隣の芝が青く見えた話
なんちゃって世界感な異世界平民の日常です。
あたしが住んでたのは、ちょいと小さいけど割と賑わってると有名なアリウム男爵領。そこで両親と季節の野菜を売る、ごくありふれた看板娘だった。ただの町娘と侮るなかれ。結構可愛くて、女ながらに算術だって出来ると評判だったんだから!
そんなあたしは、隣のグレージュ伯爵領から薬を売りに来るハリスと恋に落ちた。ハリスは誰より優しくて、あたしを大事にしてくれる。彼から求婚された時、答えはイエスの一択だった。
彼が我が家に結婚の挨拶に来てくれるという。お貴族さまでもないのに、なんて礼儀が正しいのかしら!あたし大事にされてる!と喜んだのも束の間。彼が結婚後は、グレージュ領で暮らすと両親に語り出した。
あたしの家は、大きくは無いけど小さくも無い八百屋だ。ただあたしは一人っ子で、両親も出来れば店を継いで欲しいと思っているようだった。
ハリスは薬屋の息子だが次男で、店を継ぐ訳じゃないらしい。結婚しても、しばらくは実家の近くの家を借りる予定と言う。(将来的には家を買いたいらしいけど)
両親もあたしも、家を借りるなんて勿体ないし、まあまあなこの店だってあるんだし、この店を継いでこのままここに住む方がいいんじゃないかと説得したが、子育ての環境が……とか色々言うから、泣く泣くグレージュ領の彼の新居に移る事になった。
ハリスの両親にも会った。どうやらグレージュ領では、結婚の報告を両親にするのが慣例な様だ。
結構かしこまってるな、あたしやっていけるかな?と不安がよぎった。
実家があるアリウム領は、とにかく子供が多い。我が家は本当に例外なのだ。
だから、結婚で一々報告……なんてやってたら、町中毎日結婚報告会!なんて事になりかねない。
「あたし、お隣のアリウム男爵領で八百屋の娘として暮らしてたミリアって言います。ハリスの妻として頑張りますので、よろしくお願いします!」
我ながらキチンとした挨拶!と自画自賛しながらニコニコしていると、ハリスがあたしの事を更に紹介してくれた。
「ミリアはアリウム領では評判の才女らしいんだ。ウチでも楽しくやっていけると思うから、父さん母さん、俺たち夫婦をこれから宜しくお願いします」
ハリスったら、才女だなんて!まあ、近所ではちょっと評判だったのは事実だけど!
「そうなのね、息子を宜しくお願いするわねミリアさん。困った事があったら言ってね」
「はい!ありがとうございます!おかあさんも、お店で困った事があったら言ってください!あたし、5桁の計算だって出来るんですよ!お任せください!」
胸をトン!っと拳で叩いて胸を張る。頼もしい嫁に見えるかな?それとも女ながらに算術なんて、びっくりされちゃうかも?
ドキドキしながら彼の両親の反応を見る。
「5桁……というのは、乗算の事、かしら……?ええと、除算や税の計算なんかは……ご存知かしら?」
困惑した表情で彼と彼の両親が顔を見合わせる。
あたしも、初めて聞く言葉に首を傾げる。
「乗算って何ですか?税って、え?自分で計算出来るものなんですか?」
苦笑いの彼の両親に、彼はミリアなら大丈夫だと思うんだ、と穏やかに笑っていた。
結婚して3カ月が経った。あたしはこのグレージュ領があまり好きになれなかった。
そりゃあね、街(実家のアリウム領は町って感じだけど、ここは街だわ)はきれいだと思う。ごちゃごちゃした賑わいのアリウムとは違って良く整ってる。
だけど、活気が無いっていうか、ツン!としてるっていうか……。言葉は一緒なのに、なんだか冷たくて、ああ、あたし余所者なんだなって思う。
それに、ここの領って住むための税(住民税って言うんだって)がアリウム領に比べて高いの!アリウム領だったら3年分のお金を払って1年分なんて!(いわゆる3倍っていう額らしい!倍って?)絶対グレージュ領の領主様はイヤな奴で贅沢三昧な悪〜い奴なんだわ!
