3. 貧窮気味な地方領主に転生しました
それはさておき、この国の名前はマジャール王国。
世界観は『日本人が考える』中世ヨーロッパ風封建社会。いわゆる、ファンタジー系RPGな世界。
で、国の規模としては、隣国の強大国の勃興になんとか対抗して独立を維持している感じの中堅……よりは上だが大国と言うにはやや見劣りする、準大国とでも言うべきだろうか。
中央集権に成功した大国と、その陰に怯える未だ中世を引きずる国々。そして、その大国になんとか対抗している準大国。その辺は、中世と言うよりもナポレオン戦争の辺りに近い感じかもしれない。火砲の代わりを魔法が代用している感じで。機動性に劣ると言う理由で大砲とかも全然発達していないので、幸か不幸か大規模な火力戦は無さそうだ。記憶の流入があれば断言出来るところなのだが、このあたりの基準がホントによくわからない。
しかし、大規模な火力の集中投下なんぞされた日には、どこの戦争を終わらせる戦争だよと言いたくもなるところだが、当分総力戦の概念自体が発生しそうに無いところは一安心ではある。この辺は、どうも魔法が存在するせいで工業的なインフラがかなり初期で停滞してる事も影響しているみたいだ。
例えば錬金術に魔法を加えることで、途中の工程すっとばかしてパパッて感じで既にアルミが精錬されていたりする。
……通称ミスリル原石。更に、それを加工し強度を高めた物がミスリル銀、要するにジュラルミンでした。
逆に、鉄は魔法を雲散霧消させるとの事で地道に製鉄するしか無いらしいが、火加減なんかは魔法で微調整可能なため、焼き入れ焼き鈍しの精度が高い。魔法の伝達云々は、電気の伝導率だとアルミの方が良いはずだから、磁性の方が関係してるんだろうか。そういやアダマイントはどう見てもステンレス鋼《SUS》だしなぁ。
なおオリハルコンはよくわからないので保留。存在自体はしてはいるらしい。青銅や真鍮では無いみたいだけど、何なんだろう?
で我が領だが、この手の転生内政モノのお約束であるところの、辺境にある弩田舎かと思ったらそうでも無かった。首都からはある程度の距離があるとは言え、王家の直轄領に挟まれているおかげで幹線道への経路も一応整っている。このあたりの感覚を現代日本で例えれば、大都市に対する近郊農家に近い立ち位置と思えば近しい。丁度首都自体の防御を兼ねた山地の合間に位置するらしい。盆地というヤツだ。谷間と言うほど酷くは無いので、生産性はそこまで低くは無い。流石に大規模農業はムリだが、それなりと言ったところか。
一見恵まれているようにも見えるが、中世欧州に近い文化レベルなのでどうしても物流は速度という枷がはめられている。要するに移動は基本人力で、精々が驢馬や農耕用の馬や牛。牛以上に馬は貴重で、農業用種を多少は育てているが土地があまり広くない為に大規模な馬場を設けることも出来ず、百姓家では乳もとれる牛の方を使役している事が多い。軽トラという便利なトランスポーターで運べる現代日本の近郊農家のマネは逆立ちしてもできっこない状態。まあ、軽トラと例の原付の性能は、ちょっとあり得ないレベルで高いんだけど。従って、週に一度の朝市参加が精一杯と言ったところか。
軍用としては機甲馬というものがあるらしいのだが……名前以上の記憶情報が一切流れ込んで来ない。記憶流入の規則も、ホントに基準がわからないのが辛いところ。
それはさておき、よくある領地改革《NAISEI》ものはちょっと厳しそうだ。もっとも、穀物の増産を期待する位はしても良いのでは無いかと思っている。いっそ牛ならそこそこいるから、廃れてしまったらしい牛車でもつくろうかしら?
