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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

同人作家の父 VS ラノベ作家の妹 VS 官能小説作家の母 息子SOS ~俺は普通な姉と2人で生きていくのでどうかおかまいなく~

作者: 狐の孫族

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!!」


 高校生である原黒 透(はらくろ とおる)はそう言い残しアパートの1室から学校に向かう。

 今この2LDKのアパートに暮らしているのは2人、透と透の姉である大学生の実葉(みつは)の2人である。


 とはいっても決して透の両親が他界してしまっているとか、遠くに引っ越してしまったというわけではない。未だに両親は実家で妹と一緒に暮らしているし、今暮らしているアパートも実家から徒歩5分かそこらの距離である。


  実葉も大学に入学して2年目、一人暮らしももう間もなく3年目に入ろうかと言うタイミングに透が転がり込んで来ており、そして奇妙な2人生活が始まったのであった。


 ではなぜ大学生の姉はともかくとして、高校生である透が姉と2人暮らしをしているのかと言うと、それは単純な話、家出だった。


 時は数か月前に遡る。



――ライトノベル大賞 最優秀賞受賞


 透の妹の織奈(しきな)が小説コンテストで大賞を受賞したというのだ。大して小説などに興味が無かった透は「確かに大賞はすごいが、学生絵画コンクールに入選した程度の話でしょ?」程度に思っていた。だから、その受賞の副賞を聞いた時はハッキリいってものすごく驚いたのだ。


――賞金 50万円、作品の書籍化


 さして興味の無い透でも悟った。妹はプロの小説家という狭き門を実力でこじ開けたのだと。


「すごいな、織奈!!」

「えっへっへ、ありがと、お兄ちゃん!!」


 透に頭を撫でられ、織奈も満更ではない様子であった。


「よし、副賞には敵わないだろうが、織奈へのお祝いだ。俺に出来る事までだが、何でもやってやるぞ!」

 一瞬それを横で聞いていた透の父が「ん?」と反応したが「父さんじゃない、織奈にだ、織奈に」と透は軽くあしらいながら織奈に「何かお願い事はないか?」と尋ねる。


 織奈は少し考える素振りをし、そして答える。


「じゃあ、お兄ちゃん女装して!! そして写真撮らせて!!」

「悪い、それは却下だ!!」

「冗談だって」


 こいつぅ、と妹と仲睦まじくやり取りをしていた透だったが、そのしばらく後にその言葉が冗談ではない事を知ることとなるのだった。


 数か月後、透は自分の読んでいる少年誌の漫画を買いに書店にやってきた。そしてそこで見つけたのだ、いや、見つけてしまった、というべきか。


 そこには書店の手作りの販促popでデカデカとこのように書かれていた。


――ライトノベル大賞 最優秀賞受賞作!! これを読まずにして愛を語るな!!


 なるほど、やはり妹もお年頃の女の子である。恋愛に対する思いが書店員にこう言わせるほどの愛のある作品を書いたのだろうと。


 普段はライトノベルだろうと小説と呼ばれるものを読まない透であったが、そこは可愛い妹のデビュー作ともなれば話は別。ちょっと読んでみようかとライトノベルの並んでいるコーナーに顔を出した……顔を出してしまったのである。


 そして、妹のデビュー作を見つけてしまった透は意識が飛んだ。そこにあるタイトルに衝撃を受け、困惑してしまったのだ。


――お兄ちゃんを男として見るのがダメなら、女装させて男の娘にしちゃえば問題ないよね!?

――著:ブラ☆ンコ


 少なくとも透にとっては問題大有りである。さらにツッコミどころはそこだけでは無かった。書籍についている「大賞受賞」とでかでかと書かれた金色の帯、ここにも無視出来ない情報が書かれていたのだ。


――母子の愛に溢れた関係を官能的に描くマショタ先生を継ぐサラブレッドの描く淫靡で退廃的な恋愛小説


(誰だよマショタ先生って。もしかして親父か? いや、それよりも……お兄ちゃんを女装させる?)


