34. 作戦を練りに転生しました
高台の稜線に沿って牛車を止めると、車輪が乾いた土を噛んで軋んだ。
眼下には、盆地状の領地が広がっている。中央よりやや共和国側に寄った小高い丘――そこに、セレルナ男爵領の城塞都市が鎮座していた。
男爵領にしては、やけに硬い。
堀と城壁が市街ごとを抱え、門は絞られ、角には矢倉。戦の常連が、ちゃんと金と手間を払って積み上げた形だ。規模は小さいのに、造りが“本気”だった。
「……思ったより、ちゃんとした牙城じゃねぇか」
牛車の脇で、団長ホンザが肩を鳴らした。
野蛮な笑い方をするくせに、視線は変に冷静で、城壁の継ぎ目や堀の幅を見ている。
通称『鋼馬』のサー・ホンザ・マサリク。鉄騎騎士団の頭だ。
「歯が揃ってるだけに、折るのは面倒だな。――男爵閣下、どうする?」
「状況確認だ。……まず、敵影は?」
私は甲冑の胸郭を鳴らしながら、牛車から地面へ降りた。
甲冑の喉元の仕掛けに触れ、丘へ向けて声を出す。音が跳ねて伸びる。ありがたいが、便利すぎて腹が立つ時もある。
「城壁の外周に点がある。……包囲だな」
「街道に兵を散らしてねぇ。盆地の入口を軽く押さえて、城だけ締め上げる気だ」
低く唸ったのはラヨッシュだ。騎装馬型の甲冑を扱う大男で、顔も声も無愛想だが、言ってることはいつも実務的だ。
「盆地への街道は三か所、でしたっけ」
テオドルが言った。磁器だの焼きだのの話をしている時は職人そのものなのに、いざ戦の匂いがすると目が変わる。狙撃手の目だ。
「一本を完全に押さえりゃ、残りは入口に見張り置くだけで足りる。逆包囲は受けにくい地形。……理屈が通ってる」
「理屈が通ってる包囲ほど、たちが悪いんだよなぁ」
ノルベルトが、のんきに肩をすくめた。
普段はうちの長男を肩に乗せて「パイルダーオン!」なんて遊んでやる男だが、戦場では別人になる。軽口の奥に、妙な勘がある。
「――で、閣下。こっちの牛車、誰が面倒見る?」
ホンザが、牛車の列へ目をやった。
いつもなら従者がやるような、荷の固定、馬の手綱、梱包の点検。だが今回は、それをやる“手”が足りない。
「……そうだな。今、従者役が抜けてる」
「抜けてるどころか、いねぇんだろ」
ラヨッシュがぶっきらぼうに言い、荷台の縄を指で弾いた。
「まったく。全員が甲冑持ちってのも、こういう時は善し悪しだな」
私は吐き捨てるように言った。
「募集中だ。……従者ポジは、軍場に入ると一番忙しい」
「じゃあ、貼り紙するか?」
ノルベルトが笑って言う。
「『僚兵』募集。条件は――牛車に強く、口が堅く、芋に詳しい、だな」
「条件、最後だけ妙に具体的だな」
「だって芋は大事だろ? 今回の主役なんだし」
「主役は私たちだ」
ホンザが言い切って、にやりと笑った。
豪快なようで、こういう“締め”の一言だけは妙に儀礼的に決める。腹立たしいくらいに。
私は視線を城へ戻した。包囲は、城を落とすためだけじゃない。城内の心を折るための包囲だ。
だから――折れないようにする。食糧を入れる。芋袋を入れる。
「……ところで閣下」
テオドルが、何でもない調子で言った。
「さっきから、団長が『男爵閣下』って呼んでるのに、周りの敵影がこっち見てる気がするんですが」
「見てるだろ。甲冑が動けば目立つ」
「いや、そっちじゃなくて」
テオドルが、私の甲冑の腰回りを指で示す。
黄銅の外装。しなやかな曲線。母が駆った機体――あの、誤認の元凶。
ホンザが、わざとらしく咳払いをした。
「……男爵閣下。最近、共和国の連中が、閣下のことを“固有名詞”みたいに呼んでるって噂がある」
嫌な予感がした。
