第1話「死霊術士:エミリア・ルイジアナ」
「「クズ! ビッチ! 人間の成りそこない!」」
散々に罵声を浴びせられたつつ、殴る蹴るの暴行を受けながらもエミリアは抵抗しない。
世界の救世主とまで言われる帝国の4聖人たち───勇者、賢者、神官、騎士の全員がエミリアを嘲り、犯し、拷問しながら……なお笑っている。
そんな連中の周りには彼女が愛した人たち、家族、仲間、……その全てが惨殺された姿で息絶えていた。
「良かったなー、エミリア! 帝国がお前をお情けで生かしておいてやるとさッ!」
せせら笑う勇者はそう宣った。
……かつて、その言葉を信じ、命を預けたはずの男はもういない───。奴は悪魔だ……!!
ずっと前にわかっていたのに、ここまで来てしまった───。
激しい後悔とともに、エミリアの恨みと愛情と憎しみの狭間で慟哭し、気が狂わんばかりだ。
惨めなほど無力な自分に、ただただ涙が零れる……。
だけど、忘れるものか……!
この痛み、恨み、
そして───父と母と、みんなの血と臓物と積み上げられた手と足をぉぉぉぉおお!
「覚えていろ……! 必ず……必ず、お前ら皆殺しにしてやるからぁッッッ!」
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帝国歴1015年。太平の世を経て───。
長きにわたり沈黙を保っていた、『古代樹の森』の奥に居を構える世界の創始者──ハイエルフが号令を発す。
「魔族を討て───!」
その号令一過。
人間至上主義を掲げる『帝国』を中心とし、
エルフ大森林、ドワーフ鉱山、その他帝国の植民地の種族が一堂に会し、連合を組んだ。
…………そして、北辺で細々と生存していた魔族領に大軍を擁する帝国が侵攻を開始して、はや3カ月───。
数に劣る魔族の軍は、多数の捕虜を出して壊滅し、
数十の氏族からなる彼等は、今……まさに滅びようとしていた。
だが、必死に抵抗する魔族は、最後の拠点『エーベルンシュタット』に立て籠り全ての氏族に対し徹底抗戦を命じる。
その中には、勇猛な狩人で知られるダークエルフ族もいた……。
「──いわれなき侵略に抵抗をッ!!」
「──我らは魔族! 北の大地で生きる誇り高き種族!」
───うぉぉおおおお!!
───うぉぉぉおおお!!
鬨の声も高らかに、挙兵するダークエルフ族。
彼らは、強く、そして誇り高い。
中でも、一族で唯一の【死霊術】の使い手の活躍はすさまじく、幾度も帝国の軍勢を退けていた。
【死霊術】は無敵の精霊魔法──かつては魔族においても禁じ手であった。
しかし、強大な帝国へ対抗するため、死者の声が聞こえる適性者を見つけ出し、秘術である『アンデッド』の呪印を肌に刻みつけることで能力を覚醒させることに成功。
その適合者こそ、魔族最強の戦士となる───エミリア・ルイジアナだった。
帝国は、かの少女を『死霊使い』と呼び、その戦いぶりを恐れた。
しかし、戦いは激しさを増していき、
……エミリアの大切な仲間は斃れ、
……その死体すら操りながら戦う、地獄の戦場となった。
「義姉さん!」
「退くよ、ルギア!」
驚異的な回復力と魔法を操る相棒の少女──ルギアに背中を預け、数名の仲間だけを連れて、エミリアはゲリラ戦を仕掛けた。
──ルギア・ルイジアナ。
名を分け、氏族を越えた絆を育んだ彼女とは、義姉妹の契りを交わすほど仲が良く、頼もしい、大切な人だ。
──だが、数に勝る帝国により徐々に仲間は減り、ついにエミリア達は追い詰められる。
「死霊たちよ!」
もはやここまでか……と仲間が諦めようとしたときもエミリアは一歩も引かず。
ダークエルフにして無尽蔵の魔力を駆使し、死霊術の呪印から迸る魔力を使い、ステータス画面を呼び出し───死霊を呼び寄せた!
ブゥン……!
──空気の震えるような音と共に、半透明のガラス版のようなものが中空に現れると、
すばやくLv4の死霊を召喚!
【アンデッド】
Lv4:ダークファントム
スキル:呪い。吸命。震える声、取り付き、etc
備 考:暗黒に落ちた魂の集合体
大量の魂を媒介にして巨大なファントムを呼びだす。
物理攻撃を全て無効化し、生きとし生けるものを呪い殺す。
※ ※ ※ ※ ※
:Lv0→雑霊召喚
Lv1→スケルトン(生成)
地縛霊召喚
Lv2→グール(生成)
スケルトンローマー(生成)
悪霊召喚
Lv3→ファントム(生成)
グールファイター(生成)
広域雑霊召喚
Lv4→獣骨鬼(生成)
ダークファントム(生成)
広域地縛霊召喚
英霊召喚
Lv5→リッチ(生成)
スケルトンナイト(生成)
広域悪霊召喚
(次)
Lv6→ワイト(生成)
下級ヴァンパア(生成)
精霊召喚
広域英霊召喚
Lv7→???????
Lv8→???????
Lv完→???????
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ダークファントム召喚!」
中空に表れた死霊召喚魔法陣から、赤い煙のような霊体が無数に湧き出す。
『『『ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲ!』』』
地獄の底から響くような笑い声が響きわたり、ダークファントムたちが帝国軍を蹂躙していく!!
