32. いざ鎌倉な騎士団に転生しました
朝の紅茶を啜っていたその時、屋敷の外から甲高い蹄の音が響いた。
「早馬……?」
以前にも似たようなことがあったような気がして、思わず顔を上げる。ちょうどその瞬間、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「ご報告でございます!」
新米従者が息を切らせて駆け込んできた。肩で荒く呼吸を繰り返しながら、真っ直ぐこちらに駆け寄ってくる。
「何事だ?」
「北東の境にございますセレルナ男爵領が、共和国軍による襲撃を受けております!」
手にしていたカップの中で紅茶が波打ち、慌てて受け皿へと戻す。まさか、またか──。
「領地が違うのはともかく、今回は封蝋なしで?」
「いえ、王都より別途、正式な封書が届いております」
従者が差し出してきたその手紙を受け取り、封蝋を割って開く。視線を走らせるうちに、思わず歯ぎしりが漏れた。
「これは……幕領団の連中、またロクなことを考えてないな」
文面には、“セレルナ男爵領への援軍派遣を依頼する”とあった。だがそれは、男爵家に対しての依頼ではなく、我が騎士団宛ての“直接命令”という形を取っていた。
しかも、命じられているのは即時出発。それでいて、返信すら不要との記述。
──つまり、こちらを囮に使う気か。
見せかけの援軍を演出しつつ、実際には少数精鋭の先遣部隊だけを送り込み、時間稼ぎさせる。まあ、有り体に言えば捨て駒だ。
幕領団の恐ろしいところは、実際には捨て子とすら思っていないだろう所だ。
運さえ良ければなんとでもなると本気で信じている連中だからな。
「……使者殿は?」
「封書を手渡すと、『ではこれで』と言い残してすぐに帰っていきました」
天井を仰ぎ、私は肩をすくめる。
「まったく、いつもながらやり口が汚い。正式には男爵家宛の命令なら返信が必要だが、騎士団宛の緊急依頼だと、返信不要が通ってしまう。
逃げ道を塞いでるつもりなんだろうな」
本来であれば、貴族が戦争に備えるには準備が必要で、即時対応は難しいという建前がある。しかし、騎士団には常に戦時対応ができるという建前があるため、緊急依頼として無理やり通せるのだ。
「まったく……こういう時に限って、ヴォイチェフがいないとは……」
「──お呼びですか?」
「うわっ、いたのか!もう出て行ったのかと……」
「パーティーの後処理と、町屋敷の整備がおわり、戻ってまいりました」
家令ヴォイチェフが、相変わらずの涼しい顔で応じる。どこからともなく現れては、確実に状況を把握している。万能家令ここに極まれりだ。
「準備だ。騎士団の連中を招集してくれ」
「かしこまりました。併せて、荷馬車列車の編成も?」
「頼む。全員が甲冑持ちというのも、こういう時は善し悪しだな」
甲冑を持つ者が多いのは誇るべきことだが、即応戦力として動かすには運搬や装備の準備に手間もかかる。準備が整うまでの短時間に、何が起こるかわからないのが戦場というものだ。
後……確かに戦力として甲冑に対抗できるのは甲冑のみなのだが、その一方で軍場以外での運用に難があるのも確かであった。
ヴォイチェフの操る二輪馬車は、城から少し離れた丘のふもとにある古びた倉庫へと向かっていた。荷台の無い軽便な造りのカブリオレは、普段使っている軍馬には及ばないものの、脚の速いラヨッシュ種が牽いており、距離の割に道中は驚くほど静かで快適だった。
「ここに甲冑が?」
私は思わず訊ねた。いくら普段格納している建物から近いとは言え、騎士団の主力たる甲冑がこんな場所に保管されているとは思っておらず、素直に驚きを隠せなかった。
「はい。表面の塗り直しと、定期点検のために一時的にこちらへ移しております。実は先日、点検中にいくつかの不具合が見つかりまして」
