Ep-764 弱者を守る騎士
「ぐ.....おええええっ!」
転移した直後。
何とか意識を保っていたジングは、転移酔いで吐いた。
初めての感覚に、身体が耐えられなかったのだ。
「く.....何が起きた.....?」
「転移だ、立てるか?」
ポケットタオルで口元を拭ったジングは、隣に立っていた男の手を借りる。
その男の名は――――何を隠そう、ゼパルである。
「ここは....?」
「分からぬ、どこかへ転移させられた」
「転移.....?」
その時。
空間全体に声が響く。
『魔王、そして魔族――――――――あなた方には、愚かにも神に唾を吐いた種への裁きとして、同士討ちの罰を与えます』
「同士討ち?」
「.......そうか」
地面から、筒が飛び出してきた。
筒が開くと、そこには一人の魔族が目を閉じた状態で立っていた。
褐色の肌に、豊かな胸――――ジングが見惚れると同時に、ゼパルは魔剣を取り出し地面に突き刺した。
そこから結界が生まれ、二人を取り囲む。
「――――シッ!」
「ぜ....ゼパルさん、何を!?」
「やらなければやられるだけだ」
直後。
女の目が開き、ゼパルの斬撃を回避した。
筒が真っ二つになり、地面に転がる。
「〈紅之武器庫〉」
女の口から、低く、しかしよく通る声で詠唱が紡がれる。
その手に、華奢な腕に似合わない両刃の戦斧が現れ、一瞬でゼパルに肉薄した。
「その斧――――成程、パイモンの子飼いか」
ゼパルが右腕を振ると、自然な所作でそこに剣が現れる。
言葉は不要――――そう言いたいのだろう。
「しっ!」
直後、ゼパルの背後に女が現れ、戦斧を振り被る。
ゼパルは一切反応を見せずに反転し、振り被られた斧を右腕で掴んだ。
そして、無理やり地面に引き倒す。
ゼパル自身はそのまま背後へ跳び、女が起き上がるのを待つ。
「ふっ!」
女は起き上がると同時に、今度はジングを狙って飛び出した。
「うわっ!?」
ジングは思わず顔を覆うが、斧の一撃は結界に止められていた。
女は予想外といった反応を見せた。
「やはり、操られているな。聖女パレシア、魔剣の知識はないと見える」
『....それが、何だというのです』
「魔王パイモンの正式採用した汎造魔剣・防盾弐式を知らぬとは言わせぬ、それを知らぬは戦を知らぬと同義――――貴様、前線に出たことも無いのだな」
『聖女とは、神殿で神に祈るからこそ、価値があるものです』
「愚かなり、我は何人も斬ったぞ、騎士を守るために聖技を使う、戦場通いの聖女をな」
ゼパルは腕を交差させ、魔剣を消し、腕を解き放つ。
その両腕に、別々のデザインの魔剣が再び現れた。
「我は許さぬ。魔族の罪も、同族の罪も知らぬ者が断罪を語る事を」
『魔王如きが、断罪の何を知ると?』
「貴様は知っているのか?」
女が動き、ゼパルに戦斧の斬撃を叩き込む。
ゼパルはそれを剣ではなく、アームガードで受け流す。
「すげぇ......」
その戦いを、ジングはただ見ていた。
ほとんど視認できないとはいえ、その速度での戦闘は凄まじいものだった。
女は巨大な戦斧を、まるで棒のように振り回し、恐るべき速度で襲い掛かるそれを、ゼパルは無言で回避し、受け流す。
そして、ゼパルの剣技は女を確実に追い詰めていた。
「断界崩楼!」
そこで初めて、ゼパルが技を使う。
その斬撃は、女の鎧の一部を一瞬で破壊した。
「ふん、硬いか」
『魔族に適合させるのは苦労しましたが、今は神の守護を受けた戦士です。あなたに簡単にその守りが破れる筈がありません』
「愚かなり――我を誰と心得る?」
ゼパルの右腕に持っていた魔剣が、白い魔剣へ変わる。
その魔剣は、刃だけが黒かった。
「覇空尖突!」
『馬鹿な......』
ゼパルの刺突が、女の鎧を破壊し、その下の皮膚を貫く。
「この剣の名は聖魔破神剣ディアホロウ――――神を破り、魔族すら食らう剣である」
『そんな剣など....』
「残っていない? 当たり前の話だ、我が聖女から奪い、貶めたのだからな」
事情は少し違うものの、ゼパルの行ったことは真実であった。
神殿を襲ったゼパルが、聖女から奪った神剣、それが魔力によって堕落した結果、聖力も魔力も斬ることのできる剣が生まれた。
「舐めるな、聖女失格め」
『この信仰に嘘はありません、さぁ罪深き魔族の使徒よ、あの男を打ち倒すのです!』
静と動。
再び女が動き、ゼパルもまた動き出すのだった。
『...何故』
鍔迫り合いの果てに、パレシアは呟く。
あることに気づき、自分の感情を抑えられなくなったのだ。
『何故お前は、待つのです、立ち上がるのを』
「それが魔騎士というものだ」
『嘘です、それが正しいのであれば、お前が殺した騎士たちは何故死んだのです。卑怯にも騙し討ちをしたからでしょう』
「ものを知らぬというのは時に誤解を生むということか」
ゼパルはため息を吐く。
そして、両刃を合わせての振り上げで女を弾き飛ばし、言った。
「騙し討ちも、虐殺も、全て人間の騎士がやったことではないか。我々には剣を握る誇りがあった。弱いからと自分の正道に嘘を吐き、暗がりから剣を突き出した騎士のなんと多いことか」
『...それは必要悪です、弱きが強きを克する時に、手段を問わないのは当然の事です』
「貴様は聖女どころか、人を率いる資格もないようだな」
ゼパルの動きが変わる。
剣を捨てて女にぶちかましを喰らわせたのだ。
全身重鎧の男にぶつかられた事で、女は吹き飛び、動かなくなった。
「剣を振るう事すら、不要な戦いであった」
『所詮は魔族ですか。この程度で動かなくなるとは』
「そもそも、それが間違っていると言っている」
ゼパルは背後を振り返る。
「確かに、彼のような魔族もいる。人に迷惑をかけず、自分だけで暮らせる魔族が。それも悪だと言い張るつもりか?」
『我らが神を、存在するだけで貶めるのが魔族でしょう』
「なら、彼が入信すると言ったらどうするのだ?」
『いいえ、お断りします』
「やはり話にならぬな、先ほど我の発言を認め、騎士を愚弄したこともそうだ。貴様はどこまでも高慢だ、聖女と名乗るには...身の丈が合っていないように思える」
ゼパルが口にした言葉を聞き、パレシアは表情を歪めた。
苦々しく、まるで真相を言い当てられたかのように。
「人間の騎士は決して弱くはなかったぞ。ただ騙し討ちに走ったのは、お前たちのような人を駒としか見ない為政者により、勝てぬ戦いに駆り出されたからに過ぎない」
ゼパルが双剣を重ね合わせ、互いの魔剣の矛盾を高めていく。
それが最高潮に達した時、ゼパルはすでに見抜いていた女を支配している術式に向かって斬撃を放つ。
「偽りの信仰に果てを与える。〈万軍界滅〉」
十字の斬撃が、世界を踏み潰した。
術式が決して消えない傷をつけられ、消滅していく。
「すげぇ...」
「当然だ」
ゼパルはただそうとだけ言った。
彼の中では、騎士とは...弱者を守る者なのだから。
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