第2話「その名はア───」
瞬く間に帝国軍の一個班を殲滅したエミリアであったが、事態はそう簡単ではない───。
なんたって……、
「お、おい!!」
「なんだ、悲鳴がしたぞ──────! うお!?」
占領した城から、続々と集まりだした帝国兵たち。
連中は略奪部隊であり、一般的に練度が低いとはいえ、それでも帝国の正規軍。
しかも、彼らは勤務中であり、全員武装している。
……当然、すぐに事態に気付いてエミリアを包囲した。
「こ、こいつ───!」
「まて、迂闊に近づくな───! 弓兵を呼べッ!!」
指揮官がいれば、軍は強い。
優秀な指揮官がいれば、なお強い。
間の悪いことに、ここにいる指揮官はそこそこ優秀らしい。
(ち……!)
無防備に近づいて来れば一瞬で叩き伏せ、武装を奪うつもりであったがそう簡単にはいかないようだ。
「奴を手負いの女と思って甘く見るなッ! 遠間から制圧する!」
迂闊に近づくことをせず、槍衾を作り、盾で人垣作って包囲する。
あとは弓兵で遠間からエミリアを射殺そうと言うのだろう。
「失せろッ!! お前らから血祭りにしてやろうか!」
そうとも……。こいつ等も、等しく同罪だ!
何が帝国だ。
何が勇者だ。
何が『世界の創始者』だ!
お前らの都合のために私達が死ななければならない道理などあるか──────アグっ!!
威嚇するエミリアの肩に矢が突き刺さる。
見れば盾の向こう側に弓を構えた兵がどんどん集まってきた。
……クソ!!
「射てッ!! 足を狙え───殺さなければどこを打ってもいい!! 射てぇぇええ!!」
バィン!
ババババババン!!
弦を叩く音が連続し、矢がビュンビュンとエミリア目掛けて降り注ぐ。
何本かを叩き落とし、数本を叩き殺した死体で防ぐも──────。
「あぅ!?」
ズキンと痛みを感じたかと思えば、矢が足に何本も命中する。
「ぐぅぅ……!」
思わず膝をつき倒れるエミリア。
くそ──────! こんな所で……。
こんな所で──────!!!
「いいぞ! 多少傷つけても構わん、ひっ捕らえろッ!!」
ワッ! と、盾の人垣が割れ、兵士が一斉に群がる。
斬り殺さないためだろうか、鞘付きのまま剣を振り上げエミリアに振り下ろす!!
「あぁッ!」
男の力で強かに叩かれ、地面に潰される。
足に力が入らず、腕だけで体を起こそうとすれば腕を突かれる。
「ぐぅ!!」
抵抗する間もなく、次々に殴打を浴び身動きができなくなったエミリア。
その様子を見て嵩にかかって打ち据える帝国軍。
「おらおら!!」
「ざっけんなよ! 薄汚いダークエルフが!」
「オメェは黙って素材になってりゃいいんだよ!!」
おらぁぁぁぁあああ!!
──ガツンッ……!!
手痛い一撃を頭部に受けクラリと視界が明滅する。
(ぐぅ……。ダメだ。意識を……手放すな───)
今ここで意識を手放せば、二度と反撃の機会は訪れないだろう。
隷属の首輪で従順だと思われていたからこそ、ろくに拘束もされていなかった。
だが、一度でも抵抗の意志ありと見れば今度は拘束される。
鎖に繋がれ、牢に入れられ、死ぬまで甚振られ続ける───。
そしてその間に、勇者シュウジとルギアは結ばれて、二人は永遠の愛を──────……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ふざけんなッ!!
ふざけんなッ!!!!
「ぶっざけんなぁぁぁぁああ!!」
ガシッ!!
