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王子の取り巻きの父親に転生しました ~戦場に美少女はいない、いるのは死神だけだ~  作者: 製本業者
茶会事変(中編)

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39. ワインの水割りで宴会しに転生しました

「よし、全部出せ。

各機、一本ずつどころじゃなかったみたいだが、もういい。城内の兵にも回せ。

ただし、飲むのは荷が片付いてからだぞ。――仕事を終えた者から順に」

「へいへい」

「了解」

「分かってますよ」


そう言いながら、騎士団の荒くれ者どもは、にやにや笑って革袋を城兵へ投げ渡していく。

さっきまで命懸けで戦っていた連中とは思えない手際の良さだった。


口の渇きは、恐怖を増やす。

喉が潤うだけで、人は“まだ生きている”と実感できる。


城内の兵が、恐る恐る杯を受け取る。

ひと口含んで――顔が、ほころぶ。


それは本当に、波紋みたいだった。

一人が息を吐き、隣が笑い、さらにその隣が肩を叩く。

泣きそうな顔で空を見上げる者。

樽を抱えたまま、何度も「本当に来た」と繰り返す者。

笑いと安堵が、石畳の上を転がるように広がっていく。


酒そのものの量は、大したことがない。

だが、“今ここで飲めるものがある”という事実は、想像以上に重かった。


戦場から持ち帰ったのは、芋とワインだけではない。

まだ戦える、という気分そのものだった。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


その様子を見ながら、私はふと口を滑らせた。

「……芋から酒、作れるかな」


ホンザが、間の抜けた声を上げる。

「芋で?」

ノルベルトまで真顔で振り向いた。

「芋って、あの芋ですか。食う芋」


「そうだ」

私は肩をすくめた。

「命の水の要領で作れるだろ」


一拍。

騎士団の面々が、揃って何とも言えない顔になる。


ラヨッシュが、嫌そうな顔のまま短く言った。


「また変なことを言い出した」

「変じゃない。糖があれば酒にはなる。後は――まあ、工夫だ」

そう言ってから、私は内心で少し首を傾げた。


実のところ、この世界では蒸留酒はもっと普及していてもおかしくない。

水は妙な魔法の影響で、熱してもなかなか素直に沸かず、ぐずぐずと過熱されたような状態に留まりやすい。氷もそうだが、液体の状態で維持しようとしているらしく、衝撃等が加わるといきなり蒸気や氷に変化する。

そのくせ、酒の気――アルコールの方は案外あっさり立つ。

つまり、鍋の中身を“煮立たせる”のは面倒なのに、“飛ばしたいものだけ飛ばす”のは、むしろやりやすいはずなのだ。

それと、前世ではメジャーでは無かったが、水を凍らせてアルコール度数を増やすと言うやり方も、衝撃を加えるといきなり氷が発生するのを利用したら、蒸留より安全に度数を上げる事も出来そうに思えるのだが。


