25.紅茶を飲みに転生しました
商館の中では、大広間に当たるであろう場所に通された。
会食とまではいかないまでも、軽食程度であれば可能な広さを持っており、既に長机と椅子がセッティングされている。
早すぎたと言うほどでも無いが、私たちが一番最初だった。
日本で言う上座に当たる席に案内され、腰を下ろすよう促される。
一応貴族なので私は勝手に座っても問題無いのだが、どうもこの中番頭格の男は息子が公達なのを知らないようだ。
伯爵の次男以降や子爵・男爵の子息は、厳密には貴族階級に属さない為、主人が準貴族や準々貴族の場合だと形式的とはいえ主人もしくはその代理に促されてから座る形になる。
だがオナラブルの場合だと準貴族では無く貴族に準ずる扱いに変わる為、勝手に座って問題無いことを知らないようだ。
普通なら男爵の息子がまさか上級貴族の子息と同等の権利を持つなんて想像もしていないのだろうが、私もこの商会では上得意とまではいかないがそれなりのお得意様なはずなんだが。
その程度の人間が取り次ぎ役かと思うと、この商会も人材難なのだろうかと思えてくる。
しばらくすると、ばらばらと商人達が集まり出す。
流石に大手クラスの商会ともなるとトップではなく代理人となっているが、準大手とでも呼ぶべき商会あたりになると下級とはいえ正規の貴族である男爵家が来るということもあり直接商会長がやってきている。
逆に私が来る前に来て待機している様なことにならないのが、しょせん下級貴族と言ったところか。
息子の格式だけで言えば、上流貴族の子弟と同格である公達なんだが、まだ定着していないこともあってなかなか名誉特権は理解され難い。
増えてくると、グランデ付きは勲章とかで区別するようになるのかもしれないが、いまのところはそのようなモノもないので、余計わかりにくいのかもしれない。
何しろ我がバラージュ家が今のところ唯一のグランデなのだから。
それに大手商会の長ともなれば、身分的には金で買える最上位である、騎士階級の一つでしか無いが、権勢だけ見れば弱小貴族なぞ歯牙にもかけない。
その代理人ともなれば、それでも階級で言えば郷紳程度には該当する事になるため、男爵程度なぞ見下している部分が見え隠れしてもさもありなん。
そういったこともあり、もちろん庶民からしてみたら雲上人とまではいかないがそれなりに偉い人となるし準々貴族とでも呼ぶべき層からしても敬意を払うべき存在となる。
だからこそ『貴族で無く準貴族扱いとなる男爵の息子程度なのだからやや慇懃無礼に思えても儀礼的にも問題無いだろう』と勘違いしても不思議では無い。
「皆さん、お集まりになられましたね」
この店の商会長であるアティッラが周囲を見回してまずは挨拶を行う。
「今回は、紅茶を復活されたバラージュ男爵から、新しい提案があるとの事で、お集まりいただきました。
当初は我が商会で独占的にとも思ったのですが、話を聞くと私どもだけでは扱いきれないと判断し、お呼びした仕出しです」
そう告げると、指をパチンとならす。
あまり行儀の良い行為には見えないのだが、この国では手を叩いて合図する程度に普通の事らしい。
「どのような提案ですかな」
アティッラの横でしかめっ面をした商人が小声で尋ねる。
「実は私も全部知っている訳では無いのですよ。
ただ、合茶の話だけでは無く飲み方についても商機がありそうな事をおっしゃっておられたので」
商会長の言葉を遮るようにして数人の女性が、湯飲の乗ったお盆を持って現れ、受皿をおき、カップと小匙を乗せていく。
それを珍しそうに眺める商人達。
この世界でも磁器は存在するが、へたに魔法が存在するせいだろうかあまり発達していない。
かといって、流石にいきなり磁器を錬金とか出来るほどの異世界でも無かったようだ。
なんだかんだで陶器が主流だが、焼き物類は土器の延長として存在する。
「水は液体」である認識に対して、「土は乾くと固くなり水を帯びると柔らかくなる」と言う状態が影響しているのかもしれないが、その辺はよくわからない。
その一方で登り窯の存在しないこの世界では、薪を使った普通の窯で出せる火力でなんとかなる陶器と違い、磁器は魔法を使わないと必要な温度まで達しない。
そのためなのか理由は不明だが、磁器は殆どが皿で、飲み物に使うカップは陶器がメインとなっている。
陶器自体はやや肉厚になることと若干の吸水性をもっており、磁器であれば問題となる熱も我慢できる程度となる事から、誰もこれまで熱の問題に気づいていなかった。
特に緑茶よりも高温で入れることで香りを引き立たせる紅茶で有れば、より問題となる。
西洋の様にソーサーに一度移して冷ましてから飲む風習があるなら別だったろうが、逆に緑茶が既に存在していたため、皆普通に取ってのついた湯呑みの様なもので飲んでいた
そうなのだ。
結果として、意外というかソーサーは今まで存在せず、カップや湯飲みだけで、スプーン等は混ぜる前に共用のモノを使っていた。
「このようにお皿を持てば、ご婦人方も安心してのめますな」
「一旦匙を置くのにも使えますし、何かと便利そうですな」
もっとも彼らは、カップが磁器であることから、日本の茶托と同様に熱いカップを持つ際の受け皿として利用出来る事にも気づいているが、その方がおしゃれな感じがすると言う部分で感心しているようだ。
いずれにせよ、ソーサーとセットの磁器製ティーカップが新たな需要として発生する点も見逃すはずも無い。
今回のソーサーも、たまたま騎士団の一人が雇い入れた家人に磁器を作っていた男がいて、サンプルとして数点焼き上げた皿から思いついたところだ。
磁器が混じっていたことから尋ねたところ、一点物なら何とかなるが、数を作ろうと思うと火を扱える魔術師を雇う必要があるとの事。この点が磁器が出回らない理由の一端になっている。
温度を調整できる様な魔術師はやはり数は限られ、国防に直結する鉄やミスリル《ジェラルミン》の工房に優先して迎え入れられる。どうしても磁器程度には回って来ず、雇えた場合でも能力のやや劣る魔術師になるのは致し方ないらしい。
だが、登り窯をつくるくらいで有れば、今の技術でも可能だ。と言うよりも、へたに魔法が在った為に魔術師を確保するという方向に思考が向いてしまい、窯を改良するというアイデアに向かわなかっただけだとは思う。別に火力自体は、いくらでもとは言わないが、少数であれば磁器も焼ける程度に上げることも可能なのだから。
多分、お茶同様に登り窯もすぐに真似されるだろうが、元祖というブランドは、よっぽどのしくじりが無い限り残るはず。
……残れば良いなぁ……
「では、皆さんまずはお茶をどうぞ」
私の声に合わせて、全員カップを持った。
そして、私がソーサーごとカップを持ち上げている事にい付くと、全員まねをする。