 受賞をお祝いするために何でもやってやるぞ、と言った時の事を思い出す。確かその時は……女装してと言われていたことを思い出し、透の背筋にゾクッと冷たい物が走るのを感じた。


 そして透は、それ以降織奈がちょっと大きめの服を色々と買い込んで居た事、その後その服を着ようとしていなかった事を思い出す。


……それ以降、透は妹の自分を見る目に恐怖を覚える事となった。



「あっはっは、織奈も本気にしてる訳ないじゃないか」

「そ、それなら俺を女装させたいって言ってたあれは?」

「まあ、作家として実物を見ないとピンとこない事もあったりするからな。取材用資料みたいなものだろう」


 あれから数日、居ても経っても居られずに透は父にその心の内をさらけ出し相談したところ、父は笑って透の考えを否定してくれた。


「いや、女装はさせられるのかよ」


 とりあえず妹から時折向けられているのではないかと思った怪しい視線自体は間違いではなかったものの、それは自分を女装させたいだけという健全な理由だったと聞いて透は胸を撫で下ろし……いやいや健全な理由じゃないぞと思い直した。


「なあ、父さんに聞きたい事がまだあるんだけど、マショタ先生って、父さんのこと?」

「違う違う。父さんはあまり字を読むのが好きじゃないからな」


 とりあえず「マショタ先生を継ぐサラブレッド」と言うのが本当の意味での血筋を指す言葉ではなさそうだ。きっと作風が似てる他の作者さんなのだろう、という事で透は素直に安堵しt


「マショタ先生ってのは、母さんが官能小説を書く時のペンネームだな」


 もっと悪い方向からの爆弾が飛んできた事で透はずっこける。


――バサバサバサッ


 あまりに派手に転んだ事で、父親の部屋の本棚から薄い本が大量に落ちてしまった。


「おいおい、大丈夫か? あー、これからちょっと打ち合わせで出かけなきゃいけないんだが……片付けは帰って来てからやるか」

「あ、俺がやっとくよ。時間取らせてごめんね、父さん」

「なに、可愛い(・・・)息子の悩み事ならいつでも聞くさ。片付けもムリそうならやらなくていいからな」


 父親はそう言って透の頭をポンポンと撫でると、出かけて行った。

 

「さて、この本? たちを片付けないとな……」


 落ちて散らばった本をまとめ、片付けていく透、だがすぐにその本の共通項に気が付く。


 全ての作者の名前が「原黒ナインティシックス」という人物によって描かれていたのだ。そしてそこには漫画が描かれていたのだが、表紙を見るに女の人が出ているような様子もない。だけれどもその本には透が興味を持ちながらも決して足を踏み入れた事の無い所によくある「18歳未満禁止」のマークが……


「!! ま、まさか!!」


 透はおもむろにその漫画のうちの1冊を広げ、そして……


『お、お父さん……い、いたくしないでね』


 そこには涙目で年上の男に何かを懇願する、男の子の絵が描かれていた。


 透はそのまま意識を失って倒れそうになるが、辛うじて踏みとどまる。


(そうだよ、まだこれを父さんが描いたと決めつけるのは早すぎる!! この人のファンなのかもしれないし、こういう作品を父さんが好きなだけかもしれないじゃないか!!)


 透はもはや自分を騙す事すら苦しいレベルの言い訳を心の中で繰り返しながら急いで本を片付け、母親に問う。ナインティシックスとは誰なのかと。


「あら、お父さんのペンネーム知らなかったのかしら? 原黒ナインティシックスと言ったらその筋では有名な作家なのよ?」


 透はもう、家族のだれも信じられなくなりそうだった。


 父さんは父と息子が、母さんは母と息子が、そして妹は兄と妹が恋愛のような事をする作品を発表しているとは……仮に冗談であったとしても多感な高校生としては気が遠くなる思いだ。


 だが……透にはまだ最後の砦がある事を思い出した。それは姉さんである実葉の事であった。そうして透は自らをクールダウンするため、家出をして姉の元にいく事としたのだった。



