4. 後継者問題が一段落した貴族に転生しました
「やはり『でかした』とこの場合は言うべきかな?」
ベッドで汗まみれで微笑む妻に、どういう顔を見せるべきか悶々としながら声をかける。
その彼女の隣には、しわくちゃな顔をゆがめ泣いている赤子がシーツに包まれている。
そう。
子供が産まれました。待望の世継ぎというやつである。
まあやることやってるから当然と言えば当然だが、何だかんだで嬉しい。こんな体だから、ひょっとして無理かもと思った事もあるが、機能は問題無かったようで。ちょっと複
雑なのは、じつは転生だか憑依する前に種付け終わっていた可能性があること。若干だがモヤモヤした気持ちがするのは、俺の種って言い切って良いもんだかどうなんだか……
だがそれ以上に、嫁が本気で喜んでる顔を見ると、まあ結局のところどうでも良くなってくる。
それにしても、凄い喜びようだ。男の子だったんで後継問題でどうのこうのいわれる心配なくなったと言うのもあるだろうか。嫁の心の底から喜んだ顔を見ながら思う。子が生まれて嬉しいのはわかるが、これまでに見たこと無いほどの笑顔を浮かべている。
例え子がなくても、一応貴族どうしであれば、下級から中・上級貴族に嫁いだ場合であってもすぐに離縁とか言う話にはならない。しかし、准男爵や騎士階級の場合だと男に限らず子供が出来ない場合は離縁の対象となりえたりするのだから、それが理由だろうか。まあ理解出来る。いや、理解出来ると思いたい。憑依当初の、中途半端に冷めかけた関係で無く、今はそれなり以上に仲良いと信じてるから。
「で、コレは?」
なぜかやってきた、町長に該当する男から、恐れながらと渡された袋を眺めながらたずねた。いきなり現れて、応接室にやってこられたのだから対応もこんなもんだろう。
「お、恐れながらお世継ぎ様のご誕生とお聞き致しまして、ほんの些細ではございますがお祝いにと、街のモノの総意でございます」
何か怯えた表情で、噛みながらも口上を述べる男に、なんだか既視感を覚える。ああ、コンプライアンスとかうるさくなる前に、親会社から無理難題言われないようお伺いを立てるときの俺も、端から見たらこんな感じだったんだろうなぁ。
そう考えると、せっかくの息子の誕生にケチがつく気もする。なんだか不愉快だが、かといて追い払うのもなんだしなぁ……
などと思っていると、ふと前世でされた事のある対応を思い出した。クソ碌でもない仕打ちばかりの中で、珍しく気持ちの良かった対応。
「うむ、その気持ちはありがたく受け取るぞ。さて、ヴォイチェフ」
あの時は、気が大きくなっていた中小企業のワンマン社長だったっけ。孫が出来た事をいかにも嬉しそうに話してた顔を思い出した途端に、我が家に務める唯一の家令を呼ぶと、町長を指し示す。
「息子の誕生祝いに駆けつけた事に、息子からの礼だ。倉庫の樽からワインとビールを振る舞ってやれ。女子供には、この間仕入れた蜂蜜酒か果実水があるだろう」
「は?」
「祝いの無礼講だ。祝う気持ちがあるのなら、その程度は出してやらねば」
怪訝な顔の家令にそう命じると、なんだか、段々気分が良くなってきた。
「私からの、では無い。息子からのだ」
ワンマン社長を真似した台詞と共に、本心から笑い声が出てきた。
憑依先の親御さんにも見せてやれなかったのは、日本の両親に見せてやれなかったの以上に残念で、だから代わりに領民に祝わせる事で喜んで貰おうと言う、なんとも後で考えると不思議な発想ではある。だが、このときには名案に思えたのだから仕方ない。
それなりに気が大きくなっていたが故の大盤振る舞い。嬉しくて舞い上がっていたとも言うが、多少は収入増やそうと色々やってきたが、それなりに当たったおかげで税収が結構増えていたのも理由の一つだったりする。
