36. 飢え殺しさせないために転成しました
鉄騎騎士団が散ると、高台の空気が一気に“仕事”に変わった。
笑いは消える。手が動く。言葉は短くなる。
ホンザはまず、牛車列車の先頭へ歩きながら、さっきまでの儀礼めいた顔を引っ込めた。代わりに、団長の顔――乱暴に見えて、段取りだけは外さない顔になる。
「よし。抜くぞ。連結する牛車は――三台。多くするな。壊れる」
「二台じゃ足りねぇ。三台だ」
ラヨッシュが不機嫌そうに言いながら、荷台の縄を指で弾いた。
否定はしない。だが顔は、ずっと「やりたくない」だ。
テオドルは無言で車輪を覗き込んでいる。軸を撫で、木の乾き具合まで確かめているのが分かった。狙撃手の目は、こういう細部にもよく回る。
ノルベルトは荷台に登り、芋袋を軽く持ち上げては下ろしている。
「……これ、全部は無理だな。さすがに」
「無理だ。重いものは最小限。嵩張るものは後便」
俺が言うと、ノルベルトが「了解」と、やけに真面目な声で返した。
ホンザが牛車を一つ指差す。
「こいつ。軸が太い。車輪の鳴きも少ねぇ。荷台の組みも締まってる。――これを一台目」
「二台目は、こっちだな」
テオドルが静かに言った。
指差す先の牛車は、側板の補強が多い。木の癖も少なく、釘の打ち直し跡もある。手入れされてきた個体だ。
「三台目は……」
ノルベルトが候補を挙げかけた瞬間、ラヨッシュが、ぶっきらぼうに首を振った。
「それは駄目だ。車輪の癖がある。曲がる」
「分かるのか?」
「分かる」
ラヨッシュが言い切った。無骨で無愛想だが、機体を扱う者の勘は確かだ。
ホンザが笑う。
「ほらな。嫌そうな顔してても、こういう時は頼りになる」
「……褒めるな」
「褒めてない。事実だ」
ラヨッシュは不満げに鼻を鳴らし、それ以上は言わなかった。
否定できないからだ。そこがまた不機嫌を濃くする。
連結の準備が始まる。
縄をほどき、荷を降ろし、軸に負担が偏らないよう積み替える。連結用の金具を持ってきて、牽引点を揃える。
やるべきことは多いのに、騎士団の手は迷わない。……こういうところが腹が立つほど、頼もしい。
テオドルがふと顔を上げた。
「……そういえば。水は?」
「水?」
「兵糧攻めでも、水があるなら籠城は長引きます。
城内に、まともな水源があるのかどうか」
俺は、丘の上の城塞都市を見上げた。
市街の中心、石畳の広場――そこに、白い点が見える。噴水だ。
「ある。城内に噴水がある」
「噴水?」
ノルベルトが目を丸くする。
「飲めるのか?」
「飲める。飲料水だ」
俺は指で城塞都市の中心を示しながら、淡々と続けた。
「噴水の水は、地面に埋められた用水で運ばれてきてる。
上流を押さえれば止められる、って単純な話じゃない。地下に回されてるから、破壊するのも簡単じゃない」
テオドルが、ゆっくり頷いた。
「……なるほど。だから包囲の輪が厚いのですね。水があるなら、急がせるには“食い物”を絞るしかない」
ホンザが、少しだけ声を落として付け足す。
「井戸もあるらしい。男爵領にしちゃ、備えがいい」
「じゃあ――」
ノルベルトが納得したように言いかけ、ラヨッシュがぶっきらぼうに結論を奪った。
「だから兵糧攻めにしたんだろ。水が落ちないなら、腹を落とすしかねぇ」
「そういうことだ」
俺は頷いた。
水が残る城は、折れにくい。
だから、飢えを作る。飢えは、水ほど即効性はないが、心に効く。
ホンザが肩を鳴らす。
