31. 立茶番しに転生しました
さて、お茶会の準備が整った。
だが、今回の茶会は、どこか奇妙な雰囲気が漂っていた。
泥茶会と言う碌でも無い名前を思い付いたのは、そう、目の前の茶会服の所為だ。
それはなぜか女男爵用の正装だった。
そして嫁が、何か企んでいるような目でこちらを見つめている。彼女は以前から、夫である俺を何とかして女装させたいと思っている節があるが、まさか本気で今日試そうとしているのでは……?
「どうかしら?
男爵婦人用で依頼していた衣装の一つが間違って女男爵用だったの。
この服、一度試してみては?」
ヴィオラが微笑みながら提案してきた。内心ギクリとするも、冷静を装って答える。
「いやいや、今日はポテトの御披露目がメインだろ?
変な茶番はやめてくれよ」
彼女は「残念ね」と小さな声で呟いたが、その目はまだ輝きを失っていなかった。
今回のお茶会だが、いろいろ趣向を凝らしている。
無論お茶会と称して親父どもは酒を掻っ食らうというのはお約束として、子供達の参加というのがある。
西洋風の社会だけ有って、親がパーティーに参加するときは、子供は家でお留守番というのが普通らしい。だから以前商会に行ったとき、ちょっと嘗めた対応をされたのも、子供連れだったのも理由の一つっぽい。
だが、ポテトが本日最大の目玉だ。子供もフライドポテトやポテトチップスは大好物と相場が決まっている。
そして子供たちのために、お子様ランチも試作してみた。お子様ランチと言えば、旗の立ったチキンライスにハンバーグ、エビフライが定番。
しかし、この世界には揚げ物の文化がまだなく、油の入手も難しいため、その調理方法もほとんど普及していない。
あと、米がないから燕麦でかためのお粥。
そう言ったわけで、無駄に広い我がタウンハウスの三部屋を其れ其れ紳士用、淑女用、子女用として準備している。
「料理長、これがうまくいけば、新しい料理が一世を風靡するかもしれないね」
私が話しかけると、料理長は少し苦笑いを浮かべながら答えた。
「旦那、また無茶なことをおっしゃる。
揚げ物なんて初挑戦でしたが、試行錯誤した甲斐がありました。試食してみましたが、驚くほど美味しかったですよ」
料理長の誇らしげな表情に、私も少しほっとした。
そのとき、キッチンの方から子供たちの歓声が響き渡る。
「う、うわぁぁぁあああ!」
うちの子が大はしゃぎしているようだが……さくらとして仕込んだんじゃないだろうな、嫁よ?
「おい!ポテトがひっくり返るぞ!危ないから落ち着け!」
ヴィオラが笑いながら手を打って、「子供たちも待ちきれないみたいね。せっかくだから、私が作ったお茶も試してみては?」と声をかけてくれた。
「ありがとう。さあ、皆にポテトを披露するぞ!」
たっぷりのオイルを鍋に入れ、薄くスライスしたジャガイモを投入。揚がったポテトはキッチンペーパーを敷いたザルに上げて冷ます。次に、太めに細切りしたジャガイモもオイルに入れ、じっくりと揚げていく。
「見てくれ、この黄金色の輝き!これが新しい料理の幕開けだ!」
私が笑顔で宣言すると、ヴィオラと料理長も微笑んで頷いた。
ヴィオラは少し悔しそうな表情を浮かべながらも温かい眼差しで見守っている。だが、彼女のいたずらっぽい視線には、「でも、その正装、いつか本当に着せるから覚悟しておいてね」と言わんばかりの予告が含まれていて、思わず肩をすくめた。
料理長がにこやかに付け加える。
「旦那、今日の主役は間違いなくポテトですね。油で茹でるなんて正気の沙汰ではないと思いましたが、これは確かに旨い!