 そして透が実葉の元に転がり込んで来てからはや2か月。最初転がり込んで来た透をそのまま受け入れ、そして実家と連絡を取りしばらくの間実葉が預かる事となった。


 その間、実葉は考えていたのだ。実際に父も母も妹も透に甘いと。


 透だってもう一人の男として決断を出来る歳なのだ、それを透が優しいから、透が可愛いからと手元に置いておきたいなどと考えてしまっているのがまずいのだ。


 それに、たまに遊びに来るのであればいざ知らず、家族と離れて息子と娘が2人で暮らしているなんて事が世間的に健全とも思えない。


 今はまだ「ちょっと姉の元に泊まりに来た」で済むかもしれないが、これ以上長引くとお互いによろしくないだろう。


 自分としてももうそろそろ限界だと考えていた実葉は透と話し合いをする事としたのだった。


「ああもう、いっつもこういう透に説教じみた事をするのは私の役目だなぁ。貧乏くじ引かされすぎじゃないかな? もうそろそろ父さんと母さんと織奈に何か見返りもらってもバチ当たらないよね?」



「透、ちょっといいかしら?」


 その日の夜、透の作った夕食を堪能した後で実葉は透に改まった様子で声を掛ける。その声の様子から真面目な話をされると感じた透は素直に背筋を伸ばし、真面目な話をする体勢になる。


「これは別に説教とかではないんだけどね。透、貴方家にはいつ頃帰る予定かしら?」


 そう聞かれた透が顔を伏せたため、実葉は内心「しまった」と思っていた。


 別に透を詰問しようなどという考えはなかったのだが、ちょっと言い方がきつかったか? 追い払うような言い方になっていなかったか? と。


「うん……俺も分かってるよ。父さんも母さんも、俺達を養うために色々とやってくれてたって。織奈の作品も、面白かったから受賞したって。だから、気持ちが落ち着いたら帰らなきゃならないって分かってた」


「確かに多感な時期に一気に見せられてキツく感じたかもしれないわね。それでも、これだけは信じて大丈夫よ。父さんも母さんも織奈も、表面上は変に見えても透を家族として大事に思ってるから」


「最初はキツかったけど、それでもやっぱり家族だから……俺は帰るよ。ありがとう、姉さん」


 そう答える透の顔はもう迷いが無い晴れやかな表情となっていた。


「何お礼言ってるのよ。決めたのは貴方、私は背中を軽く押しただけ、そうでしょ?」


「やっぱり俺の背中を押してくれるのも本気で説教してくれるのも姉さんだけだね。父さんと母さんから説教を受けた覚えあまりないや」


「あら、それなら父さんと母さんに言っておくわよ。透がビシバシ怒られたいって言ってたって」


「そ、それはやめてよ姉さん」


 そんな事を言い合い、いつしか2人で笑い合う。透はもう大丈夫だろう、と実葉は思った。なんだかんだ言って、今まで透が笑顔を見せた時は家族皆の幸せが達成される前触れだったのだから。


 今回もきっと、皆が幸せになる結末になる。



 数日後、実葉は電話で実家の透と話をしていた。


「そう、ちゃんと謝って元通りになったのね、それはよかったわ」

『ありがとう、姉さんのおかげだよ。あの時背中を押してもらえなかったらズルズルと姉さんの所に居座ってたかもしれない』


 実葉はその言葉を聞き、思わず後悔しそうになるのを必死で抑え込む。なんだかんだ言って、透と2人の生活と言うのも悪くなかったのだ。


『……姉さん?』


 電話越しに透の心配そうな声が聞こえてくる。実葉が黙った事に対して違和感を感じたようだ。慌てて実葉は取り繕うように話を続ける。


「それで、父さんと母さん織奈とはどんな話したの?」


『父さんと母さんは『仕事の事を黙っててごめん』って言われたよ。でも織奈はヘソ曲げてた』


「なに、ちゃんと仲直りしたんじゃないの?」


『……女装させられて、写真撮られた』


「へぇ……女装か……」


『ちょ、変な想像しないでよ!!』


「あっはっは、ごめんごめん。ところで透……たまには遊びに来なさい。あんたの料理の腕、私が判定してあげるわ! あんたの肉じゃが美味しいから、ちゃんと作って持ってくる事!!」