ハリスの事は本当に好きだけど、この結婚は失敗だったかも、なんて思う事もある。従兄弟のマーヤ姉さんなんて、毎年子供を産んでて幸せそう。
やっぱりアリウム領で暮らす方がいいって、ハリスに何度も相談した。
けど、ハリスは中々首を縦に振らない。
「アリウム領は移住が割と楽な領だけど、このグレージュ領の移住権は取り辛いからね。わざわざその権利を手離す必要はないんだよ」
そう笑うけど、あたしにはよくわからなかった。
グレージュ領の人たちは、別にあたしに酷いことする訳じゃない。だけど、近所の人たちの会話にあたしがついていけなかった。
ここでは、新聞という情報が書いてある紙が一週間毎に届けられる。ハリスが買っているものだが、こんな紙を買って何の得になるのかわからない。そして、近所の人の話題はこの新聞の内容が多いからあたしはついていけないのだ。
あたしは新聞を少ししか読めない。これでも実家では才女と言われたあたしだ、少しは文字も読めるし、名前だって書ける。近所の人の名前を代筆だって出来たんだから!
けど、ここでは新聞は読めて当たり前で、名前なんて誰でも書けるそうだ。ここではあたしは才女でもなんでもなかった。
ああ、持て囃されたアリウム領が懐かしい。あのごみごみごちゃごちゃしてるけど活気が合って、喧嘩っ早いおじさんが多いけど愛嬌ある女将さんがいっぱいなアリウム領が。
少ししか読めない今週の新聞に、アリウム男爵令嬢がカリフォルニー侯爵子息に寄り添って歩く姿って内容が書いてあった。カリフォルニー侯爵子息はグレージュ伯爵令嬢と婚約中だった筈。
あたしは、やっぱり悪どい事してるグレージュ伯爵のご令嬢も悪どいのかしら?アリウム男爵令嬢は領の雰囲気のまま愛嬌たっぷりなのかしら?と、全く想像出来ないお貴族さまの恋愛事情を妄想するのだった。
「さすがミリアさんね、もうこんなに読めるようになったの?」
ハリスのおかあさんは、中々馴染めないあたしを心配してか、週に一度新聞を読む練習をしてくれる。習うためのこうした紙や本(一冊全部文字なんてびっくり!)を、『教科書』と言うんだと、おかあさんは教えてくれた。
ハリスのおかあさんはあたしの事が恥ずかしいのかな、呆れてるのかな、とあたしはいつも卑屈になる。
実家だったら、あたしは才女だったのに!
「ミリアさんの御義母さんが文字を教えてくれたの?ええ!?独学で?なんて素敵なのかしら!」
あたしの事も母さんの事も、貶してるのかな?って思っていた。
でも、あたしが卑屈になる度、おかあさんもハリスも、たまにお父さんも、独学で学ぶなんて凄い!さすがだな!って褒めてくれた。
……よくわからないけど、あたしは卑屈にならなくていいって、みんな教えてくれた。
それに、アリウム領にはアリウム領の良さが有るんだよって言ってくれて、少し嬉しかった。
でも、まだあたしはグレージュ領が好きになれなかった。
あたしは、妊娠していることがわかった。妊娠2カ月くらい、だそう。今から楽しみだけど、ちょっと怖かった。
「アリウム領では、出産前後の妊婦死亡率も子供の死亡率も高いそうだね。でも、グレージュ領では、アリウム領の1/3の死亡率なんだ。必ず大丈夫、とは言えないけど、心配は少ないよ」
マーヤ姉さんのたくさんいる子供たちのうち、出産前後で亡くなった子が二人いたので、あたしは怯えていたのだけど、ハリスは優しくそう諭してくれた。
驚くことに、出産にかかる費用はグレージュ領が負担してくれるそうだ。
アリウム領では支払いがある。マーヤ姉さんは出産の度に、コレでちゃんと育てばトントンかな、と言っていたけど、トントンの意味がわからなかったのを覚えている。
妊娠中は、ハリスのおかあさんが色々な事を教えてくれた。文字の読み方、書き方。足し算だけで無く引き算や掛け算など、色々だ。乗算って掛け算の事だったのか!知る程楽しい時間になった。
こんなに分かりやすく教えてくれるなんて、ハリスのおかあさんはすごい才女!と言ったら、笑ってそんなことはないの、と笑われた。アリウム領だったら、役人になれるレベルだわ!
