26.4 帽子屋にウサギのダンスを踊られる転生者
「全く、効果的だと認める」
みるからに厳つい男が、机の上に出された紅茶で喉を潤すと、不快感を隠しもせず吐き捨てるように言った。
「共和国《我が国》の紅茶は飲めたモノでないからな。輸入するという大義名分も全く問題ない。小麦と比べて付加価値も高いから、
その結果、王国《連中》の、本来小麦や芋類・野菜等が植えられていた畑までお茶の木に植え替えられるわけだ」
「連中のご婦人方は茶話会でも従来のお茶でなく紅茶を使い楽しんでいるそうだ。我が国の茶話会が酒の出ない社交会なのと異なり、もっと幅広くもまれているらしい。
今までのお茶を使ったものは、格式張った茗醼と称して王室や貴族連中をもてなす場合に用いられているらしい。お上品さを演出しながら」
窓際で外を眺めながら、やや痩せぎすの眼鏡をかけた男が振り向きもせず呟くような声で応える。
「低俗?」
「いや、背の高い椅子と机を用いるので無く、背の低い椅子を用いるからそう呼ぶのだそうだ。場合によっては、毛足の長い絨毯や弾力性を残して固めたマットレスに直接クッションをあてて座る場合もあるそうだ。
そして茗醼の場合は、従来通りお茶本来の味を薫りを楽しむものとされ、お代わりの一杯を入れて二杯という作法で、菓子類も一品程度。
対して茶話会では、自由に飲んで菓子や軽食をつまんでよい。
お茶を砂糖や蜂蜜で甘味付する以外にも、檸檬等の柑橘類や葡萄を入れて潰したりして楽しんでいるようだ。
なにより、それに合わせる菓子や点心も工夫が凝らされている」
眼鏡を指先で直しながら、男はテーブルの対面に腰を下ろし、話を続ける。
「そして、お茶会にあう菓子をつくる為の小麦や牛酪を安く輸出する。
王国の小麦もパンで使う分には悪くは無いが、共和国《我が国》と比べると生産量で劣る分、割高になりがちだからな」
「蜂蜜もだ。本来、農地への祝福で枯渇した魔力を補充する為と酪農用として設けられている蓮華草等の花畑まで茶葉に変えているおかげで、蜂蜜の量もへっているらしい」
ぼそりと、「まあ、こちらは元々質で我が国より劣っていたと言うこともあるだろうがね」と続ける。
「元々の案では、綿花だったんだがね」
「綿花の方が、作戦としては更に効果的だったのでは?」
厳つい男の質問に、眼鏡の男は答えた。
「綿花を大量に使う理由が思い浮かばなかったと言う簡単な理由だ」
「案外、単純な理由だな」
「ああ、そんなものだ。
綿花にこだわらずに考えれば、食料以外で・大量に消費され・一度畑を変えるとすぐに元に戻せない、それに当てはまればなんだって良い。綿花は確かに当てはまるが、大量に消費といっても国内生産だけで十分で、輸入までする名目が無かった」
厳つい顔に同意の表情を浮かべると、言葉を繋いだ。
「確かに、お茶会で腹は膨れても、お茶自体は一時的に小腹を満たすのが精々だし、野菜と違い木だからすぐに元の畑に戻すことも難しい。
今までは当てはまらなかった大量の消費も、ちょうどよいあんばいで、紅茶を用いた茶会がご婦人方の間ではやっているところだ。
しかも、我が国どころか帝国でもその兆しが見えるらしい。
どんどん輸入してやれば、欲の皮がつっぱった連中が麦畑まで茶畑に変えかねないわけか」
「我が国の貴族《阿呆》どもにも真似しようとする莫迦が存在する様だがな」
「我が国の紅茶は、緑茶と違い味でかなり劣るのが幸いしたな。で開ければ、共和国の至る所が茶畑に置き換わっていただろう。
その点では、綿花だと連中《王国》よりも先に我が国が倒れていた可能性もある」
「笑えん冗談だ。
本来国力で劣るはずの連中が我々と拮抗出来ている理由なだけに、余計笑えんよ」
「辛辣だな。だが、口先だけは高貴の責務などと称する阿呆どもと違い、連中は本気で導く者という意識を持っているからな」
「数代前の護国卿が仕掛けた策が完全に裏目に出たな。
先々代くらいまでの国務卿達はいろいろやりやすかったろうに。
しかし、王国が見た目だけ重視の国になってくれたおかげで、准男爵や勲爵士の抜擢がすすむとは、護国卿も思いもしなかったろう。
もっとも軍の幕僚だけは、何か明後日の方向に邁進してくれているが」
そして、どうせなら軍意外もそのままで有れば良かったのに、とぼそりと呟く。
その苦笑すら無い真顔に、逆に苦笑を浮かべながら尋ねる。
「で、一番の理由は?」
「紅茶による茶会を始めたのが、例の命婦だ。茶会用の磁器や点心とセットでな」
一瞬きょとんとした後で、厳つい顔を一気に破顔一笑。
「そういえば貴殿であったな、あの作戦の責任者は」
「率いた貴公以上にぼろかすに叩かれた。
第一執政卿《王様》の『我が国が勝ったのではないのか』という取りなしの一声が無ければ、全くどうなっていたことか。
結局、奇襲を提言してきた例の迷い人を飼い殺ししきれず、手放すハメになった」
「本人は、ついに左遷されたかとでもおもって、鬱々としているころだろうかな」
「寧ろ、左遷されて内心では喜喜としていそうだ、あの軍師殿なら」
「元いた世界で、あこがれていたという英雄様と同じ待遇だ、ってところにか」
苦笑とともにうなずく男に、苦々しい声で、自分に言い着替えるように言葉を発する。
「実際、応用こそ苦手だったが、綿花を使う案をひねり出す程度には優秀だったのだがな。
紅茶に切り替えたと気づけるか、それとも採用されなかったと自分に酔うか」




