37. Your world will soon revive.な世界に転生しました
昼はまだ残っていたが、盆地の影は長く伸び始めていた。
陽が傾くと、城壁の稜線だけが妙に目立つ。――もうすぐ夕方になる。
「夜まで待たない」
私が言い切ると、騎士団の空気が少しだけ硬くなった。
「夜だと門が閉じる。開門の判断も鈍る。作業も危ない。
守衛が味方か敵かの判別も、暗くなるほど難しくなる」
そして、皆納得した。
だからこそ――今だ。
夕方前。
門番が“まだ仕事をしている”時間。
見張りの目が「慣れ」で弛み始める時間。
静かだが、完全な闇じゃない。
音も影も、まだこちらの手札になる。連結された牛車は三台。荷は削った。芋袋は最小限。嵩は後便へ回した。
そして――各甲冑の腕には、樽がひとつずつ。
「酒樽ってのが効くよな」
ノルベルトが笑った。声は抑えているのに、弾んでいる。
「効くさ」
ホンザが短く答えた。豪快な男が、今だけはやけに静かだ。
静かなのに、周囲を動かす圧がある。
テオドルが、最後にルートを確認する。
「直線ルート。門へ向かう道は広いが、見通しが良すぎます。
――つまり、撃たれる」
「撃たせる」
私は言い切った。甲冑の喉元に手を添え、声を“跳ねさせる”準備をする。
「撃たれて、耐えて、寄せる。寄ったら――外す」
ラヨッシュは返事をしない。
騎装馬型の甲冑の脚部が、微かに土を噛む音だけが返ってくる。
嫌そうな顔は、もう見えない。見えるのは、やる気のない無言ではなく、無駄のない無言だ。
「行くぞ」
合図は一つ。
私たちは“陽動”として、盆地へ落ちる街道のうち、一番分かりやすい直線を選んだ。
城門へ向かう、最も見られる道。最も撃たれる道。最も馬鹿に見える道。
だからこそ、通る価値がある。
――――――
盆地の底へ降りた瞬間、空気が変わった。
草と土と、人の匂いが濃くなる。
むしろ夜の方が、遠くまで響く。
「来たぞ!」
盆地の向こうで声が上がる。
見張りの旗印が揺れ、包囲の輪の点が線になる。
「――当たり前だ。見せに来てるんだからな」
私は甲冑の喉元に触れ、声を拡げた。
「鉄騎騎士団だ! 道を開けろ。酒だ!」
わざと馬鹿みたいな言い方をした。
敵の反応は早かった。
いや――“早いようで、遅い”反応だった。
「酒だと?」
「補給だ、止めろ!」
「城へ通すな!」
矢が飛ぶ。
弩の矢が甲冑の外装を叩き、火矢が地面を舐め、金属に火花が散る。
「右、二列! 狙いが甘い!」
テオドルの声が静かに走る。
狙撃手の目は、敵の“当てる気”と“外す気”を見分ける。
包囲の輪の兵は、こちらを止めたい。だが止めるためには、近寄らなきゃならない。
近寄れば――巻き込まれる。
「ホンザ! 押し切るな、耐えろ! 寄せろ!」
「分かってるよ!」
ホンザの甲冑がわざと一歩、踏み込む。
わざと前に出る。わざと目立つ。
樽が揺れる。樽の木が鳴る。
その“揺れ”が、敵の目を吸った。
「樽を落とせ!」
「補給を奪え!」
声が増える。火が増える。足音が増える。
包囲の輪が、“城門前”へ厚くなる。
――厚くなる場所が、ずれる。
私はその“ずれ”を待っていた。
城門へ最短で駆ける直線ルートから、敵の重心が少し外れる瞬間。
「今だ」
声に出さず、合図だけを送る。
それで充分だった。
……はずだった
――――――
ラヨッシュの騎装馬型甲冑が、連結した三台の牛車を引いて駆け出そうとした瞬間。
車輪が石を噛み、荷台が跳ね、軸が呻く。
動けば馬でも追いつけない速度になる。速度は凶器だ。凶器でこじ開けるつもりだった。
……その瞬間。
谷間の入口。城門へ続く最短の喉元に――“壁”が現れた。
旗印が揃っている。
外装が揃っている。
足並みが、揃いきれていないのに、そこだけ揃って見える。
親衛隊の甲冑の列が、まるで障害物みたいに、谷の口を塞いだのだ。
「……っ、停止!」
ラヨッシュの叫びが鋭い。
突っ込めば、こちらが壊れる。突っ込まれれば、門は閉じる。
私は即座に判断を切り替えた。
「ラヨッシュ、右へ! 荷を守れ!