グレージュ領で暮らしていくうち、アリウム領のみんながあまりにも何も知らなくて恥ずかしくなった。
その事をハリスに言うと、彼はとても悲しそうな顔をした。
「自分の生まれた町を、そんな風に言ってはダメだよ、ミリア。ミリアをこんなにも明るく、素敵な女性にしてくれたのは、ミリアのご両親であり、アリウム領の町なんだから。それにね、アリウム領は、近隣の中で一番活気があるんだよ!薬を届けに行く度、楽しくなっていたんだ」
ハリスがあの町をそんな風に思っていてくれた事が嬉しかった。そしてそんな風に、他の良さを認められる考えが出来るハリスもまた、ハリスのおとうさんおかあさんとグレージュの街に育てられているんだな、と思った。
ところで、妊娠してから、あたしはアリウムの町との違いに気づいた。
街に子供たちがいないのだ。
この頃はグレージュの街も好きになってきたのに、3歳くらいまでの小さな子供たちを除くと日中子供たちを見かけない事に怖くなった。
アリウム領では、子供は3歳になったら大人に混じって働き始める。勿論子供だから出来る事は少ないけど、両親を助け、たくさんの家族で支え合うのだ。
「良く気付いたね。グレージュ領では、全員、3歳から3年は幼年、7歳から6年は少年用の学校に行くんだ。13歳からの中年用まで学校があるんだけど、これは希望者が。そこでも優秀で、本人が希望するなら王都の高等教育学校へ進む事も出来る」
少年用までの学校は、なんと無料で通えるそうだ!アリウムでは10歳から少年用の3年間の学校があるが、中々高額で、わりと大きな商家でなければ通えない。
入るためにも、家庭教師が必要だったりして、役人になりたいとか、家業の為に必要だとかの特別な理由がなければ学校へは通わないのが普通だった。
それに、算術や文字の読み書きが大嫌い!という子も多く、無理矢理勉強させるのが可哀想という背景もあった。
「学校が無料……。もしかして、グレージュ領の住民税が高いのって……」
「そこに気付くなんて!そうなんだ、領主様は領民の識字率なんかをとても気にしていらして。勉強が嫌いな子には苦痛かもしれないけど、将来を考えたらたくさんの選択が出来る方が良いって、子供たちの教育に力を注いでいるんだ。でも凄いね、税金との関係に、なんの知識も無く辿りつくなんて……。なら、ミリアなら、もう一段頑張れるかもしれないね」
グレージュ領出身の他領や王都の役人は多いそう。アリウム領は、小さいながらに特産の野菜が有名だった。それぞれの良さがあるんだよ、ハリスは微笑む。
それからハリスはあたしに、移住して来た大人のための学校がある事を教えてくれた。
こちらはさすがに無料とは言えないが、働きながらでも通えるよう都合されているらしい。
妊娠中だし無理はしないで、興味があったらでいいよ、とハリスは言っていたが、あたしは今から楽しみでたまらない。
だってもしかしたら、あの文字ばかりの本を生まれてくる赤ちゃんに、あたしが読んであげられるかもしれないのだ!
学ぶ事が好きだったあたしは、学校にのめり込んだ。
ツン!とすましている感じがしていた街は、実はそんな事はなく、あたしが卑屈になっていただけなんだと今更ながらに思う。
学んだ事で、余裕が出て来たし、礼儀が大事って事も分かってきた。そうか、育ててくれた両親に感謝を込めて結婚の報告に行くのか!やっとわかった。
ハリスが、ご両親を、あたしの両親を大切に思ってくれていた事をとても嬉しく思った。
その日は、学校帰りが少年学校の子供たちと一緒になった。みんなとても優しいが、やはり子供、意外とヤンチャだ。女の子もかなり活発で、勉強していても子供たちの元気さは変わらないんだなと笑ってしまった。
しばらく子供たちと帰っていると、一番ヤンチャな男の子が、勝気な女の子に裏通りを歩ってみよう、と誘っているのが聞こえた気がした。
女の子はお母さんがダメ!って言ってたからヤダ!と断っているようだが、ヤンチャ坊主の怖いのかよ?という煽る言葉に見事引っかかっていた。
二人を止めなければ……と思った矢先、少年学校一年生の女の子がおしっこ!と泣きそうになった。
二人に、裏通りはダメよ!と一声かけてから、一年生の女の子をトイレへ連れて行く。
……やはりというか、トイレから戻った時には二人の姿は無かった。
あたしは焦った。
アリウム領では、裏通りと言えば何が合っても自己責任の場所だ。金儲けは出来るが、代わりに危険も多い。それなりに取り締まりもあるが、表通りだったら即逮捕となる案件に目を瞑る……なんて事も少なくない。