「ありがとうございます、ご領主様」
なんだか、感極まったような顔で礼を言う長を手で制すと、告げてやった。
「礼なら、息子にだ。当分、息子のために乾杯してやるんだ」
感謝しまくる長の横で家令があきれたような顔をして「まあ、数年前と違い何とかなりますが」と言いながら肩をすくめているところを見ると、どうやら相当のドヤ顔していたみたいだ……
後に家令から聞いたところでは、これまでも『税は安くは無いが、土地柄を考えると妥当なところだし、使役も多くは無いからマシな方』という評価だったのが、今回は大盤振る舞いとまではいかないが領民にまで祝儀を施したという事もあり『普段は吝嗇だが、使い所をわきまえた領主様だ』と一気に好意的になったそうだ。
なんというか、マキャベリ的には正しいんだろうけど、普段はケチくさいっての評判は、やっぱ微妙だなぁ。それなりに改善してきているので使える金も増えたとは言え、内政《NAISEI》みたいな事は出来てないんだから、それなりにケチくさくなるのも仕方ないのだが。
しかし使える金が増えるのは嬉しいが、その所為でそれまで自分でこなしていたような家内の事や細々とした雑事が疎かになってしまい、家令に完全に任せ切っている。いや、それどころか本来家令の仕事では無い執務も偶に手伝って貰っている。茶葉のルート開拓の為に貴族への売り込みまがいのことをさせたのは、流石に不味かったかなと思いつつも、家令どうしのつながりを上手く使って見事に中級以上の貴族にまで流行らせた手腕は、実際のところ私では真似できっこないから仕方ない。
有能すぎてついついヴォイチェフに任せてしまうが、そろそろ執事はムリとしても従者は雇いたいところだなぁ。最近の儲けからすると、小姓なら確実に増やせるんだが。
税収の伸びと言えば、朝市への牛車が思った以上に評判が良い。場車用の荷車を改造した台車を、三台くらい連結して貨物列車みたいにして運ばせている。轍がレール代わりで、LRTと言うか、まあ路面電車に近い感じで運用して見たところ、領民達からは大いに好評。
それまで週に一度位の頻度で個人個人で市場に持っていっていた野菜を、領主の牛車を使うことで毎日のように大量に持ち込めると言う事で、誰に言われたわけでも無いのに数人のグループにまとまって交代交代で街まで繰り出して売り出している。
買う側からも今まで以上に新鮮な状態で毎日持ち込まれると言う事で、それなりに好評なようだ。好評なようだと言うのは、このくらいの世界だと客に直接聞く手段が限られるため、直接の判断基準が売り上げになってしまう為だ。要するに、売り上げは伸びている。
だがそれ以上に、お茶の方が見事に思惑が当たり『今までに無く香り高く甘いお茶』としてもてはやされているのが大きい。いわゆる紅茶だが、『痛まないようにするために一度蒸す』というのが当然となりすぎて、過去には存在自体はあったらしいいのだが完全に忘れ去られていたらしい。いわゆる失伝と言うやつだ。地球の大英帝国含めた欧州とは事なり、この国には茶の木が存在しているが所以の差異と言った所だろうか。そういえば、碁石茶の様な発酵茶も存在しないから、風土的な影響があるのかも知れない。
残念ながら合組は今一だった。紅茶と緑茶混ぜるんだから、ある意味当然だが、妻ががんばってくれたにもかかわらず、悲しい味にばかりなってしまったのは良い思い出だ。落胆した妻を、寝室で慰めた事を含めて。
だが、そろそろ多の領地でも紅茶が出回りだしていると言う噂も流れてきた。
数日にも及ぶ、領民達の祝いも終わり、また街も静かになってきた。
合組の雪辱は今だ。
そう思い妻に話したところ、早速淹れてくれた新しいブレンドの朝の紅茶を楽しんでいる時に、その知らせは飛び込んできた。




