって何か特別な事がある訳では無い。
「爺様! お願いだから今日は僕にご飯作らせて!」
「ゼノリア、"僕"じゃなくて"私"だ」
「……っ、別にいいじゃんかなんでも。 そんなのどうでもいいからいいから僕に作らせてよ!」
「良くないさ、僕の一人称がうつったんだろうけど君は女の子だからね。 後飯の方も駄目だ」
爺様の言う通り、俺の一人称は、この世界で僕にあたるものになってしまった。そして今は"私"に矯正中でもある。
正直女扱いされるのは嫌だが、不審がられる方がもっと嫌だ。
それに"私"なら本の中の男勇者も使っていた気がするし、一応許容範囲でもある。
「……わかったよ。 私ね、わーたーし。これで満足? ってご飯も駄目なの? お願いだからどうにかならない?」
俺がこれだけ頼み込むのには理由がある。
普段から味わっている死活問題。せめて誕生日ぐらいはこんな思いはしたくない。でも今日も駄目なのだろう。
不味いのだ、爺様の飯は。
「駄目だ、火は危ないからな。……なんでいつもやりたがるんだ?」
「だから不味いからだよ! 何度も言ってるでしょ!」
「そうか? 十分美味いと思うが? よし、できたぞ。冷めないうちに食べなさい」
「……はぁ、今日も駄目かぁ」
爺様の味覚は本当におかしい。
これは俺が日本人だから舌が肥えているとかそういうレベルじゃない。
今日の料理だって、料理の見た目は普通なのに何故か異常に辛いのだ。
この前の激甘料理よりかはマシだが、本当にどうにかならないだろうか。
(うぐっ、辛っっ。あぁ、泣けてきた……)
「あぁそうだ。今日は君の誕生日だろ? だからまた本を買ってきたぞ」
「本当!?」
手渡されたのは今までの本よりも倍以上分厚かった。暗くてあまり見えないので、焚き火に近づけ表紙を読む。
「基礎術式教書」
「えっ!? いいの? 教えてくれるの?」
「無論そのつもりだよ」
「やったぁあ!!」
「ただし明日から、それも時間のある朝と夜しか教えられない。それでもいいか?」
「うん!」
嬉しさが限界を突破し、顔が笑いで歪むのが分かる。
やっとだ。
この世界にそういったものがあると知って早三年、待ちに待ったその時がついに明日に迫っている。
未来のない我が身ではあるが、俺はこの世界に産まれて初めて明日を迎えることが楽しみに思えていた。




