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ラストフロンティア  作者: 西光寺翔
第一章 竜と終末の大陸
19/33

■潜入!地下水路■

「ここから、西に、四シェルナ、進む。地下水路、入れる。さらに、東に、六パーメルの、はしご、上る。そこから、街、入れる」


 洞窟の分かれ道で左を指すウニエルニ。


「シェルナとパーメルってどれくらいですか?」


 僕は虚を突かれた。距離の単位までは頭が回っていなかった。


「四シェルナが約一キロ、六パーメルで六〇メートルってところだな。正確にはもう少し長いか。俺も最初は苦労したんだ。こっちのものさしと俺が持っていたものさしで比べたりしてな」

「それは……」


 地味だ。すっごく地味な作業だ。が、言うのはやめよう。わかりやすくしてくれたのに失礼だ。


「じゃあ、かなり帝都に近付いてるんだね。もう疲れちゃった」

「まだ先は長いぞ、真宮」

「はーい」


 すっと手を上げ反省の意を示した澪はまた歩き出した。

 帝都に侵入した後は地上から式典会場を目指す。警備はいるものの、よほどのことがない限り怪しまれることはない、とのこと。

 あとは遠くから新皇帝に会い、その様子を報告する。文字にすれば簡単なことだが、すでに足に穴を開けてしまっている僕には、まだまだ先が長いように感じる。


「地下水路を通るってことは、下水道? 結構臭かったりする?」


 行軍の最中、唐突に澪が立ち止まった。たった六〇メートルとはいえ、女の子的には気になるか。


「地下水路、使う前の、水。使った、水、別の、水路」

「んー? 臭くない?」

「臭くない。水、綺麗」

「あー、ちょっと安心した。じゃあ気にせずガンガン行こう!」


 朝からかなりの時間を移動してきたが、彼女の場合、まだまだ体力は有り余っているようで、洞窟の中をずいずいと歩き出す。


「あ、ねえねえ! 水の音が聞こえるよ!」


 そして数分が経った頃、洞窟の終点が見え始める。それぞれは一際小さくなった穴を潜り、洞窟を抜けた。


「これは……」


 石で組まれたアーチ形の空間が広がった。足元には水が流れており、光に揺らめいている。光の正体を探れば、空間一帯にクラゲのような発光体が漂っている。

 それだけでも幻想世界の雰囲気が際立っているのだが、それよりもはるかに奇妙な現象が起こっている。


「どうなってんのこれ?」


 それに気付いた澪が首を傾げた。

 それもそのはず、目の前に広がる水路は右へ左へ、上へ下へと縦横無尽に水が流れており、上の穴へ流れ込むものや貯水池から独りでに流れ出すものまである。


「どの大陸も空中に浮いているから内部で循環するよう、こうして魔鉱石で空間を歪めているんだ」


 早川教諭が水の流れを指差した。思わず気になって質問したくなる。


「流れ落ちて、水がなくなる?」

「いや、そういうことはないんだが、これがないと生活用水が不足するらしい」

「へえ、結構都市計画はしっかりしているんですね」

「こうなる前は、水の取り合いで戦争が起こったこともあったらしいぞ」

「……」


 資源の取り合いで争うのはよくあることだが、確かに空中大陸では地球では考えられないものが火種になることもあるのだろう。


「こっち来い」


 ウニエルニが右手に進む。たぶん東に向かっているのだが、水の流れが複雑なせいで上流と下流の区別がつかない。


「目的地、もうすぐ。俺、そこで、お別れ」

「え!?」澪が反応する。「一緒じゃないの?」

「我ら、嫌われる。表、出る。騒ぎに、なる」

「あ……そっか……」

「終わったら、迎え行く」つぶらな瞳がぐるりと回る。「また会え……」


 そう言い終わるが早いか、ウニエルニの全身の針がゾゾっと波打った。

 彼は四本の腕で一行を止めると、肩に当たる部分を前に突き出した。


「ッ!」


 射出。肩に生えた針が暗がりに向って発射される。そういうこともできるのか、と感心する中、一行は闇の先に目を凝らした。


「……」


 何かがいるようには見えない。しかし――


「うわッ」


