表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fw: 王子の取り巻きの父親に転生しました  作者: 製本業者
茶会事変(後編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/46

36. 飢え殺しさせないために転成しました

鉄騎騎士団が散ると、高台の空気が一気に“仕事”に変わった。

笑いは消える。手が動く。言葉は短くなる。

ホンザはまず、牛車列車の先頭へ歩きながら、さっきまでの儀礼めいた顔を引っ込めた。代わりに、団長の顔――乱暴に見えて、段取りだけは外さない顔になる。

「よし。抜くぞ。連結する牛車は――三台。多くするな。壊れる」

「二台じゃ足りねぇ。三台だ」

ラヨッシュが不機嫌そうに言いながら、荷台の縄を指で弾いた。

否定はしない。だが顔は、ずっと「やりたくない」だ。

テオドルは無言で車輪を覗き込んでいる。軸を撫で、木の乾き具合まで確かめているのが分かった。狙撃手の目は、こういう細部にもよく回る。

ノルベルトは荷台に登り、芋袋を軽く持ち上げては下ろしている。

「……これ、全部は無理だな。さすがに」

「無理だ。重いものは最小限。嵩張るものは後便」

俺が言うと、ノルベルトが「了解」と、やけに真面目な声で返した。

ホンザが牛車を一つ指差す。

「こいつ。軸が太い。車輪の鳴きも少ねぇ。荷台の組みも締まってる。――これを一台目」

「二台目は、こっちだな」

テオドルが静かに言った。

指差す先の牛車は、側板の補強が多い。木の癖も少なく、釘の打ち直し跡もある。手入れされてきた個体だ。

「三台目は……」

ノルベルトが候補を挙げかけた瞬間、ラヨッシュが、ぶっきらぼうに首を振った。

「それは駄目だ。車輪の癖がある。曲がる」

「分かるのか?」

「分かる」

ラヨッシュが言い切った。無骨で無愛想だが、機体を扱う者の勘は確かだ。

ホンザが笑う。

「ほらな。嫌そうな顔してても、こういう時は頼りになる」

「……褒めるな」

「褒めてない。事実だ」

ラヨッシュは不満げに鼻を鳴らし、それ以上は言わなかった。

否定できないからだ。そこがまた不機嫌を濃くする。

連結の準備が始まる。

縄をほどき、荷を降ろし、軸に負担が偏らないよう積み替える。連結用の金具を持ってきて、牽引点を揃える。

やるべきことは多いのに、騎士団の手は迷わない。……こういうところが腹が立つほど、頼もしい。

テオドルがふと顔を上げた。

「……そういえば。水は?」

「水?」

「兵糧攻めでも、水があるなら籠城は長引きます。

城内に、まともな水源があるのかどうか」

俺は、丘の上の城塞都市を見上げた。

市街の中心、石畳の広場――そこに、白い点が見える。噴水だ。

「ある。城内に噴水がある」

「噴水?」

ノルベルトが目を丸くする。

「飲めるのか?」

「飲める。飲料水だ」

俺は指で城塞都市の中心を示しながら、淡々と続けた。

「噴水の水は、地面に埋められた用水で運ばれてきてる。

上流を押さえれば止められる、って単純な話じゃない。地下に回されてるから、破壊するのも簡単じゃない」

テオドルが、ゆっくり頷いた。

「……なるほど。だから包囲の輪が厚いのですね。水があるなら、急がせるには“食い物”を絞るしかない」

ホンザが、少しだけ声を落として付け足す。

「井戸もあるらしい。男爵領にしちゃ、備えがいい」

「じゃあ――」

ノルベルトが納得したように言いかけ、ラヨッシュがぶっきらぼうに結論を奪った。

「だから兵糧攻めにしたんだろ。水が落ちないなら、腹を落とすしかねぇ」

「そういうことだ」

俺は頷いた。

水が残る城は、折れにくい。