うずくまるエミリアを見て、油断した帝国兵が大振りなスイングを掛けてきたが、そこをエミリアが掴み取る。
惜しげもなく薄い体をさらして、剣を引き抜くと瞬く間に数名を切り伏せた。
「ぎゃあああああ!!」
「くそ! 剣を奪われたぞ」
更には盾を奪い、シールドバッシュと組み合わせて周囲に兵を薙ぎ倒す。
「ぐ!」
だが、激しい動きで足の矢が傷口を押し広げる。
(長くは……無理か)
ドクドクと溢れる血───。
それが、無くなればエミリアの抵抗は終わりだ。
丁寧に治療され……──────仕返しにこれまで以上に弄ばれることだろう。
「退けッ!───槍で突けッ! 足の一本くらい落としても構わんッ」
指揮官も必死だ。
平定したあとの占領地で戦死者を出すなど無能の誹りを受ける事、間違いなしだ。
その上で、最後の最後まで生かしておけと厳命されているエミリアを殺してしまっては、どんな処罰を受けるか……。
ザッザッザ!!
ザザザザッッ!!
剣兵が退き、槍兵が前へ。
「やれぇ! 女とて容赦するな!」
「「「おぉう!」」」
ガン!! ガンガン!!
繰り出される一撃をエミリアは盾で受け止め、剣で払う───。
「ちぃッ……!」
だが、
ドス──────!!
「っっ……ぐぁぁぁあああああああ!!」
背後に回り込んだ兵の一撃を膝裏に受け崩れ落ちる。
「いまだ! 剣を奪え! 縄を持ってこい!! 拘束しろぉぉおお!!」
槍で突くのではなく、振り下ろしでエミリアをブチのめす兵ども。
だが、エミリアも必死だ。
なんとしてでも奪われまいと、盾で体を守る。
四肢を縮こめ、頭を隠し、背中を盾で守る──────……!
ガン!! ガンガンガンガン!!
く、くそ!
このままでは──────!!
いくら魔族最強の戦士、そして頑丈なダークエルフとは言え、エミリアは小柄な女性だ。
膂力に優れようとも、成人男性の体格で攻撃されれば、いずれ息絶える。
彼女を強者たらんとしていたのは【死霊術】。
エミリアの愛してやまない、愛しいアンデッドがあればこそだ。
そうだ、アンデッドだ……。
(アンデッド……───)
私の愛しき死霊たちよ!!
「力を貸して───……アンデッド!」
呪印に魔力を籠めるエミリア。
既に枯渇寸前のなけなしの魔力を注ぎ、もう一度【死霊術】の行使を試みる。
「無駄だ! お前の死霊術なんざ、とっくに使えるものか!」
帝国軍指揮官の言う通り、
エミリアの呪印『アンデッド』は引き剥がされ、『ア■■■■』の上にルギアによって侮辱的な落書きをうけ、奴の魔力により変質してしまった。
くそ!! クソッ!!!
(諦めるな……!)
まだだ……。
まだ終わらない───。
「まだ終わるもんかぁぁあああ!」
死霊術を舐めるなよ……!
幼少より、死者の声を聞いて来たエミリアだ。死霊との関わりは血よりも濃く水よりも深い!
まだ、死霊の声は聞けるはず!
かつて、彼等の声をいつも聞いていた。……聞いていたんだ!
だから、
(……アンデッド───!!)
私の愛しき死霊たちよ!!
もう一度……。
もう一度私に力をッッ!!
その声を、聞かせて──────!!!
「よし! 動きを止めたぞ! 畳みかけろぉぉお!」
「「「おおう!!」」」
ここぞとばかりに攻撃を仕掛ける帝国軍。
仲間の仇だとばかりに、気合十分のくそ野郎ども。
ガツン、ガツンと容赦のない一撃が全身を襲う。
「ぐぅぅ……」
全身ボロボロのエミリア。衝撃だけで身体がバラバラになりそうだ……。
だけど───……、
(諦めない……諦めない! 諦めるもんかッ!)
終わってしまう……!
ここで諦めたら全てが終わってしまう───……!
「……私が終わってしまったら、誰が皆を思い出すの?」
父と母、そしてダークエルフ達と魔族のことを!
「ねぇッ!」
皆の声を誰が聞くの?!
死者の声を誰が───!!
「───ぁぁぁああああああああああ!!」
いやだ!!
いやだ! いやだ!!
ここで終わったらみんなが消えてしまう!!
仲間も、父も母も!! 皆が──────!
(……だから力を貸して───)
もう一度私に力をかしてッ!
───アンデッド!!
