15. 戦場を視察しに転生しました
黒い森は、日本人が森林と言われて想像するよりもまばらだが、同時にこの世界の人間が想像する以上に鬱蒼としていた。
そのため、甲冑による進軍は不可能と思われている。
実際のところ、甲冑を運用するには手狭だが抜ける程度であれば注意深く進めば十分可能で、僚兵であれば戦闘行為もこなせるだけの空間も必要ならば確保出来る。
私は、馬車から差し出した手で合図を送り、牛車による荷馬車隊を停めた。
二人乗りでどちらが御者席と決まっている訳でも無いので私は右側の席を用いているtが、騎士以下の者が使う場合は左側が多く、上級貴族の公達とかだと比率が上がると言うのを家令から聞いたことがある。
あと意外な感じがするが、馬車同士がすれ違う場合だと身分の高い方が待つ事が多らしい。
デンと構えている横を、道からはみ出しそうになりながら急いでいくのだそうな。
さて、森の袂で休息する事自体はよくあることなので、徒歩兵もなれた様子で牛車を停めると、適当に休息をとっていく。
驢馬ほどでは無いものの、馬と比べると牛は反芻しながら食べるので、そこそこの餌で働いてくれる。
そのため飼い葉等は、出発前に十分与えたことから今回は与えずにすみそうだ。
自由にさせる事は出来ないが水だけは飲ませてやるよう指示すると、森の周辺を散策を装って歩く。
もちろん目的は、補給物資の有無確認だ。
あった。
目立たないように隠してあるので、存在を確信して探しでもしない限りは見つからないだろう。
甲冑や僚兵はどうやらまだ到着していない様だ。
だが、木立の陰等に樽がさりげなく置かれている事から、奇襲を狙ってこの場所に現れる事はほぼ間違い無い。
一個二個なら偶々かもしれないが、既に五個以上発見している。
見て回れていない部分を含めると、倍程度はあるだろう。
そして量と樽の種類から、食料の類いと想定でき、武器や甲冑の補給は考えていないみたいだ。
つまり、騎士や騎士見習い、それに付き従う従歩兵の休息分を先に隠しておくことで、その分甲冑が運ぶ必要のある物資を減らし負担を軽減しようと言うことだろう。
同時に全ての物資を置くことで発見されるリスクを少しでも低減したかったと言うことか。
いや、発見されても猟師等がおいているのだろうと誤認させるのが狙いかもしれない。
もっと密集して居てくれれば、罠の効果も高いのに。
埒もない事を考えながら少し離れたところから確認して回ると、キャラバンに戻ってくる。
先頭の一番大きな荷車に納められた甲冑を軽く確認した後は、武器の確認だ。
榴弾をメインとした罠を設けるなら、今が良いのか夜中にした方が良いのか、悩ましいところだ。
夕方駆け抜けて火が落ちる前につくというのは考えなくても良いだろう。
いくら何でも気がつく可能性があるので、あえてリスクを冒す必要が思い浮かばない。
少し遅らせて夜中に到着し、明け方まで休息をとる可能性もあるが、いくら夜間でも行動可能な性能を持つといえ比較的狭い森の中という事を考えれば、危険が高い。
やはり黎明の明かりの元一気に駆けて、朝日が上がりきる前、本隊とほぼ同じタイミングで到着すると言う可能性が一番高い。
その時になって、荷台の柵が開いている事に気がついた。
多分、柵の閂が外れていて、道を揺られている間に開いたのだろう。
ぞっとした、としか言い様がない。
周囲に人がいなくて良かったと、本心から思った。
奥の方は大丈夫だが、柵に近い側は半分程度が落ちている。
武器で言えば、かろうじてボルトは半分程度残っているが、それ以外の消耗品はほぼ壊滅。
投擲系に至っては、現在甲冑が装備している投矢を使い切れば全く残っていない。
一番の問題は、残っている榴弾は残り三つ程度しか無いこと。