「───死ね。死ね!……死んで死霊となれ、侵略者ども!」
ボコボコボコッ!!
さらに、死霊を呼び寄せるエミリアによって、地獄の釜が口をあけた。
『『ロォォォォオオオオオオオオオオオ!!』』
大地が不気味に泡立ち、土を破って死霊の群れが出現、帝国軍を飲み込んでいく。
「「「───う、うわぁっぁあああああああ!!」」」
……しかし、勝利は長くは続かなかった。
エミリア達の最後の時はあっけなく訪れたのだ。
帝国軍は切り札である『勇者小隊』を出撃させ、あっという間にエミリア達を撃破し、捕縛したのだ。
数多の死霊を切り伏せ、高笑いする帝国の切り札達。
「強いって聞いてたけど、こんなもんか? ただのレベルアップステージじゃねぇか?」
「く…………殺せッ! 帝国の犬───勇者め!」
帝国の賢者、
森エルフの神官、
ドワーフの騎士、
そして、異世界より召喚されし、勇者。
彼らによって、仲間の大半は捕虜となった。
「い、生きて虜囚の辱めなど受けるものか!」
だが、エミリアは助命など考えてもいなかったのだが……。
「ったく、アンデッドはドロップアイテムがショボい…………。んん? おいおい……!! コイツが噂のアンデッドマスターかよ? まだ、ガキじゃねぇか。……それも、ダークエルフの美人さんじゃねぇかよ」
エミリアの顎を撫でる勇者。
「へへ、ただ殺すなんてもったいねぇ。なぁ、おい…………アイツらを助けたいだろ?───なら、どうしたらいいかわかるよなぁ?」
にやぁ……!
エミリアと同時に捕らえられたルギア達───その同胞を前に服従を迫る勇者をみて、彼の言わんとすることに気付いたエミリア。
……醜悪な気配にゾワリと背筋が震える。
「……ね、義姉さん」
「あ、安心して、ルギア。……皆のことは───私が守るから」
ブルブルと震える同胞たちを前にしては、頷くしかなかった。
「くくく、涙ぐましいねぇ──────ほら、どうするんだ?!」
汚れたブーツを差し出す勇者の前に、跪くエミリア。
「ゆ、勇者……帝国の勇者様。……ふ、服従します。だから、ルギア達を」
「わかってるっつーの。お前が言うこと聞きゃ、殺しゃしねぇよ」
「……ありがとう、ござい、ます」
──チュ……。
そして、勇者の靴に口付けし……完全服従を誓わされると、
すぐさま、知性を奪う隷属の首輪によって『魅了』の呪いを刷り込まれることになるエミリア。
「ぐ、ぐぁぁあ!」
「へ~、これで俺に惚れるってか? 異世界のドロップアイテムはマジでチートだなぁ!」
この日をもって、エミリアは勇者たちの玩具兼魔族殲滅のシンボルとなる───。
「……くくくく! あははははははは! ダーーークエルフを捕らえたぞぉぉぉお!」
それ以来、エミリアの日常は絶望と絶望と絶望の連続であった。
だが、助命を約束したはずが、同時期に囚われた捕虜数名は早々に惨殺され──、
「う、嘘つき! 勇者さまの嘘つきぃぃい!」
……──ルギアの行方は分からなくなっていた。
「ばーか。全員を助けるわけねーだろうが? ダークエルフ素材をGETしてよぉ、ギルドに卸すんだよ。ま、全部はいらねぇし、何人生き残れるかは、…………お前の頑張り次第じゃねーか?」
ぎゃはははははははははははははははは!
「い、いやっぁぁぁあああああ!」
せせら笑う男たちに散々暴行を加えられ、帝国兵どもの慰み者にされる日常。
だが、抵抗すれば残りの捕虜は惨殺される。行方知れずのルギアの身も危ない。……だから、歯をくいしばって耐えるのみ。
「ほらほら、頑張れ、がんばれぇ! ぎゃはははははは!」
何人の男をあてがわれただろうか?
何発殴られただろうか?
何枚の爪をはがされただろうか?
毎日毎日、飽きもせずに拷問、ひたすら拷問、拷問、拷問……!
死霊を召喚する【アンデッド】の『呪印』も、勇者の仲間である帝国の賢者に一枚一枚はぎ取られ、
4人の勇者小隊に分割された。
顔は腫れ上がり、
爪は一枚も残っていない。
まるで無限に続く地獄に日々───……。
いっそ自害すればよかった。
だけど、それは許されなかった。行方の分からないルギアや生き残った仲間たちを盾にされてはエミリアはただ耐えるしかなかった。
どれほどの激痛でも、どれほどの辱めを受けても、ただただ、耐える。
「…………ルギア、みんな───」
彼女らのために耐える。それだけを心の支えにして、数日……。いや数か月だろうか?
絶え間ない拷問によってボロクズのようになり果てたエミリア。
かつて戦場で帝国軍相手にわたりあっていた戦士の面影はどこにもない。
時間の感覚すら曖昧になってきたころ、
「ぅぅ……ぅぁ…………」
(父さん、母さん……。そして、ルギアさえ無事なら私は───)
家族や仲間、その思い出だけを頼りに、
エミリアの意識は闇に落ちていく───……。