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Fw: 王子の取り巻きの父親に転生しました  作者: 製本業者
茶会事変(後編)

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33.4 本当は33.5じゃ無いのかと突っ込みたくなる転生者

窓外には霧が立ち込めていた。

湿った冷気の中で、かすかに土と木の匂いが混じる。ここは最前線から少し後方に設けられた指揮幕舎──共和国軍の臨時司令本部である。


その中央、折りたたみ式の軍用机の上に、地図と報告書が広げられていた。


「はぁ……また報告書の山か。頭痛がしてくるな」

背もたれの深い椅子に凭れながら、若い男が気だるげに呻いた。

軍服は着崩し、手元の紅茶はすっかり冷めている。

その中心、臨時司令本部の一角。折り畳まれた地図の上に、茶のしみが滲んでいた。


「はぁ……俺、やっぱりヤンにはなれなかったかぁ」

背もたれの深い椅子で頭を抱えながら、ぼやくように呟いた。

カイル・ヴェルナー。

共和国第一執政卿()の次男にして、現在この男爵領攻略戦の()()()の総司令官である。

そして、言葉からもわかる通り、彼は転生者だった。彼が命婦マーティーと違うところは、彼が 迷人ストレイヤーで有ることを公言してる点だった。

そんな軍服は着崩し気味、襟元もボタンが一つ外れ、ややだらしない格好の彼の前に置かれた、机の上のカップには冷め切った紅茶が残っていた。

「……前にも聞いたように思うのですが、そのヤンというのは、どなたのことでしょうか?」

報告書の束を手に入ってきたのは、赤みがかった金髪の女性士官──リュシア・エーデル中佐だった。

端正な顔立ちに理知的な眼差し、そして完璧な制服の着こなし。誰が見ても副官の鑑だった。

「ん? ああ、前の世界の話。

大体、英雄ってのは面倒事を背負わされて、嫌々戦うのがいいんだよ。自由でいたいのに逃げられなくて、なんだかんだで結果出しちゃう──そういうのがカッコいいの」

「……つまり、あなたは嫌々ながら仕方なく軍務をやってる、自由人風を気取りたいと?」

「言い方は悪いが、まあそういうことだな」

「理解はしますが、共感はしません」

ぴしゃりと冷静に言い放つ彼女の手には、また別の書類束が追加されていた。

「ちなみに、戦況報告です。セレルナ男爵領、思ったより粘ってますね」

「……兵糧攻めが効いてないってこと?」

「いえ、効いてます。かなり効果的と言って良いでしょう。

士気の維持と指揮系統が崩れてないだけで、食料備蓄は確実に減っている。

あなたが数年前に唱えた転作誘導は、見事に成功していますよ。

綿花だけでなく、紅茶まで高値で買い上げるという発想は、正直、私も驚きました」

カイルは片手で頬杖をつきながら、茶のしみを指先でなぞった。


「紅茶ねぇ……あの時、こっちでもちょっと流行り始めてたから、これ、商人が食いつくんじゃね?って思ったんだよな」

「ただの博打ではなかった、ということですか?」

彼は軽い感じで頷いた。

「例の命婦デイムが絡んでるって聞いてね。ピンと閃いたんだ」

迷人ストレイヤーとしての知識、と言う訳では無かったんですね」

「……まあ、ゲーム感覚だったけどね」

「あなたの言うヤンにはなれませんが、せめて軍の後方で紅茶飲んでる系の司令官くらいは目指せそうです」

「それ、全然褒めてないでしょ?」


そんな会話が続く中、幕舎の入り口から重厚な軍靴の音が響いた。

現れたのは、陣中鎧メイルの上に濃紺の将官用外套クロークを着た壮年の男だった。

アレクシス・ガルド・ラングレー少将。この作戦における現場の最高指揮官であり、共和国陸軍の中でも指折りの実務派だ。

「ヴェルナー卿、エーデル中佐。失礼いたします」

言葉と共に、共和国軍で行われる右の拳を心臓のあたりにおく敬礼を行う。

ラングレーの声は、低く、落ち着いていた。

だが礼儀正しくは有るが、軍人らしい冷徹な観察眼が光る。

「将軍、お疲れ様です。戦況は?」

「概ね包囲は完了しております。敵は予想通り籠城体制に入り、補給線は遮断済み。あとは時間が敵に対して働くのを待つのみ──ですが、我が兵の士気もまた、消耗を始めております」

「……やっぱ、派手な一撃が欲しい?」

「否。それよりも、精神的な優位を保つ動きが欲しいものですな」

「」

ラングレーは一歩、机に近づくと、地図の一角を指で軽く叩いた。

「それにしても──」


彼はしばし黙し、視線をカイルに向ける。

「……綿花と紅茶に転作させ、穀物の蓄積を薄くし、機を見て兵糧を断つ。これは……おそらく、我が軍の近年で最も効率的な攻めであります」


「……えっ」


思わず声を上げたカイルに、ラングレーは穏やかに微笑んで見せた。


「最初にご提案された時は、奇策かと疑念を抱きました。しかし、紅茶という新たな需要を見越し、あの男爵領に投資を誘導した手腕──あれは戦略的な価値を十分に持ちます。お見事でした、ヴェルナー卿」


「……そんなに褒められると、逆に不安になるな」


「過剰な謙遜は無用にございます。たまには、ご自身の成果を認めて差し支えないかと」


礼をひとつだけ残し、ラングレーは静かに幕舎を去っていった。


静寂が戻った室内で、カイルは椅子をくるりと回して呟いた。


「……俺、転生して初めて褒められたかもしれん……」


「そう。じゃあこのまま、評価される人間として働いてみては如何?」

リュシアが差し出したのは、厚さが倍になった報告書の束だった。


「……ちょっと待って!? 俺の褒められ分、書類で回収されてない!?」

「その程度で済んでるうちに片付けておきましょう。次は本当にあなたが指揮を執るかもしれませんよ、殿下」

淡々と告げる彼女の横顔に、一瞬だけ微笑が浮かんでいる事に、彼は全く気付いていなかった。



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