9.2 幕間の転生者 2
この命婦は強い。
目の前の女騎士を見ながら男は思った。
四人で取り囲むようにしているが、油断は出来ない。
自由騎士として舐められる訳にはいかないと売った喧嘩だが、やはり 早計過ぎたと言う思いは強くなる一方だ。
もちろん、肉付きの良い躯に食指が動いたと言うのは否定しない。
実際、男性向けの仕立てとなっている道中着からは、肉付きの良いやや太り肉とも思える躯が見て取れた。
好だけで言えば、もう少し胸と臀部の肉付きがほしいところだが、実際顔つき含め悪くは無い。
だが、異国風の片刃剣を帯び、陣中鎧には及ばないけれども道中着を着込んだ姿は、確かに騎士のそれだ。
野盗の襲撃程度ならむしろ過剰と言えるだけの強度と防御力を盛っている道中着は、ある程度の技量がないと『着られる』状態になってしまう。
普通に動けると言う事は、陣中鎧を扱う訓練を受けていると言う事だ。
軽く右脚を引いた構えも、西洋剣術のそれとは異なるが、手練れのそれだとわかる。
普通ならば、人数でも装備でも勝る、こちらの勝ちは揺るがない。
勝ちを焦らず詰めていけば、問題無い。
だが、短期的にであれば……
その瞬間、目配せと共にゆっくりと後ろに回り込んだラヨシュが、手に持った警棒を大きく、だが静かに横に振りかぶり、一気に襲いかかった。
横への振り払いからはじまる、剣術の型に持ち込む最初の一撃。
最初の一撃が当たるほどのマヌケでは無いだろうが、一度一連の動きに嵌めてさえしまえば、後は避けるのに専念し受け身にならざるをえない。
命婦《向こう》も同じ条件だが、辺境とはいえ国境沿いの都市として交易も同時に盛んな自由都市ともなれば、王都や上級貴族領の首府同様に刀剣類の使用は御法度に決まっている。
短剣といえども一定の長さ以上であれば事情など無視して即抜いた方が悪いとなるし、刃がなくとも硬鞭や鉄撮棒等の金属製の場合は手で構えているだけで剣同様に御法度になる。
伯爵以上の上級貴族ともなれば話は変わってくるが、子爵や男爵であれば、認可を受けた印のある剣や硬鞭を下賜された場合で無ければ、やはり咎を受ける。
それ故に一部の自由騎士達は剣やメイス代わりとして警棒や杖の類いを好んで用いていた。
だが彼女はいきなりしゃがむと独楽のように脚を振回し、警棒を振るうために踏み込んだラヨシュの脚を見事に払う。
払われた勢いで、彼はそのまま後頭部からどすんという大きな音を立て倒れた。
だが、彼らとて無能では無い。
「今!」
同時に動いていたテオドルが、大きく振りかぶった太めの杖を 、頭上から打ち下ろした。
剣の回転横払い攻撃を潰すのと同じ要領で放たれる幹竹割。
分厚い装甲を持った甲冑での戦いでも使える技として神久鎧や道中着でもよく使われる回転横払い。
その身体ごと一回転する事で剣に勢いを付けなぎ払うと言う基本技に対して、この幹竹割りも潰し技の一つとして広く知られている。
体勢が低い分地面を打ち付ける可能性もあるのだが棒であれば刀身への影響を気にする必用も無く、逆に地を打ち付ける勢いでたたきつける方が威力もあり、リスクの割に効果は高い。
だが、彼女は不思議な動きをとる。
背中を丸めた状態で回転を止めずに立ち上がり、防御が厚くなっておる肩で拳の部分をいなすようにして受け流すと、そのまま勢いを殺さずに殴りかかってきた男を投げ飛ばす。
そのとき、相手の手をつかんで 頭から落とすようにしている事に、男は気づいた。
いなしたとは言えやはり痛いのか、顔をしかめて先ほどとは異なった両手を広げた状態の構えで立つ命婦。
男は一連の動きを見て、ほうと唸り声とも呻き声ともとれる声を出した。
陣中鎧を着込んでいても防ぎようのない打撃だが、最小限の痛手だけで反撃している上手い手だ。
南方で使われていると言う格闘技をかじっているのだろうか。
ラヨッシュを支えおこし立たせてやると、こんどはノルベルトが回り込みながら、二本の短棒を巧みに操り、横から突きを加える。
素早い足捌を駆使して、軽く突くと同時に直ぐに引き、明らかな隙を探っていく。
だが、明らかなフェイントに引っかかること無く軽く開いた手のひらを合わせていなしていく。
時折、男も長めの杖で加勢するが、体捌きで上手く避けていく。
そうこうしているうちに、ラヨッシュに続いて、先ほどまでふらふらしていたテオドルも加勢にはいる。
二人も、先ほどの攻撃で相手が侮れぬと感じた様で、大きく振るような事無くフェイントを混ぜた攻撃を繰り出していく。
流石に息が上がってきたようだ。
肩で息をするほどでは無いが、時折間合いをとっては大きく息を吸い込み調子を整える事が増えてきた。
だがおかしい。
男は、独りごちた。
何故、息が上がっているのに攻めてこない。
いくらあわせるのが上手いとは言え、フェイントに反撃狙いをするほど愚かしいとも思えない。
目の前の命婦は、そう考えると時間稼ぎをしている風にも思える。
時間がたてば、陣中鎧と比べ性能の劣る道中着の方が圧倒的に不利となるのはある意味当然のことだ。
だが、あえて時間稼ぎしているのだとすると……
そのとき、大通りから大きな音が響いてくるのに気づいた。
「なんだと」
青天の霹靂とでも呼ぶべきだろうか。
街の大通りを、ゆっくりと白銀に輝く甲冑進んできている。
「ディム、貴女の伴類か!」
その男、ホンザは怒鳴るように叫ぶと一歩下がる。
紋章に詳しい訳では無い彼でも、道中着に施された紋章と甲冑が纏う陣羽織の紋章は明らかに同一の系統である事に気づく程度の知識は、自由騎士だけあって持っている。
じり貧になるとわかっているはずの命婦が、時間稼ぎとも'思える動きをとっていたのはこのためか。
そういえば、今回の戦場に男爵の加勢があると言う話を、前の村で聞いた覚えがある。
となると、その男爵配下の命婦と言う事か。
「戦場で会うのが楽しみだ」
捨て台詞とも思える言葉と共に、自由騎士達は踵を返し離れていくのと、最後まで命婦と思われていた彼が崩れるように膝を付いたのは同時だった。




