第4話「終わりすら許されない」
「ば、バカなッ!! まだあれ程の魔力を?! し、死霊術が復活している?! バカな?! アンデッドの文字は僕が潰したんだぞ!! バカなぁぁああ!」
驚愕する賢者ロベルトの前で、エミリアは死霊を召喚した。
それも無数に──────!!
研究と称して、エミリアの皮膚を引き剥がしてことで、死霊術を潰したつもりになっているのだろう。
確かに、エミリアに刻まれていた『アンデッド』の呪印は醜く潰され『ア■■■■』と読むことすらできない状態だ。
だが、舐めるなよ───とエミリアは心で呟く。
「死霊術の召喚呪印は魂に刻むものだ!! お前らごときに私に魂は汚されるものかぁっぁあああ!」
思い知れ──魔族の恨み!!
ダークエルフ全員の恨みをッッ!!
そして、
知れッッッ!!
私・の・思・い・をぉっぉおおッッッ!!
「ルギアぁぁぁああああああああ!」
お前を殺す!!
お前と帝国と勇者どもを殺せるなら───……!
ブチィ……!
エミリアが自らの手首を噛み切り鮮血を迸らせる。
自死することで、一度だけ強制的に命を魔力に変換し、強制的に【死霊術】を強化できるのだ。これぞ最終手段。
禁魔術の死霊術の中においても、さらに禁じ手だ。
当然、使い手は死ぬ。
この死霊術が完成した暁には必ず死ぬ!!
その代わり、
「今、ここで、お前たちを皆殺しにできるなら、私の魂なんてくれてやるッッ!!」
……ブゥン!!!
直後、召喚ステータス画面が表れ──……そこに、ザザザ、と砂嵐が奔った。
「こ、コイツ!」
「なんだこれは?! さ、さっさと首を切───」
素早く駆け寄る勇者小隊。
しかし、ロベルトは動けず尻もちをついて、わなわなと震えていた。
アンデッドLv5→Lv6
レベルアップ!!
「ば、馬鹿な、馬鹿な!? 魔力が膨れ上がっていく……! こんな、こんなバカな魔力の量───」
「あはははははははははは! あはははははははははははは!」
エミリアは笑う。
召喚獣ステータス画面に踊る文字列を見てケタケタと笑う。
これならコイツ等全員を殺しつくせると───!
あははははははははははははははははははははははははは!!
すぅぅ……。
「行け! 愛しきアンデッドたちッ!」
【アンデッド】
Lv6:英霊広域召喚
スキル:広域への英霊呼び出し。取り付き、死体操作etc
備 考:武運拙く命を落とした英霊を呼びだす。
または周囲の英霊を集めることができる。
召喚された英霊は強い魔物や種族に取り付き、生前の様に戦うことができる。
※ ※ ※ ※ ※
Lv0→雑霊召喚
Lv1→スケルトン(生成)
地縛霊召喚
Lv2→グール(生成)
スケルトンローマー(生成)
悪霊召喚
Lv3→ファントム(生成)
グールファイター(生成)
広域雑霊召喚
Lv4→獣骨鬼(生成)
ダークファントム(生成)
広域地縛霊召喚
英霊召喚
Lv5→リッチ(生成)
スケルトンナイト(生成)
広域悪霊召喚
Lv6→ワイト(生成)
下級ヴァンパア(生成)
精霊召喚
広域英霊召喚
(次)
Lv7→ボーンドラゴン(生成)
中級ヴァンパイア(生成)
広域精霊召喚
Lv8→???????
Lv完→???????
※ ※ ※ ※ ※
次の瞬間、
『ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ!!』と、地獄の底から笑い声が響き、
「あはははははははははははははははははははははは!」
と、エミリアも狂ったように笑う。
そして、中空に現れた魔法陣から溢れだしたLv6のアンデッド、広域召喚された英霊たちが、次々に死体に取り付き始める。
英霊たちは、帝国軍が製造した無数の惨殺体に還っていくのだ……!
「なんたる……! なんたる! おぉ、な、なんてことだ! 数万のアンデッドを瞬時に生み出すだと!! なんたる力───」
ロベルトは恐怖しているのか、はたまた歓喜しているのか全身をブルブルと震わせている。
警戒し武器を構えているのはサティラとグスタフのみ。
帝国軍は恐慌状態。小グループに分かれて円陣を組むことしかできない。
なにせ、死体には事欠かない。
そして、広域に召喚された死霊は、ここにいる帝国軍を圧倒できるだけのアンデッドの軍勢なのだ。
「ひゅぅ♪ やるじゃないか、エミリア───!!」
勇者は腕を組んで仁王立ち。
ルギアと背中合わせに構えていた。
「あ、あはははははは、うふふふ……。もう遅いわッ! お前たちは死ぬのよ! 絶対的な死が訪れるのよ! この世に地獄が溢れたのよぉぉお!!」
起きて、
起きた、
起きる。
───ブルブルと震える魔王軍の屍。
首を失った死体は首を求めて。
惨殺された死体は無残な体で。
焼き殺された者はボロボロの身体で。
殺戮された数百、数千に上る魔族の死体が余すところなく全て起き上がる───。
死ね。
絶対に死ね。
そして、みんな仲良くアンデッドになるがいい!!
「───いけ! 私の愛しきアンデッド!!」
ロォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!
ロォォォォッォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
「あははははははは! あははははははははははは!」
死者の叫びにあわせて笑う。笑う、笑う、笑うエミリア。
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!
狂ったように笑うエミリア。
だって、これが最後の戦いだもの!
「あははははははははは──────は」
「はぁ~ぁ……」
……が。
「くっだらないわね~……」
吐き捨てる様に宣うのは……。
……ルギア?
