10 じつは追放されたらしい元幕僚に転生しました
あの後。
立ち上がりかけたところで衝撃は受けたが、肩だったおかげで気絶まで至らなかったのが幸いだった。
痛みで前屈みになったときにとっさに握ったのが相手の腕だった様で、見事な背負い投げになってくれた。
学生時代に少しだけかじった柔道の構えで相手の攻撃をいなすも、僥倖に僥倖が重なって何とかやり過ごしたが、もう限界。
足払いこそ見事に決まったが、後は完全に運だけでやり過ごした訳だが、さすがにこれ以上は無理だろう。
いつ戻ってくるか。
やはり焦りがあったのだろうか、せっかくの隙を見逃してしまい防戦一方に追いやられ、息が上がってくるのがわかる。
その時だった、大通りから大きな物音を立てながら、甲冑が現れたのは。
二階建以上の家が並ぶ、大きな街ならばともかく、この程度の辺境の村では平屋建ても多く、胸から上がこちらに近づいてくるのがわかる。
白銀に輝くそれは、間違いなく父の甲冑だ。
だが、なぜ? 誰が?
「ディム、貴女の伴類か!」
違う、と言いかけたが紋章をみれば一目瞭然だ。
それ以上に、急ぎやってくる望んでいた兵たちが、甲冑に従っているかのごとき動きをしていることに気がついた。
これで仲間ではないといったところで、誰も信じまい。
「戦場で会うのが楽しみだ」
去りゆく男たちの言葉と同時に、一気に疲労感が襲ってきた。
気丈に仁王立ちで見送るべきと思っていたが、思った以上にダメージを受けていた様で、気づくと膝をついていた。
徒歩兵により立ち上がらせて貰ってから後のことは今一つ曖昧模糊としている。
気がつくと、ベッドの中で寝ていた。
それも、兵たちと同じ宿屋という訳で無く、市庁舎に付随した貴族用の客室。
もっとも、男爵程度ともなれば大した部屋でも無いのだろうが……我が屋敷の客室よりも下手しなくても豪華じゃない?
そのおかげか、疲れていたからなのか、旅先にもかかわらず普段と同様にゆっくりと体を休めることが出来たようで、目覚めは爽快だった。
何か、久しぶりに誰かと一緒にゆっくり寝た様な安心感。
そういえば、最近子供が産まれたのもあって、一緒に寝ていないことを思い出した。
宮廷貴族の場合や上級貴族ともなると、普段から夫婦別々に寝ているらしいが、我が家のような貧乏下級貴族ともなると、都市部の上級市民よりもよっぽど庶民的だったりする。
それにしても、こちらに来る前は一人でさみしく寝るのが当たり前だったことを思うと雲泥の差だ。
何にしても、今日は展開してきた国軍の主力に、到着の挨拶にいかねばならない。
無論援軍として来たわけなので、軍の方針を当然聞いておかねばならないのだが、基本方針から離れない限りはある程度自由裁量が認められる。
それに宮廷でなく戦場であれば、言葉遣いもさほどとがめら得ることは無い。
では何が憂鬱かというと……
甲冑をもって参陣したものは、たとえ侯爵以上の上級貴族であっても陣中鎧で向かわなければならないからだ。
その事実が記憶として流れ込んできたときは、正直泣きそうになった。
「なかなか似合っておりますな、命婦殿。
いや、女男爵様でしたか」
よりにもよってと言いたいのだが、ある意味当たり前な事に、件の自由騎士たちと国軍の柳営に向かう途中で見事にかち合った。
最初こそ男爵位を示す外套の紋章を見て驚いていたが、さすがというか肝が据わっているというか大胆というか場慣れしているというか、すぐに最初同様の不貞不貞しい態度を取り戻すと、逆に煽るようにそう言ってきた。
貧乏男爵なんぞ、羽振りの良い豪商や武闘派《脳筋》な自由騎士からしてみたら、自領以外ではさほど怖くも無い存在なのは事実なのでさもありなんなのだが、やはりむかつくものはむかつく。
流石に無視するのも何だから、騎士に対する貴族の礼の中で一番軽い挨拶の片手を上げる礼を行う。
まあ、軍隊で行う敬礼に近い。
形としては、脇を広げる陸軍式よりも脇をそろえる海軍式に近い。
「男爵バラージュだ。
戦場では期待している」
あまり長々と話すとぼろが出そうなので、少し驚いた顔の自由騎士たちを尻目に、とっとと帷幄に向かうことにする。
空気は重い。
それ以外の言葉が思い浮かばない状態が、帷幄の中にあった。
本格的な戦いこそ滅多ないが、小競り合いならしょっちゅうと言うこともあり、帷幄に使われている建物も、それなりに立派な見張り台の根元に設置された会議室の様な場所が用いられている。
それなりに広い部屋の中央付近で、美形の中年から青年にかけてが険しい視線で並ぶ中、居心地悪さはかなりのものだ。
しかも、入った瞬間までは談笑していたのが、私が入った途端ピタリと止まったのだからなおさらだ。
後から来た自由騎士たちは、扉の前で何やら急に用事を思いついた状態になっている。
頼む、空気を変えるために入ってきてくれ。
しかしその理由の一端は、どうも私はいわゆる『追放』された存在ならしい。
なら逆に馬鹿にしたような視線でも全く不思議ないにもかかわらず険しい視線を向ける理由は、幕僚としてでは無く甲冑を持った独自の援軍として現れたことによる。
要するに、甲冑という戦力を背景に自前の作戦を押しつけてくるのでは無いかと戦々恐々した結果、逆に喧嘩腰になっている様である。
参謀としての名声を求めていたらしい以前の私と異なり、実際のところ幕僚《宮仕え》と領地経営《自営業》両立なんぞ勘弁してくれと言うのが今現在における正直なところなので気にもしていなかったのだが、相手はそうでなかったようだ。
「すばやい到着ですな」
一番年長の美丈夫が、銀色の髭をなでつけながら嫌みをいっている。
軍師とか幕僚長とか言った立場になる男で、確か本人の勲爵は准男爵。
なので、軍を率いる将軍の部下という立場上、援軍である私に対しては、慇懃無礼とはいえ敬語を使って話しかけてくる。
だが、私はそれ以上に中央の洋卓に置かれた地図に目を奪われた。
そこには、サイコロさえ転がっていたら本来なら近代以降に現れるはずの兵棋演習を行っていたのかと勘違いするだろう風に、地図の上に簡単な色分けした駒が置かれていた。
その地図に描かれた地形と、置かれた駒の配置に記憶があった。
激痛とともに思い出す、例の記憶では無く。
そう、地図だけだと気づかなかっただろうが、赤と白の駒によってそれは明確になった。それはまさに、緒戦の説明動画で何度も見ることになる陣容そのものだった。