「ちぃぃぃ、しぶとい!! おいッ、誰か大槌をもってこい! 盾ごとぶち壊してやれ!」
隊長の声が響き、すぐさま、大槌を持った兵が駆け付ける。
そいつの足音がズシンズシンと響き、エミリアの脳天めがけてグァァァアア……! と振り上げられる!
(アンデッド……! アンデッド!! 私の死霊たちよ!!)
助けて!!
───助けて!!
(お願い。助けて……! お願い…………!)
お願い!!
お願いだから助けて!!
もう一度。
もう一度、皆の力を貸して……!
アンデッド……。
アンデッド───!
じくじくとわずかに魔力が通るのを感じる。
ロベルトに潰され、文字がぐちゃぐちゃになった『アンデッド』の呪印。
そして、あのルギアによって汚された『ア■■■■』の呪印。
奴の言葉が思い出される───。
「──千年を生きるアタシは、ど~んな魔法でも使いこなせるのよぉ?
だから、義姉さんの【死霊術】に細工するなんて造作もないの。
その呪印、適当に書き換えてあげたわぁ。
……うふふふふ、あはははははははは!」
あーーーーっはっはっはっはっはっはっはっは!
耳障りなルギアの声がまざまざと蘇る。
奴の言う通りなら『ア■■■■』は、すでに、アンデッドではない。
……二度と召喚できない──…………「それでもぉぉお!!」
───それでも、エミリアには、もう死者しか残されていない!!
「アンデッド……! アンデッド──────!」
エミリアはなおも魔力を注ぐ。
なけなしの体力すら消費するようにして魔力を注ぎ込む。
『アンデッド』の呪印を蘇らせるように魔力を注ぐ。
じくじくと呪印が熱を帯びていくのが分かる。ドクンドクンと魔力を吸い、息を吹き返そうとしている……。
だが、足りない……全然たりない。
「いいわ……」
魔力で足りないというなら、
「……私の魂をくれてやる──────!!」
だから、
来い!
帰ってこい──────!!
来りて滅ぼせ──────!
コイツ等を皆殺しにしろ───!!
私の……。
私の──────……。
(私のアンデッド……)
アンデッド…………!
魔力が流れていく……。
呪印に熱がこもり、僅かに光を放つ。
……魂を溶かしてなお呪印が光る!!
「来て……」
来て──────!!
「ええい、何をしている!! 頭を潰せぇぇぇええ!」
大槌を構えた兵が、エミリアを叩きつぶさんとして武器を振りおろすその瞬間──────。
来てよッ!
「─────アぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあンデッドぉぉぉっぉぉおおおおおおお!!!」
ブワッッ────────────!!
その瞬間、エミリアの魂の叫びに答えるように、彼女の呪印が光り輝いた。
「な、なに!?」
「じゅ、呪印が光って───……?」
驚く帝国兵の前で展開されていく召喚魔法陣。
それは確かにエミリアの呪印から現れたもの……!
『ア■■■■』
醜く、ひどく、手荒く引き裂かれた死霊術の呪印が、確かに輝き、かの世界と繋がったのだ───……!
シュパァァアアアアア!! と、中空に召喚の魔法陣を浮かび上がっていき───。
頼もしくも優しい存在が光の中から現れる……!
「あ、あぁ……」
───あああああああああ!
来、た……?
来て、くれた───……?
───ザッザッザッザッザ!!
ついに、エミリアの周りを囲むようにして現れた頼もしい気配。
「ひ、ひぃ! なんだこいつら?!」
「ば、馬鹿な! じゅ、呪印は潰れたはずじゃぁぁああ!?」
動揺する帝国軍。
あははは……!
やっぱり、やっぱり、来てくれた───!
エミリアの魂の叫びを聞き届け、異界の地からこの世界に来てくれた───!!
そう。
最強の魔族、エミリアの愛しき死霊たち……。
その名も───……。
「ア────────────、」
───…………アれ?
血だらけの状態で身を起こしたエミリア。
彼女の隣に立つのは、愛しきアンデッドではなく……。
え?
……は?
「に、人……間?」
ボロボロの青い服を着た男達だった……。
だ、
「…………誰よ、アンタら?」