33. 芋と煙で咽ぶ世界に転生しました
扉が勢いよく開かれ、白銀の甲冑が並ぶ整備庫にざわめきが広がる。
その中心へと、堂々たる歩幅で荒くれどもが次々と姿を現した。
正式には「鉄騎騎士団」。
かつては諸国の戦場を渡り歩いた傭兵団が、先だっての共和国との紛争で功績を認められ、一応とは言え国から正式に認められている。今は領地で農業や商いに従事する領主様の体を装ってはいるが、いざ火薬と血の匂いが漂えば、本性を隠しきれない戦闘狂の集団だ。
「おやおや、男爵閣下。その匂いは……陣中鎧、ですな?
ということは、久々に軍《戦》の庭《場》へのお出かけと見た」
先頭を歩く団長ホンザ・マサリク──通称《鋼馬》のホンザが、にやりと口元を歪める。
その背後、背丈の倍はあろうかという袋を軽々と肩に担いだ大男ラヨッシュが低く唸った。
「……支度は万全、って空気だが──こいつは……」
芋袋をどさりと床に置き、鼻をひくつかせる。
「ちと地味すぎやしねぇか?」
私はラヨッシュが降ろした袋から芋を一つ取出してみる。最近、男爵芋として知られるようになったのとは異なる種類の芋……ぶっちゃけると、薩摩芋だ。
「うるせぇ。それより、これはどうしたんだ?」
私は微妙にディスってきたラヨッシュに尋ねた。
「例の芋と一緒に見付かった、蕪の一種らしい。蕪と言うより芋に近いから、ためしに植えてみたら、結構育ったから、どうするか相談したくて持ってきた」
「そういえば聞きましたが、茶会では例の芋を使われたそうで……その際に、奥方ともども、女男爵の装束で接客をされていたとか?」
「それは確かに事実ですな。そのおかげで、男爵芋として知られているそうです」
ホンザの質問にヴォイチェフは頷きながら答える。その言葉に続いて、他の団員たちが口々に軽口を叩き出す。
「やはり。しかし……腰のラインが、なんというか命婦っぽいっていうか……」
「思ってたとおり、そのまま舞踏会に出てもバレねぇぞ、マーティー嬢」
「いっそ、突入前に踊って士気でも上げてみます?」
「──誰が嬢だ誰が!!全員、後で腕立て百回だ!!」
俺の怒号に、奴らはケタケタと笑いながらも列を整え始めた。
ふざけながらも手は抜かない──こいつらは、そういう連中だ。
騎士団の中核を成す彼らは、ただの実力者ではない。
ホンザは寡黙で無骨な男だが、戦場に入れば機動部隊の先頭で敵陣を切り裂く突撃の獣と化す。
ラヨッシュは騎装馬型甲冑に跨り、走るだけで敵陣形を粉砕する鉄槌そのもの。
テオドルは一見、戦場に場違いな磁器職人だが、弩矢に異常な執着を持ち、風と気温を読み切って敵の将を正確に穿つ狙撃手でもある。
そしてノルベルト──普段は俺の息子を肩に乗せ「パイルダーオン!」などと遊ぶような好人物だが、一たび戦となれば、足音も無く敵の背後を取る奇襲の名手。
表では“鉄騎”などと格式を語るが、その実、内実は泥と硝煙を愛した男たちの集まりだ。
そして、そんな連中が今、俺の前に揃っている。
「……全員揃ったか。じゃあ、作戦会議だ。ふざけるのは後だぞ」
「むしろ真面目にふざけるのが我らの戦場美学ですが?」
すかさずホンザが肩をすくめる。相変わらずだ。
「お前らが真面目になった試しがねぇよな……」
私は呆れながら、芋を指揮棒代わりにして振りながら、ゆっくりと視線を巡らせた。
かつてなら皮肉や冷笑しか向けなかった彼らが、今は真剣な眼差しでこちらを見ている。
この一戦が、バラージュ家だけでなく、この鉄騎騎士団の未来も左右する。
幕領達は失敗を望んでいるのだろうが、そう易々と望み通りの結果を与えるつもりはない。
「で、だ。目的はセレルナ男爵領の救援──いや、や、救援に見せかけた先遣任務だ」
中央の帷幕……と言うか円形の机に地図を広げると、各員が集まって来る。
「まず状況の共有だ。セレルナ男爵は籠城戦を選んだ。だが食糧備蓄は不足している。理由は、穀物の畑を茶の木と綿花に転作したからだ」