だから、飢えを作る。飢えは、水ほど即効性はないが、心に効く。

ホンザが肩を鳴らす。

「ますます芋が大事になったな。……閣――」

「言うな」

ホンザは笑いを噛み殺したまま、わざとらしく両手を上げた。

「はいはい。分かった。……団長命令だ。芋袋、最優先で積め」

「団長、結局それで煽ってるだろ」

「煽ってない。士気だ」

「士気は分かる。だが俺が引くのか」

ラヨッシュが、また嫌そうに言った。

「お前以外にいない」

「……分かってる」

ラヨッシュは渋い顔のまま、騎装馬型甲冑へ向かう。

金具を確かめ、脚部の固定具を締め直し、牽引具の位置を調整する。

嫌そうなのに、手は真面目だ。そこがまた腹立たしく、同時に安心できた。

俺は最後に、連結された三台を見て、息を吐いた。

「……夜だ。

あの輪の綺麗さは、綺麗なままじゃ崩れない。――だから、力で崩す」

ホンザが短く頷く。

「力業の奇襲。単純で、一番嫌なやつだな」

テオドルが静かに言う。

「単純だからこそ、対応が遅れる」

ノルベルトが芋袋を叩いて笑った。

「対応が遅れてる間に、芋が城門を通る。最高だな」

「最高なのは結果だ」

俺は言い切り、城門の位置を見据えた。

「――ただし、突入は即行だ」

一拍。空気が止まる。

「……は?」

ノルベルトが間の抜けた声を漏らし、ホンザが眉を上げた。

テオドルは口を開きかけ、ラヨッシュは嫌そうに鼻を鳴らす。

俺は先回りして続けた。

「夜に城門は開きにくい。

暗い中で門を開ける作業は危ないし、向こうも慎重になる。そもそも守衛が味方か敵か――一瞬で判別できない」

「確かに……」

テオドルが、ゆっくり頷く。

「闇の中で門番を見分けるのは難しい。誤って斬れば味方を潰すし、迷えば敵に時間を与える」

ホンザが歯を見せて笑った。

「つまり、門で揉める時間が一番危ねぇ」

ラヨッシュが、渋々という顔で吐き捨てた。

「……だから、門を“開けてもらう”んじゃなく、“こじ開ける”」

「そうだ」

俺は頷いた。

「開門の儀礼は後でいい。まず荷を入れて、城内の胃袋を立て直す。

――門番の顔を見るのは、その次だ」

ノルベルトが芋袋を撫で、しぶしぶ笑う。

「……分かった。夜だと、真面目な話が増えるな」

俺は合図の方向を指し示す前に、ふと思いついたことを口にした。

「……なぁ、ホンザ。酒樽くらい持っていけば、士気は爆上がりするかな?」

一拍。

それから、騎士団の顔が一斉に明るくなる。

「その発想は好きだ、閣……じゃなくて、ええと――」

ノルベルトが言いかけて、慌てて言葉を飲み込む。だが口元は緩みっぱなしだ。

ホンザは豪快に笑った。

「正解だ。腹が満ちりゃ心が折れねぇ。そこに酒が来りゃ――折れるのは敵の方だ」

テオドルが珍しく、真面目な顔のまま同意する。

「少量でも効果は大きいでしょう。負傷者にも“生きる理由”が増える」

「綺麗な水があるなら、麦酒エールより葡萄酒ワインを水で割って飲む方が喜ばれそうだな」

ラヨッシュは嫌そうな顔を崩さないまま、短く言った。

「樽は重い」

「分かってる。だから一体に一樽だけ。最悪、最後は捨てる」

「捨てるな」

ノルベルトが即座に突っ込む。

「……分かった。夜には芋で一杯と言う訳だな」

「その通りではあるが……真面目にやれ」

俺は合図の方向を指で示す。

「行くぞ。準備が整ったら合図は一つ。

――駆けろ、ラヨッシュ」

ラヨッシュは振り返らず、低く返事だけを落とした。

「……ああ」

風が冷たく、盆地の底は暗くなり始めていた。

ここからが、本番だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