第3話「軍と大賢者」
軍人と大賢者だけの会議室。
それは独特の緊張感に包まれた空間であった。
「状況を」
はッ!
「───現在のところ、正体不明の敵は軍船数隻を要してリーベン川を南下中。……既にリリムダ、カラマ、アーエンズ、メルルランド、ポートハマン、ポルダム等の都市ほか、幾つかの村が壊滅しております」
沈痛な表情で述べるギーガン。
「ま、待ちなさい?! ぽ、ポルダムですって?! 帝都の目と鼻の先ではないですか!」
新たに加わった情報に、ロベルトが目を剥く。
「は……。その───敗走した兵から入った新情報です。ポートハマン、ポルダムは既に壊滅した、と……」
馬鹿なッ!?
は、早すぎる!!
いくら船で川を下っていると言っても──この速度はありえん!!
「ん? まちなさい、ポートハマンですか? あそこは確か……」
「は。水軍主力を派遣した場所でありますな……。情報は皆無でありますが、これは生存者なし──水軍は壊滅したと考えた方がよろしいかと……」
ば!
あ、ありえん!!
ありえない!!!
「ふ、ふざけないでもらいたい! あの水軍は私の肝入りで派遣した部隊ですよ! 魔法兵に、ドワーフ製の重弩を大量に準備して挑んだ最強の河川部隊! たかだか数隻の軍船に敗れるはずがないでしょう!!」
「はッ! も、申し訳ありません──。さ、再度情報を精査いたします。──おい!」
ギーガンが合図をすると、伝令が敬礼した後───直ぐに退出し、情報分析部門に駆け込んでいった。
敗走した部隊からの情報や、難民から得た情報が集まり、それを分析している部門があるのだ。
それを見送ったロベルトは、苛立たし気に鼻を鳴らすと、
「まったく……。私の案が早々破れるはずがありませんよ。それにしても、ポートハマンも、ポルダム守備隊も不甲斐ない。たかが、売女ひとりに我が軍がやられ放題とは……」
「申し訳ありません───。で、ですが! つ、次は大丈夫です! 私自ら指揮をし、必ずや敵を打ち砕いて見せましょうぞ!」
「当然です。では、作戦を───」
「はッ!」
自分で会議の進行を妨げておきながらこの言い草。
そもそも、軍人ではないくせに───。
「まず、敵の進路予想ではありますが、このように河川を下りつつ、南へ進行していることから。賊の行動は、まさしく帝都を狙っているものと推定しております。次点として、エルフの大森林の可能性もありますが、戦略的妥当性を考えると、やはり帝都の可能性が高いと思われます」
もっとも、
「念のため、エルフの族長には警報を発しておきました───ですが、我が軍には援軍を出す余裕はないと、」
「……エルフたちは納得したのですか?」
戦争の惨禍が迫りつつあるときに、人類の盟主たる帝国が兵を出せないと言ったのだ。
下手をすれば外交問題だ。
「は。意外にも、特に反対意見は出ておりません。それ以前に、エルフ兵はともかく、ドワーフ兵や帝国人の兵を、森に入れたくないという考えがあるようです」
「なるほど……。まぁ、向こうがそれでいいと言うなら、いいでしょう」
エルフの族長どもは、防衛に絶対の自信があるのだろう。
なんといっても、エルフの住む大森林には、精霊との契約によって森全体に霊的な結界が施されている。
エルフが望まぬ者を拒否すると言う森林。
強引に分け入っても、方向感覚を狂わされ奥地で遭難したり、入り口に戻されたりすると言うのだ。
結界を突破できるのは、唯一エルフ族のみ。
忌み嫌うドワーフや、悪人ならばエルフ達が絶対に通さない。
「では、我々は全戦力を心行くまで投入できるわけですね」
「は。遠征軍ではないため、補給の心配がありません。また、この地域で戦うだけなら寒さに弱い飛竜部隊も使えます」
帝国軍の全軍が使えるという、実に豪勢な話だ。
しかも、帝国最強戦力の飛竜部隊も使えるという。願ったり叶ったり。
「なるほど、なるほど───陸・海・空。……素晴らしいです!」
「ありがとうございます。3兵科が揃って作戦行動をするのは前代未聞でありますが、これはよい戦訓になると思われます」
「将軍───嬉しそうじゃないですか。くく、これは帝都まで攻めてくる、バカ───いえ……『アホ』に感謝すべきですね」
ニヤニヤとロベルトの嫌な笑い。
「ま、まさかッ! 敵は薄汚い魔族の残党───いくつもの善良な人々の暮らす街を焼き、忠勇で品行方正な我が軍を潰してきた奴ですぞ。感謝など、とてもとても」
「ははは! 将軍さまも言うねぇ。おっと、大将軍でしたな───しかし、そうですね。薄汚い魔族、そこは否定しませんよ」
そうとも、エミリア・ルイジアナ───。
勇者のペットで、かの小隊の汚点めがッ!
「……そのことですが、本当に例の死霊術士なのですか?」
「さて、南下してくる連中の顔を見たわけではありませんので、なんとも」
ですが、
「──状況的にはありえなくもありません。最後まで生き残り、旧魔族領で歓待を受けていたはずですが、何らかの手段で脱走し、死霊術で軍勢を作り上げたならば或いは……」
ロベルトとて可能性は低いと思っている。
死霊術は確かに、ハイエルフの手で『アホ』として消え去った。それはこの目ではっきりと確認したのでわかる。
だが、目撃情報───。
動機。
兆候。
そして、可能性。
これらから、向かい来る魔族はエミリアであると確信していた。
勇者のペットで、今は『アホ』……。
「くくくくく……。面白いですねぇ、エミリアぁ───これなら、私の研究成果を試せるかもしれません。くく……見事、我が眼前に立って見せなさい!」
うくくくくくくくくくくくく!!
不気味に笑うロベルトを気味悪く思いながらも、ギーガン大将軍は作戦を説明し、詰めていく。
帝都は難攻不落の都市であり、世界の中心でなければならないのだ。
絶対に傷つけられてはならない。
絶対に!!