あ、『ぎっしゃ』じゃなくて『うしぐるま』ね。
「あら、また根を詰めて」
色々考えていると、いつの間にか嫁が部屋に入ってきていた。貴族の男性としてはかなり小柄な私に対して、私の身長より少し低い程度と明らかに長身の部類。メイド服でこそ無いが、貴族の着用する服というイメージとは異なり動きやすい服装に豊満な体を押し込め、美人と言っても良い顔に柔らかな笑みを浮かべて立っている。よく見るとティーセットの乗ったお盆を持っている事に気づいた。
「ああ、イルか。すまないね、メイドみたいな真似をさせて」
「あら、昨日はお茶を入れる腕前を褒めて下さっていたのに、腕が落ちてきたって事ですか」
机にカップを置きながらいたずらっぽく微笑みかける妻に、おそらく傍目にはぎこちないであろう笑みを返す。とはいえ、妻とは言え美人に微笑みかけられると、やはり鼻の下も自然に伸びるというもの。
とりあえず、私に変わる前からこんな感じで休憩時にはお茶を持ってきてくれていたらしい。理由は、ぶっちゃけ貧乏で使用人を雇えないため。転生内政《NAISEI》もののお約束である『極貧』とか『親が屑で借金まみれ』って事は無かったけど、金が無くて家令が一人で家内を切り盛りしている状態で、お約束とも言える執事なんて夢のまた夢。女中も何とか三人雇っている状態で、准男爵よりも下手したら使用人の数は少ない。当然ながら女中頭《housekeeper》や侍女《lady-maid》なんて夢のまた夢。
過去は、どうやら何も言わずに受け取って飲んでいただけらしく、私が最初に礼の言葉をかけた際には、比喩通り飛び上がって驚いていたのだが、何だかんだで軽口叩き合うくらいには親しげに話してくれる。そういえば愛称で呼びかけた時も、同様に驚いていたっけ。イッルがどうも言いにくいんで、イルって最近は呼んでいるが。
座り直し脚を組むと、彼女がサーブしてくれたお茶を受け取る。最近以前よりも痩せてきたせいでヨーロッパ式で脚を組めるようになってきたのだが、この世界でも女性的という印象があるそうで、英国式に組むよう気をつける。流石に、正座は無いだろうと思ったら、修道院ではそれが正式らしいと最近知って驚いたところだ。
「さすがに、毎回飲む前に言うのは気が引けてきてね」
そして、一口、口に含む。やはり美味いと言ってさらに一口。
しかし、西洋風の紅茶かと思いきや茶葉の産地が近いという事もあるのか緑茶が主流だった事には驚いたものだ。初めて飲んだ時には、驚くと同時に癖の強いハーブティで無くて良かったと胸をなでおろしたものだ。
「そういえば、我が家は産地だったな、お茶は」
未だ、ティーカップで頂くより湯呑みで飲みたいなぁ、お茶請けに煎餅も悪くないんだが、などとと思いつつ、さらに一口。
ふと、お茶を特産品として都で売るのもありかな、と考える。あまり出回らない紅茶をつくるのも手かも知れない。そんなに詳しいわけでは無いが、茶葉による向き不向きはあるにしても、お茶自体は何とかなるだろう。
「ああ、なに、せっかく都に近いんだ。お茶を売りにしたらどうかなと思って」
一瞬黙り込んだ事で怪訝な顔をしている妻に、今思いついた事を話してやると、最初驚いた顔をしたのが、実に愛らしい笑みに変わっていく。
「でも、我が領のお茶は、さほど良くないとされていますわよ?」
「ああ、だから乾燥させた日持ちの良い茶葉をと思ってね」
「粗茶《番茶》ですの? でしたら、隣の領地の方が大量につくってるので、大して売れないのでは」
「いや、もっと香りの良いお茶を……
ああ、其の手があったか」
「なんですの?」
「お茶でも、合組なら、どうかなと思って」
「混物ですか?」
何か、微妙な食い違いを感じつつ話を進める。
「幸い我が領地のお茶は香りも薄いが渋みはそれなりだ。そこに香りのよいお茶を組み合わせたらどうかと思ってね。渋みも、違う種類を足してやっても良いか」
「早速、明日にでもやってみましょうか」
「家令にも言っておくか。彼なら上手い売り先を思いつくかも知れないし」
内政《NAISEI》はムリでもこれくらいなら何とかなるかな、などと思いつつ嫁との会話を楽しむ。何で、以前の私は、会話程度のさいな事をやってなかったんだろう。貴族の嗜み、というヤツだろうか。記憶があるのに感情が抜け落ちていると言うのは、実にもどかしいものだ。




