IEP-43 パニスの村
障害を退けた三人は、馬車に乗り人里へと入った。
雪しかなかった道の先に、まばらに木が生えているのだ。
「ん....? お、おーい! 待て、止まれ!」
そして、木製の門の前に立っていた人が、アレックス達に手を振って制止を促してきた。
馬車が停止すると同時に、アレックスは御者台から降りた。
「あんた、どこから来た!?」
「山脈の向こうからだが....」
「何か物資を積んでるか?」
「ああ、最低限しか持ってこれなかったけどな」
アレックスは路銀稼ぎに、馬車に多少の品物を積んでいた。
門番の表情が緩む。
「酒は? 酒はあるか?」
「待て待て、まずは宿を取りたい。疲れてるんだ」
「ああ、入れ入れ!」
門が開く。
こうして、三人は村へと入るのであった。
その後は、シャズが買い物や行商を取り仕切った。
獣人ということで、アレックスは不安がったが、流石に山脈を越えた土地であるこの場所では、獣人は「ちょっと変わった人間」程度にしか思われていないようであり、むしろ.....
「お嬢ちゃん、そこの奴をくれ」
好意的に物を買う人や、
「なあ、耳を触ってもいいか?」
好奇心をむき出しにする人間まで、様々な村人が出店を訪れた。
その様子を、アレックスは窓から眺めていた。
「.....ヘルメス、楽しそうだぞ」
アレックスは言ったが、答えが返ってくることはない。
ヘルメスは雪女との戦いから、ずっと眠っているためだ。
「...悪かった」
アレックスはふと、呟く。
「俺も不甲斐ないな」
手摺を握りしめていた手の力が強くなるが、アレックスはそれに気づくことはない。
「強くならないとな」
弱さを感じていたのは、なにもヘルメスだけではない。
彼女が憧れた力強さを持つアレックスもまた、同じ苦しみに囚われていた。
「...油断は良くないな、次はもっと警戒して調べるべきだった」
道の真ん中に人が倒れているのに、罠でないわけがない。
今回は偶然雪女だったが、食人を行う魔物であったなら助からなかったかもしれない。
加えて、形を持たない霊体への攻撃手段を持つのはアレックスただ一人のみ。
ヘルメスは弱点を突くことでそれを可能にしたが、次回有効な敵が現れるとも限らない。
「ん?」
その時、アレックスは人だかりの奥に立つ怪しい人物を見つけた。
ローブを被っていて、誰だかはわからない。
ただ、その人物は...非常に驚くべきことに、アレックスに視線を合わせてきたのだ。
室内は暗く、ベッドから外を見るアレックスと視線を合わせるなど不可能であった。
「...こりゃあ、ユカリ関連か...?」
だとしたら面倒だな、とアレックスは思った。
ローブの人物は、その後すぐに踵を返して、近くの路地へ消えていった。
「足跡がないな」
そして、アレックスは一つの特徴を見破った。
雪の上に足跡が残っていないのだ。
「ますます...面倒だな...」
アレックスはそう呟く。
急激に疲れが戻って来たらしく、瞼が重いようだ。
だが、シャズが誰かに襲われないとも限らず、アレックスは監視を続けるのであった。
「............ここは...」
ヘルメスは、目を開けた。
周囲には、まるで人間ではない者が作ったかのような、不思議な様式の建物があった。
「お目覚めですか?」
「......!」
ヘルメスは、背後から響いた声に跳び上がる。
そして、慌てて後ろを振り向いた。
「.......あなたは....誰ですか.....?」
その声は懐かしい誰かのように聞こえたが、視線の先にいた人物は誰でもなかった。
否、輪郭が掴めないのだ。
黒髪であるということ以外は、何も。
「私の名前は....ルディア、あなた方が神と崇める者です」
「.....何故、私の所に....?」
「それは..........まぁ、いいでしょう」
ルディアらしき影は、咳払いをした。
その人間のような仕草に、ヘルメスは疑念を抱く。
「私には、あなたの”欲望”を制御する義務があります。あなたがそれを”望んだ”事により、ヘルメス・アルトリア。あなたが聖剣を選んだのです」
「.......ルディア、様が....直々に? 何かまずかったのでしょうか....?」
ヘルメスは咄嗟に何かまずい事をしたと思った。
聖剣は神が祝福して初めて生まれるもの、その法則に手を出したのだから、罰せられてしかるべきだと。
「い...いえ。そんな事はありません」
「では、一体...?」
「あなたの選択は、アレックス・エストニアの運命に、大きな影響を与えました。全てが灰燼に帰す暗黒の未来を、回避することができたのです」
「それは.....」
「あなたにこれから先の目的をお伝えします」
「....!」
ヘルメスは佇まいを直す。
ルディアは、ヘルメスの真横へと座る。
「....ええっ!?」
「今回の異変は、あの吹雪の山で起きています。あなた達はその異変の元凶を探り、新たな力を得るのです」
「...分かりました」
ヘルメスは頷く。
「では。またの再会を――――」
ヘルメスの身体が、宙に溶けていく。
そして、ヘルメスの意識は急速に浮上していく。
「それから――――――――――――」
去り際に、ルディアはヘルメスに囁く。
ヘルメスの眼が見開かれたが、女神にそのことを問う事は出来ず、肉体という闇へと戻っていった。
「.....それから」
誰もいなくなった宮殿で、ルディアはこちらに向かって微笑む。
「傍観者である貴方に頼むのも、間違った話ではあるかもしれませんが.......あの四人をよろしくお願いします」
そう言うと、彼女はその場から消え去った。
困ったものだ、傍観者は傍観者でいなければならないというのに。
「ん.....」
ヘルメスは目を開けた。
窓扉から月光が漏れていて、それが異様に眩しかった。
「ここは.......」
馬車の中ではない。
ふと横を見ると、アレックスの顔があった。
「......ッ!」
ヘルメスは慌てて反対を向く。
そして、すぐにまたアレックスの方を見た。
「看病してくれたのですね......」
ベッドに突っ伏すようにして、アレックスが寝ていた。
ヘルメスは、そんな彼の事を起こさないように、また再び眠りについた。
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