Ep-681 フォール邸での暮らし
フォール邸の朝は.....別にそんなに早くはない。
昔はメイドに起こしてもらっていたけれど、身分のルールみたいなものがあるらしくて、自分で起きるしかない。
起きたら、着替えて外に出る。
別に家族だけならネグリジェのままでもいいんだけど、リュートたちがいるから不用意な行動は出来ない。
「つめたっ」
身分のルールというのは、王に連なる者、またはその予定の者は貴族出身の者を召使にしなければならないというもので、私はメイドに自主的な奉仕を求められない。
私は別に構わないんだけど、それをやると御屋敷のメイドたちが困る。
「下賤な身分の癖に、出しゃばって」という貴族たちからの批判を受けかねない。
フォーランドも、随分下級貴族たちが活性化して来ていて、数日後にはパーティーも開かれるらしい。
なのでこうして、井戸水で顔を洗う。
お風呂に入る事も出来るけど、色々やる事の多いだろう朝のメイド達を困らせるのもよくない。
「(ここのお風呂は狭いからなー.....)」
不要な部分は増築していないから、多分子爵家だった頃の狭さはそのままだろう。
お父さんとお母さんが使う分には狭くないんだけど。
「あっ、ユカリ様。おはようございます」
「おはよう、ご飯頼める?」
「はい、ご希望は....?」
「適当に、軽いもので」
メイドに要望を伝え、私は食堂へと入る。
前とそう変わらないけれど、天窓が追加されたせいかより明るくなっている。
席に座って待っていると、コルがお盆を抱えてやってくる。
「コル、どうしたの?」
「朝食を変わりに運ぼうと思ったので.....」
「無理しないでね」
コルは小さいが、その膂力はその辺の大の男よりある。
なので、片手でお盆を持っても安定するのだが....両手で持っている。
背の高いテーブルには届かないので、私は屈んでお盆を受け取った。
サンドイッチと何かのポタージュ、オレンジジュースかな?
「ありがとう、コル。はいこれ」
私はサンドイッチをコルに渡す。
「えっ、いいのですか......?」
「この場で食べて」
コルたちはメイド専用の食事がある。
私に向けて作られるものよりずっと質の低いものが。
普段ダンジョンや、旅の道中で同じものを食べているコルには耐えられるか分からない。
卵も肉も野菜も挟まっているこのサンドイッチがあれば、最低限の食事は腹を満たすだけの目的で食べられる。
「ありがとうございます.....」
自分の実家でもこんな事が平然と繰り広げられているのは悲しいけど、ここは今や王国で最も高貴な令嬢を輩出した名家となった。
その家が、メイドにも同等の食事を出します! なんて言ったら、私自身の名誉に傷が付く。
私は気にしないけど、まだ足元の弱いジルが困るのは嫌だ。
「コル、食べ終わったら買い物に行ってきて。お金はこれ」
「何を買ってきますか?」
「お菓子。予算内で出来るだけ多く買えるものをお願い」
「わかりました!」
「日持ちもするやつねー」
「はい!」
コルに投げて渡した白金貨一枚もあれば、結構な量が買えるだろう。
メイドたちにプレゼントして、おやつに食べてもらおう。
これくらいは構わないと思うし。
実家に帰ったけど、やる事は特にない。
何故なら、今までは無所属or敵対していた伯爵、公爵を味方につける必要があったけど、この領に限って敵はいない。
というわけで.....
「ユカリ様、何をしているのですか?」
「ん? 魔術の練習...かな」
かつてスキル練習をした中庭で、私は基礎の魔法陣を展開したままそこに魔法文字を書き込んでいた。
魔法陣というのは、”クソ”が付くほど長い詠唱を魔法文字と陣で代替する技術。
その構築速度が、魔法使いで言うところの詠唱速度の差と同じとなる。
よって、
「..........」
「美しい....ですね」
「そうかな?」
超位魔術に必要な立体魔法陣の数は最低でも120。
魔法陣一つの構築に0.01秒掛かるとして、魔法陣の構築に1.2秒も掛けなければいけない。
魔王クラスなら、そもそも超位魔術の発動に0.5秒程度しか掛からない。
何故かと言えば、魔法陣を構築する魔法陣を挟んでいるからだ。
結果的に魔法陣の数は増えるが、魔法陣を構築する魔法陣を構築する魔法陣を構築する魔法陣を複数組み合わせた魔法陣を構築する魔法陣を――――
とまあ、そんな感じでどんどん複雑になっていく。
「紋章そのものが短縮文字になる事もあるんだよね」
「?」
魔王の紋章そのものが、複数の意義を補う魔法文字の役割をする場合もある。
例えば、大魔王の紋章は魔王関連の全ての単語をカバーできる。
「まあ、魔術はこの辺にしておこうかな」
「他もあるのですか?」
「いや、散歩をしようと思って」
私は中庭から出て、元々街だった場所を歩く。
ここに住んでいた人たちは、その殆どが新たに整備された区画に住んでいる。
唯一残っている人と言えば、
「おや、ユカリ様。帰ってらしたのですねぇ」
「うん、バロお爺さん」
バロという男。
ウチの庭師で、通勤の利便性からここに住んでいる人だ。
「ユカリ様、この御方は....?」
「昔からお世話になってる人....お爺さん、お暇?」
「ああ、暇じゃよ....中へ入んなさい」
バロお爺さんは、私たちを家の中に入れた。
そして、椅子を勧め....自分はお湯を沸かし始めた。
「昔はこうやって、バロお爺さんのところでおやつを貰ってたの」
「成程....」
「ユカリ様も立派になられましたのう」
私はコルの分の椅子も用意する。
お爺さんはお茶を淹れてくれて、私はそれを飲む。
「美味しい」
「...! 貴族家で出しても通用するのでは...?」
「ほっほっほ、ありがとうございます」
バロお爺さんは謎が多い人だ。
でも、悪い人ではない。
高い給金を貰っているけれど、殆ど使わずお茶とお菓子に使うような人だから。
権力欲や向上心などない。
「儂は、ユカリ様がどんな大人になるかとずっと心配しておりました」
「そう?」
「ユカリ様は、奥ゆかしいこの地方の男どもには....刺激が強すぎる、のです」
「そうかも」
一人称が”僕”で、貴族令嬢らしからぬ庶民的な遊びに興じていた。
フォーランドは元々、縦に長い狭い領土だ。
そこに住む人たちは、ドミニキア、エルドルム、アレンシアに挟まれた状態で、他の領土に幅を利かされて育った。
奥ゆかしくおとなしい精神性になるのも頷けた。
「だからこそ......おめでとうございます、ユカリ様」
ああ。
私はそれに観念する。
もう、逃れられないのだと。
私が王妃になる事で、私を心配してくれたあらゆる人たちの期待に応える事になるのだと。
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