35. 電車ごっこをさせたくて転生しました
「作戦の前に、ひとつ“面倒な情報”がある」
「面倒?」
「敵の名目上の総司令官。……第一執政卿の二男、カイルだ」
その名は聞いている。だがホンザは、そこで一拍――わざと溜めた。
「でな。あいつ、迷人らしい」
「……迷人だって?」
私が問い返すより先に、ノルベルトが首を傾げた。
「なんか、それ……どっかで聞いたことある。共和国で仕事してた頃、子供がませた口で、こそこそ言ってたやつだ。
『王子様って、迷人なんだってさ』……って」
ラヨッシュとテオドルは、揃って無言だ。知らない顔をしている。――そもそも、迷人という言葉自体を知らないのだろう。
ホンザが、わざとらしく偉そうに頷いた。
「貴族連中と腹の探り合いをしてると、たまに耳に入る。
迷人ってのは――異世界から来たとか、死んで生まれ変わったとか、そういう話を“自分で言う”連中の呼び名だ」
「……なるほど」
二人が頷くのを横目に、腹の底で、嫌なものが繋がった。
こっちの常識から一歩外に立てる人間。しかも、それを隠さず名乗るタイプ。……厄介だ。
下手をすると、いや――下手をしなくても、何かしらの「こちらにない知恵」を持っている。
ゲームだけでなく攻略本とかそういった“先を読める”手札を抱えている可能性が高い。
カイルが迷人だというなら、さっきの綺麗な包囲の輪にも説明がつく。
ノルベルトが、ふと私の顔を覗き込む。
「……でもさ。閣――」
「後、閣下は止めろ」
言い切った瞬間、空気が一段ぬるくなった。
ホンザがニヤつく。
「えー?」
ノルベルトも、笑いを堪えながら追撃する。
「だって『命婦』なら、閣下でしょ」
ラヨッシュまで、口の端だけ持ち上げた。
「……似合ってる」
テオドルは真顔のまま、淡々と刺す。
「呼称が定着しているなら、運用上は――」
「面白がってるだけだろ!」
私が怒鳴ると、四人とも渋々、肩をすくめた。
渋々だが、顔はニヤニヤしたままだ。
「はいはい。じゃあ、いつも通りでいくか」
ホンザが掌を振る。
「ただし、たまに呼ぶ。茶化すために」
「呼ぶな」
「呼ぶ」
「……畜生」
私が睨むと、ノルベルトが「すまんすまん」と言いながら、全然すまなそうに笑った。
――この流れ、前にもあった気がする。女騎士じゃねぇって怒鳴り返したいのを必死にこらえたやつ。
ホンザが咳払いをして、話を戻した。
「で――『迷人』のカイルだがな。
あいつ、兵糧攻めを“戦場”でやってねぇ」
「……どういう意味だ」
「お前んとこの家令が教えてくれた情報なんだが……
綿花とか茶みてぇな換金作物に、じわじわ転作させてる。
金をちらつかせて領内の腹を薄くする。
――その上で、金を積まれても穀物を出さない。輸送も締める」
テオドルが、一度だけ目を細めた。
「……戦より先に、社会を折る手ですね」
ラヨッシュが短く吐き捨てる。
「エグいな」
私は内心で、別の城を思い浮かべた。飢えで落ちた城。
だが、これは城だけじゃない。土地ごと胃袋を細らせるやり方だ。
(鳥取城よか、エグいぞ)
褒めたくはない。だが、褒めるしかない。
――厄介な相手だ。
「……それはさておき」
私は息を吐き、苛立ちを押し込めるように言った。
「なんでヴォイチェフは、私に直接言わないんだ。伝えるなら伝えるで、さっさと来りゃいいだろ」
ホンザが、肩をすくめて笑った。
あの豪快な顔のまま、妙に“それっぽい口真似”をしてみせる。
「『騎士団を持つ領主ともなれば、騎士団長に情報を伝えるのが筋でしょうな』――だとよ。
