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ラストフロンティア  作者: 西光寺翔
第一章 竜と終末の大陸
16/33

□強襲突破□

「作戦、予定通り決行」


 洞窟の会議場でウニエルニは声を張り上げた。


 翌日、早朝。

 カストフ帝国での新皇帝戴冠式に潜入するため、僕たち五人は早々の集合を果たした。


「首都アッシェン、とても、遠い。途中、第二支部でパラフ乗る」

「パラフ?」


 未知のワードにすかさず澪が首を傾げた。早川教諭が補足する。


「大型の犬みたいな生き物だ。馬の代わりと思ってくれて構わない」

「首都の外れで降ろす。そこから地下潜る。準備いいか?」

 ウニエルニのつぶらな瞳が僕を捉える。咄嗟に目をそらしてしまった。

「だい、大丈夫です」


 僕が歯切れの悪い回答になったのには、理由がある。

 つまり、昨日の夜に何があったのか、ということだ。

 僕の記憶もあやふやなので定かではないのはご容赦いただきたい。宴会のときに得体の知れない『酒』を飲んだせいもあっただろうし、寝不足に加えて魔力を使い過ぎたせいもあっただろう。


 ただ目が覚めたとき、僕の隣で澪が眠っていたという事実だけがそこにあった。しかもすごい至近距離で。

 寝覚め一発目に美少女の顔が目の前にあるというのは心臓に良くない。マジで良くない。

 静かに寝息を立てる彼女を見つめながら、その柔らかい唇を……いやいや、これ以上は自粛しよう。


 とにかく、そのせいで僕の心臓はいまだに早鐘のように鳴り響き、顔のほてりが治まっていない。

 僕がこうなのだから澪もさぞや動揺して然るべきと思っていたが、今見てみると彼女は飄々としてそのような素振りは一切なかった。


「いでっ!」足を蹴られる。「なんだよ、ベル」

「知らんわ」


 見るとベルはそっぽを向き、ひどく不機嫌な顔をする。


「お主が落ち着かんと、わしもつられて落ち着かんでな!」

「……ん? あー」


 同化契約という奴か。彼女のドラゴンの力が僕と繋がっているのと同様、僕の感覚はダイレクトに彼女と繋がっている。それは感情も然りであり、つまり今僕が冷静でないのもベルには包み隠さずわかってしまう。常に僕が平常心を維持していれば、問題はないのだろうけれど、この旅路においてそううまくはいかない。


 まさかその理由まで伝わっている、なんてことはないよね?


「前だけ見ておけ、阿呆め」

「は、はい……」


 主従でいえば僕のほうが上なのだが、なぜか立場を覆せる気はしなかった。




 翌々日。第二支部を経由後。


 街道を北に進む。向かうはカストフ帝国首都アッシェン。


「風が気持ちいい!」


 澪が髪をはためかせた。

 僕たちは第二支部にあるパラフ乗り場で四足歩行の巨大な犬――のような生き物に遭遇した。

 レトリバー種のように人懐っこく、見た目もそれによく似ている。毛並みには艶があり、風にたなびく姿はライオンのたてがみのようだった。

 色はカラフルでそれぞれに一人ずつ跨る。ちなみに僕が乗っているのは赤毛のパラフだ。

 澪は地に足がついていれば、問題はないようで、ドラゴンのときとは打って変わって、驚くほどはしゃいでいる。パラフも跨がれば、四メートル近くある結構な高さなのだが、この程度なら高所認定はされないらしい。


 むしろ――僕が心配しているのは後方を走るベルの方で……。


「……」


 能面のように無表情の彼女は、ベタベタに濡れた髪を撫でた。


 ドラゴンとパラフでは知覚機能に大きな差があるらしい、というのがベルの見解だった。

 生き物に乗ることを嫌がる彼女は、一昨日の離着陸場のようにパラフを威嚇したが、当のパラフはそれをまったく感知せず、むしろその大きな舌でべろりと彼女の顔を舐め回したのである。その舐めっぷりは、場の全員がベルを食べるのでは、と慌てたほどだ。


「ベル? 大丈夫?」

「……何も……言うでない」 


 プライドを傷付けられた少女は隠れるようにたてがみへと顔を沈めた。

 そう言われても僕の気が落ち着かないので見過ごせなかった。

 一行はウニエルニを先頭に一列となり、目にも止まらぬ速さで突き進んでいく。その速度たるや馬の速度を凌駕するが、乗り心地は何倍もこちらのほうがよい。と、乗馬経験皆無の僕は思う。


 このままならばあっという間にアッシェンに……。

 そこへ――


「左だ!」


 早川教諭が声を上げた。

 一同が首を向けると、そこには二足歩行のトカゲの群れが並走していた。

 数は三体。

 人と同程度のサイズのそれは、首と尾が長く、後ろ足に大きく発達していた鉤爪がついている。逆に前足はあまり使わないのか小さく退化していた。昔見た恐竜映画に出ていたヴェロキラプトルによく似ている。というかまるっきりそれである。