私は黙って、首だけを向けた。
「そういや、今更だが、なんでお前等突然『閣下』呼びなんだ?」
「そりゃまあねぇ」
ラヨッシュが、面倒くさそうに言う。
「『命婦』だからだろ」
「おい」
ノルベルトが、楽しそうに続ける。
「しかもさ、本人が男だって分かった上で、だぞ。命婦って呼び方が固定されて、それがこっちに逆輸入されてるらしい」
「おい、お前ら」
私は甲冑の中で額を押さえたくなった。
――確かに、心の中では「このままだと誤認されるだろう」と思っていた。
だが、現実は一段ひどい。
誤認どころじゃない。もう名前として定着している。
ホンザが、楽しそうに肩を揺らす。
「いやぁ、閣下。悪口を仇名にするのは、この国の伝統でもある。つまり誉め言葉ってやつだ」
「共和国発の仇名を、伝統で正当化するな」
「伝統は便利だろ?」
ホンザが堂々と言い、指を折った。
「昔の王が共和国と互角に渡り合ったのは、忠臣が四人いたから。しかも常に二人は揃ってた。――仇名も立派だった」
ラヨッシュが低く続ける。
「『謀反人』」
テオドルが淡々と重ねる。
「『おべっかつかい《シコファント》』」
ノルベルトが、わざと陽気に言う。
「『脳筋』」
ホンザが最後を締めた。
「『悪代官』」
「……全員、忠臣なんだよな、それ」
「だからこそ悪口で縛る。褒めりゃ慢心する。敵の目も逸らせる。ついでに本人も油断しねぇ」
ホンザは、笑いながらも目だけは真面目だった。
「……で、幕領団の連中は?」
私が聞くと、ノルベルトが肩をすくめる。
「自称してるらしいぞ。『能なし《バングラー》』って」
「自分から言うな……」
「でも周りも“その通り”って思ってるから、何も間違ってない」
「笑えねぇな」
「笑えないのに笑える。だから、あいつらはタチが悪いんだよ」
ホンザが、口元だけ歪めた。
私は息を吐き、城を指した。
「……いいか。あの包囲は“心を折る”包囲だ。だから、折れないようにする。食い物を入れる」
荷台の芋袋を見る。
地味だが、盆地の中では希望になる。
「準備はいいか。ここから先は、運が悪い前提で動く」
ラヨッシュが短く頷く。
「運が良けりゃボーナス。悪運が来ても予定通り、ってやつだな」
「そうだ」
ホンザが、いつもの豪快さで笑った。
「よし。なら――行こうぜ、『命婦』殿」
「言うなっ!」
笑いが短く跳ねた。
だが次の瞬間、騎士団の空気は切り替わる。
ふざけながらも手は抜かない。そういう連中だ。
私は高台の縁へ一歩踏み出し、盆地へ降りる道を見下ろした。
運が悪いのは前提。だから勝つ。
ここからが、本番だ。
高台を離れ、私たちは甲冑を少し後ろに下げた。
見晴らしの利く岩場まで歩き、陣中鎧の身軽さで輪の内側――城塞都市と街道を、肉眼で舐めるように見る。
甲冑で目立つのは最後でいい。今は、目が欲しい。
「……門は二つ。堀は深いが水は薄い。外周の見張りは“面”じゃなくて“輪”だな」
ホンザが、指で空に線を引く。豪快な口のわりに、観察は細かい。
ラヨッシュが、ぶっきらぼうに鼻を鳴らした。
「輪が綺麗すぎる。現場任せじゃないな」
テオドルは、いつもの“狙撃の目”で丘の陰を追う。
「入口の三本――どれも“通れる”ように見せて、どれも“通したくない”配置です。
夜なら目は鈍るが、鈍ったぶん、罠が増える」
ノルベルトがのんきに言う。
「夜なら私は夜食が欲しい。芋で」
「芋は後でいい。まず作戦だ」
私が言うと、ホンザが肩を鳴らして笑った。
最近一人称が俺の作品ばっかだったんで、Fwの主人公が一人称私だったこと、みごとに忘れてました(汗