いつもの気取った調子でな」
「……あいつ」
舌打ちは飲み込んだが、声の端が鋭くなったのは隠せない。
ノルベルトが、わざとらしく同情する声を出す。
「筋って便利だよなぁ。筋って言えば何でも通る」
「お前は煽るな」
「煽ってない煽ってない。ほら、あれだ。礼儀ってやつ?」
ホンザが笑い、ラヨッシュが低く唸る。
「礼儀の話なら、後で殴っとけ」
「殴らない」
テオドルが淡々と結論を添えた。
「ただ、筋は筋として使えます。
情報の伝達経路が決まれば、次から早くなる」
「……そういう面倒なところだけは有能だな、うちの家令は」
私は城塞都市へ視線を戻し、包囲の輪を指でなぞった。
ノルベルトが、急に真面目な目をする。
「……なぁ。じゃあ、あいつってさ“こっちにない情報”を持ってる可能性がある、ってこと?」
「あるだろうな」
私が言うと、ホンザがニヤつきを少しだけ引っ込めた。
「それだけじゃねぇ。
迷人って言葉が出る時点で、“知ってる連中”が周りにいるってことだ。
……因みにあんたも、その可能性を疑われてる」
「私が?」
「記憶が戻ってない迷人かもしれない、ってな。
お前、時々“変な例え”を混ぜるだろ。しかも妙に筋が通ってる」
テオドルが、真顔で頷く。
「俺も、たまに思います。あなたの比喩は、ここの常識と少しずれている」
ラヨッシュがぶっきらぼうに付け足す。
「だが、使える。だからいい」
ノルベルトが、また茶化しかけて、私に睨まれて口を閉じた。
「……で、閣――」
「言うな」
「はい」
ホンザが、わざと明るく手を叩いた。
「よし。話は終わり。作戦に戻すぞ」
私は地形に視線を戻し、盆地へ落ちる三本の街道を指でなぞった。
「作戦は単純なほど成功率が上がる。
要するに――荷を城門まで届けりゃ勝ちだ」
ラヨッシュが短く頷く。
「で、どう届ける」
「お前の騎装馬型甲冑で、牛車の荷車を引く」
一拍、空気が止まった。
ラヨッシュの眉間だけが、露骨に寄った。
「……牛車全部か?」
「全部じゃない。選ぶ。丈夫そうな荷車を数台だけ。
牛車列車の中から“持つ”個体を抜き、連結して――お前に引かせる」
テオドルが頷いた。
「なるほど。牛や馬より速い。速度が出せるなら、包囲の輪に穴を開けられる」
「奇襲は速度が命だ」
私が言うと、ノルベルトが即座に返す。
「でも台車が、速度に耐えられるか?」
「だから選ぶ。軸が太いの、車輪の鳴きが少ないの、荷台の組みが締まってるの。
それと――荷も分ける。重い芋袋は最小限、嵩張るものは後便に回す」
ホンザが笑って、儀礼めいた調子で頷いた。
「理屈は分かる。届けりゃ勝ち。
『迷人』が政治で締めるなら、こっちは現場でねじ込む。――いけるな?」
私は、いやそうに顔を歪めているラヨッシュへ視線を向けた。
否定はしない。だが、心底やりたくない――そういう顔だ。
「……理屈は通ってる」
ラヨッシュが、渋々認めるように吐き捨てた。
「だろ?」
「だが私が引くのか」
「お前以外に誰がいる」
ラヨッシュは一瞬、言い返しかけて――やめた。
作戦自体は妥当だ。だから否定できない。そこが余計に腹立たしいのだろう。
私は盆地の冷たい風を吸い込み、吐く。
「いける。
ただし――次に“閣下”って呼んだやつは、芋袋二つな」
四人が一斉にニヤついた。
「……はいはい、分かったよ、閣――」
「言うなっ!」
笑いを噛み殺したまま、鉄騎騎士団は散った。
ふざけているように見えて、手は止まっていない。
その切り替えの早さだけは――毎回、腹が立つほど頼もしい。




