表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/84

女神降臨

 薄情にブツッと切られる音楽。写真を撮るためにスタンバイしていた、七三で黒縁眼鏡をかけたおっさんも、ポケットから取り出した煙草を吸う。俺がそうさせたのか、おっさんは灰色の空を見上げて、眩しい表情を浮かべていた。だが俺は悪くない。……まぁ、非常に申し訳なくは思ったけど。


 このステージからはもう給料が支払われていないようだ。そう感じた俺は、無音の中、一人静かにテントへ向かった。


「あ、あのっ」

「……へ?」


 背中の丸まった俺はうっかり声を出してしまう。既にプリンスレンジャーのレイではなく、県立北谷(きただに)高校の大雅に戻っていたからだ。

 だが振り向くと、その彼女は一瞬にして俺をプリンスレンジャーへと変身させる。俺は背中をシャキッと伸ばした。

 いやいやだって、流石に誰だってそうなるだろ。瞳を潤ませ、頬を染めるファンが来てくれたのなら。


「あのっ、写真を一緒に撮りたいです……!」


 勇気を振り絞ったように言ってくれた彼女は、前から気になっていた成海さんだった。


 男を意識した女子が多い中、可愛らしい成海さんは俺の中では目立つ。喋り方も汚くないし、清楚な感じも好感が持てる。だが素朴とも真面目とも違う、明るくて素直そうな雰囲気が、なんかちょっといいなと思っていた。

 でもそこまでで、彼女にしたいとか話をしたいとか思っていたわけでもなく、可愛い女の子って印象だけだったんだ。


 成海さんは目をぎゅっと瞑ったまま、俺の返事を待っていた。

 喋れない代わりに手を取ると、成海さんはハッと目を開けて、真っ直ぐ(レイ)を見たんだ。


 触れた手と、濡れた瞳が熱っぽくて。

 それは俺の中の何かを(はじ)き飛ばしたり、掻き立てたりする。


 それからは俺なりにレイをフルに演じて、成海さんと一緒に写真を撮った。肩に腕をまわしたのは設定上の産物で、決して要らぬ心がそうさせたわけではない。俺だって同じクラスの、気になる女の子と二人きりで写真なんて、なかなかなんだぜ。隣でピースなんてヒーローが出来ないだろ。そもそも子ども相手の予定なんだから、マニュアルとの不一致が起こるのは理解がいく。


 つまりだ。

 何が言いたいのかというと、この時の心臓はヤバかったってことだ。


「嬉しい……。あの、今日のレイくん、一生懸命ですごく格好良かったですっ」

「え⁉」


 思ってもみない言葉に、今度はうっかり大きな声を出してしまったんだ。

 だいぶ焦ったが、成海さんはおっさんの手から戻ってきたスマホに感動していて、声には気付いていない様子。俺は、ほっと胸を撫で下ろし、成海さんの言葉を思い返して喜びに浸った。


「もう少し一緒にいたいですけど、片付けも始まっちゃってるし……名残惜しいですが帰ります」


 成海さんの口から何か言葉を紡がれる度に、ドキッとさせられていた俺。だけど平然を装い、俺はレイとして頷いて手を振ると、成海さんは大輪の花が咲いたように、ぱぁっと朗らかに笑ってくれたんだ。

 ああ、すげぇ。思い出すだけで、今も胸が熱くなる。


「また会いに来ますね」


 成海さんはそう言い残して、スマホを胸に抱えながら帰っていった。


「大雅くん、着替えてきていいよ」


 叔父さんの撤収を促す声が背中に聞こえてきたが、俺は成海さんの姿が消えてしまうまで見送った。早足になる心臓の音と、ループする成海さんの言葉。そして頭から離れない成海さんの色んな表情。これだけ条件が揃えば、誰だって自覚するだろう。


 そう。俺はこの日、成海さんに恋をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] りほこ様こんばんは(ฅ ᐙ )ฅ これは大雅君も彼女成海さんに恋をしたのでしょうね。 彼女の純粋すぎるであろう発言や行動に大雅君の惹かれていったのでしょうね! 俺は変わらず睡蓮ちゃんとあやみ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