「ますます芋が大事になったな。……閣――」
「言うな」
ホンザは笑いを噛み殺したまま、わざとらしく両手を上げた。
「はいはい。分かった。……団長命令だ。芋袋、最優先で積め」
「団長、結局それで煽ってるだろ」
「煽ってない。士気だ」
「士気は分かる。だが俺が引くのか」
ラヨッシュが、また嫌そうに言った。
「お前以外にいない」
「……分かってる」
ラヨッシュは渋い顔のまま、騎装馬型甲冑へ向かう。
金具を確かめ、脚部の固定具を締め直し、牽引具の位置を調整する。
嫌そうなのに、手は真面目だ。そこがまた腹立たしく、同時に安心できた。
俺は最後に、連結された三台を見て、息を吐いた。
「……夜だ。
あの輪の綺麗さは、綺麗なままじゃ崩れない。――だから、力で崩す」
ホンザが短く頷く。
「力業の奇襲。単純で、一番嫌なやつだな」
テオドルが静かに言う。
「単純だからこそ、対応が遅れる」
ノルベルトが芋袋を叩いて笑った。
「対応が遅れてる間に、芋が城門を通る。最高だな」
「最高なのは結果だ」
俺は言い切り、城門の位置を見据えた。
「――ただし、突入は即行だ」
一拍。空気が止まる。
「……は?」
ノルベルトが間の抜けた声を漏らし、ホンザが眉を上げた。
テオドルは口を開きかけ、ラヨッシュは嫌そうに鼻を鳴らす。
俺は先回りして続けた。
「夜に城門は開きにくい。
暗い中で門を開ける作業は危ないし、向こうも慎重になる。そもそも守衛が味方か敵か――一瞬で判別できない」
「確かに……」
テオドルが、ゆっくり頷く。
「闇の中で門番を見分けるのは難しい。誤って斬れば味方を潰すし、迷えば敵に時間を与える」
ホンザが歯を見せて笑った。
「つまり、門で揉める時間が一番危ねぇ」
ラヨッシュが、渋々という顔で吐き捨てた。
「……だから、門を“開けてもらう”んじゃなく、“こじ開ける”」
「そうだ」
俺は頷いた。
「開門の儀礼は後でいい。まず荷を入れて、城内の胃袋を立て直す。
――門番の顔を見るのは、その次だ」
ノルベルトが芋袋を撫で、しぶしぶ笑う。
「……分かった。夜だと、真面目な話が増えるな」
俺は合図の方向を指し示す前に、ふと思いついたことを口にした。
「……なぁ、ホンザ。酒樽くらい持っていけば、士気は爆上がりするかな?」
一拍。
それから、騎士団の顔が一斉に明るくなる。
「その発想は好きだ、閣……じゃなくて、ええと――」
ノルベルトが言いかけて、慌てて言葉を飲み込む。だが口元は緩みっぱなしだ。
ホンザは豪快に笑った。
「正解だ。腹が満ちりゃ心が折れねぇ。そこに酒が来りゃ――折れるのは敵の方だ」
テオドルが珍しく、真面目な顔のまま同意する。
「少量でも効果は大きいでしょう。負傷者にも“生きる理由”が増える」
「綺麗な水があるなら、麦酒より葡萄酒を水で割って飲む方が喜ばれそうだな」
ラヨッシュは嫌そうな顔を崩さないまま、短く言った。
「樽は重い」
「分かってる。だから一体に一樽だけ。最悪、最後は捨てる」
「捨てるな」
ノルベルトが即座に突っ込む。
「……分かった。夜には芋で一杯と言う訳だな」
「その通りではあるが……真面目にやれ」
俺は合図の方向を指で示す。
「行くぞ。準備が整ったら合図は一つ。
――駆けろ、ラヨッシュ」
ラヨッシュは振り返らず、低く返事だけを落とした。
「……ああ」
風が冷たく、盆地の底は暗くなり始めていた。
ここからが、本番だ。