考えてみれば、命の水(アクアビット)に類する強い酒がある以上、理屈そのものは知られている。

なら、芋だろうが麦だろうが果実だろうが、原料を変えて色々試していても不思議はない。


なのに、案外広まっていない。


職人の秘伝として囲い込まれているのか。

あるいは、強い酒ができると分かっていても、そこまで辿り着く前の発酵や火加減で皆が面倒になったのか。

もしくは単に、“飲めるものができた時点で満足する”から、その先を詰める物好きが少ないのかもしれない。


……まあ、最後の理由が一番ありそうだった。


テオドルが低く笑った。


「……“工夫”が一番怖い言い方ですね」

「安心しろ。今日はやらない」


私はそう言い切って、杯を一度だけ持ち上げた。


今日やるべきなのは、新しい酒を考えることではない。

“勝った”という事実を、城の内側に刻むことだ。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


ホンザが、杯を持ったまま、少しだけ声の調子を落とした。


「そういや、閣――いや、殿。

ご子息やご息女が生まれた時、誕生祝いってことで“子供達が振る舞った”ことにされた、って話がありましたよな」


ノルベルトが、すぐに頷いた。

「聞きました。

あれ、なんだかんだで格好いい話として残ってるんですよ。

それで『騎士団は子の杯で誓いを立てた』なんて言われてるらしくて」

「はぁ?」

思わず、間の抜けた声が出た。


ホンザが、妙に真面目くさった顔で続ける。

「ああ、領民が教えてくれたぞ。

“我が領主は普段は締まり屋だが、いざという時は気っ風がいい”ってな。

ついでに、その気っ風の良さは跡継ぎにも受け継がれるはずだ、って話までついていた」

ノルベルトが笑う。

「村の連中、そういう話を広げるの好きですからね。

でも嫌いじゃないですよ。実際、ご子息もご息女も、騎士団のところに来ると妙に馴染むし」

「馴染む、どころじゃないだろう」

テオドルが静かに挟んだ。

「ご息女はラヨッシュの膝で寝るし、ご子息はノルベルトの肩に乗って指揮官ごっこをする。

あれで愛着を持つなという方が無理です」

「ごっこ、じゃないぞ」

ノルベルトが、杯を持ったまま得意げに胸を張る。

「ちゃんと“パイルダーオン”までやったからな」

「そこは自慢するな」


私は呆れて返したが、完全には切り捨てられなかった。

事実、騎士団の連中はあの子達をよく可愛がっている。

“主人の子供だから”という義理だけではなく、もっと素直な情で。

だからこそ、ホンザの次の言葉は、冗談で済ませにくかった。


「なら、今回もそうしましょうや」

「……何をだ」

「名目上の指揮官ですよ。ご子息です」


私は、持ちかけられた意味を測りかねて、少しだけ眉を寄せた。

ホンザは、いかにも悪戯を思いついたような顔で続ける。


「今日の補給奇襲、名目上はご子息の初陣であり初勝利。

そう喧伝するんです。

“若君の勝利祝いとして酒が振る舞われた”――そう言えば、城内も領内も、一気に景気が良くなる」


ノルベルトが、すぐに乗った。


「それ、いいな。

どうせ本当に指揮したのは殿だけど、名目は別でも困らない。

それに、あの坊ちゃんが大きくなった時、“最初の勝利”って話がもう出来てるのは強い」


テオドルも、珍しく否定しなかった。

「悪くありません。

勝った事実に“継ぐ者がいる”という形を与えられる。

ただの食糧搬入ではなく、“家が続く勝利”になる」


私は一瞬だけ目を伏せた。


事実は半分だけだ。

子供が振る舞ったことにしたのは、大人の都合だった。

今回だって同じだ。名目上の指揮官にするのも、都合だと言えば都合だろう。

……まあ、前回は酔った勢いもあったが。


だが、伝承は都合でできる。

都合でできた伝承が、人を動かすこともある。


実際、あの噂が元で、息子が本来なら早すぎるはずの名誉特権を許された可能性だってある。

土地をすぐには与えられない代わりに、“家の次”としての顔だけは先に立つ。

変に名目とか名誉でごまかすのは、この国では珍しくない。


そして何より――騎士団がそれを本気で面白がり、本気で支える気でいるのが厄介だった。


「……お前たち、あの子を甘やかしすぎだろう」


私が低く言うと、ホンザが笑った。


「甘やかしてません。育ててるんです」

「同じだ」

「違いますよ」


ノルベルトが、やけにきっぱり言った。


「ご息子もご息女も、うちらに懐いてくれてる。

だったら、こっちも勝手に可愛がるだけです。

殿の子ってだけじゃない。――あの子ら、普通に可愛いんですよ」


ラヨッシュが、杯を口元に運ぶ寸前で、ぼそりと付け足した。


「……娘の方は、人の髭を引っ張るがな」

「ご息子はご息子で、人の肩に乗ると降りない」


テオドルまで淡々と続ける。


「そのまま指揮官面をする」

「似てるな」


ホンザがにやりと笑う。


「誰にだ」

「言わせるなよ」


笑いが、また小さく広がった。

私は額を押さえたい気分になりながらも、結局、杯を少しだけ上げた。


「……分かった。

今回は“ご子息の戦勝祝い”だ。そういうことにしておけ」


その瞬間、騎士団の空気がぱっと明るくなる。

まるで自分たちの子でも褒められたみたいな顔をするのだから、まったく始末が悪い。


ホンザが、妙に厳かな調子で杯を掲げた。


「よろしい。

では、若君の初勝利に」


ノルベルトが続ける。


「ついでに、姫君がそれを聞いて羨ましがる未来にも」

「余計なことを言うな」


私のツッコミを、城内に広がる笑いが飲み込んでいった。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


そして私は、杯を持った手を軽く上げ、城内の兵にも聞こえる程度に声を通した。


「よし。なら、今日は“嫡男の戦勝祝い”だ」


城内の兵が、何人もこちらを振り向いた。

息子の名前を口にしなくても、意味は伝わる。

“次”を示す言葉だ。

今日ここで物資が届いたことを、ただの一度きりの幸運ではなく、“この家はまだ続く”という形にして残す。そういう名目だった。


「この酒を振る舞う名目は、それだ。

今日の“勝ち”を、次へ繋げるためだ。――それに、おまえたちも、その方が嬉しいんだろう」


ホンザが、にやりと笑った。


「分かりましたとも。

ご子息の戦勝祝い――ってことで、しっかり飲ませていただきます」


「飲むのは城兵が先だ。おまえたちは仕事が終わってからにしろ」


私が釘を刺すと、騎士団が一斉に「はいはい」と笑った。

その笑いが、城の内側に広がっていく。杯が回り、言葉が回り、士気が回る。

そして、その輪の中心には自然と、私の“家”の名前が置かれていった。


私は、受け渡される革袋を見ながら声を足す。


「それと、ちゃんと水で割って飲めよ。今回はビールじゃない。ワインだ」

「ケチくさいことを」


ノルベルトが、すかさず頬を膨らませるような声を出した。


「ケチじゃない。

腹が空いたところへ、そのまま流し込んだら足に来る。

喉は潤っても、頭まで回ったら困る」


テオドルが、すぐに意味を汲んで頷いた。


「……補給は成功しましたが、まだ戦いそのものが終わったわけではありませんからね」

「そういうことだ」


私は、近くの兵に桶の水を持ってこさせ、木や金属の杯へ少しずつ注がれる赤い酒を見ながら続けた。


「ある程度酔っても良いが夜襲を受けるかもしれないし、門の補修も見張りも残ってる。

勝利って言うには、まだ早い」


その言葉に、城兵たちも神妙に頷いた。

誰も浮かれてはいない。

だが、喜ばしいと言う気持ちも嘘では無い。


「酔わない程度に酔えって、命婦デイムも無理をおっしゃる」


そんな事を言いながら、兵たちは木製や金属製の杯に酒を注ぎ、水で割っていく。



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