『それ、姉さんが食べたいだけだろ!?』


 そんな透の近況報告を聞いた後、実葉は別の人物に電話をかける。


『もしもーし』


 妹である、織奈であった。


「もしもし、織奈あんた、透を虐めるの程ほどにしなさいよ」


『えー? だって、お兄ちゃん可愛いんだもん!!』


「透もお年頃なんだから、程ほどにしなさい!! あと透の女装写真も私にデータ送りなさいよ?」


『お姉ちゃん、もしかしてタダで寄越せとか言わないよね?』


「家に帰るよう説得したんだから、タダでいいでしょ!? 全く、父さんも母さんもあんたも感情ダダ漏れ過ぎなのよ。透が良い子だからいいものの、普通の男の子なら失踪してても何ら不思議じゃないわよ!!」


『はーい、それじゃ、この電話終わったら送るね』


「あ、あと母さんと父さんに言っておいてよ。さっさと姉と弟の話を書けと」


『自分で書けばいいじゃん』


「あんたらと違って私はそういうセンスないのよ!! センスが無いって意味では透とお揃いだからそこは嬉しいけどね」


『お兄ちゃんとお揃いだからいいじゃん!! ぶーぶー』


「いいから、さっさとデータ送りなさい」


 そう告げると実葉は電話を一方的に切る。


「全く、本当に可愛げのない妹ね。少しは透を見習えばいいのに」


 さて、と実葉はリビングから自室に向かう。もう夜であるのであとは寝るだけだ。流石に朝起きたら織奈から透の女装写真は送信されているだろう。それを見るのがとても楽しみなのだ。


――パタン


 実葉は自室に入る。部屋の中にはベッド、勉強用のデスクとその上に載っているノートパソコンが1つ、そしてクローゼットにドレッサーが鎮座している。床にはフカフカのラグと小さなテーブルが1つ。飾りと言える飾りは勉強用デスクにデジタルフォトフレームが1つとそれなりにシンプルだ。


……常人の頭が理解できる範疇では。


 問題は……部屋の壁一面に張り付けられているそれ(・・)。それはサイズの大小の差はあれど部屋の壁を埋め尽くすほどの勢いでびっちりと張り付けられ、壁だけでなく天井すらも埋め尽くさんとしている。


 それは、透の写真であった。幼少期からつい最近にいたるまでのあらゆる写真があるものはポスターサイズに引き延ばされ、またある写真はそのまま、壁に貼り付けられているのである。


 そんな常人であれば正気を失いそうな部屋の様子に全く動じる事も無く、実葉は布団をめくる。そこにあるのは透の写真をプリントされた抱き枕。


 その透抱き枕に顔を埋めながら実葉はここ数か月の思い出に浸る。


 透と2人で暮らしたこの数か月、それは透を愛しすぎる家族の中で自分が透を独り占め出来た至福の時間だったのだ。ただ同時に自制心との戦いでもあった。幸せをキープするのにも努力が必要だと思い知った出来事であった。


 そしてその時の透の言葉を思い出す。


「父さんも母さんも織奈も、あれが家族愛だと分かっていても愛が重過ぎる」


 そう、愛情表現が行き過ぎてなおかつ彼らの作家性がそれを作品にしてしまったのが透を怖がらせてしまった要因なのだ。だから実葉は思う。


 よかった、自分はまだ普通で。普通の姉として弟に頼られ、そして仲の良いただの姉弟の関係でいられていると。


 きっと今回の出来事から、透は家族の中で実葉を一番に頼ってくるようになるだろうと確信した。それが嬉しくて、実葉は悦びのあまり布団の上でジタバタと見悶える。


――大丈夫だよ、透。貴方に何があろうとも、家族で一番普通な私が味方だよ、だから……



――お姉ちゃんと、ずっと一緒だよ

ラブコメのプロットを作ってたはずが……

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