フライにして、マヨネーズを使ったソースをつけると、これがまたよく合います。
まさか揚げ物がこれほど美味しいとは……驚きです」
ただし、このパーティーは男爵家主催のため、上位の貴族が来るわけではない。とはいえ、子爵家が二家ほど参加してくれ、男爵家からも思っていた以上に参加してくれている。予想以上の参加に嬉しい驚きを感じつつも、内心少し焦る。もし子爵家が来ると分かっていたなら、奇抜な和風の器ではなく、もっときちんとした陶磁器を用意したのだが……。
とはいえ、和食器も案外好評だったのは意外だった。
「あれ、母さん。この正装は?」
「ああ、それは御父様のせ……」
思いっきりにらみつけると、二人は黙り込んだ。だが、息子よ。その期待に満ちた笑顔はどういうことだ。
こうして、私たちのティーパーティは、笑顔に包まれて始まった。
「子供たちもパーティーに招くとは、これはまた趣向を凝らしていますね」
見知らぬ子爵が話しかけてきた。領地が離れているため、互いに面識がなかったが、その朗らかな笑顔には親しみやすさがある。
「そうなんです。親子で楽しめる場というのは、なかなかありませんからね」
立派な髭を生やした男爵も話に加わり、深く頷いた。
「誕生パーティーといえば、主賓とそれ以外でどうしても距離ができがちですから、少し異国風ではありますが、思い切って開催してみました」
そう言いながら、私はフィッシュアンドチップスを勧めた。彼らは興味津々で食べ始め、あちらこちらで珍しがる声が聞こえる。
「いやぁ、こうして庶民向けのエールもいただくと、また一興ですな」
少し赤ら顔の別の子爵が、すでにほろ酔い加減で嬉しそうにエールをあおる。
「海が近くにあるなら、庶民にもたまの贅沢として振る舞ってみてはどうです?」
「そういえば、男爵はご子息が誕生した際、領民に振る舞い酒をされたとか。なるほど、それが発展の秘訣ですな」
領主たちはエールの力も手伝って、談笑に花を咲かせていた。
その近くでは、貴婦人方が上品にポテトチップスをつまみながら、紅茶を嗜んでいる。
「このポテトチップス、本当に軽やかで美味しいですわ。こんな新しい食感、初めてですわね」
「ええ、まるで異国にいるよう。子供も大人も楽しめるなんて素敵ですわ」
「主人も、あちらでお酒をいただきながらご機嫌ですし、こちらも気楽に楽しめますの」
貴婦人たちは顔を見合わせて微笑み、紅茶を一口ずつ味わっていた。
一方、子供たちはフレンチフライをほお張りながら、はしゃいでいる。うちの子が先頭で駆け回り、時折レモン水や果実水で喉を潤しては、また元気に笑い声を上げている。
「見て、これすごくサクサク!」
「お兄ちゃん、早く来てよ!」
「わぁ、これ食べきれるかなぁ!」
子供たちは賑やかに声を上げ、ポテトの美味しさに夢中だ。こうして会場を見渡すと、ほとんどが男爵以上の階級で、准男爵がちらほら、騎士階級はほとんど見当たらない。どうりでホンザたち騎士団が、「自分たちは別でポテトの披露会をする」と言っていた理由もわかる。
その時、ふとした拍子に、すでに酔いが回った男爵が私の近くでよろけ、エールのジョッキを私にぶちまけてしまった。
「ははは、今日は無礼講ですからね。でも、後で洗濯代くらいは請求させていただきますよ」
冗談めかしてそう言うと、なるべく人目に付かないよう、ゆっくりと着替えに向かった。
「……まさか?」
「はい、ありません」
控え室に入ると、家令のヴォイチェフが険しい顔で、替えの服がないことを告げる。どうやら本当に着替えが用意されていないらしい。
「わかった、ならこのままでも……」
「そうは参りません」
私が逃げようとする前に、ヴォイチェフが合図を送り、待機していた従士たちが左右からがっしりと私の腕を押さえ込んだ。
