第3話「死が起きる時───」
「ど、どうして……。どうして!!」
どうしてぇぇえええ!?
そこにあったのは、息絶え、苦悶の表情を浮かべた両親の生首──────。
「なんで? どうして? どうしてルギアが父さんと母さんをぉぉぉぁぁあああ!!」
「あはははははははは! その顔が見たかったのよぉぉぉぉおおおお!」
あーーーーーっはっはっはっはっは!
声をあげてひとしきり笑ったルギアが、エミリアの髪をガシリと掴むといった。
「……残念だったわね~。義姉さん───。私ね、こっち側なの」
そう言って勇者にしな垂れかかるルギア。
……………………………え??
え?
ええ?
な、
なんで?
ルギアは、一緒に里で育ったダークエルフで──────……え??
「ど、どーいう、……こと?」
「ふふ。どういうことも、なにも、アタシは初めからこっち側よ? 『無限転生』を繰り返し、ようやくダークエルフの小娘として転生に成功した──────……そりゃあ、永かったわ~。千年もかかったんですもの───」
せ、千年……。
「あと、ダークエルフなんて、クソ種族で呼ばないで欲しいわ。えぇそうね───人は、アタシをこう呼ぶわね。世界の創始者と」
……そ、それって──────。
「あぁ、でも、それも今日で終わりか───……。クソ種族こと魔族が……そしてダークエルフが消滅するんですもの。……本当に嬉しいわ」
何を……?
「だから、ね? 義姉さんも、もう無理はしなくていいのよ。魔族最後の一人として、全て死に絶えるのを見納めてから、お逝きなさい」
「ルギ、あ……。アナタ何を言って───」
ヨロヨロと手を伸ばすエミリア。
だが、それをパシリと払いのけると言ってのけた。
「触るな下郎。汚らわしいダークエルフめ。お前たちのような劣等種と一緒にしないで欲しいわね」
そういうと、 ルギアの身体が変化していく。
「ルギ……あ?」
髪がバサリと落ちたかと思えば、透き通るようなプラチナブロンドに生え変わり、
褐色の肌は透明に近い白いそれへと変化していく。
「ひゅ~♪ すっげぇ、これがハイエルフさまか! レアイベントじゃねぇかよ!」
勇者が手を叩いて喜んでいる。
見れば、森エルフのサティラが片膝をついている。
帝国軍に混ざるエルフの兵士も恐縮しきっている様子が見えた。
なによりも圧倒的な魔力の量!
エミリアのそれと同格か、それ以上───……?! 空気が……重い!
こ、これが、ハイエルフ……??
これがルギア……?
「ふふふふ……。今日のこの日をずっと待ち望んでいたのよぉ。いつ、魔族を滅ぼしてやろうか? ってね、それを今か今かと待ち遠しくてねぇ」
クスクスと笑いエミリアの顎に触れ、「あとは知ってるでしょ?」と、そう、ルギアは言った。
「あぁ……辛い日々だったわ。アンタたちを滅ぼすためとはいえ、苦労したわぁ。……汚らわしいダークエルフの小娘として転生し、生まれて、育ち……。母乳を授かり、た~くさんご飯を食べて、褒めて頭を撫でてもらったわねー……」
うっとりとしたルギアの目。
「誕生日には粗末ながら精一杯の心づくし、母は夜なべしてマフラーを編んでくれたし、父は弓を作ってくれたわー……。えぇ、えぇ、優しい優しい人たち。もちろん、父と母だけでなく、貧しくとも温かく親切な村と家で過ごし───温かい人々に囲まれて、皆と仲良く過ごして、美味しい食事に、父さんも、母さんも、義姉さんたちだって、ほんっと、み~んな優しくって優しくって、優しくって、」
あはは。
「──────反吐が出るかと思った」
ペッ!
美しい顔を歪めてルギアはエミリアに顔に唾を吐きかける。
「る……ぎ、あ」
し、知らなかった。
知らなかった───。
私はルギアのことを何も知らなった…………。
───コイツのことを知らなさ過ぎた!!
コイツのぉ……!
こいつの本性をぉぉお!