――鉄騎騎士団、迎撃に回る!」
ホンザが笑うように吠える。
「よし。邪魔者をどかすぞ!」
ノルベルトが芋袋のことを思い出したように叫ぶ。
「芋が引き返すのは無しだぞ!」
「当たり前だ!」
私たちは、突進から迎撃へ切り替えた。
勢いを殺し、角度を変え、刃の向きを変える。
この切り替えの速さが、騎士団の強みだ。
谷間の入口に立つ親衛隊は、最初こそ整っていなかった。
隊列は揃っているが、動きが噛み合っていない。
盾はあるのに、出す角度がばらけ、間合いの取り方もまちまち――“精鋭”というより、急に集めた“飾り”に見えた。
(名目だけの壁か?)
そう思った私の判断は、半歩遅れていた。
テオドルが、静かに息を吐く。
「……まずは目を潰す」
弩弓が鳴った。
弩矢が一本、夕陽の線を引いて飛ぶ。狙いは隊列の要――号令を出しそうな位置。
一本で崩せる。崩せば、壁は瓦解する。
……はずだった。
――――――
その弩矢の前に、影が割り込んだ。
一機。
親衛隊の中心から半歩前へ出た甲冑が、右腕を伸ばす。
金属が鳴った。
弩矢が、右手の掌で受け止められた。
握り潰したのではない。止めた。
矢の勢いを“殺して”、地面へ落とした。
夕陽の中で、その右手だけが妙に静かだった。
「……受けた?」
ノルベルトが呟く。
あり得ない、という声ではない。理解できない、という声だ。
ホンザが歯を見せる。
「やるじゃねぇか」
私は、その甲冑を見た。
飾りがある。過剰ではないが、意思がある飾り。
そして、親衛隊の“中心”にいる気配。
「――カイル」
呼んだ瞬間、空気が変わった。
親衛隊の列が、いきなり“ひとつ”になった。
さっきまで噛み合っていなかった盾の角度が揃う。
脚の運びが同じ拍になる。
谷間の入口が、ただの障害物ではなく――“蓋”になる。
「……今ので揃えたな」
テオドルが低く言う。
「合図だ。あの手で、“今から本気だ”って示した」
ラヨッシュの騎装馬型が荷を守る位置へ下がりながら、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「……面倒だ」
私は頷いた。面倒だ。だからこそ――早く剥がす。
「ホンザ、左から割れ。ノルベルト、右で足を止めろ。
テオドルは射線を作れ。――私が芯を叩く」
「了解!」
返事が四つ、重なった。
騎士団はもう迷わない。
ホンザが豪快に踏み込む。
正面からではない。盾の角度が揃っているなら、角を突く。
“蓋”の端をこじ開ける。
ノルベルトは、その逆側へ回り込む。軽口は消え、目だけが冴えている。
動きは軽い。なのに、踏む場所が的確だ。敵の足場を潰す。
「――来るぞ!」
親衛隊が動いた。
今までの輪の兵とは違う。乱れない。
盾が前へ出る。後ろから槍が覗く。互いの間合いが一定で、押す力が“揃って”いる。
ぶつかった瞬間、金属が叫んだ。
ホンザの甲冑が盾の縁を叩き、火花が散る。
だが押し返される。押し返されるのに、崩れない。
崩れないのが、怖い。
ノルベルトが側面へ滑り込み、脚部を狙う。
だが親衛隊は、脚を守る動きも組み込んでいる。盾が下がり、槍が斜めに落ちる。
「ちっ……うまい!」
「うまいじゃねぇ。揃ってるだけだ!」
ホンザが笑いながら吐き捨てた。
揃っているだけで強い。戦場はそれを知っている。
「……指揮してる訳じゃないのか」
私は息を吐き、真正面から踏み込んだ。
だが、それ以上だ。
「名目だけじゃないってことか――」
まさか、将に将たる器を持ってるんじゃないよな。
――――――
カイルの甲冑が、こちらを見る。
視線があるわけじゃない。だが、見られている感覚がある。
“参謀の目”ではない。
“戦場の目”だ。
「――どけ」
私が言う。
親衛隊が、さらに押す。
谷間の入口が、完全に塞がる。
門へ向かう道が、消える。
だが――消させない。
私は身体を捻り、盾の角へ滑り込む。
正面で押し合うのは、相手の得意だ。
だから、角を叩く。継ぎ目を叩く。揃った隊列の“端”を壊す。
ホンザが吠える。
「そうだ! 端を割れ! 芯は後だ!」
ノルベルトが笑う。
「芋のために、端から剥がす! 嫌な騎士団だろ!」
「嫌で結構だ!」
金属が鳴り、土が跳ね、夕陽の光が火花に変わる。
親衛隊は揃っている。