 ひとかたまりの黒雲――コウモリの群れが一斉に襲いかかる。耳を突くような鳴き声とバタバタと叩く羽根の音を、一行は身をかがめ、やり過ごした。


「あー、びっくりしたっ!」

「先、急ぐ」


 コウモリの群れが飛び去ったのを確認した僕たちは、また列を組み直し歩き出す。

 ところが、脅威はまだそこに存在していた。


「おい! 上じゃ!」


 ベルの声が水路中を駆け巡った。


「どわッ!」


 その声に天井を見上げた直後、何かがぼとりと足元に落下した。


「うげぇ、なんなのこれ……」


 その何かに顔をしかめる澪。


 蛇のような蛸のようなぐねぐねと捻じれ、折れ重なる……それは名状しがたい軟体生物だった。

 体長は一メートルほど。全身が錆色をしており、一本の細い身体をうねらせては、各部から生えたさらに細い触手を使って這いずり回る。先端部分には空洞があり、その内部に螺旋を描くように牙が並んでいる。

 恐ろしく醜い生物だ。深海魚も真っ青の造形をしているせいで、一体でも鳥肌がやまないのに、ざっと数えて一〇体弱が天井にこびり付いている。


「構えろッ!」


 早川教諭がナイフを抜き、その軟体生物に切りかかった。

 しかし――


「くそっ!」


 切り落とした触手が即座に再生する。むしろひとつの切断面に複数の触手が生え、これがまたおぞましいほどの動きようで、二度と切りかかりたくない。


「そうなると……」


 大体のRPGにおいて、水辺に棲む生物は雷魔法に弱い。

そう考えた僕は即座に澪に命令した。


「澪! 吹っ飛ばせ!」

「わ、わかった!」


 同じ答えにたどり着いたであろう彼女は、両手を前に突き出し、魔導を展開する。

 彼女の髪は静電気に総毛立ち、腕を電流が流れた。


「バーンッ!」


 雷鳴。目にもとまらぬ速さで飛んだ白い雷撃が軟体生物を吹き飛ばした。だが――


「――み、みおッ、加減を」

「ご、ごめーん」


 狭い地下で威力はぐっと落とされてはいたものの、脳天を貫きかねない衝撃が僕たちを襲った。敵は吹き飛ばせたが、こちら側への反動も大きい。


「まだ来るぞ!」


 雷魔法が使えないとなると、あとは僕の魔導で氷漬けにするくらいだが、水に満たされたこの空間ではあまり派手な攻撃も控えたほうがいいかもしれないな。さて、どうしたものか。

 だが、そんな悠長に構えてもいられなかった。

 天井にこびり付いていた軟体生物が次々と石畳に落下し、雷撃の発生源たる澪に殺到した。


「ここはまずい! 逃げるぞ、掴まれ!」


 四方を囲まれた僕たちに早川教諭が左腕を伸ばす。何をするかと思ったが、全員は彼の腕に掴まった。


「我慢しろよっ!」


 早川教諭がナイフを軟体生物の円の外へと放り投げた。


「ングッ!?」


 一瞬の浮遊感。気付けば、僕たちは群れの中心の外へと移動していた。


「走れ! 出口まで逃げるぞ!」

「それなら」


 僕は後ろに振り返り、澪よろしく腕を伸ばした。


「これでどうだっ!」


 氷の壁が地下水路を塞ぐ。思いもよらぬ壁の出現に軟体生物はビタリと衝突した。


「ナイス! 凛太郎!」

「ダメだ、時間稼ぎにしかならないよ。生成時間が短すぎるっ!」


 すでに壁には無数の亀裂が入り、あと二回でもタックルを喰らおうものなら――


「破られるぞ!」


 ベルが叫んだ。

 塞げたのはわずか数秒。壁は脆くも崩れ去り、満員電車から解放されるがごとく、大量の軟体生物が水路に溢れ出した。


「うえええ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いいぃぃぃ!」


 悲鳴を上げ、半べそになりながらも懸命に走る澪。その前を行くウニエルニが突き当たりを左に曲がった。


「ゲンドロノミア」ウニエルニが言う。「あれ、カストフ、いない。カストフ由来ない生物、増えた」

「由来ない?」


 それはいったいどういうことだろうか。

 戴冠式があるからと水路の警備を強化したのは理解できる。

 だけど、わざわざ自国の大陸に存在しない生物を輸入してまで警備をさせるだろうか。兵士を配置するだけでも充分だったはず。むしろ、生態系がどうのこうのと問題になりそうなものだが、この世界にはその概念がないのか?


