宗次郎編・拾捌 修行
それから数日後。
宗次郎たちはいつも通り、訓練に励んでいた。
宗次郎は忍者の距離を詰める独特の歩法、ラーンハルトは気配の消し方を、それぞれ烏羽の上忍から教わっていた。
普段は双鏡から教わっているのだが、今朝二人のところにやって来た双鏡が、
「本日は若様と共に外出の用事が御座いますので、私の部下である百凌と真戒に修行を手伝わせましょう」
と言ったのだ。
百凌は宗次郎に、真戒はラーンハルトにそれぞれ付き、修行を始めた。
「忍びは音を立てずに歩く。まずはそこからだ」
「というと、こうか?」
宗次郎は今まで見た忍者たちがしていた歩法を真似てみる。
だが、百凌は首を横に振る。
「動きだけを真似た所で意味はない。理論を知り、体で理解するのだ」
「あい分かった、ご教授願えるか?」
「無論」
百凌は、足の動かし方から重心のかけ方までを、宗次郎に丁寧に説明した。
本来であれば機密であるそれを、一度に学んだ宗次郎は、
「凄いものだな、中忍ほどの動きだ」
百凌を唸らせる実力を発揮した。
流石に砂の上を音もなく歩き、殺気と共に駆ける上忍の技は使えなかったが、それでも硬い床や草地を音もなく歩くことに成功した宗次郎に百凌は感心していた。
「師として、これほど優秀な弟子が居ればと何度思ったか.....よし、忍の暗技もいくつか教えて進ぜよう」
「いいのか?」
「どちらにせよ、双鏡様には敵うまい」
百凌は自信をもってそう言った。
宗次郎には、双鏡がそこまで強い相手には見えなかったので、少し不思議に思った。
「信じられぬだろうが、それもまた事実。里の中で最も若い若様のもとに、我らが集うのも双鏡様が若様を認め、跪いたからだ。若様は双鏡様の眼に適う、里長の素質を持つ人物なのだ」
「成程」
宗次郎は頷いた。
双鏡は無欲だが、宗次郎と戦っている時だけは貪欲に攻めてきた。
かつてラーンハルトが話していた、王国の盾であるグラハム・ロイヤルガードのように、戦いとともに在り、強さ以外には興味もない人間が、その膝を折ったのだ。
付いて来る者も、当然多いはずだ。
「百凌殿は、鴉丸殿に何を望む?」
「........答えが必要か?」
「無理に聞くわけでもない、拙者が知りたいのみだ」
宗次郎は刀を抜く。
その意味が、百凌にはわかった。
「成程....では、教えて進ぜよう、俺を凌駕するのだ!」
「望むところだ!」
そして、百凌も忍刀を抜く。
二人は、音もなく地を駆け、その刀を交差させたのであった。
「(何だ、この男は......)」
真戒は、ラーンハルトを前に驚いていた。
それは、ラーンハルトの実力を見たからではない。
「......気配を隠すのに、とことん向いてないね、僕は」
「貴様は剣を使えるというのに、まるで剣に使われているようだ」
真戒のその言葉に、ラーンハルトは少し納得する。
宗次郎は黒龍刀の力である程度強化を受けているが、自分は神竜剣がなければ戦えない。
長く権力の座に就いた体は、多少の旅程度で剣を振るえるようになったりはしないのだ。
「間違ってはいないさ」
「それに、貴様は武人にしては誇りがなさすぎる。手加減されていたとはいえ、双鏡様としばらく打ち合える実力があるのならもっと誇れ」
「あれは僕の実力じゃないからね」
ラーンハルトは静かにそう言った。
借り物の力で誇れるほど、彼もまた軽い男ではなかった。
「ならば、何故強さを求める? 借り物の力で充分ではないか」
「いつその力が、僕を見捨てるか考えたことはあるかい?」
ラーンハルトはそう問い返した。
「何もできなかったんだ.........自分のみが危ない時、何もできないのは、悔しい事じゃないのかな?」
「無論、そうだが.......我らはそうなったときは、死を受け入れる」
真戒はそう言った。
「力及ばなかったのだ、悔しかろうと何だろうと、自刎するのが定め。冥府で弱かった自身の罪を贖い続けるのだ」
「逆に聞くけど.....どうして諦めるんだい?」
ラーンハルトは気になり、そう聞いた。
「努力したところで、負けは覆らない。我らは全てを果たしてから死を選ぶ」
「全てを........」
「命などどうでもよい、使命を果たせばそれでいいのだ。果たせなければ、我らに生きる意味などない」
「.........戦うべき時は、全力を尽くせって事かな?」
「そうだ」
真戒は明後日の方向を向いて頷いた。
ラーンハルトと目を合わせるのが怖かったのだ。
倫理も、宗教観も、住む世界も違う彼と話せば覚悟が揺らぐ。
そう悟ったからだ。
「...........修行を再開する、まずは敵と対峙した時、殺気を抑える努力をするべきだ」
「やってみるよ」
ラーンハルトは立ち上がった。
真戒も顔から力を抜き、ラーンハルトともに修行を進めるのであった。
昼頃。
宗次郎とラーンハルトは、修練場の出口で落ち合った。
「良い経験になったな」
「僕もだな」
ラーンハルトは、自分の得たものを振り返る。
宗次郎はいくつかの暗技と、上忍初級までの忍術を、宗次郎は気配を隠す方法をそれぞれ学んだ。
勿論、実践で使えるようなものではなく、この先数日で身に着けていくのだ。
「今日の夕飯は何だろうね」
「......まぁ、大きく変わることはないだろう」
宗次郎は呟く。
忍びたちは皆、あの食事で育ってきたのだ。
「さて、昼は何か....」
「あんまり変わらないんじゃない?」
宗次郎の疑問に、ラーンハルトが宗次郎と同じような言葉を使って返した。
さて、向かうか....となった時。
「宗次郎様、羅庵様!」
見知らぬ男が、宗次郎達の前に現れた。
とはいえ、警戒するほどではない。
何故なら、彼は鴉丸の側仕えだったからだ。
ただし....
「何があった?」
その衣服は乱れ、あちこちが破れている。
それに、宗次郎は嫌な予感を覚えた。
「わ、若様が....襲撃を受けています! 双鏡様だけでは......私だけでも逃げろと!」
「どこだ?」
宗次郎は走る準備を整えつつ尋ねた。
「あ、あちらの林の向こうで...」
「行くぞ、ラーンハルト!」
「うん、そう言うと思った」
宗次郎とラーンハルトは、鴉丸の元へと駆け出すのであった。
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