「勇者シュウジ、半端に呪印を潰すからこうなるのよ」
全く動じていない様子のルギアは欠伸交じりに、エミリアに近づくと、手を振り上げ。
ズブゥ───!!
「ッッッ?!……あぁぁぁぁああああ!!!」
バリバリバリっ!
ルギアがエミリアの柔肌に爪を突き立て、「ア■■■■」の呪印を力任せに引きちぎる!!
「……こんなもの、こうしてやればいいのよ。さ、誰か、筆をお貸しなさい。───は~い。『ア』は残して。こうして、こうして……こう!!」
「がぁぁぁああああああ!!」
引き裂いた肌に、インクを使って書きなぐるルギア。
同時に何か魔力を流しているのだろうか?
死霊術の呪印が焼けるように痛む。
その痛みに声も出せないエミリアであったが、ルギアは鼻歌交じり。
「はい、完成───」
うふふふふふ……。
「どぉう? ナイスデザインじゃな~い?」
そのままエミリアの首を引きちぎらんばかりに捻ると無理やり背中を見せる。
そこには、引き裂かれて無残に潰れた死霊術の呪印。そして、わずかに残った『ア■■■■』には汚いインクせ上書きをされており……。
え?
「な、なにこれ……?」
上書き……? 傷の上から、上書き……。
「どうかしら義姉さん。素敵なサインでしょ──」
「あ……あぁ……ああああああ」
───引き裂かれた呪印の上には大きく一言。
『ァ ホ』
「く……。くくくくく……!」
勇者が忍び笑いを漏らす。
そして、釣られて奴の仲間も───……いや、全員が。
ぎゃはははははははははははははははははははは!!
あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!
「『アホ』だ」
「『アホ』ねー」
「『アホ』だわい」
ぎゃはははははははははははははははははははは!!
うわはははははははははははははははははははは!!
再びの哄笑。
『ア』を残して無残に破り散らかされた皮膚───。
『ア■■■■』──────いや、違う。
その傷の上に、べったりと大きく一文字『ホ』と……。
「あ、『アホ』って…………。アホって…………」
アホって……!!!
「────わ、私のことかぁぁぁああああ!!」
ワーーーーーーハッハッハッハッハッハ!!!
ギャーーーハッハッハッハッハッハッハ!!!
ウヒャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
あーーーーーーはっはっはっはっはっは!!!
嗤い転げる勇者達。
エミリアを指さし、馬鹿にし、大笑い。
『アホ』───上書きされた入れ墨に、侮蔑の一言を刻まれ頭に血が上るエミリア。
「言ったでしょう? 無限転生───。千年を生きるアタシに知らぬことはないわ。それに、ど~んな魔法でも使いこなせるのよぉ? だから、義姉さんの【死霊術】に細工するなんて造作もないの。その呪印、適当に書き換えてあげたわぁ。……うふふふふ、あはははははははは!」
言われるや否や、起き上がった無数の死体がブルブルと震え出したかと思うと、
ベシャァッァアア!!
と、一斉に血を爆発させ…………倒れた。
それっきり、ピクリとも動かない。
───死霊の気配も霧散した……。
「そ、そんな……。そんな──────……そんなぁぁああああああ!」
魂を賭けた一撃が不発に終わったばかりでなく、その魂と誇りを汚され、笑われた。
そして、死霊たちを侮辱された……。
ここにある魂の全てを馬鹿にされたのだ。
「ルギアぁぁぁああああああああ!」
あーっはっはっはっはっは!
「残・念・で・し・た……。一世一代の特攻は大失敗──────はい、ダメ! 残念賞、む~り~!」
うふふふ。
「ところで、義姉さん。……死者の声は今も、」
聞・こ・え・ま・す・か?
うふふふふふふふふふふふふ……。
あはははははははははははははは!!
「あーーーーっはっはっはっはっはっはっはっは!」
ルギアの耳障りな笑い声の通り、
エミリアの耳には死者の声が聞こえなくなっていた。
「そ、そんな……」
そんな……!!
幼少のころより聞こえていた死者の声。
【死霊術】としての適性も、すべて───……。
この女に奪われた─────────!!
あ、
あ、
あ───……!!!
「あああああああああああああ…………」
もう、魔力を通しても何も反応はしない。
死霊術は沈黙し、
死体は永遠に動かない──────。
そ、
「そんな…………………………………………」
そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!
今日だけで、何度も何度も───最後にして最大の絶望を味わったエミリア。
彼女はルギアの笑い声を一心に受けながら、…………その心は、この日────死んだ。
それをあざ笑う勇者どもにルギア。
───ぎゃはははははははははははは!
「クズ!」
「ビッチ!」
「人の成りそこない!」
最後の最後まで抵抗したエミリアに帝国は容赦などしない。
今度こそ、魔族の一人までを丁寧に殺しつくすまで、エミリアは文字通り地獄をみることなるだろう。
ルギアの宣言通り、最後の最後まで……。
殺してすらもらえないのだ……。
「あああああああ」
散々に罵声を浴びせられたつつ、殴るけるの暴行を受けながらもエミリアはもはや抵抗しない。……できない。
「あああああああああああ…………!」
絶望のあまり、目が……心が死んでいく。
そんなエミリアに、連中は罵声を浴びせ、最後にせせら笑った。
「良かったなー、エミリア! 帝国がお前をお情けで生かしておいてやるとさッ!」
「良かったなー、エミリア! ハイエルフ様に感謝しなきゃなぁ!」
「良かったなー!」
「良かったねー!」
ぎゃははははははははははははははははははははははは!!
「ああああああああああああああああああああああああああああーーーーー!」
『アホ』
エミリア・ルイジアナ。
彼女が短い人生の果てに得た物は、最大にして最低の汚名のみ────…………。