グレージュ領でそこまでの事は無いと思うが、もしもがあったら……、そう思ったら、商店街の人や領兵さんの詰所にすぐ様掛け合いに行った。
商店街の人も領兵さんも、のんびりしたものだった。何も妊婦さんが走って来なくても……と、呆れすらしていた。
それでも念のため……と、渋る商店街の人たちと領兵さん(一人しか割いてくれなかった)を連れて裏通りを探す。
「助けて!レーニャが!レーニャが!」
あのヤンチャ坊主の叫び声が聞こえたのは、裏通りを探し始めて10分もしない時だった。
慌てて領兵さんが駆けつけると、勝気な女の子が人相の悪い男たち二人に手を引っ張られている。
ヤンチャ坊主は必死に縋りつくも、男に顔を蹴られて鼻血が出た様子だった。
領兵さんがより強そうな男に飛びかかり、商店街の人たちが3人ががりでもう1人の男を囲む。
あたしは恐怖で叫ぶ事も出来なくなったレーニャと呼ばれた少女を抱きしめた。
「もう大丈夫よ、もう大丈夫」
出来るだけ優しく彼女の体を撫でる。大丈夫と何度も聞かせて、やっとレーニャは大声で泣き始めた。
その頃やっと、悪そうな男たちはお縄となっていた。
男たちは子供の人身売買を専門とした業者で、他領から普通の商人のフリをして忍び込んだ様だった。余罪もありそうとの事で、領兵さんからは感謝され、最終的には領主さまから感謝状を戴く事になった。
領主さまに感謝状を戴く際、少しだけ話を聞かれた。
平民の話をこんなに親身に聞いてくれるなんて、グレージュ伯爵さまは素晴らしい人だ!悪どい人って思っててごめんなさい。
今回の件、アリウム領の裏通りではたまにある事で、自治として店から資金を集め傭兵を雇う事もある、子供は絶対に裏通りに近づいてはいけないことを徹底している、などを伝えると、是非その話を学校や商店街でもして欲しいと言われた。
当たり前の事を今更?と首を傾げつつ、学校や商店街で話をすると、みんな真剣に聞いてくれた。
グレージュ領では、こうした事件がほとんど無かったので安易に考えていたみたい。
けれど近隣で不作な領があるらしく、そういう時は貧困からこうした事件が増える可能性を教えると、具体的にどうした対策が良いか意見を求められた。
最終的にはあたしの手には負えなくなって、アリウム男爵とグレージュ伯爵で会談を行って、互いに交流が深まるようになったのは、あたしには遠いお貴族さまの話。
互いにココが凄い、羨ましい、ウチはダメだな、なんて思っていたようだけど(グレージュ領は学問では秀でているものの、特産物が少ないんだって)、隣の芝生は青い……というイイ例になったみたい。
この言葉も学校で知ったばかりなんだけど。
さてあたしはと言えば、妊婦なのに無理をして!ってお義母さんに怒られた。他所様のお子さんも大事だけど、ウチではあなたが大切なのよ!って泣かれた。
ハリスにはちょっと怒られた後、無事を喜んでくれて、それから凄いぞ!って褒められた。
お義父さんからは、気をつけなさい、と撫でられた。優しい手だった。
もうすぐ赤ちゃんが生まれてくる。グレージュ領は医療も発達してるって聞いて、マーヤ姉さんが次に出産する時はこっちで生む制度が出来るよって、教えてあげようと思う。アリウム領と医療提携が出来るそうだから!
まあ、その時にあたしも少しだけ関係あるんだよって自慢しても、マーヤ姉さんなら許してくれると思う。
アリウム領のみんなは懐深くて人情派だから!
そうそう。
読める様になった今週の新聞に、カルフォルニー侯爵子息とグレージュ伯爵令嬢の事が書いてあった。
大分前の記事のアリウム男爵令嬢と寄り添って言う件は、隣の領同士で実は仲の良いグレージュ伯爵令嬢の『理想通りのプロポーズシチュエーション』を聞いていた、との事。
アリウム男爵令嬢はグレージュ伯爵令嬢が大好き過ぎて、むしろカルフォルニー侯爵子息に嫉妬していたそうで。グレージュ伯爵令嬢に誤解されて号泣したって話が書いてあった。
同じくこの頃読める様になった想像上のお貴族さまロマンス小説みたいに、男爵令嬢が平民の庶子で、王子様とか凄い方々から愛されまくって、王子様が婚約者と婚約破棄して男爵令嬢と結婚!みたいな内容は、やっぱり小説の中でしかないんだなって思った。
ハリスに聞いたら、極稀にあるけど結末は酷いものだよって言ってて、詳しくは夢が壊れるから聞かない事にした。お貴族さまって大変だし、怖いなって、改めて感じました、ホント。
因みに、カリフォルニー侯爵子息とグレージュ伯爵令嬢の結婚式は、来年の春になるそうだと新聞に書いてあった。
婚約の時は婚約祭で賑わったから、結婚となったらもっと凄いぞ!と街の人たちが笑っていた。幸せって伝染するよね!
