18.3. 章末の転生者
木々の間を、深紅の巨体が跳ねるようにして駆け抜ける。
密集とまではいかないまでも、それなりに並んだ喬木がまるで灌木のように見える巨体にもかかわらず、馬の駆足よりも早く駆け抜ける。
手に持った弩弓にもかかわらず、進路を塞がんと走り寄る槍兵を存在自体無視して飛び越えていく。
速度は一向に衰えない。
だが、敵の策により分散せざるを得なかった自由騎士達も敵の僚兵を従えた甲冑と交戦状態に入ったようだ。
作戦とは異なり、そもそも敵が分散していた上に、自由騎士が簡単な罠にかかったり徒歩兵の操る盾と槍により動きをとめたことで合流も出来ず、今や字義通り単機突進。
幕僚達は、陣を構える敵軍を明日に備えて観察している位のタイミングだが、その明日が来るかどうかは今からの戦い次第といったところだ。
ふと横を見ると、遠方で甲冑が併走しているように見えた。
一瞬のことであり見間違いかもしれないが、白銀色に輝く何かが流れていった。
午後の強い日射しによる照り返しかもしれないが、自由騎士の誰かが別の敵を見つけたのかもしれない。
。
いた。
甲冑の中で、彼は足先に力を加える。
同時に、更に飛び跳ねる速度を上げていく巨人。
最初からそれが罠だと言うことはわかっている。
だが、そんな事はどうでも良い。
彼は、自分が戦場においてさほど有能ではないと言う事実を知っていた。
ごく最近まで、自分に本当の意味での作戦能力は無いと思っていた。
逆に敵は、存在を察知他途端にとっさの罠を組み立てることが出来るほどに柔軟かつ高度な能力をもっている。
だが、それもいまとなってはどうでも良い。
もはや自分だけの問題では無い、家族を守る必要があるのだ。
打てるだけの手はすでに打っている。
後は、結果を出すだけ。
新たな林が現れたが、一切躊躇無く踏み込んでいく。
踏み込むと同時に、鋼索が張られているのに気づく。
配下の僚兵を攻勢に投入した代わりの防御であろう。
ジャンプするか、弩弓にくくりつけた銃剣で切り裂くか、それとも短剣を抜くか……
だが、そのいずれもせず、逆に身を沈めながら突っ込む。
重心を低くして突っ込む巨大な質量に、ケーブルは抗いきれずに破損していく。
『ほう、頭でっかちだと聞いていたが、どうやら領地での経験を活かしたと言うところか』
前方から聞こえてくる、大地から響くような声。
そこには、敵王国騎士団の紋章が入った青の陣羽織を纏、手に斧槍を掲げた巨人の姿があった。
「残念ながら、これで完全勝利は無くなりましたよ」
『別に完全である必要もあるまい』
蒼い壁のごとき甲冑に対し、勢いを増すようにして、低い体制のまま飛びかかる。
弩弓を構えたまま地表を滑るようにして突っ込んでいく赤い甲冑ßの姿は、まさに彗星そのものであった。
敵の挑発は、同時に事実だ。
別に奇襲で無くとも混乱を引き起こし最終的に勝利すればそれでよいという、上から目線の余裕。
負け惜しみを言っている暇など無い。
敵が分散すると言うことにを完全に見落としていた。
それは誰でもない自分の落ち度だ。
迎え撃つように青い巨人は、わざとカーブを描きながら前進すると共に、大きく斧槍をなぐようにして一気に距離を詰めてきた。
斧槍の描く軌跡を、ハードル競争のごとく飛び越えると一気に間合いを詰める。
『なんの』
斧槍の勢いを殺す事無く回転中心を持ち手付近に変えると、石突き側でたたきつけるようにして迎撃してくる。
だが、その動きに合わせたかのように弩弓とは逆の側の手でいなしながら、甲冑の脚部を自らの脚で掬い上げるように払い……巨人は、巨大な振動音を響かせて倒れる。
とった!
勝利の印かのごとく弩弓を天高くかざした瞬間、いきなりの衝撃。
陣中鎧だけで外に放り出される事こそ無かったものの、甲冑ごと吹き飛ばされていた。
無意識のうちに甲冑の姿勢を立て直し、立て膝をついたような状態に戻す。
だが、運動性は一気にそがれた状態だ。
その時になって、僚兵で無く甲冑が脇から突進してきたのだと気づく。
『惜しい、惜しいな。
見栄さえしっかりしていればもっと重用されていたやも知れぬが』
倒れている青い巨人から声が響く。
この状況であればよほどの使い手であっても手を出せない、その余裕が声からも現れていた。
『見破られたと気づかねば、確かに奇跡も起きただろう』
「果たして、そうですかな。
これで奇襲は不可能となりました」
自嘲ともとれる言葉を遮るように、そして断罪の剣が振り下ろされたが如く響く、低い声。
『確かに、赫奕たる戦果を上げる予定が、勝利にとどまってしまった。
強襲でも十分な効果は上げられるとはいえ、奇襲には一歩戦果で劣ってしまう。
その功は大したものだと言えよう。
敵ながらあっぱれだ。
だがな』
ゆっくりと立ち上がると、挟撃を狙っているのであろうか、先ほどの甲冑とほぼ90度くらいの位置に動く。
『だが、起きない奇跡は、当然という』
「その通り。
ですが!」
言葉と同時に、手にした弩弓を放とうとする。
だが、それは先ほど現れた黒い甲冑の剣により跳ね上げられ、上空に向け先端が大きく膨らんだ太矢が上空に舞い上がる。
『詰んだな。
もはや王手だ。
早々に諦めることだ』
斧槍が、その言葉と共に持ち上げられる。
「ご存じですか、諦めるのに遅すぎるってことはないんですよ」
『戯れ言を』
まさに降り下ろさんがばかりの斧槍。
しかし振り下ろす軌跡を遮るようにして、僚機が吹き飛んでいく。
そして、脇に控えていた黒色の甲冑に向けて白銀の甲冑が騎槍を構え突っ込んできた。
勢いを殺さず突き出された槍によって、吹き飛ぶ事こそ無かったものの、甲冑の装甲に窪みを作りながら後方へ後ずさる。
一連の動きによる、一瞬の硬直。
誰もが固まっている中で真っ先に動いたのは赤い甲冑だった。
弩弓を構え、そして……
天に向けて太矢放つ。
瞬間、上空に花火が広がった。
そして同時に、大地が連続して爆ぜる。
『何事だ!』
絶叫と同時に、閃光の津波へ頭を向ける。
僚兵達も、何事かと周囲を振り向き確認している状態だ。
強襲にはまだ早いこのタイミングでこちらの存在を完全に気づかせてしまった、そのことだけは理解できたが、他が全く理解できない。
そして、立ち上がった赤い甲冑の、短剣を備えた弩弓がこちらに向いている事を確認する。
「起きない奇跡は当然と言う。
そして……
起きた奇跡は必然という」
赤い甲冑からの言葉を聞くとともに彼はこれが奇跡でなく手の内であったこと、そして今回の戦いは自分たちの敗北で終わるであろう事を覚った。それは魔法爆弾を気づかれず実に見事に仕込んでいただけで無く、まさに白銀の甲冑を伏せていた事からも明らかだ。奇襲に気づく可能性は、うっすらと理解していたが、まさかここまで見事にはめられるとは。
しかし、今はそんな場合では無い。敗北を覚ると同時に、いかにこの場を脱出し混乱の極みにあるであろう味方と合流するかに思考を切り替えた。