「まったくダークエルフ里の連中と来たら、千年の間にあんなに数を増やしちゃって、もう!……あの昔に殺しておけばよかったわ───」
千年前の時を生きるルギアの業。
「でも、よかったわ───千年前のやり残し、今日で終わりそうね」
里での日々が脳裏にフラッシュバックするエミリア。
小さい頃は仲よく遊んだこともある。
死霊の声が聞こえることを打ち明けたこともある。
好きな男の子の話や、将来の夢───。
そして、戦場では背中を預けて戦った義理の姉妹のことを思い出す。
ルギア……。
ルギア───。
愛しい私の家族……。私の───。
「家族!! あぁ、義姉さん!!……あぁ! あぁ! とっても、かわいそう! だけど、ね」
ニコリとほほ笑むルギアがエミリアの手を取り囁く。
「……と~~~っても心が穏やかなの。秋晴れのように透くのよ、嬉しいのよぅ!」
だからね! と、目に涙を浮かべて嘯く。
「温かい里のみんな。種族の違いも気にせず接してくれた、優しいダークエルフの里の皆、」
すぅ……。
「───ありがとう! 心の底からありがとう!! そして、」
死ね──────。
「お前たちは死ね」
ニッコリ。
「……ダークエルフは、死ね。千年前の因習と共に滅びろ!」
「ル、ギ、ア!!!」
こ、この……。
このイカレ女ぁぁあ!!
「───生まれた恩を……。育ててもらった恩を……! 全て、仇で返しておいて、アナタはそれで平気なの!!」
「平気よぉ……───だって、ずっっっっっと、ダークエルフのこと、殺したくて滅ぼしたくてウズウズしていたんですもの───」
あぁ、そうか。
そうか、そうか、そうか。
───そうか!!!
「この戦争は───」
「そーよ。私が始めたのよぉ───。間抜けな魔族どもにトドメを刺してあげたのぉ~」
……あははははははははは!!
美しく、醜悪に笑うルギア。
いや、違う──────。今はルギアじゃない。
ルギアなものか!
こんなダークエルフ、
こんな醜悪な義妹がいてたまるかッ!!
こ、
「───この裏切り者ぉぉぉおおおおお!!!」
「そーーーーーよぉぉお!! あははははははは! アンタの両親を縊り殺したのも私よぉぉおおお! あーーっはっはっは!!」
「…………ル、ギ、ア」
間抜け!
間抜けな里の連中と魔族達!
そして、ゴミクズ同然のダーーーーーーーーーーークエルフ!
死ね!!
死ね!!
お前たちは等しく死ね!!
「あはははははははははははははは! あはははははははははははははははは!!」
「…………ルぅ、ギぃ、アぁ」
あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
「はっはっはっはー…………は~ぁ」
ひとしきり笑い終えたルギア。
最後にクスリと微笑み、エミリアを詰るように見下ろすと、
「───ざーんねんでしたね、義姉さん。信じていた家族に、そして仲間に裏切られる気分はどぅぉ?! 楽しいぃぃい? 嬉しいぃぃいい?! 感動したぁぁああ?! でもね、悲しいけど、これ戦争なのよね。そして、魔族の終焉のパーティもはこれで終わり。存分に堪能してね───」
そっと、エミリアの頭を抱きしめるルギア。
「あ……でも、安心して?」
そのまま耳にふぅ~っと、
「……義姉さんだけは、一番最後に殺してあげるぅぅうう!!」
あーーーーーーーはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!
「るーーーーーーーーーー
ぎーーーーーーーーーー
あーーーーーーーーーー!!」
──ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああ!!
(コイツは……!)
コイツは生かしておけないッ!
コイツだけは生かしておけない!!
───こんな奴がいるなんて信じられない!!
生まれた恩を、
育ててもらった大恩を、
……里や親や恩人に対する敬意を!!
───それらを、返せとは言わないッッッッ!!
(───だけど!!!)
「……生まれて来た恩を仇で返す必要がどこにあるのよぉぉぉおおおおおお!!!」
無限転生?! ふざけるな!!
……コイツは殺す!!
今すぐ殺す!!!
「この女だけは殺ぉぉおす!!」
いや……、
お前ら全員ぶっ殺してやる──────!!!
───ブチブチブチ、バッキィィィイン!!
拘束されていた鎖を引きちぎるエミリア。……どこにそんな力があったのか自分でもわからないほど。
それでも、エミリアは駆けだす。
「───ルギアぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
殺すッッッッッッ!!
ただ、殺すッッッ!!
素手でその首を縊り落としてやる!!
「あは♪ 頑張るわね、義姉さん」
……出来ないと思ってるのか?
私が無力だと思っているのか?!
舐めるな……。
舐めるな……!!
「舐めるなぁぁぁああ!!」
ルギアに飛び掛からんとするエミリアを仕留めようと、勇者小隊や帝国軍が一斉に攻撃を開始する。
だが、至近距離のルギアを気にしてかその攻撃はどれも及び腰だ。
「邪魔をぉぉお! するなぁぁぁあ!!」
勇者に服従して牙が折れたと思ったのか!