それから、何であたしと結婚してくれたの?って、今更だけどハリスに聞いてみた。お貴族さまの結婚の流れでね。
そうしたら、一番可愛かったから、だって。絶対嘘。ハリスは顔だけで選ぶタイプじゃないし、それだけだったら実家の斜め向かいの魚屋さんのタリーの方が可愛いし胸も大きい。美人って言うなら学校のクレアさんの方が素敵だもの!
誤魔化さないでって言ったら、すごく照れながら『誰よりも幸せになるのを諦めてなかったから』って話してくれた。
ハリスは職業柄、他領に行く機会が多い。薬の卸もやっているのだ。
色々な町で、お前の所はイイよなとか、どうしたって抜け出せないんだよとか、一労働者である事を嘆く声が大半だったとか。
自分だって労働者だってと反論すると、学があるヤツは儲けが違うんだって、着てるモノどころか話し言葉すら違うって詰られたそう。
あたしの実家があるアリウム男爵領でも、そう嘆く人が多いのを知っていた。でも、あたしの近所のみんなは明るくて喧嘩っ早いけど人情溢れる楽しい人たちばかりだった。
不作の年は、店をどうにかしなくちゃいけないかもって困った事もある。まあまあはやってるウチの店でああだったのだ、小さいお店なんて大変だっただろう。
だからあたしは、少しでもみんなの助けになりたくて、独学で算術を覚えた。ボラれないように、契約書の内容を領で一番大きな図書館で、教えてもらいながら確認した。
怪しい取引じゃないか調べてからサインをするように決めたり、名前の書き方だって教えたりした。無理な場合は代筆もした。
そういうところを、ハリスはちゃんと見ててくれてたんだって、もうすぐお母さんになる今、知った。
「ミリアのこと、愛してる。だからずっと一緒に、もう少ししたらこの子と三人で、力を合わせて幸せを目指そう」
二度目のプロポーズ。ハリスは今更だなって眉を下げたけど、あたしは胸がいっぱいになった。
ありがとう、あたしを見てくれて。あたしもあたしの両親もあたしの住んでた町も認めてくれて。
まだ結婚してなかった頃、憧れた他領の生活。
結婚してからの、帰りたくなった実家のある町。
それぞれ良さがあるんだよって、今やっと実感する。
「赤ちゃんが生まれても、また誰かを羨ましく思ったらごめんなさい」
ちょっと辛くなれば、卑屈になったり嫉妬したりするかも。こんなお母さんで、こんなお嫁さんでごめんねハリス。
「馬鹿言え。ミリアは誰より、他人の良いところを探す名人だ。羨ましいって思ったら、羨ましい人に近付けるように、イイところを真似してみようって頑張ってるだけだ」
穏やかな叱責があたしを甘やかす。
「ミリアが愛想尽かさないように、俺頑張るな」
ぎゅっとあたしを包み込む腕。父さんみたいに力強い太い腕じゃない。けど、あたしを守る優しい腕。
単純な力だけが世界を守ってる訳じゃないって、習った。住民税がアリウム領より高いのは医療と教育を高めたからだし、福祉にも力を入れてるからだって、もうあたしは知っている。領主さまが悪どい人じゃないって知ってる。
グレージュ領にもアリウム領にもそれぞれ良さがあるんだよ、この子にも教えてあげようと思う。
隣の芝生は青い、ただ羨ましがっていても仕方ないのだから!
「ところで、俺のどこが決め手だったの?」
ニヤニヤしながらハリスが聞いてくる。
それこそ今更!って思うけど、この子が生まれてくる前に、教えてあげようかな。
とっても照れるけど、笑わないで聞いてね。
「ごめんください〜、あら、お邪魔だったかしら?イイわね〜ミリアさんは愛されてて!」
訪ねて来たお隣のカリユさんが苦笑いしてる。
そんな事言ってるけど、あたしカリユさんの旦那さんがカリユさん大好き!って、知ってるんだからね!
やっぱり隣の芝生は青く見えるみたい。ま、それはそれで良いんだけどね!
誤字報告ありがとうございます、いつも本当に助かります!