ヴォイチェフは手綱を引きながら、目の前に見えてきた建物を指さした。
「あちら、元は小礼拝堂だった石造りの建物です。
現在は、我が家と契約している甲冑職人が常駐しておりまして、軽整備や補修を請け負う工房として使われております。
騎士団の甲冑も整備する必要がありますので」
とヴォイチェフは、建物の方に視線を向けた。
視線の先にあるその建物は、確かに教会のような構造をしていた。風雨に晒された外壁には苔が這い、屋根の一部は崩れているが、扉の鍵は真新しく、窓にはしっかりと雨戸が落とされていた。扉枠の金属も磨かれており、見た目以上に管理が行き届いているのが伝わってくる。
「なるほどな……。いちいち首都に出張らずに済むのは楽で助かるが……」
「はい、修理の方もすでに完了しておりますので、ご安心ください」
カブリオレから降り、石段を上がって重たい扉を押し開ける。軋む音とともに、内部からは微かに油と金属のにおいが漂ってきた。
予想外に天井は高く、空間の奥行きもある。内部には支柱の間に梁が渡され、そこから幾筋もの導光板のようなものが吊るされている。外からの光を反射し、室内をほのかに照らしていた。
「随分と……整っているな。まるで修理工場みたいだ」
「ええ。甲冑の整備は、高度な作業になりますから。元は神の声を伝える場所でしたが、今では鉄と油の匂いが似合う空間になりました」
冗談めかして語るヴォイチェフに、私はわずかに笑みを返す。
そして、整備台のある奥へと歩みを進めたところで、私は足を止めた。
二体の甲冑が、静かに鎮座していた。
一機は、父がかつて騎乗していた銀色の甲冑。右手に騎槍を、左手に大盾を装備しており、堂々たる重装備の姿は威圧感すら覚える。
もう一機は、黄銅色の外装に大型の弩弓を構えた、しなやかで曲線的な装甲の機体。命婦の称号を得ていた母が、戦場で駆った機体だ。
「……前回以上に、どちらを選ぶべきか、悩ましいな」
思わず口に出した言葉に、隣のヴォイチェフがわずかに顔を曇らせる。
「……今回も、御母堂様の機体を?」
「騎槍だけでは、山岳戦では身動きが取りづらい。
平地の城攻めなら父の機体が最適だが、今回は山間部。敵の機動力に対抗するなら、射撃機能のあるあちらの方が適している」
ヴォイチェフが少し間を置き、確かにそうだと言った感じで言葉を続ける。
「確かに、地形次第では御母堂の機体に分がございます。しかし……陣中鎧の件はよろしいのですか?」
「分かっている。だから、悩んでいるんだ」
陣中鎧は、甲冑に乗り込むための下地装備であり、身体に密着する構造をしている。
父のそれはゆったりとしたボディスーツ型だったが、母のものは舞踏会衣装のようなレオタード型。
体のラインが、くそ思いっきり出るタイプだ。
私はもともと女顔な上、最近はやや痩せてきていることもあり、着れば確実に命婦と誤認されるだろう。いや、前回も一部でそう誤解されていた。
だが、それでも──
「見た目がどうであれ、勝たねば意味が無い。
これは私個人の体裁の問題ではなく、バラージュ家の存続に関わる判断だ」
私は一歩踏み出し、母の機体へと近づいた。
軽装ながらも高い機動性と射撃力を誇るその機体は、戦場を制するに足る力を秘めている。しかも整備状態も良好ときている。
「それに、騎士団を率いて出るなら、領地の防衛には甲冑があった方がいい。父の機体を残すほうが妥当だろう?」
「我が領には、なぜか僚兵が一人もおりませんからな。
前回は兎も角、今回もですが」
ヴォイチェフが肩を竦めるように言う。
甲冑は、ある程度の適性があれば誰でも動かせると言われている。
だが、どうしたものか、母の機体だけは私以外の誰にも反応を示さなかった。おかげで、戦力分担を考えると自ずと答えは一つに絞られてしまう。
絞られてしまうのだが――それでも、陣中鎧だけは、毎回悩みの種となっている。