「はん、金は腹の足しにならねぇってのに腹に溜まらねぇもんばっか育ててやがる」
ラヨッシュが腕を組んで唸る。
「金は兵糧にはならねぇ。戦に必要なのは、メシと水だってのにな」
「……同感だ。で、問題は敵もそこを狙って短期決戦に出てきてる。援軍到着前に城を落とす腹だろうな」
「兵糧攻めにはもってこいの状態ってことか」
「兵站が崩れた城はもろい。敵がそれを見逃すとは思えねぇな」
ホンザが低く言ったその言葉に、全員が静かに頷いた。
「そういうことだ。これに敵が気付かない訳がない。敵も兵粮を意図して潰そうとしてる節がある」
「つまり、長くは持たん。落とされる前提で来てるってわけか?」
「そうだ。幕領団は、それをわかっていて我々を先行投入した。
要するに、見せかけの援軍として派遣されたわけだ。
幕領団は、籠城が崩れたあたりで英雄的な正面決戦を演出するつもりだろう。
要は、我々だけで軍備を整えるだけの時間を稼げということだ」
「数だけ見れば小勢、でも形としては援軍。つまり、生贄って事かよ」
ラヨッシュが腕を組んで唸る。こいつが静かな時ほど、何か面白い案を企んでいる。
「そうだ。とはいえ、俺たちが派手に突撃しても意味はない。逆に消耗して終わりだ」
「そお言っても、派手な見せ場を演出したいな」
「演出ねぇ……やっぱり派手って言えば、閃光弩弓の榴弾かな。今度も使うか?」
「やめろテオドル。前回のは誘爆しまくって、派手すぎて味方まで動揺したろうが」
全員が渋い顔をする中、テオドルがぼそりと呟いた。
「……なら、どうやって囮のまま終わらずに勝ち筋を作る?
俺たちが囮のままで終わりたくねぇのも、事実だ」
目を伏せていたが、その声には熱があった。
「どうせ幕領団のことだ、俺達が足掻いてる間に戦力整え、籠城が敗戦になった辺りで出張ってきて、正面からの決戦とか狙ってるんでしょ?」
「方法はある。援軍らしく見せるだけでなく、実際に物資を届け、奇襲をかける」
そこで俺は、何か言いたそうにしていたノルベルトを見た。
「……何か言いたそうだけど、良いアイデアが?」
「その、手に持ってる芋ですよ、芋。それなら小麦と違って、多少雑に扱っても大丈夫」
「物資って……芋か?」
「めっちゃ真面目ですよ。芋ですよ芋!
皮ごと詰めて重ねれば、食えるし、隠せるし、説得力あるし。
それに、甲冑にも取り付け出来るって寸法で」
「なるほど。食い物は、戦場で一番喜ばれる救援物資で、一番ありがたがられる武器でもある」
「俺たちが芋を満載した馬車で救援物資ですって、一気に接近する。門が開いたら、そのまま中へ突入して物資を渡しつつ、城内の士気を引き上げる」
「直接戦うわけじゃないんだな?」
「いや、戦闘の可能性はある。城門前で共和国兵に止められれば、即応戦闘になるだろう。だが、門が開くまでの短い時間を稼げれば、後は中の兵が連携してくれるはずだ」
「だが、馬車だと今から準備しても間に合うのか怪しいぞ?」
ごほん、とヴォイチェフが咳払いする。
「ご安心ください。指示の元、商隊で使っている牛列車を流用出来るよう準備しております」
俺は静かに地図を見下ろし、言葉を継いだ。
「……この作戦に必要なのは、味方に『まだ希望がある』と思わせることだ。俺たちは援軍じゃない、希望を届ける荷車だ」
「芋で希望……なんて地味なんだ」
「だが、それが成功すれば……城の戦意も士気も、少しは持ち直せるかもしれねぇな」
ホンザが静かに言った。
「俺たちが戦うのはな、戦場が好きだからだ。だが守るもんができたから戦う。お前さんの家と──」
「このバカどもが騎士団になっちまった責任、取ってもらわねぇとな」
誰かが言ったその言葉に、場がどっと沸く。
だが、それはただの笑いではない。
戦場の空気を知る者たちの、覚悟の笑みだった。
「出撃は明朝。各自、物資の準備と搬入手順を確認。夜通しで手筈を伝えろ」
その返事は、野蛮で、力強く、そして頼もしかった。