「おい、ま、待て、何を――!」
「大丈夫です」
「何が大丈夫だよ、女男爵用正装を着せるつもりじゃ有るまいな」
「それはご安心を」
「どこをどう安心すれば良いんだ」
「あまり暴れますと、着替えの時間が長引きますよ」
あれよあれよという間に服が脱がされ、手際よく別の衣装が肩にかけられる。
視界に入ったのは、まさかの女男爵の略装だった。上半身には美しい刺繍が施され、背中には家紋が描かれたボレロ。その下のレースの立ち襟がついたブラウスは、胸元がピンタックで飾られている。ハイウエストなスカートの裾は優美なレースで飾られ、腰にはリボンが施されている。頭には繊細な装飾のついた小さな帽子まで被せられてしまった。
……確かに正装じゃ無いけど……
「……これはパーティーどころか、祝典用の略装では?」
「ええ、簡単な祝典にぴったりの装いですね。男爵にはふさわしいですよ」
「……よし、なら今から病気にでも……」
「なりませんよ」
そう言って、ドアの向こうで待っていたヴィオラが笑顔で私の腕を取り、会場に引っ張り出した。
いつの間にか、胸元以外は私とおそろいで色違いの略装に着替えている。
「彼の男爵に感謝しないといけませんね。私が予定していた以上のことをしてくれましたから」と、ヴィオラは恐ろしいことをさらりと言ってのけた。
会場に戻ると、まさに見事な変身ぶりに、周りの貴族たちが酔いも手伝って目を丸くし、どっと歓声が巻き起こった。喚声とともに拍手が広がり、その場が驚きと笑いに包まれる。
「おや、これはまた見事なサプライズじゃないか!」
「普段とはまるで別人ですな!」
「なんとまあ、淑女と見紛うばかり!
まさに美しいお姿!」
夫人方は驚きとともに目を輝かせ、次々に賛辞を口にし、周囲の貴婦人たちが「素敵ですわ!」「そのドレス姿、とてもお似合いですのよ」と微笑み合う。
驚きを隠せない一部の貴族たちも、改めてこちらに羨望の眼差しを向け、「これは、まさにお見事!」と一段と拍手の勢いを強める。
さらに、無邪気な子供たちは「お父さんが女の人になった!」と声を上げ、「あれ、ママが増えた!」と駆け寄ってきて、歓喜のあまり笑顔で跳ね回っていた。
渋々その場に立つ私を見て、ヴィオラが微笑を浮かべながらひそかに囁く。「私がお願いしても着てくれなかったでしょう? けれど、こうして素晴らしい立派な姿を皆に見せられて、本当に嬉しいわ」と、さらに追い打ちをかける。
「……本当にこれが茶会ってやつか」と私は小さく呟いたが、その声を拾った貴族たちが「おおなるほど、これはまさにマッド・ティー・パーティーだ!」と大いに盛り上がり、「こんな奇想天外なパーティーは初めてだ!」と笑いながら祝杯をあげ、茶会がいつしか宴会さながらの大騒ぎとなっていった。
こうして、パーティーは終始笑顔と拍手に包まれて幕を閉じた。
そして嬉しげな笑い声だけが会場に響き続けるのだった。
嬉しくないってばよ。
後から知ったことだが、どうやら私の地位は「名誉特権」により、子爵相当として扱われているらしい。加えて、騎士団を保持する役職も考慮されるため、伯爵相当と見なす向きもあるとのことだ。
地位の取り扱いがやや複雑で、私自身でも時折、どういった立ち位置なのか困惑することがある。
……複雑と言うよりも、雑苦ない?
やがてこの茶会も尾ひれがつき、噂はあちこちに広まったらしい。世間では、パーティーの最後に何か驚きのサプライズを出すのが「茶番会」、出さずに終えるものが「茶会」と区別されるようになり、その時の目玉料理であったポテトはバラージュ男爵領の名物「男爵芋」として後世に語り継がれることになったそうだ……
……次は五月に王妃へ献上するか?