否。
……断じて否ッ!
私は……、
───私はアンデッドマスターのエミリア!!
そして、最後の魔族!!
「チッ! 懐に入られれば厄介だな……。調子にのるなよエミリア! おい! 包囲して圧殺しろぉぉお!」
「「「はッ!」」」
勇者の指示に、彼の小隊と帝国軍が動く。
練度の高い動きでルギアとの間に割って入ると、圧力をかけてエミリアを制圧する。
「ぐぅ……!」
あっという間に引き倒され、
剣を首筋に当てられる。
「ち! ビックリさせやがって! おい、もっと太い鎖を持ってこい! 二度と動けなくしてやる」
───それがどうした……?!
拘束すれば勝てると思ったか?!
私を……。
「こいッ」
───誰だと思っている!!
「来い……!」
来い…………!!
エミリアは呪印に魔力を込める。
【死霊術】行使の構えだ。
「こいつ、まさか……!」
「くく……! 無駄です! 勇者どのご安心ください、コイツの呪印は僕が潰しました! この帝国一の頭脳を持つ僕が!!」
何かをロベルトあたりが宣っていたが、知るものか!
ここに大量の死体と首があるということは周囲には浮かばれぬ霊がいくらでもいると言う事だ。
両親の生首とダークエルフの同胞の血と肉があるなら、彼等はまだここにいる!!
いくらでも。
いくらでも!!
いくらでもいる!!
───だから、来ぉぉぉいい!!
「愛しき死霊たち……。私のアンデッド!」
「───無駄ぁ!」
依り代はある。
虚ろなる魂たちはここにいる。
裏切り者ルギアにむけて、地面の血痕を撫でていく。
まだそこに魂があると感じるために──────。
(皆……)
皆、いるよね?
まだここにいるよね?
来たよ。
恥知らずのエミリアが来たよ。
勇者達の玩具に成り下がったエミリアが来たよ。
「無駄だと言っているッ!」
私が憎いよね。
私が恥ずかしいよね?
私なんて汚らわしいよね?
──ジワリ……。
地面に滲みこんだ血が動いた気がした。
いや、気がしたじゃない。動いている。蠢いている!
『冷たい……』
『痛い……』
『寒い……』
負に染まった悪意が地面から滲み起こる。
ボコボコとしみ込んだ数多の血が沸き立つ。
そして、急激に気温が───……。
「な、なんだ?」
「ひぃ! 今誰かが俺の足を!」
「お、女の声が───!!」
ザワザワと、どこからともなく小さな囁きがする。
蠢く地面に浮足立つ帝国軍。
そして、さすがの勇者小隊もエミリアの命を賭した死霊術の気配を感じ狼狽える。
「何?! こ、れは───【死霊術】?! バカな!! あの呪印は潰したはず!?」
エミリアの呪印をの大半を潰した賢者ロベルトが驚愕している。
使えるはずがないと高を括っていたのだ。
甘いぞ、帝国の賢者……!
──────これは、術者が最後の力を振り絞った死霊術だ!!
お前たちを皆殺しにしてやると───……命を賭した最後の死霊術だ!!
エミリアの命が燃料だ!!
「……来て! 来なさい、アンデッド!」
「ア■■■■」の文字が背中に浮かびあがり、死霊術を行使せんとするエミリア。
「──来たりて、奴らを滅ぼしなさい! 私のアンデッド!」
ここで無残に死んだ魔族の皆──!
そして、父さん、母さん。
私の里の皆ッ!!
騙され、斬り殺され、死体を晒されているダークエルフたち────!!
無念だよねッ!
苦しいよねッ!
悔しいよねッ!!
その想い───……慟哭をッッ!!
私が、かなえて見せる!!
皆の力を貸して、
皆の身体を貸して、
皆の美しい魂を貸して!!!
死者の国の先から──────来て!
不死者よ、来て!
アンデッド!!
アンデッド!!!
「───アぁぁぁああああンデッドぉぉぉぉぉおおおお!!!」
エミリアの呼びかけの応じて、シュパァァアア──と、地面から浮かび上がった数多の霊魂が召喚魔法陣の形を作る!
「ば、バカなッ!! まだあれ程の魔力を?! し、死霊術が復活している?! バカな?! アンデッドの文字は僕が潰したんだぞ!! バカなぁぁああ!」
驚愕する賢者ロベルトの前で、エミリアは死霊を召喚した。
無数に──────!
無限に──────!
帝国を、勇者を、ルギアを滅ぼせと!!
……彼らが叫ぶッ!
『『ロォォォォオォォオオオオオオオオオオオオオ!!』』