 ぴたりと並走するトカゲたちは、まるで合図を取るように仲間同士でコンタクトを取り、しきりにこちらの様子を伺う。


「来るぞ!」


 ナイフを抜いた早川教諭が叫んだ。

 その瞬間、一匹が先頭のウニエルニに飛びかかった。だが、ウニエルニは巧みな手綱さばきでパラフを操り、それを回避する。

 俊敏な回避行動に目標を見失ったトカゲは地面を転がった。そこへ――


「行け!」


 ウニエルニに続いていた早川教諭のパラフが転がったトカゲにかぶりついた。

 悲鳴。

 大きな顎がトカゲの脇腹に食い込む。

 噛み付かれたトカゲは即座に吐き捨てられ、別の一体と交錯する。衝突した二つは激しく地面をのたうつ。


 だが一瞬たりとも安心はできなかった。


「こ、こっち来ないでよっ!」


 残った一体がじりじりと澪に接近していた。


「やめろッ!」


 それを認めた僕はパラフを急き立て、二つの間に割って入る。

 と、同時にトカゲは代わって僕に照準を合わせた。


「んぐッ!」


 飛び上がったトカゲはその長い足の爪をパラフの脇腹に突き立て、僕たちは横っ腹から地面に倒れ込んだ。


「ぐ、ぐふッ、ガハッ」


 パラフから落下し、しこたま全身を打ち付ける。意識が遠のきそうな痛みに全身を震わすが、続けざまに走った痛みに叫び声上げずにはいられなかった。


「あ、アアアアァッ!」


 ぶつりと、トカゲの爪が太ももに突き刺さる。まるで獲物を逃さんとするかのように足を奪い、大きく開いた顎をこちらに近付ける。


「く、くそ!」


 腕を突き出すも氷が作れない。足の痛みが邪魔をして、まったく集中ができない。


 そこへ――


「うがあっ!」

「ベルッ!」


 後続のパラフ上で立ちあがったベルが、不安定な足場からトカゲに跳びつき、その首の後ろに牙を立てた。

 ベルとトカゲは絡まり、もつれ合う。僕が片膝を突いて立ち上がる間も、その獣の争いは激しさを増す。あまりの激しさにベルの目は血走り、背中からは翼が生えてしまっている。


「出てきてくれよ……」


 僕は唇を噛み締め、理性的に痛みを上書きする。右手を前に突き出し、狙いを定めるように目を凝らす。

 細かいことは意識を集中させなければならないが、これくらいなら……。


「ベル! 飛べ! 真上だ!」

「――っ!?」

「飛べッ!」


 その言葉にベルは地を強く踏み抜いた。そして残されたトカゲに向けて、僕は魔力を全開放する。


「吹っ飛べ!」


 魔力は雪のカタマリとなって溢れ出した。

 龍のようにうねる大量の雪が瞬く間にトカゲを飲み込む。それは街道脇の木々を次々となぎ倒し、トカゲをはるか彼方まで押し飛ばした。

 雪の道が出来上がる。


「まったく、わしを殺す気か」


 僕の隣に着地したベルが血の付いた頬を拭った。彼女の洋服はボロボロに破れ、血がにじむところもあった。


「ごめん」

「何かで埋め合わせをしてもらわんとな」

「わかったよ」


 僕は荷物を降ろし、中からタオルを取り出す。適当なサイズに引き裂き、特に出血の多い部位に巻き付ける。ついでに自分の足は氷漬けにし、出血を抑える。


「おーい、大丈夫!?」


 パラフに跨った澪が戻ってきた。早川教諭とウニエルニも続く。戻ってきた早川教諭は木々をなぎ倒す雪のカタマリを見つめた。


「倒したか」そして辺りを見回す。「どうやら二人のパラフは逃げてしまったみたいだな」

「パラフ、臆病。きっと、戻らない」


 ウニエルニの補足に、澪が眉をひそめた。


「それぞれのパラフに乗せる?」

「いや、パラフは一人乗りだ。まだ道のりは長い。彼らの体力が心配だ」

「わしが乗せよう。あんな獣よりも速いわい」


 少しばかり足を引きずりながら、ベルが前へ踏み出した。


「怪我大丈夫なの? 無理しちゃだめだよ」

「余計なお世話じゃ。これくらいすぐ治る」

「まあ!」


 反抗期の娘を持った母親のような反応をする澪。まあ、年齢的にはベルの方が何倍も上なのだから関係はいびつだ。でも、さすがにあとで叱っておこう。


「僕たちが先行して空路から目標地点を見てきます。ですが、上空からの潜入は最も警戒されているルートのはずです。なので、目標地点まで低い高度……地表すれすれを飛んでいきます」


 問題は彼女の色だろう。大自然に白は目立ちすぎる。


「確か、川の流れる渓谷が近くにありましたよね? 帝都まで続く長いやつ」


 一昨日の作戦計画中に見た地図には、西から北に向かう長い川があった。しかも帝都寄りの崖は高い山脈となっており、目隠しにはちょうどいい。目標地点には方角が若干異なるが、かなり近くまで行くことができる。

 僕の提案にウニエルニは四本の腕を組……ぐちゃぐちゃにこんがらがらせた。


「要警戒。カストフ、黒い、ドラゴン、操る」

「黒いドラゴン?」


 それはベルが言っていたブラックドラゴンのことだろうか。それがいるということは悪の親玉もまたそこにいるということか?

 そう思った僕が彼女に視線を向けると、彼女は小さく頷いた。


「カストフ、内情、おかしい。黒の、ドラゴン、他の種に比べて、数、少なかった。でも、最近、増え始めた。偵察、も、増えた」

「わかりました。充分注意します」


 ウニエルニの助言に、僕は嘘っぽく笑顔を作った。そんな僕の手を澪が取った。


「気を付けてね」

「ありがとう。澪も気を付けて」


 わかった、と彼女もまた嘘っぽく笑顔を作った。


「じゃあベル、よろしく頼む」


 そして、僕たちは空へと飛び立った。

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