自分用を一個だけに減らしても、二個しかない。
かといって今から探しに行くなぞ、近場に全部落ちているのがわかっているのでも無い限り論外だ。
例え見つかったとしても、設置するだけの時間が存在しない。
最有力案だったトラップ作戦は、この瞬間に破棄された。
榴弾なしで罠を設置したところで、精々従歩兵相手の嫌がらせ程度の効果しか期待出来ず甲冑どころか僚兵にすらダメージを与えるのは困難だろう。
罠を解除する時間的ロスも、人に対する補給を我慢すれば、全く発生し無い。
その結果、相手が我々が気づいたと悟りそのまま中止して下がってくれるなら問題ない。
だが、場所を変更するという選択肢を選んだ場合、事はやっかいになる。
今の場所は、確かに最善ではあるが、別にずれた位置であっても、奇襲効果は十分に見込まれる。
むしろどこから現れるのか不明になる分、知っているというアドバンテージが消えてしまい、かえって不利になるとさえいえる。
つまり、我々が奇襲を察知していると相手に気づかせてしまうだけ損だ。
気づいたそぶりすら見せてはまずい。
単に散歩を装って確認して回ったのは正解だったようだ。
理由は斥候がいた場合の用心のためだが。
第二・第三の案もあるにはあるが、トラップと比べリスクはそれなりに高い。
まず一つは、あえて遅めに陣を出る事で敵の奇襲を防ぐ、この案の欠点は、敵の奇襲するタイミングを知っている必要があることだ。
シビアに知っておく必要までは無いが、開戦が明日の朝なのか昼なのか、はたまた夕方なのか。
それによって変わってくる。
もちろん、明後日の朝などと言うことは流石にあり得ない。
集結のタイミングは、敵主力がまもなく到着する事が、野営の準備を始めたことから確実だが、それも今日の夕方なのか夜中なのか、よくわからない。
幕僚達は、明日の朝以降に到着するとみているが、これまでの神がかり的軍略が実は運頼りだという種がばれているのがほぼ確実な状態では、極力運の要素を排除する
逆に先陣からいきなりとって返し迎撃する案もある。
開戦前から準備しておけば対応は可能なのだが……ここで、当初の予定と異なり、前線に近い位置が割り当てられていることが問題となる。
抜けることで、正面からの敵兵力に対する備えが薄くなるのだ。
それ以上に、戦闘前に前線から後方に下がるのは、よほどの理由が無い限り脱走と受けたれかねない行為だ。
敵前逃亡で銃殺などという事は無いだろうが、古俗の場合だと敗走ならばそれなりにお目こぼしもあるらしいとはいえ、それでもかなり厳しいペナルティーをう食らうだろう。
牛車の荷台をこの場所に置くとうい事も考えたが、奇襲が無かったとしても戦場に近すぎる。
甲冑の機動力は騎馬に勝るとも劣らないため、世界観中世なくせに戦車戦並の広さで戦闘が繰り広げられる羽目になる。
それ故、馬匹は下手に暴れ出しても困るので後方に繋いでおくのが鉄則だ。
あんな場所に置くと言うだけでいぶかしがられるに決まっている。
置くことで奇襲を抑止出来るなら問題ないが、遠回りして別の場所から奇襲される可能性は極めて高い。
最悪、直接後方の本陣に突撃されてはたまったものでは無い。
最善手は……と考えて、最初の目的から外れてきている事に気づいた。
目的は、奇襲の阻止。
ならば、補給を発見したと伝える事で軍を動員すると言う方法もある。
本来ならそれが最善手なのだが、ここで問題が一つ。
幕僚は絶対に私の意見を聞かないと言う、些細な、だが決定的な大問題が。
そしてこの問題を解決する手段は、私自身が上級貴族であるかもしくは上級貴族に伝を持っている事以外に、現状では存在しないという。
結局、迎撃するしか手が無いと言うことか、頭を抱えたくなる状況の中、出発の合図をすると、自分の馬車に乗り込んだ。