「そんなこと話してる場合じゃないって! もう来てるよ!」

「避けろっ!」


 澪とベルの声に全員が振り返る。

 見れば、背後のゲンドロノミアが口腔から体色と同じ錆色の光を放出した。ボールを投げるような速度で飛んでくる光の球体はまっすぐにベルへと飛んでいく。

 肌に触れるかと思われた直前、ベルが片翼を伸ばした。


「弾くぞッ」


 しなった翼が光を打つ。バットで叩かれるように跳ね返った光は、天井に衝突した。


「――ッ!」


 閃光と爆発。

 ゲンドロノミアが放出した発光体は天井に衝突したかと思うと、目もくらむほどの光を生み出し炸裂した。それによって石の一部が崩落し、いくつかのゲンドロノミアを叩き潰す。

 ただそんなものは微々たるものにすぎず、続々と大量の軟体生物が雪崩のように押し寄せてくる。


 しかし、そんな絶望的な状況にも光が差した。


「ここだ! ここ上がる!」


 唐突に立ち止まったウニエルニが、そこに立て付けられた梯子の先を指差した。暗い穴の先に点のような光が見える。


「よしっ、女子から上がれ!」


 早川教諭が澪とベルの背を叩き、急がせる。その間、僕は再度氷の壁を作り、時間を稼ぐ。


「次はお前だぞ、冷泉!」


 片手を梯子にかけながら早川教諭は僕を睨み付けた。


「は、はいっ!」


 急かされるまま梯子を掴む。一刻も早くこの密室空間を脱出し、先生にこんな任務だなんて聞いていなかったふざけんな、と思いっきり、悪態をついてやりたかった。


 この狭い梯子を上って――


「先生……」


 僕は上を見上げながら、しかと目を見開いた。


「どうした冷泉?」

「これ……」冷汗が滴る。「ウニエルニはこの梯子を通れるんですか?」


 どうしても確認せずにはいられなかった。

 この梯子が続いているトンネルはとても狭い。人一人が通るのが精いっぱいな太さしかなく、ウニエルニのように大柄な生き物が通ることを明らかに想定していない。当初の作戦ではウニエルニはここに残る予定だった。地上に出るつもりがないのだから、このトンネルが狭かろうが関係はない。


 さっきまでは……。


「上がれ、冷泉」声は低く、重たかった。「上がってくれ! 冷泉!」

「でも!」


 ウニエルニが犠牲になる。それが大人の考えたシナリオで、きっと早川教諭もウニエルニ本人もわかっていて、それでも僕たちを導いていた。


「そんなの間違ってますよ! なんでこんなことで死ぬんですか!」


 これはただの偵察任務だ。そんなこと命を懸けることじゃない。軽いピクニック気分でクリアできる、誰かが犠牲になるような任務じゃないはず。


「リン」ウニエルニが僕の肩を掴んだ。「心配、いらない。終わったら、迎え、行く」

「迎え!? 迎えって!」


 それはこの状況を打開した先の話だ。今、ここから脱出しないことには、迎えも何もあったものじゃない。

 そしてここから脱出するなんて台詞は、この場で吐ける最も簡単な嘘だ。


「そんな話で僕が納得するわけないじゃないですか!」

「議論してる場合じゃないんだ」


 早川教諭が僕の腕を掴んだ。梯子の上を確認し、ナイフを投げ上げる。


「――ングッ」


 胃がひっくり返るような嘔吐感とともに、僕は咄嗟に目の前に現れた手すりに掴まった。

 そこは梯子の中腹だった。下を見下ろせば、小さくなったウニエルニがこちらを見上げているのが見えた。


「やめて……ダメだ。そんなの間違ってる……」


 直後彼は全身の針を立たせ、トンネルの縁を削り、塞ぐ。小さな衝撃とともに土煙がトンネルに噴き上がる。

 トンネルは潰された。あとには戻れない。


 ブラエルニ・ウニエルニは戻ってこなかった。

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