EX-1 彼女が倒れた夜
!!!!!注意書き!!!!!
本編の重要なネタバレを含んでいますので、いったん飛ばすことを推奨します。
既に本編を最新話まで読み切っている方は、どうぞそのままお読みください。
その日、ユカリ・A・フォールは熱を出し倒れた。
全く何の予兆も無く、庭でお茶を飲んでいた彼女は熱病に倒れ、呼びかけにも応じないほどの重症にまで悪化した。
「あなた.........」
「分かっている........!」
二人にとって、ユカリは愛の結晶だ。
王国に来たばかりで、右も左も分からなかった宗次郎に来た縁談。
結婚相手は、宗次郎と同じで子爵家の、しかし発言力も権力も段違いのフォール家から来たエカテリーナ。
宗次郎は領地は持っていなかったが、秋月家から付いてきてくれた領民と共にフォール領に移住し、フォーランド領の発展に貢献した。
そして、結婚から数十年.......ついにユカリが生まれた。
ユカリが生まれた日、宗次郎はユカリを思って名を付けた。
「将来この子が、数多の縁に恵まれるように......」
そうして、ユカリ・秋月・フォールは生まれた。
それ以降二人は子供を積極的に作ろうとはせず、ユカリのみに愛情を注いできた。
しかし..........その愛娘が、病に倒れてしまった。
「まだ.......まだ、十人ほどしか、縁を結んではいないではないか!」
「落ち着いて、あなた」
「これが落ち着けるか.....! それとも、これが天罰だというのか?」
兄を斬殺し、領地に平和をもたらした宗次郎。
だが、その罪は消えない枷として宗次郎にのしかかっていた。
「ユカリを救う手立ては無いのか?」
「医師によると.......この病気は、ノアラス病....風土病で、恐らくフルール地方から流れて来たものかと........治療法はなく........っ、患者はただ衰弱して死ぬ..........と」
「がああああああああああああああ!!!」
宗次郎が机を殴りつける。
机に置いてあったものが激しく震え、机には跡が残った。
当然殴った宗次郎もただでは済まない。
「........私だって、辛い........のです、あなた....」
「俺も、だ..........」
宗次郎は絶望のどん底に居た。
「せめて、治療法があれば........! 世界の反対側にある、厳岩山の上に生えている薬草が必要だったとしても、取りに行くというのに.........」
「私だって、この身を差し出してユカリが助かるならば.......」
「馬鹿げたことを言うな! どちらも失いたくなどない!」
自分が代わりに死んで、ユカリが助かるならば......という発言をしたエカテリーナに、宗次郎が一喝する。
「出来ることが無いならば、せめて後悔のないようにしてやろう」
「ええ、そうですね........」
宗次郎とエカテリーナは、それから数日間、ずっとユカリの傍にいた。
意識の無いユカリに、二人はかつての想い出を声に出して聞かせ、香を焚いてやったり、本を読んであげたりした。
そして————————
「今夜が峠です、諦めてください」
ユカリが倒れてから六日、医師がそう言って家を立ち去る。
その背中は、死力を尽くした医師の、諦めが見えるような寂しさであった。
「ユカリ...................俺は、ただ.........お前に幸せになってほしかった.........そうだ、お前が生きてくれるなら.........一緒に王都に行こう.....いや、学院に通わせてもいいな........そこで仲間に囲まれて、俺なんかよりずっと立派な奴になって........それで、世界を救う、なんて..........いや、お前ならできるか」
エカテリーナはついに、自分の部屋から出て来なくなった。
宗次郎も、涙で顔を濡らしながらユカリに語り掛ける。
「頼む..........どうか、生きてくれ..................」
そして気づけば、宗次郎は自室の机に蹲っていた。
時間は夜中。
「.................................................」
宗次郎は、生気の抜け落ちた顔で何もない場所を見つめる。
全てに絶望した人間がとった、何の意味もない行動だった。
だが、その時——————
雷が落ちたような気がした。
だって、窓の外が白く光っているのだから.........
部屋が明るく照らされ、宗次郎はあまりの光量に目を閉じる。
「迎え.........なのか..........?」
光は徐々に収まり、そして消えた。
暗い室内に、宗次郎だけがたった一人残された。
「はは........は.........」
宗次郎が再び机に突っ伏そうとした時。
「え、あ、あ、旦那様~!ユカリ様がお目覚めになられました!!」
そんな声が、遠くより響いてきた。
いつの間にか、走り出していた。
貴族として身に着けた作法も、何もかも無視して。
ユカリの部屋の前で、宗次郎とエカテリーナはばったり会った。
「ユカリは.......治ったのか......?」
「わかりません、けれど......メイドが言うには普通に元気だと」
そして、二人は扉を開き—————
眠そうに目を擦るユカリを見た。
元気に動いている愛娘を。
「(ああ...........約束通り、全てを叶えてやろう..........お前は生きたんだから)」
宗次郎は、ユカリに歩み寄りながら、そんなことを考えた。
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